「魔王が倒れ、戦争がはじまった」
ジェダ
ジェダは由緒ある武門の家に生まれた。
そのことに不満があったわけではない。父や叔父のデマンは人魔戦争で活躍して勇者として讃えられた男であり、その血が流れていることには誇りで張り裂けそうなほどだった。
勇者の定義は国によって曖昧だ。魔族を相手取り活躍した者という共通点はあったが。
例えば魔王を討ったと喧伝している…恐らくは実際その通りなのだろう…ディアモンテ王国では剣に魔法、学識…全方位に優れた者にその称号を与える。
トリド王国では単純な武威で輝いた者だ。今でこそ中央諸国の一員として文化国を気取ってはいるが、祖先は遥か彼方から海を渡ってきた荒々しい武辺者達だという伝説があるのだった。
必然として武技を重視する傾向が強い。長きに渡った人魔戦争でも魔術師が勇者の称号を授かったというのは皆無では無いにせよ、指の数で表せる程度だ。
そうしたトリド王国に生まれたジェダにもその傾向はあった。
子供の頃から父の武勇伝を聞くのが楽しみだったし、ぶつぶつと呟いてまじないを行うよりは武器の方が分かりやすかった。
そうした背景を持ちながらも一族の間でジェダが浮いているのは、端的に言えば趣味の違いだった。
豪放な戦士よりも穏やかな方が格好良く見えた。無骨に敵を粉砕して回るより流れるような動きで戦場を舞い踊る方に憧れた。
不器用ながらもそれを会得しようとしている内に“覇気がない軟弱な若殿”というレッテルを貼られてしまった。容姿が一族特有のごつごつとしたジャガイモのような顔と恵まれた体躯だったことが拍車をかけているようだった。
これはジェダにとって大変不本意なことだった。
繰り返しになるが、別に一族の家風に不満があるわけではないのだ。ただもっと鮮やかさと優美さをと考えていただけのこと。
飄々として気楽に見えても、内心は鬱々として楽しむことの無いジェダはいっそ本当に馬鹿殿になってしまおうか、とさえ考えていた。
そこに転機が訪れた。
旅の最中に立ち寄った風来坊。それがジェダの師匠…ダイトとの出会いだった。
武名優れた人物であったために歓待されたダイトだったが、ジェダの一族に本気で尊敬を受けているわけでないことはジェダにもすぐ察せられた。
細身の肉体に優美な顔つき。ジェダの一族が信じる強者とは余りに食い違っていた。
しかし、それこそがジェダのなりたいと願っていた存在だった。
『私の弟子になりたい?』
『はい、是非とも』
『こういっては何だけれども、余り勧められないよ。君は誰もが羨む頑丈な体を持っている。それだけでも人より抜きん出ているといっても良い。無理をして私の剣を学ぶ必要なんてどこにもない。必要が無ければ技術は伸びない』
それは当然のことだった。
逞しく力強ければそれだけで他を圧する。つまりは才能である。
ダイトが携えているのは奇妙に捻れた刺突剣。ジェダの一族の戦士たちが用いる鉄棍とはかけ離れていた。ジェダが生まれ持った才能を無駄にする可能性さえある。
『必要は無くとも、憧れがあります』
『…憧れ?』
『はい。私は父や叔父よりもっと…優雅に戦いたいのです』
そう。結局は戦いだ。ジェダもそれを望んでいた。
だが、結果が同じでも過程に違いを求めるのは当然のことではないか?でなければ卑怯などという言葉も生まれなかったはずだ。
若者の赤らんだ顔にダイトは優しげに笑みを零した。
『いいよ。うん。そういうのは…嫌いじゃない』
こうしてダイトの逗留は予想よりも長い期間となった。
勿論、ジェダの一族は歓迎する振りだけであったが。
/
鋭い突きだった。
弾いた後力を込めようとしたが、刺突剣は既に持ち主の元まで柄を戻していた。一瞬の激突で得物を破壊されなかったのは、刺突剣の主が並々ならぬ技量の持ち主であることを示し、そして鋭さがまぐれではないことを表していた。
続く二合目。
屈強な肉体が細身の剣を構えながら、ゆらゆらと揺れるさまはどこか滑稽だった。
しかし、それこそが心法あるいは詐術の内なのか。次の瞬間にジェダの姿がクィネの視界から掻き消えた。
クィネはジェダが消えた時には、片足を出して状態の向きを変えた。それまで脇腹があった場所に鋭い刺突が通過していく。
この一撃はクィネの意表を突いていたが、元剣聖はあろうことか命中する寸前に体を捻って躱して退けた。もはや笑うしかない反応速度である。
「…なんだ?貴方は?」
「ジェダ。そこの指揮官様の甥ですよ」
内心で冷や汗をかいていようとも、おどけたようにジェダが切り替えした。
ジェダはクィネの疑問を履き違えていた。
クィネは奇襲を受けたことに何の感想も持っていない。のみならず、敵手の素性にも興味は無かった。敵は敵なのだ。それだけで素晴らしい。
…おかしい。
剣聖が奇襲を回避したのは剣士としての本能によるものだ。容易ならざる敵がいると、磨き抜いた戦士としての彼が告げたのだ。だが、生物としての本能は新たな敵は大したことがないと判断していた。
その相反する感覚が鬱陶しく、思わずクィネは問うてしまったのだ。
「まぁいい。さぁ」
クィネが再び剣を構える。
未知とは脅威だ。なぜ大したことが無い筈の戦士が強いのか。分からないが…
「やることは変わらない。掛かって参られよ。二人がかりでも構いはしない」
そこに油断は変わらず無い。
気に障る感覚は消えないが、意識して集中すればいいだけのこと。
そのはずだ。
//
突き、突き、突き――!
クィネに降り注ぐ刺突剣の雨。ただでさえ細身の剣。加えて先の初撃と二撃目で身体能力も上回っている判断したのだろう。武器を破壊されないようにジェダは剣同士の噛み合いを避けつつ、嵐のような連撃を見舞う。
――全く、初陣でこんな化け物と出会うとはなんてついていない。
二人がかりで掛かってこいと言われても、デマンが復帰するにはしばらくの猶予が必要だ。その間はジェダが一人で突如出現した怪剣士を相手取らなければならない。
内心のため息を隠しつつ、ジェダは攻撃を続行。いや続行せねばならなかった。
戦の経験が無くとも分かる。この男はまさに怪物じみた剣士であり、攻勢に出続けなければそれだけで噛み破られる。ジェダはそう確信したのだ。
なぜならばこれまでに放った突きは既に3桁に近づこうとしている。
にも関わらず、クィネには掠りもしていない。肉薄できたのも最初だけで、後はごく僅かな動きだけで躱していた!
「…見たことの無い剣。なるほど、若いつもりだったが俺も歳を取ったのかな」
躱しながらクィネには口を利く余裕すら表れていた。
戦いとは化かし合いだ。故に新しいものはしばらくは圧倒的な優位を与えるが…それもいずれは尽きるが定め。何の分野であろうと常に古きを守りながらも新しきを取り入れることこそが、強さだ。
クィネを相手に善戦するもジェダの剣は既に未知では無くなりつつあるのだ。
「新世代の剣術。対魔の域に至る実力がありながら、敢えて対人の域に留まり効率を希求していく。人魔戦争の後を見据えていた訳か…面白いな。考えついた者は余程の才人と見える」
尊敬する師を思い浮かべてジェダは初めて少しだけ笑った。あの方は怪物にも認められる素晴らしい剣士だったのだ。
鉄を剣で断つのは凄いことだろう。神秘を切り裂くなどに至ってはもう言葉もない。
…で、だから?人間は脆いのだ。
それは人を相手にするのに必要なことか?相手が鎧を着込んでいるのなら隙間を突けば良い。膂力で負けているのなら距離も計算に入れた速さで上回る。
本来、剣による刺突は用途が非常に限定される。強力な反面、点の攻撃であるために当てるのが難しい。腕が伸びきるために守りに向かない。一発逆転を狙う起死回生の技だ。
「歩法の妙と、突きよりも遥かに速い引きで解決したというわけか」
言葉を返す余裕はジェダに無い。しかし自分と師の剣の要諦を看破された。焦慮が体を支配していく。
――落ち着かなければならない。
明らかな力量差があるのだ。冷静さを欠いては勝負の堤は直ちに決壊する。
落ち着かなければならない――
「しかし、考えついた方は大したものだが…貴方に限っては師が悪かったな」
その言葉にジェダは何かが切れる音を聞いた。
そのことに不満があったわけではない。父や叔父のデマンは人魔戦争で活躍して勇者として讃えられた男であり、その血が流れていることには誇りで張り裂けそうなほどだった。
勇者の定義は国によって曖昧だ。魔族を相手取り活躍した者という共通点はあったが。
例えば魔王を討ったと喧伝している…恐らくは実際その通りなのだろう…ディアモンテ王国では剣に魔法、学識…全方位に優れた者にその称号を与える。
トリド王国では単純な武威で輝いた者だ。今でこそ中央諸国の一員として文化国を気取ってはいるが、祖先は遥か彼方から海を渡ってきた荒々しい武辺者達だという伝説があるのだった。
必然として武技を重視する傾向が強い。長きに渡った人魔戦争でも魔術師が勇者の称号を授かったというのは皆無では無いにせよ、指の数で表せる程度だ。
そうしたトリド王国に生まれたジェダにもその傾向はあった。
子供の頃から父の武勇伝を聞くのが楽しみだったし、ぶつぶつと呟いてまじないを行うよりは武器の方が分かりやすかった。
そうした背景を持ちながらも一族の間でジェダが浮いているのは、端的に言えば趣味の違いだった。
豪放な戦士よりも穏やかな方が格好良く見えた。無骨に敵を粉砕して回るより流れるような動きで戦場を舞い踊る方に憧れた。
不器用ながらもそれを会得しようとしている内に“覇気がない軟弱な若殿”というレッテルを貼られてしまった。容姿が一族特有のごつごつとしたジャガイモのような顔と恵まれた体躯だったことが拍車をかけているようだった。
これはジェダにとって大変不本意なことだった。
繰り返しになるが、別に一族の家風に不満があるわけではないのだ。ただもっと鮮やかさと優美さをと考えていただけのこと。
飄々として気楽に見えても、内心は鬱々として楽しむことの無いジェダはいっそ本当に馬鹿殿になってしまおうか、とさえ考えていた。
そこに転機が訪れた。
旅の最中に立ち寄った風来坊。それがジェダの師匠…ダイトとの出会いだった。
武名優れた人物であったために歓待されたダイトだったが、ジェダの一族に本気で尊敬を受けているわけでないことはジェダにもすぐ察せられた。
細身の肉体に優美な顔つき。ジェダの一族が信じる強者とは余りに食い違っていた。
しかし、それこそがジェダのなりたいと願っていた存在だった。
『私の弟子になりたい?』
『はい、是非とも』
『こういっては何だけれども、余り勧められないよ。君は誰もが羨む頑丈な体を持っている。それだけでも人より抜きん出ているといっても良い。無理をして私の剣を学ぶ必要なんてどこにもない。必要が無ければ技術は伸びない』
それは当然のことだった。
逞しく力強ければそれだけで他を圧する。つまりは才能である。
ダイトが携えているのは奇妙に捻れた刺突剣。ジェダの一族の戦士たちが用いる鉄棍とはかけ離れていた。ジェダが生まれ持った才能を無駄にする可能性さえある。
『必要は無くとも、憧れがあります』
『…憧れ?』
『はい。私は父や叔父よりもっと…優雅に戦いたいのです』
そう。結局は戦いだ。ジェダもそれを望んでいた。
だが、結果が同じでも過程に違いを求めるのは当然のことではないか?でなければ卑怯などという言葉も生まれなかったはずだ。
若者の赤らんだ顔にダイトは優しげに笑みを零した。
『いいよ。うん。そういうのは…嫌いじゃない』
こうしてダイトの逗留は予想よりも長い期間となった。
勿論、ジェダの一族は歓迎する振りだけであったが。
/
鋭い突きだった。
弾いた後力を込めようとしたが、刺突剣は既に持ち主の元まで柄を戻していた。一瞬の激突で得物を破壊されなかったのは、刺突剣の主が並々ならぬ技量の持ち主であることを示し、そして鋭さがまぐれではないことを表していた。
続く二合目。
屈強な肉体が細身の剣を構えながら、ゆらゆらと揺れるさまはどこか滑稽だった。
しかし、それこそが心法あるいは詐術の内なのか。次の瞬間にジェダの姿がクィネの視界から掻き消えた。
クィネはジェダが消えた時には、片足を出して状態の向きを変えた。それまで脇腹があった場所に鋭い刺突が通過していく。
この一撃はクィネの意表を突いていたが、元剣聖はあろうことか命中する寸前に体を捻って躱して退けた。もはや笑うしかない反応速度である。
「…なんだ?貴方は?」
「ジェダ。そこの指揮官様の甥ですよ」
内心で冷や汗をかいていようとも、おどけたようにジェダが切り替えした。
ジェダはクィネの疑問を履き違えていた。
クィネは奇襲を受けたことに何の感想も持っていない。のみならず、敵手の素性にも興味は無かった。敵は敵なのだ。それだけで素晴らしい。
…おかしい。
剣聖が奇襲を回避したのは剣士としての本能によるものだ。容易ならざる敵がいると、磨き抜いた戦士としての彼が告げたのだ。だが、生物としての本能は新たな敵は大したことがないと判断していた。
その相反する感覚が鬱陶しく、思わずクィネは問うてしまったのだ。
「まぁいい。さぁ」
クィネが再び剣を構える。
未知とは脅威だ。なぜ大したことが無い筈の戦士が強いのか。分からないが…
「やることは変わらない。掛かって参られよ。二人がかりでも構いはしない」
そこに油断は変わらず無い。
気に障る感覚は消えないが、意識して集中すればいいだけのこと。
そのはずだ。
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突き、突き、突き――!
クィネに降り注ぐ刺突剣の雨。ただでさえ細身の剣。加えて先の初撃と二撃目で身体能力も上回っている判断したのだろう。武器を破壊されないようにジェダは剣同士の噛み合いを避けつつ、嵐のような連撃を見舞う。
――全く、初陣でこんな化け物と出会うとはなんてついていない。
二人がかりで掛かってこいと言われても、デマンが復帰するにはしばらくの猶予が必要だ。その間はジェダが一人で突如出現した怪剣士を相手取らなければならない。
内心のため息を隠しつつ、ジェダは攻撃を続行。いや続行せねばならなかった。
戦の経験が無くとも分かる。この男はまさに怪物じみた剣士であり、攻勢に出続けなければそれだけで噛み破られる。ジェダはそう確信したのだ。
なぜならばこれまでに放った突きは既に3桁に近づこうとしている。
にも関わらず、クィネには掠りもしていない。肉薄できたのも最初だけで、後はごく僅かな動きだけで躱していた!
「…見たことの無い剣。なるほど、若いつもりだったが俺も歳を取ったのかな」
躱しながらクィネには口を利く余裕すら表れていた。
戦いとは化かし合いだ。故に新しいものはしばらくは圧倒的な優位を与えるが…それもいずれは尽きるが定め。何の分野であろうと常に古きを守りながらも新しきを取り入れることこそが、強さだ。
クィネを相手に善戦するもジェダの剣は既に未知では無くなりつつあるのだ。
「新世代の剣術。対魔の域に至る実力がありながら、敢えて対人の域に留まり効率を希求していく。人魔戦争の後を見据えていた訳か…面白いな。考えついた者は余程の才人と見える」
尊敬する師を思い浮かべてジェダは初めて少しだけ笑った。あの方は怪物にも認められる素晴らしい剣士だったのだ。
鉄を剣で断つのは凄いことだろう。神秘を切り裂くなどに至ってはもう言葉もない。
…で、だから?人間は脆いのだ。
それは人を相手にするのに必要なことか?相手が鎧を着込んでいるのなら隙間を突けば良い。膂力で負けているのなら距離も計算に入れた速さで上回る。
本来、剣による刺突は用途が非常に限定される。強力な反面、点の攻撃であるために当てるのが難しい。腕が伸びきるために守りに向かない。一発逆転を狙う起死回生の技だ。
「歩法の妙と、突きよりも遥かに速い引きで解決したというわけか」
言葉を返す余裕はジェダに無い。しかし自分と師の剣の要諦を看破された。焦慮が体を支配していく。
――落ち着かなければならない。
明らかな力量差があるのだ。冷静さを欠いては勝負の堤は直ちに決壊する。
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