「魔王が倒れ、戦争がはじまった」
お土産
予想外の展開から長引いたトリドと帝国の戦。
後にトリド戦役とも呼ばれるその戦場は「クィネ」という名が初めて歴史に現れた戦いでもあった。
/
セイフあらためクィネは立身出世にさほど熱心とは言えなかった。
興味が無いわけではないが、自然にそうなるなら嬉しいという考えの持ち主であり、それのみを目的にした行動を取ることが無いのだ。
別に珍しくもない性質の人間だが、戦闘能力を加味して考えれば些か奇妙な考えでもあった。人の領域を踏み越えた人間は、同時に精神も逸脱していく。精神が肉体を引きずるように、肉体も精神を染め上げていく。
そうした域に至った者は我欲に対して異常なまでに滾るか、さもなければ、東方風に言うところの仙人のように俗世から離れていくことが多い。
しかし、クィネは戦場ではともかく、平時では間の抜けた蛮族に過ぎなかったのだ。気色の悪い哄笑をすることもなく、至って平凡な…少しばかり変わった者にしか見えない。
//
寒い。よくもまぁこんな地で生きていけるものだ。きっと北方の人々は驚くほど忍耐強いのだろう…
北の人間が彼の生まれた地に行けば、似たようなセリフを返したことだろう。ありきたりな考えを弄びながらクィネは仲間のホエスと共に、哨戒という名の暇つぶしに出ていた。
共に戦場を駆けた人間はある種の友情を得る。それが帝国式の傭兵通過儀礼“矢面”を終えた者達ならば尚更であった。
クィネとホエスも親友とまでは行かないが、共に連れ立って動くぐらいのことはするようになっていた。
ホエスは時折、しゃがんでは草の合間に何かしらの呪いを施していく。
共に動くようになってから分かったことだが、ホエスは陰険な顔とは違い…あるいはその印象通りに、非常にマメな性格である。
傭兵に与えられる哨戒任務など、単に怠けさせないための口実だ。実質的な哨戒を行うのは信頼のおける正規兵達がちゃんとこなしている。
しかし、ホエスは手を抜かない。身につけた技巧を活かして、出来得る限りの手段を講じていた。
「…それはなんだ?」
クィネの質問にホエスは嫌気が差したように唸りで返した。
作業が終わってから、ようやく返事をする。
「それはなんだ?あれはなんだ?どうやっている?…お前の頭の中には疑問しかないのか?人がやっていることがそんなに気になるか?」
「気になる」
暖簾に腕押しである。セイフもクィネも平均的な魔術師と言うものに会ったことがない。
セイフは勇者の一味であったことから、賢者や導師などと称される存在としか付き合いがなかった。クィネはただの傭兵であるから、魔術の才を持つものとの接触自体が稀だった。
“矢面”からひと月も経とうとしているが、戦況はあまり進まず暇な時も増えてくる。
こうしてひとところに留まれば、他者と風景にも目をやる余裕が出て来る。クィネの頭は疑問と好奇心で溢れそうであり、傭兵の中では頭が回る方のホエスは格好の絡み相手である。
「…地面に施す設置型の魔術だ。誰かが踏むと音が鳴る」
根負けしたホエスは嫌そうに答えた。一度応えればさらに質問が飛んでくる、というのは今日までの経験で嫌というほど分かっている。
「ほうほう。古代遺跡とかにあるアレか。踏むと爆発したりとか、凍ったりするやつ。…とすればここにはホエスが付けた術が永遠に残るのか?いや、凄いな」
「残る訳が無いだろう。魔力を込めてただ書いただけなら一時間も保たん。血などの媒介を用いても一日から3日ぐらいだ。古代遺跡等のあれは…まて、遺跡に入ったことがあるのか?」
古代遺跡、と言っても種類は数多い。どこぞの勢力が放棄した拠点もあれば、魔族が残したものもある。誰が造ったかも不明な高度なものまで…
だが、それらはほぼ全てが国の管理下に置かれている。失伝した技術を回収出来ることもあるし、そんなものが無くても単純に石材を得られる場所ともなる。誰かれ構わず持って行かせるはずもない。
故に当然、出入りできるのは国が許可を与えた者に限られる。学者などからすれば遺跡の調査は一つの目標ともされるほどだ。
「んん?ああ、人魔戦争時代に入る機会があってなぁ。結構楽しかった」
平凡とはいえ、魔術師であるホエスも遺跡に入れたことなどない。当たり前だ。そんな知名度と実力があるのなら、傭兵などして食ってはいない。
興味が次にうつったのか、クィネはふらふらと哨戒の続きを開始した。
「何者だお前…」
ぼそりと呟いた疑念は、ホエスの中に浸透した。
///
「ええい、お前たちは何かしないのか!」
凛とした声の一喝が木造の室内に響き渡る。未だ幼さが残っており、身がすくみ上がるような迫力に欠けていた。
「えぇー、寒いし。敵と会ったらどうするのさ」
「まぁ、そうカッカしなさんな。その辺に大将首が落ちてるわけでもなし、気負っても疲れるだけだ。気長にいこーや雇い主殿」
答える側が傭兵ともなれば、話はさらに進まない。彼らからすれば飯と金が入ってきて、戦いのない現在こそが最良の状態だ。頭では理解しているが…
「傭兵は戦ってこそで、だからこそお前たちは私に雇われたのだろう!?くそっこのままでは武功が無いまま戦が終わってしまう!」
彼女は焦っていた。若き帝国騎士は少年のようでも少女のようでもある。短めに切った金髪がそれに拍車をかけている。しかし、黒い甲冑の上からでも見るところを見れば性別は分かるだろう。女性だ。
れっきとした帝国騎士の生まれであり、家を継いで女騎士となる道を選んだ彼女だったが中々順風満帆とは行かない。
与えられた任務は今いる、小さな木製の監視塔の保持だ。地味に過ぎて、傭兵にとっては好都合だが、血気盛んな彼女には物足りない。
…帝国では騎士としての位と貴族としての位が分離していた。人魔戦争が余りにも長く続いたため、武功で上がる騎士位と、武功以外の功績および血統を保証する貴族位とで奇妙な双樹を形成したのだ。
タンザノ達の雇い主…ジーナは貴族としての位は最下位である。出世を狙うのには武功でもって、騎士位を上げていくのが最も早いことは確かだった。生き残れるかどうかは別の問題だった。
武功を狙っているというのなら、恐らくは剣か槍か…得物は分からないが武に自信があるのだろう。
しかし、それも訓練での話だろうな、とタンザノは酒を飲みながらぼんやりと思った。
戦場では足を引くモノもあれば、自分を狙ってすらいない一撃が自分に飛んでくるということも珍しくない。
剣技院で1位を与えられた早熟な天才が、初陣で流れ矢に当たって死んだ。仲の悪い味方に剣をもろくされて死んだ。他にも、他にも…
まぁ半分は作り話だろうが、それぐらい戦場というものは理不尽のオンパレードだ。
逆に全く負傷せず進むような規格外も稀にいるが、目の前の若き女騎士がそうだとは思えない。
「まぁアイツみたいなのもいるが…」
仲間内の問題児にして、稼ぎ頭を思う。
それと同時に戸が叩かれる。
////
「む。ホエスとクィネが帰ってきたか」
ジーナの顔が少しだけほころぶ。
名を挙げた二人はそれなりに真面目な部類であり、地味な任務にも倦むことが無い。部下としては理想的だ。未だ年若いジーナからすれば傭兵として正常なライザとタンザノの方にこそ好感が持てない。
「ただいま、ボス」
「…」
戸が開けば、いつも通りのクィネとやけにげっそりした面のホエスがそこにいた。
ホエスが暗い顔なのはいつも通りだが、それにしても疲れている。
「戻ったか、何か成果は?」
無いのは分かっている。それでも部下が戻り、報告をしてくるという流れは騎士としての血をくすぐる。
「ああ、はい。ボスにお土産を。…どうぞ」
土産?渡されたのは球体に近い楕円の物体。それを思わず受け取る。
「きゃあっ!?」
赤黒い粘液が篭手にこびりつき、その鉄越しにさえ不快な感触にジーナは思わず“土産”を取り落とした。ゴロリ、と転がったそれは首だった。
兜が付いており、トサカめいた装飾が有った。それなりの地位にいるものなのだろう。自分が渇望した成果を部下が持ち帰ったというのに震えが止まらない。
静かになった室内にタンザノの声が響いた。
「…その辺に落ちてたのか大将首」
悪い冗談だった。
後にトリド戦役とも呼ばれるその戦場は「クィネ」という名が初めて歴史に現れた戦いでもあった。
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セイフあらためクィネは立身出世にさほど熱心とは言えなかった。
興味が無いわけではないが、自然にそうなるなら嬉しいという考えの持ち主であり、それのみを目的にした行動を取ることが無いのだ。
別に珍しくもない性質の人間だが、戦闘能力を加味して考えれば些か奇妙な考えでもあった。人の領域を踏み越えた人間は、同時に精神も逸脱していく。精神が肉体を引きずるように、肉体も精神を染め上げていく。
そうした域に至った者は我欲に対して異常なまでに滾るか、さもなければ、東方風に言うところの仙人のように俗世から離れていくことが多い。
しかし、クィネは戦場ではともかく、平時では間の抜けた蛮族に過ぎなかったのだ。気色の悪い哄笑をすることもなく、至って平凡な…少しばかり変わった者にしか見えない。
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寒い。よくもまぁこんな地で生きていけるものだ。きっと北方の人々は驚くほど忍耐強いのだろう…
北の人間が彼の生まれた地に行けば、似たようなセリフを返したことだろう。ありきたりな考えを弄びながらクィネは仲間のホエスと共に、哨戒という名の暇つぶしに出ていた。
共に戦場を駆けた人間はある種の友情を得る。それが帝国式の傭兵通過儀礼“矢面”を終えた者達ならば尚更であった。
クィネとホエスも親友とまでは行かないが、共に連れ立って動くぐらいのことはするようになっていた。
ホエスは時折、しゃがんでは草の合間に何かしらの呪いを施していく。
共に動くようになってから分かったことだが、ホエスは陰険な顔とは違い…あるいはその印象通りに、非常にマメな性格である。
傭兵に与えられる哨戒任務など、単に怠けさせないための口実だ。実質的な哨戒を行うのは信頼のおける正規兵達がちゃんとこなしている。
しかし、ホエスは手を抜かない。身につけた技巧を活かして、出来得る限りの手段を講じていた。
「…それはなんだ?」
クィネの質問にホエスは嫌気が差したように唸りで返した。
作業が終わってから、ようやく返事をする。
「それはなんだ?あれはなんだ?どうやっている?…お前の頭の中には疑問しかないのか?人がやっていることがそんなに気になるか?」
「気になる」
暖簾に腕押しである。セイフもクィネも平均的な魔術師と言うものに会ったことがない。
セイフは勇者の一味であったことから、賢者や導師などと称される存在としか付き合いがなかった。クィネはただの傭兵であるから、魔術の才を持つものとの接触自体が稀だった。
“矢面”からひと月も経とうとしているが、戦況はあまり進まず暇な時も増えてくる。
こうしてひとところに留まれば、他者と風景にも目をやる余裕が出て来る。クィネの頭は疑問と好奇心で溢れそうであり、傭兵の中では頭が回る方のホエスは格好の絡み相手である。
「…地面に施す設置型の魔術だ。誰かが踏むと音が鳴る」
根負けしたホエスは嫌そうに答えた。一度応えればさらに質問が飛んでくる、というのは今日までの経験で嫌というほど分かっている。
「ほうほう。古代遺跡とかにあるアレか。踏むと爆発したりとか、凍ったりするやつ。…とすればここにはホエスが付けた術が永遠に残るのか?いや、凄いな」
「残る訳が無いだろう。魔力を込めてただ書いただけなら一時間も保たん。血などの媒介を用いても一日から3日ぐらいだ。古代遺跡等のあれは…まて、遺跡に入ったことがあるのか?」
古代遺跡、と言っても種類は数多い。どこぞの勢力が放棄した拠点もあれば、魔族が残したものもある。誰が造ったかも不明な高度なものまで…
だが、それらはほぼ全てが国の管理下に置かれている。失伝した技術を回収出来ることもあるし、そんなものが無くても単純に石材を得られる場所ともなる。誰かれ構わず持って行かせるはずもない。
故に当然、出入りできるのは国が許可を与えた者に限られる。学者などからすれば遺跡の調査は一つの目標ともされるほどだ。
「んん?ああ、人魔戦争時代に入る機会があってなぁ。結構楽しかった」
平凡とはいえ、魔術師であるホエスも遺跡に入れたことなどない。当たり前だ。そんな知名度と実力があるのなら、傭兵などして食ってはいない。
興味が次にうつったのか、クィネはふらふらと哨戒の続きを開始した。
「何者だお前…」
ぼそりと呟いた疑念は、ホエスの中に浸透した。
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「ええい、お前たちは何かしないのか!」
凛とした声の一喝が木造の室内に響き渡る。未だ幼さが残っており、身がすくみ上がるような迫力に欠けていた。
「えぇー、寒いし。敵と会ったらどうするのさ」
「まぁ、そうカッカしなさんな。その辺に大将首が落ちてるわけでもなし、気負っても疲れるだけだ。気長にいこーや雇い主殿」
答える側が傭兵ともなれば、話はさらに進まない。彼らからすれば飯と金が入ってきて、戦いのない現在こそが最良の状態だ。頭では理解しているが…
「傭兵は戦ってこそで、だからこそお前たちは私に雇われたのだろう!?くそっこのままでは武功が無いまま戦が終わってしまう!」
彼女は焦っていた。若き帝国騎士は少年のようでも少女のようでもある。短めに切った金髪がそれに拍車をかけている。しかし、黒い甲冑の上からでも見るところを見れば性別は分かるだろう。女性だ。
れっきとした帝国騎士の生まれであり、家を継いで女騎士となる道を選んだ彼女だったが中々順風満帆とは行かない。
与えられた任務は今いる、小さな木製の監視塔の保持だ。地味に過ぎて、傭兵にとっては好都合だが、血気盛んな彼女には物足りない。
…帝国では騎士としての位と貴族としての位が分離していた。人魔戦争が余りにも長く続いたため、武功で上がる騎士位と、武功以外の功績および血統を保証する貴族位とで奇妙な双樹を形成したのだ。
タンザノ達の雇い主…ジーナは貴族としての位は最下位である。出世を狙うのには武功でもって、騎士位を上げていくのが最も早いことは確かだった。生き残れるかどうかは別の問題だった。
武功を狙っているというのなら、恐らくは剣か槍か…得物は分からないが武に自信があるのだろう。
しかし、それも訓練での話だろうな、とタンザノは酒を飲みながらぼんやりと思った。
戦場では足を引くモノもあれば、自分を狙ってすらいない一撃が自分に飛んでくるということも珍しくない。
剣技院で1位を与えられた早熟な天才が、初陣で流れ矢に当たって死んだ。仲の悪い味方に剣をもろくされて死んだ。他にも、他にも…
まぁ半分は作り話だろうが、それぐらい戦場というものは理不尽のオンパレードだ。
逆に全く負傷せず進むような規格外も稀にいるが、目の前の若き女騎士がそうだとは思えない。
「まぁアイツみたいなのもいるが…」
仲間内の問題児にして、稼ぎ頭を思う。
それと同時に戸が叩かれる。
////
「む。ホエスとクィネが帰ってきたか」
ジーナの顔が少しだけほころぶ。
名を挙げた二人はそれなりに真面目な部類であり、地味な任務にも倦むことが無い。部下としては理想的だ。未だ年若いジーナからすれば傭兵として正常なライザとタンザノの方にこそ好感が持てない。
「ただいま、ボス」
「…」
戸が開けば、いつも通りのクィネとやけにげっそりした面のホエスがそこにいた。
ホエスが暗い顔なのはいつも通りだが、それにしても疲れている。
「戻ったか、何か成果は?」
無いのは分かっている。それでも部下が戻り、報告をしてくるという流れは騎士としての血をくすぐる。
「ああ、はい。ボスにお土産を。…どうぞ」
土産?渡されたのは球体に近い楕円の物体。それを思わず受け取る。
「きゃあっ!?」
赤黒い粘液が篭手にこびりつき、その鉄越しにさえ不快な感触にジーナは思わず“土産”を取り落とした。ゴロリ、と転がったそれは首だった。
兜が付いており、トサカめいた装飾が有った。それなりの地位にいるものなのだろう。自分が渇望した成果を部下が持ち帰ったというのに震えが止まらない。
静かになった室内にタンザノの声が響いた。
「…その辺に落ちてたのか大将首」
悪い冗談だった。
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