TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
4-1 300人の社員から、筆跡を探せ?!
「いい、いくわよ」海空の号令に雪乃と鈴子は同時に顔を上げた。仕切り大好き海空は満足そうに二人に視線を注ぐと、お気に入りらしい青のボードを構えて、ばしこん、と手の甲で叩いた。
「あたし! 秘書課、戦略企画、監査! それに国際営業部! 雪乃、経理部、人事部! 鈴子、国内営業部、IT管理部。終わり次第トレードで! いい? 管理コードのパスワード! 《KOROKORO0821_SH!》」
「おいっ! お局! なんで俺の管理者パスワード知ってんだ!」聞いていた尾城林が腰を浮かせるが、時間が惜しい。だいたい尾城林は何度注意してもPCの下に付箋でパスワードを貼り付けている。因みに意味は死んだ犬、コロの命日に省吾のSH。
「各自作業開始! 300人の社員から、同じ筆跡を探すのよ! 総務部の底力舐めんな!」
***
遡って一時間前。ハッキングの被害確認が終わらないので、業務は停滞を余儀なくされた。そんな中、海空と雪乃は向かい合って座った。
「わたしの気付いたこと、お話しします。夜桜の時の眞守さんの言葉が引っかかって」
雪乃は小さく呼吸を繰り返した。「うん」と海空はなるべく雪乃が話しやすいように相づちを増やしてやる。
――甘ちゃんのお嬢様が、一般の会社員の表情になって来た。
「あいつは謎が多いのよねぇ。ただ、相当の遣り手だわね」
「決定的な一言があるんです」
いよいよ決意が固まったのか、雪乃は興奮した口調になった。
「――眞守さん、あの、変な封書……届いているのを知ってるとしか思えない言葉を使ったんです。あたしが、「会社に恨みがあるの?」って聞くと同時に、「届くはずのない手紙が届かなかった?」……て……おかしくないですか?」
西郷の荷物の中の陽光で動く様子の「首振り向日葵ちゃん」を見ていた鈴子がいち早く反応した。
「それってへん!」「そう、知ってたんです。ほら、手紙がない封書が届いたでしょ。だから、眞守さんは西郷さんと繋がりがあるのかもと思って」
「憶測を出ないわねえ」海空は眉を下げた。仮の話では駄目だ。しかし、信憑性はある。遠くから尾城林が「トリコロール仕事しろ」と目線を投げているが、やっと雪乃の頑固な心が雪解けを迎えた。ここは聞いておきたい。
「かちょお、大切なお話してるんです! かちょおが内線、取ってください」
「はーい、りょっ!」鈴子に甘い尾城林の「りょ」など聞きたくもない。海空は親指で総務部フロアのドアを閉めるように雪乃に合図、雪乃がちらっと鈴子を見て、「もおお」と鈴子が閉めに行った。
「鈴子、ドアにちゃんと札かけたの?」
「大丈夫です。『総務部立て込み中。後ほどいらしてください』と掛かってます」
海空は颯爽とホワイトボードの前に立ち、引き出しから「手紙なき封書」をマグネットで止めて、ホワイトボードマーカーで「トリコロール会議」と殴り書きした。
「鷺原と西郷先輩の関係ねぇ……苗字も違うし……ん?」
海空は封書をもう一度手に取って、「そういうことか!」と声を上げた。雪乃と鈴子に「見て」と封書を掲げて、指で示す。
「消印がないのよ。潰れてると思ったけど、消印がない。でも、郵便に入っていたのは間違いないわ。これは郵便として出されてない。そうよね。宛名はともかく、差出人がないわ」
こうなると、海空の脳はバシバシ動く。ホワイトボードに向いた。
『郵便を紛れ込ませられる』
『消印がない』
タン! とマーカーを置くと、海空は声を低めた。ドアを閉めれば声は漏れない。防音室の所以は、総務部の重要書類保管度と比例する。
「犯人は、社内の人間。この手紙は社内の誰かが紛れ込ませた事実になる。それは、何故? そこからが謎なのよね」
「手紙、なかったですもんねえ……入れ忘れたんでしょか」
鈴子の声に、「俺だ」と尾城林が観念したのか、立ち上がった。「その封書、俺が一回開けてんだよ。……固いものが入っていたから、俺へのカミソリかと思ってな」
三人が一気に無言になった前で、尾城林は「本当は中身があったんだが、渡しそびれた」と手の平を開いた。
「SIMカード?」と鈴子と雪乃が一斉に課長を見上げた。「そう、こいつが中身だったんだ。――なんか怖ろしくて」
大型の銀行株の担当だったワリには、犬が死んで会社来なかったり、どうにも掴めない男だ。
海空は「なんで早く言わないのよ」とカードを寄越せと手を差し出した。SIMカードは、スマートフォンに内蔵されている小型のICカードである。固有のID番号が記録されており、端末にSIMカードが付いていることで 電話番号が特定でき発着信が可能となる。
通話やデータ通信には不可欠でスマートフォン利用者固有のカードという扱いだ。
「――これだけ送られてもねぇ……記録用チップなら判るけど」
海空は指でカードを挟むと、「お手上げ」と早くも投げようとした。「待って」とは雪乃。
雪乃は先程の西郷の荷物に歩み寄ると、徐に手を突っ込んだ。
「さっき、時計を取り出した時に、携帯を見た気がするんです」
「携帯? ――まさか、これ会社から西郷さんの荷物を送ったままだってこと? 一度も開けてないわ……」
「ありました」と雪乃はスマートフォンを二台見つけ出した。一台は私用、二台目はどうやら会社の支給品。こわごわ電源を押すと、両方ともぱっとつく。
「充電されてたんでしょうか」海空は片方の携帯の端末にSIMカードをセットした。普通に電話が使えるだけで、収穫はない。そもそもSIMカードには情報媒体の機能はなく、個別IDと通話。それだけの役割でしかない。
「意味ないわねえ……何だか泣きたくなって来た。だって、ほら。日にちも再設定しろと言っているし……何があったのか、残ってないかな」
海空がブツブツ言いながら、西郷の携帯をいじくる最中、雪乃がガタリと立ち上がった。
「わかった……そのSIMカード……それを見つけることで、私たちは携帯に気付いた。佐東主任、これって携帯へ誘導するためじゃないですか?」
「携帯を見ろって言ってんの?! まどろっこしいことするわ……ね……」
海空はメールボックスを覗くなり、心臓がキシキシと鳴くような感覚を覚えた。吐き気が込み上げて来る。それはけして残酷な画像ではない。
メールが残っていた。――送り主は、このメールを届けたかった? だから、手紙がなかった。携帯メールには、西郷美佳子の息吹が残っていた。
「佐東主任?!」「お局?!」「しゅにん!」三人の声に海空は微笑みで応えて、また携帯に視線を落とす。1文が視界に飛び込む。
>こんなはずじゃなかったのに。
うん、仕事がきついのよ。縁の下の力持ちなんてあたしには無理。お父さんに認められたくて、頑張っているのに。
あなたもそうでしょう? どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?
もう、疲れちゃった。嘘よ。《《あなたも同じだもの》》ね。早く治さなきゃ。海空がカンカンになって書類をシュレッダーしちゃう前にね。
>株の動きはどう?
ごめん、あたし株とか判らないんです。だから巻き込まないで。
「……仕事に悩んでる内容……こんなに弱気で、仕事を憎んでる。でも、あたしのことが心配だって書いてある。途中から「もう死んじゃおうかな」が出て来る。尾城林」
尾城林は顔を背けた。海空は「あんたを責める余裕ないから」と結んで、濡れた目を輝かせた。
「あんたは失態した。でも、それだけ。こうなると誰もが言うんだ。「あの時***してれば良かった」「あの時気付いていれば」……違うでしょ。あの時**出来なかったから、あの時気付かなかったから……っ」
海空は吐露仕掛けて、ぐ、と堪えた。
「いいわ。仕事が溜まる。鷺原と西郷さんの関係なんかあるはずがないし。このメールが見られただけでヨシとする」
「佐東主任……あの」雪乃に海空は言い諭すように告げた。
「また勤怠が溜まっている。いつもながら、直行直帰のエラーもある。その上、上半期の決算書に、人事考課のチェックもある。泣いている暇はない。愛する先輩の死を悲しむ暇もありはしない。仕事をしないと。西郷さんの死が無駄になるのよ。西郷さんの分まで、仕事を……」
ふ、と雪乃の指輪を嵌めた手が見えた。雪乃は泣いていた。
「なんであんたが泣くのよ」
「……そうやって、無理して来たんですか。一人で抱え込んで。全部、何とかしようって。佐東主任は強くない」
――は? 海空は唇を歪めた。鈴子も頬を膨らませている。
「ちょっと待ってよ? なんであんたたち怒ってんの」
「泣くべきと思いますケド」鈴子がきっぱりと告げ、雪乃も「そうです」とらしく答えた。
「冗談じゃない。泣いてたら仕事ができないでしょうが! 溜まるの。総務は。あんたたちもさっさと」
雪乃はばっと携帯を開いて見せた。パスワードロックもかかっていない。メールの文面を突きつけた。
「あなたもそうでしょう? どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?もう、疲れちゃった。嘘よ。あなたも同じだものね。 早く治さなきゃ。海空がカンカンになって書類をシュレッダーしちゃう前にね」
――やめて。
――見せないで。
――仕事は溜まるのよ! 誰かがやらなきゃならない。そうしないと、はじき出されてゆきばを失うの。
「ちゃんと見て、泣いてください。主任だけが我慢しているなんておかしい。5分でもいいんです。時間ないなら、3分でもいい。このかたのために泣いてください」
「あたしもそれがいいと思います。見てて、辛い」
――辛いの? 頑張っているのに、辛いなんて言いやがる。……なら、もう頑張らない。
西郷の言葉が胸を締め付けた。
〝どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?〟
心のバランスが崩れた西郷美佳子。でも、海空には支えてくれる仲間がいる。勝ち気な白と、こまっしゃくれた元気な姫リンゴが。
「誰がが、誰かに助けられている。一人では生きてはいない。そう言いましたよね」
雪乃の優しい言葉に、海空の頑固な糸は脆くなって切れた。「おお……」と海空は五分間泣き続けた。「男泣きだったんですね……勇ましい」の雪乃の言葉と共に、5分の涙は流れて行った。
(西郷係長、あなたは一人ぼっちだったけど、私には支えてくれる子たちが出来た。貴女のお導きですか?)
雪乃に出逢えて良かった。
鈴子に出逢えて良かった。
――トリコロールとして、一緒にいられて良かった。
測ったように、「ハッキング被害確認。業務を再開してください」と放送が流れ――
***
泣いた後の脳はリセットするそうで。たっぷり男泣きを披露した海空はボードをばしこん! と叩いた。雪乃はほっとして、もらい泣きした目をそっと拭う。
「ごめん。すっきりした! 男泣きすんのよ。忘れて」
海空は赤くなった鼻を擦ると、顔を上げた。
「では、作戦を練るわよ。この封書は社内から出されている。まずは、この封書を書いた人間を探すに限る。まさかとは思うけど、西郷さんの字かどうかも調べたい。確かここに履歴書が……おかしいわね? こっちかな」
ドン、ドン、ドン。机に散らかした資料に、数年前の書類が積み重ねられ、地層の変動を起こし始めた。
「――っかしいな。西郷さんの履歴書……」
(あ)と雪乃と鈴子は顔を見あわせる。朝のシュレッダーの時に見た履歴書は、「何も確認せずにシュレッダーするB型」の鈴子が颯爽と廃棄していた。
「――あたし、シュレッダーしちゃったかも……」
「中身を確認してかけような」いつしか話に混じっていた尾城林に鈴子は「りょ」と答えると、「履歴書保管してないんですか」としょぼんとした口調になった。
海空ははっと気付いたようだった。
「あるわ。確か管理者データーベースに履歴書はスキャンされてる。尾城林のコードなら判る」
「……何でだよ、おかしいだろ、それは」
尾城林を無視して、海空は颯爽と叫んだ。
「履歴書なら必ず直筆に決まってる! この封書を誰が書いたか突き止める! PDFで総勢300人! この中に、必ず犯人に繋がる人物がいるはず! いい? いくわよ――っ!」
――――――
――――………………
総務部の底力舐めんな。チェック業務ならお手の物だ。
果たして闇に隠れた鷺原眞守と、死した西郷美佳子の接点は?
***
背後では、東峰銀行の株が急落。煽りを受けた受け皿企業が軒並み下落。羽山カンパニー・ソサエティも例年比を下回る事実になる。
無謀な空売りの繰り返しと、株価格の下落。買い戻しに返戻金。鷺原の株の占有率は上昇し、羽山カンパニーは確実に追い込まれていたのだった――。
「あたし! 秘書課、戦略企画、監査! それに国際営業部! 雪乃、経理部、人事部! 鈴子、国内営業部、IT管理部。終わり次第トレードで! いい? 管理コードのパスワード! 《KOROKORO0821_SH!》」
「おいっ! お局! なんで俺の管理者パスワード知ってんだ!」聞いていた尾城林が腰を浮かせるが、時間が惜しい。だいたい尾城林は何度注意してもPCの下に付箋でパスワードを貼り付けている。因みに意味は死んだ犬、コロの命日に省吾のSH。
「各自作業開始! 300人の社員から、同じ筆跡を探すのよ! 総務部の底力舐めんな!」
***
遡って一時間前。ハッキングの被害確認が終わらないので、業務は停滞を余儀なくされた。そんな中、海空と雪乃は向かい合って座った。
「わたしの気付いたこと、お話しします。夜桜の時の眞守さんの言葉が引っかかって」
雪乃は小さく呼吸を繰り返した。「うん」と海空はなるべく雪乃が話しやすいように相づちを増やしてやる。
――甘ちゃんのお嬢様が、一般の会社員の表情になって来た。
「あいつは謎が多いのよねぇ。ただ、相当の遣り手だわね」
「決定的な一言があるんです」
いよいよ決意が固まったのか、雪乃は興奮した口調になった。
「――眞守さん、あの、変な封書……届いているのを知ってるとしか思えない言葉を使ったんです。あたしが、「会社に恨みがあるの?」って聞くと同時に、「届くはずのない手紙が届かなかった?」……て……おかしくないですか?」
西郷の荷物の中の陽光で動く様子の「首振り向日葵ちゃん」を見ていた鈴子がいち早く反応した。
「それってへん!」「そう、知ってたんです。ほら、手紙がない封書が届いたでしょ。だから、眞守さんは西郷さんと繋がりがあるのかもと思って」
「憶測を出ないわねえ」海空は眉を下げた。仮の話では駄目だ。しかし、信憑性はある。遠くから尾城林が「トリコロール仕事しろ」と目線を投げているが、やっと雪乃の頑固な心が雪解けを迎えた。ここは聞いておきたい。
「かちょお、大切なお話してるんです! かちょおが内線、取ってください」
「はーい、りょっ!」鈴子に甘い尾城林の「りょ」など聞きたくもない。海空は親指で総務部フロアのドアを閉めるように雪乃に合図、雪乃がちらっと鈴子を見て、「もおお」と鈴子が閉めに行った。
「鈴子、ドアにちゃんと札かけたの?」
「大丈夫です。『総務部立て込み中。後ほどいらしてください』と掛かってます」
海空は颯爽とホワイトボードの前に立ち、引き出しから「手紙なき封書」をマグネットで止めて、ホワイトボードマーカーで「トリコロール会議」と殴り書きした。
「鷺原と西郷先輩の関係ねぇ……苗字も違うし……ん?」
海空は封書をもう一度手に取って、「そういうことか!」と声を上げた。雪乃と鈴子に「見て」と封書を掲げて、指で示す。
「消印がないのよ。潰れてると思ったけど、消印がない。でも、郵便に入っていたのは間違いないわ。これは郵便として出されてない。そうよね。宛名はともかく、差出人がないわ」
こうなると、海空の脳はバシバシ動く。ホワイトボードに向いた。
『郵便を紛れ込ませられる』
『消印がない』
タン! とマーカーを置くと、海空は声を低めた。ドアを閉めれば声は漏れない。防音室の所以は、総務部の重要書類保管度と比例する。
「犯人は、社内の人間。この手紙は社内の誰かが紛れ込ませた事実になる。それは、何故? そこからが謎なのよね」
「手紙、なかったですもんねえ……入れ忘れたんでしょか」
鈴子の声に、「俺だ」と尾城林が観念したのか、立ち上がった。「その封書、俺が一回開けてんだよ。……固いものが入っていたから、俺へのカミソリかと思ってな」
三人が一気に無言になった前で、尾城林は「本当は中身があったんだが、渡しそびれた」と手の平を開いた。
「SIMカード?」と鈴子と雪乃が一斉に課長を見上げた。「そう、こいつが中身だったんだ。――なんか怖ろしくて」
大型の銀行株の担当だったワリには、犬が死んで会社来なかったり、どうにも掴めない男だ。
海空は「なんで早く言わないのよ」とカードを寄越せと手を差し出した。SIMカードは、スマートフォンに内蔵されている小型のICカードである。固有のID番号が記録されており、端末にSIMカードが付いていることで 電話番号が特定でき発着信が可能となる。
通話やデータ通信には不可欠でスマートフォン利用者固有のカードという扱いだ。
「――これだけ送られてもねぇ……記録用チップなら判るけど」
海空は指でカードを挟むと、「お手上げ」と早くも投げようとした。「待って」とは雪乃。
雪乃は先程の西郷の荷物に歩み寄ると、徐に手を突っ込んだ。
「さっき、時計を取り出した時に、携帯を見た気がするんです」
「携帯? ――まさか、これ会社から西郷さんの荷物を送ったままだってこと? 一度も開けてないわ……」
「ありました」と雪乃はスマートフォンを二台見つけ出した。一台は私用、二台目はどうやら会社の支給品。こわごわ電源を押すと、両方ともぱっとつく。
「充電されてたんでしょうか」海空は片方の携帯の端末にSIMカードをセットした。普通に電話が使えるだけで、収穫はない。そもそもSIMカードには情報媒体の機能はなく、個別IDと通話。それだけの役割でしかない。
「意味ないわねえ……何だか泣きたくなって来た。だって、ほら。日にちも再設定しろと言っているし……何があったのか、残ってないかな」
海空がブツブツ言いながら、西郷の携帯をいじくる最中、雪乃がガタリと立ち上がった。
「わかった……そのSIMカード……それを見つけることで、私たちは携帯に気付いた。佐東主任、これって携帯へ誘導するためじゃないですか?」
「携帯を見ろって言ってんの?! まどろっこしいことするわ……ね……」
海空はメールボックスを覗くなり、心臓がキシキシと鳴くような感覚を覚えた。吐き気が込み上げて来る。それはけして残酷な画像ではない。
メールが残っていた。――送り主は、このメールを届けたかった? だから、手紙がなかった。携帯メールには、西郷美佳子の息吹が残っていた。
「佐東主任?!」「お局?!」「しゅにん!」三人の声に海空は微笑みで応えて、また携帯に視線を落とす。1文が視界に飛び込む。
>こんなはずじゃなかったのに。
うん、仕事がきついのよ。縁の下の力持ちなんてあたしには無理。お父さんに認められたくて、頑張っているのに。
あなたもそうでしょう? どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?
もう、疲れちゃった。嘘よ。《《あなたも同じだもの》》ね。早く治さなきゃ。海空がカンカンになって書類をシュレッダーしちゃう前にね。
>株の動きはどう?
ごめん、あたし株とか判らないんです。だから巻き込まないで。
「……仕事に悩んでる内容……こんなに弱気で、仕事を憎んでる。でも、あたしのことが心配だって書いてある。途中から「もう死んじゃおうかな」が出て来る。尾城林」
尾城林は顔を背けた。海空は「あんたを責める余裕ないから」と結んで、濡れた目を輝かせた。
「あんたは失態した。でも、それだけ。こうなると誰もが言うんだ。「あの時***してれば良かった」「あの時気付いていれば」……違うでしょ。あの時**出来なかったから、あの時気付かなかったから……っ」
海空は吐露仕掛けて、ぐ、と堪えた。
「いいわ。仕事が溜まる。鷺原と西郷さんの関係なんかあるはずがないし。このメールが見られただけでヨシとする」
「佐東主任……あの」雪乃に海空は言い諭すように告げた。
「また勤怠が溜まっている。いつもながら、直行直帰のエラーもある。その上、上半期の決算書に、人事考課のチェックもある。泣いている暇はない。愛する先輩の死を悲しむ暇もありはしない。仕事をしないと。西郷さんの死が無駄になるのよ。西郷さんの分まで、仕事を……」
ふ、と雪乃の指輪を嵌めた手が見えた。雪乃は泣いていた。
「なんであんたが泣くのよ」
「……そうやって、無理して来たんですか。一人で抱え込んで。全部、何とかしようって。佐東主任は強くない」
――は? 海空は唇を歪めた。鈴子も頬を膨らませている。
「ちょっと待ってよ? なんであんたたち怒ってんの」
「泣くべきと思いますケド」鈴子がきっぱりと告げ、雪乃も「そうです」とらしく答えた。
「冗談じゃない。泣いてたら仕事ができないでしょうが! 溜まるの。総務は。あんたたちもさっさと」
雪乃はばっと携帯を開いて見せた。パスワードロックもかかっていない。メールの文面を突きつけた。
「あなたもそうでしょう? どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?もう、疲れちゃった。嘘よ。あなたも同じだものね。 早く治さなきゃ。海空がカンカンになって書類をシュレッダーしちゃう前にね」
――やめて。
――見せないで。
――仕事は溜まるのよ! 誰かがやらなきゃならない。そうしないと、はじき出されてゆきばを失うの。
「ちゃんと見て、泣いてください。主任だけが我慢しているなんておかしい。5分でもいいんです。時間ないなら、3分でもいい。このかたのために泣いてください」
「あたしもそれがいいと思います。見てて、辛い」
――辛いの? 頑張っているのに、辛いなんて言いやがる。……なら、もう頑張らない。
西郷の言葉が胸を締め付けた。
〝どうしてこんなに苦労してまで幸せになる必要があるの?〟
心のバランスが崩れた西郷美佳子。でも、海空には支えてくれる仲間がいる。勝ち気な白と、こまっしゃくれた元気な姫リンゴが。
「誰がが、誰かに助けられている。一人では生きてはいない。そう言いましたよね」
雪乃の優しい言葉に、海空の頑固な糸は脆くなって切れた。「おお……」と海空は五分間泣き続けた。「男泣きだったんですね……勇ましい」の雪乃の言葉と共に、5分の涙は流れて行った。
(西郷係長、あなたは一人ぼっちだったけど、私には支えてくれる子たちが出来た。貴女のお導きですか?)
雪乃に出逢えて良かった。
鈴子に出逢えて良かった。
――トリコロールとして、一緒にいられて良かった。
測ったように、「ハッキング被害確認。業務を再開してください」と放送が流れ――
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泣いた後の脳はリセットするそうで。たっぷり男泣きを披露した海空はボードをばしこん! と叩いた。雪乃はほっとして、もらい泣きした目をそっと拭う。
「ごめん。すっきりした! 男泣きすんのよ。忘れて」
海空は赤くなった鼻を擦ると、顔を上げた。
「では、作戦を練るわよ。この封書は社内から出されている。まずは、この封書を書いた人間を探すに限る。まさかとは思うけど、西郷さんの字かどうかも調べたい。確かここに履歴書が……おかしいわね? こっちかな」
ドン、ドン、ドン。机に散らかした資料に、数年前の書類が積み重ねられ、地層の変動を起こし始めた。
「――っかしいな。西郷さんの履歴書……」
(あ)と雪乃と鈴子は顔を見あわせる。朝のシュレッダーの時に見た履歴書は、「何も確認せずにシュレッダーするB型」の鈴子が颯爽と廃棄していた。
「――あたし、シュレッダーしちゃったかも……」
「中身を確認してかけような」いつしか話に混じっていた尾城林に鈴子は「りょ」と答えると、「履歴書保管してないんですか」としょぼんとした口調になった。
海空ははっと気付いたようだった。
「あるわ。確か管理者データーベースに履歴書はスキャンされてる。尾城林のコードなら判る」
「……何でだよ、おかしいだろ、それは」
尾城林を無視して、海空は颯爽と叫んだ。
「履歴書なら必ず直筆に決まってる! この封書を誰が書いたか突き止める! PDFで総勢300人! この中に、必ず犯人に繋がる人物がいるはず! いい? いくわよ――っ!」
――――――
――――………………
総務部の底力舐めんな。チェック業務ならお手の物だ。
果たして闇に隠れた鷺原眞守と、死した西郷美佳子の接点は?
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背後では、東峰銀行の株が急落。煽りを受けた受け皿企業が軒並み下落。羽山カンパニー・ソサエティも例年比を下回る事実になる。
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