「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

影から這い出る

 帝国軍第7軍団根拠地は旧マリントルから少し南下した地に置かれている。帝国軍が根強く活動することを決めたため、木柵などの簡易な物から徐々に石造りへと変わりつつある。
 既に半ばは完成しており、帝国の建設技術の高さが窺われる。そもそも帝国様式は石造りによる建築文化だ。見栄えにさして重きを置かないのであればかなりの速度でこうした真似が可能である。
 帝国の工兵達は極めて優秀だ。建造物と進行地における道路制作も彼らがメインとなって行われる。熟練の専門石工達もいるにはいるが、少数。彼らを棟梁として、兵たちが汗を流して帝国の明日を舗装していく。

「派遣官殿!こちらの石組みはこれでよろしいでしょうか!」
「え?ああ、ワシのことか…ワシの名はノギソだと何度もいっておろうが!そこはもっと余裕を保たせていい!何でもかんでも頑丈に組むだけじゃあ帝国様式にはならん!」
「失礼しました!ノギソ派遣官殿!直ちに修正します!」
「ワシはノギソじゃ!」

 いわば民間人である石工に対しても、工兵達は規律正しく従う。上官と思うように叩き込まれているのだ。その在り方にはむしろ石工側が困惑する程だ。

「派遣官は止せというに全く…しかしまぁ基礎はできておるから徒弟を育てるよりマシじゃなぁ…最近の若いものはどうしてこうソツが無いんじゃ。つまらぬわい」

 いずれはここに新たな都が築かれるだろう。トリドの新体制のための都であり、現体制に対して容赦をする気を帝国は一切持っていない。

 規律正しく、清廉な覇の都が新しく世界に誕生する。
 その光景を軍団長は目を細めて見ていた。べニットは堅実な司令官だと言われており、実際その通りなのだが周囲の認識とは違う点が少しある。
 べニットは単純に、しっかりと進む物事が好きなのだ。その点で言えば建設、築城と言った仕事は目にも成果が明らかであり、彼の趣味を大いに満足させた。

 そんな“趣味の時間”を慌てて駆け寄ってきた副官が中断させた。
 少しばかりべニットは水を差されたような気分を感じたが、耳打ちされた内容には思わず驚愕の声をあげるところであった。
 将校たるもの余裕を常に見せなければならぬ。と叩き込まれていなければ「なんだと!?」と言ってしまったことであろう。

「そうか。はてさて珍しいこともあるものだ。失礼の無いようにお通しせよ」

 よどみ無く言葉が紡がれた。穏やかかつ堅実な体裁は辛うじて保たれた。
 べニットは珍客を迎えるために建設現場を少し離れて自身の天幕へと向かった。

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 自身の天幕の前で少しだけべニットは立ち止まった。
 帝国様式は黒を旨とする。しかしながら天幕まで黒というのは如何なものだろう。
 良き帝国様式とは黒に拘泥するものでなく、落ち着きと荘厳さの両立こそが骨子。あらゆるものを黒に染め上げてしまえば安っぽくなり、加えて言えば実用性に欠ける。

 実際にここで寝泊まりをするようになってから、夜間に天幕の紐に躓く騎士や兵士の話も度々出てきていた。笑い話にされているが、そんな下らないことで怪我をされてはたまらない。そして、誰かを貶めることが日常的に話題にのぼれば規律を乱す。

 新しい色を考案して、装備局へと申請するか。さて、何色が良いか…?
 考えつつもべニットの肉体は勝手に天幕の入り口を潜った。

 天幕とは言うが、帝国を統べる最高幹部…軍団長のものである。西方の遊牧蛮族が族長の家よりもさらに広い。大天幕をいくつも繋げたような大きさを独占できるのも軍団長の特権だ。べニットがそれを楽しんだことはないが、威厳には必要なことだと理解はしている。

 …中へ入れば今日の客人たちが既に待っている。
 天幕の主と同じ椅子に腰掛けているのは、ベニットと同じ身分を持つものだけであり、他の者は直立不動だ。主君である女性を入れても総勢10人・・・・・
 たったそれだけの数で未だ戦争中の地を越えてきたと言うのか。
 如何に占領下の地であっても、現状ではまだまだ危険がつきまとう。余程の自信があると言っていい。

 並外れた精鋭…彼女・・の供回りなのだろうが、それだけで表せるような兵士たちには見えない。見た目には普通の兵士たちだ。
 標準的な帝国軽装歩兵の装束。持っているのも携帯に便利な剣のみ。
 戦闘より移動を重視している装備だ。彼女たち本来の持ち場からここまでの旅程を超えるのに必要な武力はたった9人で賄えるのだ、そう主張しているように見えた。

 煌めく才が無くとも、べニットの戦歴は長い。彼女の護衛兵達から発せられる圧迫感はどこかで覚えがある…そう感じるのだ。
 仲間であるはずの女を警戒しつつ、そうと悟られないように自分の席に腰掛ける。
 対面には柔らかな細い金の髪に、緑の瞳が映える儚げな少女。…突然の来客とはすなわち、第2軍団長スフェーンだった。

「お時間を割いていただいて感謝しますベニット殿」
「ハッハッハ。スフェーン殿のためならばいくらでも作りましょう。それにしても遥か北方から一体、どうされたのです?私に会いに…とならば嬉しいものですが」
「あら、お上手。流石はかつて皇城で浮名を流しただけのことはありますこと」

 白々しい笑い声を互いに上げる。
 彼らの間には尊敬がある。友誼もある。だが愛は無い。
 ベニットもスフェーンが邪魔になるようなら排除するし、逆からもそうだろう。

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「新しい要塞は順調のようですね。ベニット殿の堅実な仕事ぶりには尊敬を覚えます」
「報告を聞いたときとはまさか、と疑いましたが。本当に来られるとは!ご自分の軍はよろしいので?」
「ええ、知っての通り北の軍は張り子の虎ですもの。多少空けても問題はありません。長きに過ぎれば問題が出るのも確かでしょうが」

 黒衣の軍装が似合わぬ可憐な花は、自身の立場を失いかねない発言を平気で行った。
 北方軍と南方軍の溝を考えれば、北を纏めて語るような真似は北方派閥から村八分を食らっても不思議ではない。そして、その放言を北に流すのは他ならぬベニットであることも考えられるとくれば、すべき発言ではない。

 そこでべニットは一つの仮説を思いついた。
 これはつまりスフェーンが北方派閥に属していないことを示唆されているのではないだろうか?
 では南方側か?否、スフェーンが南方の肩を持ったことはない。
 今から擦り寄ろうとしている?これも否、第2軍は不明な点が多すぎる。南方派閥は警戒してそう簡単に受け入れられない。

 となれば…
 スフェーンは“皇帝派”か。その答えにべニットはたどり着いた。

 北方軍は本国に関わることが多い。現皇帝も何らかの野望を内に秘めているだろう。そうでなければ皇帝などやっていられるものではない。
 それを助けて、何らかの利益を得る立場に彼女はいる。それならば軍の役割が不明なことにも納得がいく。北方の派閥がそうした派閥を内包しているのは周知の事実であるが、現役の軍団長が属しているとなれば薄ら寒い物がある。

「…それほどまでに件の剣士が欲しい、と?」
「あら、筒抜けでしたか?まぁそうです。私には手駒が足りないのです。量ではなく質が。私の目的に強大な個の力は欠かせない…とそういうわけなのです」

 暗に示された「量には困ってはいない」という内意にベネットは戦慄する。第2軍団の役割が不明なことにばかり気を取られ過ぎた。思えば第2軍団に第10軍団や第11軍団のような制限は設けられていない。
 倍するとは行かぬだろうが、少なくともベネットの第7軍団とことを構えても不足がない程度には兵を保有していると考えるのが自然だ。


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「はて、困りましたな…」

 優秀な人材は宝だ。勇者、英雄、大魔導師…一騎当千の者達が世界には確かにいる。
 ベネットも件の傭兵には調査を済ませている。武力に関して言えば申し分が無い。正式に士官を認めるどころか、自身の近衛に上げてもいいとさえ思っていた。

「もちろん、タダでなどとは言いません。勧誘を先に譲ってくれるのであれば、我々10人が陰ながらトリド戦役をお助けいたしましょう」
「たった10人で?しかもご自身を数に入れておられる?」
「ええ、我々ならば可能なのです。コレはほんの手土産ですが…思案の良い材料になるでしょう」

 スフェーンの供回りが袋を運んできて、床に中身を転がした。
 転がったのは中身が丸いからだ。ゴロゴロと一度だけ転がる手土産には表情があった。…人の首である。

「これはまた…」

 ベネットは本気で驚いた。
 首が土産なことにではなく、凄惨な死の苦悶を描く表情にでもない。

「“影打ち”のエリッス、“境涯”のカリウヴェ、“槍奪”のゲルドヴァ…!」

 他にも他にも…。
 それらの顔を情報としてベネットは覚えている。どれもがトリドが誇る勇者上がりの英雄たち。要注意人物である。
 事実、彼らは単独で動き回っては地道に第7軍に被害を与えてきていた。それがあっさりと取り除かれてしまった…たった10人でだ。

「我々ならばトリドの第1勇者もあるいは…と自負しております」
「くふっ。良いでしょう。私も見たくなりましたよ。貴方がたの力と、貴方が求める剣士の力を…!」

 あるいはそれで皇帝の目的にも少し迫れるかも知れない。
 こうして戦役の終わりまでその力を貸すことを条件に、ベネットはスフェーンに支配地域での行動と“傭兵”への接触を認めた。

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