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TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

【2-10】弱い自分からはじめよう

 社内監査室の存在は訊いた覚えがあるものの、直接の接点はない。尾城林は静かに電話を終了させると、持ち前の端正な表情をふっと崩した。

「んな、死刑に連れて行かれるような表情、らしくねえぞ」

 ずばり言い当てられて、雪乃は頬を押さえる。

「お局が一緒だから大丈夫だ。あいつは強いからなァ。どうすりゃあんなにうどん並みの神経に育つんだ。お局の母ちゃんに逢ってみたいもんだ。総務部の何処がいいんだかな」

 尾城林は「内緒だぞ」と目配せをした。やはり、軽い。

「あいつ、監査が欲しがったんだ。異動の辞令も出たんだぜ? なのに、お局は、すっくと立って、異動破ったんだ。だが、監査向きだろ、あいつは」

(確かに)佐東海空は状況把握が早く、容赦が無い。うどん並みの神経なら、社内のイザコザも「あほくさ」とばかりに片付けられるだろう。

「かっこいいと言ったんだがな。女性監査員。お、うどん屋がいるわ」

 観れば「うどん屋」こと海空がフロアの曲がり角に立っていた。

「課長、あたし役員フロアの郵送物終わってないんだけど」
「あー、俺やるから。ほい、行ってこい。社員三年目」

 チラ、と海空の視線が雪乃を這い回った気がする。「行くか」と海空は尾城林に郵送物を譲ると、「鈴子は支店への郵送物のスキャンしてるわよ」と報告して、ヒールを鳴らした。

「全く忙しいのに。あ、別にそんな死にに行くようにならなくて大丈夫。ちょっと驚くかもだけど……普段逢えない芸人に会える気分くらいで」
「芸人……ですか」
「おや、お笑い嫌い? じゃあ、俳優、アイドルあたりか。「大爆笑提案」好きなんだけどな。誰がブレイクするかの予想楽しいわよ」

 意外な海空の趣味話も嬉しいが、雪乃は海空の顔色を窺いつつ聞いていた。気付いた海空は話を取りやめた。せっかく、楽しい話を聞けたのに。巧く行かない。

「ここね。はい、じゃあ行きましょうか。佐東海空、入りまーす」

(え?)と思う間もない。(ウドン並みの神経)を立証されてしまった。海空は重そうな合皮のドアをぐいと開けると、「隣が社長室。ブラインドが降りてるからお留守ね」などとしゃあしゃあと告げる。

 しかし、部屋に入った瞬間に天井からぶら下がっている戦闘機と、ガラスケースに目を奪われた。

「な、驚くだろ? ねーえ、また増えてない?」
「佐東主任、座ってください」

 クイッ。クイッ。寸分違わず眼鏡を押し上げた2人の男性は、髪型も似ている。

「監査部主任の山田学です」
「監査部係長の鈴木太郎です」

「総務部の佐東海空です。こちらはご所望の篠山雪乃。雪乃、この2人が監査部メガネーズ。鈴子が名付けたんだけどね。……手短にお願い」

 山田と、鈴木と、佐東(佐藤)が揃った。ここに田中がいれば、日本の苗字ランキングの上位が揃う。平凡な苗字にそぐわない。

 しかし、物怖じしない海空の物言いに迫力負け。十年いれば、あんなお局に……。チラッと見ると、海空は「ふふん」と笑った。

(いや、あんなお局にはなりたくないかも)内心をしっかりと仕舞って、名刺を差し出す。

「篠山雪乃です。――あの……」

 また〝クイッ〟と同時に眼鏡を押し上げた監査部に海空が悪態をついた。

「いちいち眼鏡を押し上げないと話にならんの? こっちはPマークやら花見の準備やらで」
「見て戴いたほうが早いですね」

 ファイルに挟まったプリントを差し出されて、海空と一緒に覗き込む。雪乃は文章を眼で追って、口元を覆ってソファから腰を浮かせた。


『俺見ちゃったんだけど、ウイングって株主と総務を野放しにすんのな。株、ウッぱらってくらぁ。ホテルで空売りでもやってんのかよwwwww』

『うーけーるーっっw へえ、株にオンナがついてくるってかぁ。おーいそろそろ俺にも株とオンナくれや』

 下卑た文章だ。白紙にコピーされた文章だけでも、悪意が見えた。

「ネットに書かれていた。今日はこちらの事実確認でお呼びしました。ちなみにウイングは」

「某匿名掲示板の愛称でしょ。社長も可哀想に。ま、ぬるく見られてると思えば?」

「佐東主任。ウイング様に聞こえます。もうそろそろお帰りになる時間です」

 社長名は羽山龍角。羽をもじって、翼、ウイングと呼んでいるらしい。

「だーから。ウイングは気にしてないわよ。株にオンナ、わっはっは、でしょ」

 監査部メガネーズは慌ててわざとらしい咳祓いで誤魔化し、
「篠山さん、これは貴方のことではないかと密告がありましてね」といよいよ丁寧な口調で尋問を始めた。

「え……」
「昨晩鷺原さんと逢っていたと、社内から声がありました。いいですか? 鷺原さまは確かに株主ですが」

「でも、株を買うということは、応援してくれているわけだから!」

「それは理想論です。株は所有により味方から敵になります。つまりは第三者からの出資を受けた時点で、その第三者には出資割合に殉じた会社への一定の権利が発生するということ。我々の会社は、商品はありません。だからこそ、総務部の漏洩は商品に等しくなる」

 山田の説明は非常に理論的だ。雪乃は「でも」と反論しようとしたが、山田は睨め付けるでもなく、〝クイ〟と眼鏡を押し上げて息を吐いた。

「まして、今の営業部はくだらないとはいえ、ゴルフゲームで銀行の専務を怒らせた。それも計算ずくだとすると、あなたに近づいた目的は――」

「ひどい!」
「雪乃、ここでは言い返しは駄目」

今度は鈴木がため息混じりに雪乃に向いた。

「――会社が判ってないな。お嬢さん。あんたが仮にうちの戦略を株主にばらしたとする。株主はその情報を利用して、株を狙い、含有率を上げていく。それが出来るがバイナリー・オプション。1人の手に数百人の社員の生活が委ねられる。それが会社だ。佐東主任、篠山の言動から察するに、これ以上の確認は不要ですね」

 海空は「そーね」と軽く告げ、「なら失礼するわよ」と雪乃の腕を引いた。

「あんたたちも仰々しい。あたしの見解置いてくわ。このクソむかつく……失礼。ネットの文章を書いたのは、株に詳しい相手。空売りってなんなのよ」

「空売りとは変わった売買だ。通常は値が上がって売る利潤式だが、空売りは値が暴落して初めて利潤がでる。仕組みは単純ですよ。株価が下げる局面で株を買ってしまうと当然、損が出てしまう。株が下げとまるのを待って再び株を買って上昇するのを待つ逆張りをするも難しい。そこで株式市場が一時的な下げの流れになっているときに、その下げの流れに乗る事で利益をあげる手法。それが空売りです」

「邪道よねえ」

「レバレッジ効果次第では差し入れた証拠金の3倍までの取引が可能ですからね。よくバイナリーやデイトレーダー、証券のプロが信用新規売りと称して使う手です」

「なるほど。鷺原なら、それが出来る……と」

 雪乃ははっと先ほどの経理部「小デブだけど細居さん」の台詞を思い出した。確か、空売りは大変とか……。

「さっき、経理部の太いさんが言っていたんです。空売りって。あの、鷺原さんと逢っていたことは認めます。お付き合いしてます。でも、会社の話じゃなくて、海空さんのこと……」

 海空が美人な目を見開いた。雪乃は何度も俯いては瞬きを繰り返した。誰かに聞かせたい。その本心は雪乃ですら分からなかった。

「どうしたら巧く行くのかって相談しただけです。あたしに、社内の味方はいないんです」

 告げて情けなくなって来た。何が秘書課。社内のネットワークで雪乃に繋がる社員はいない。同期がいない雪乃には、友達が出来ないまま、三年が経つ。

 その上、寿山に指輪を捨てられた。精神は限界だったから、鷺原はまるで白馬で雪乃を迎えに来たような王子に見えた。トイレから出て来たけれど。

「――どうやら、この話は総務部預かりの案件と見た。ねえ、社内の密告したのって秘書課じゃない? 誤魔化す必要ないでしょ。どうせウイングも秘書課とホテルでご会食」

 ブラインドがパッと明るくなったに気付いたらしい。海空は悪態を止めた。

「あたしを呼んだわけが判った。じゃあ、秘書課と喧嘩してくるわ。監査が出たらややこしいだろうし。ここは総務部の主任が秘書課に事実確認と平手で、バカンスでいいわけね」

 監査メガネーズは無言だが、海空は以前に確かに言った。

「あたしは絶対間違わない」と。
 ――羨ましい。どうすれば、この酷い社会で、間違えずに済むのだろう? 天秤に仕事と愛を載せられても、海空はきっと揺らがない。雪乃の天秤はグラグラと歪む一方だ。

 雪乃は泣きたくなった。鷺原の本心はしっかり聞いた。会社を愛してくれていて、応援したいと。だから、株で助けるが株式で、それは相互理解の1歩になる。

 それこそ、雪乃が恋して止まない「優しい世界」――。

「仕事はこなします。泣いていても仕事はできます」

(でも、優しい気持ちになどなれない。海空のように強くなりたい。鈴子のように明るくなりたい)

「以上です。お疲れさまでした」
「またフィギュアかち合ったのね。同じモノが並んでいるけど、右の方が綺麗な仕上がり」

 眼鏡たちを最後まで出し抜いた海空と雪乃は「失礼しました」と退室した。

***

 監査室を出ると、大きな太陽が煌々とした陽光で廊下を照らし上げていた。同フロアには「秘書課」「戦略企画室」「監査室」の3つの部署だけが収められている。

「三権分立になってんのよね。この3課、それぞれ実権が強いから。秘書課が権力を持てば、バカな会社になる。戦略が権力を持てば、多大なリスクが生まれる。監査が権力を持てば、そこにはウイング帝国への道しかない。社長は偉そうに椅子に座ってりゃいい。あたしの持論」

「そうですか」

「あいつら、社員食堂でずーっとフィギュアの話よ。同じモノ並べてたけど、アレをよくウイング様が許すわ。つくづく上層部ってなーにやってんだか」

 明るく告げたあとで、「想像はしてたよ」と寂しそうな口調になった。

「あたしの話、聞いて貰ってんだろうなって。そんな今から売られるドナドナの顔しないでいいって。あんたは大切な部分が抜け落ちてんのよ」

 海空は「あたし、強いからね。バリカタ並みに」と頭を掻いた。
 雪乃はもそっと唇を開いた。

 ようやく言える。
 ――いつからか割れたクレパスを今こそ飛び越えられる。

「……いっぱい話したいんです。でも、あんたには話さないからって」

「だって、あんたいっぱいいっぱいでしょ。なんちゃって。あたしもねえ、いっぱいいっぱいよ。なーにも出来ない赤と、いつまでもなにもないと思い込んでる白の色つけで」

 海空はふっと笑って、ぱしんと手と手を打ちつけた。

「真っ白なあんただから、穢されちゃうのかもね。指輪、酷かったね」


 ――酷かったね。


 言葉は心にすとんと水冠の如く落ちた。ゆっくりと、染みいって、雪乃の涙腺を震わせる。たった一言。その一言が足りなかっただけで、海空を信じられなくなるなんて。あたしは弱い、でも、弱い自分から始めよう。

「はい……悔しかった」
「そうかそうか」と海空は雪乃の頭を撫でて、壁のプレート「秘書課」部分に片手を打ちつけた。「参ったな」と呟いた表情はどこか嬉しそうだ。

「鷺原に相談しなきゃならないほど、あたしが悩ませてた事実は判った。御礼に、その穢されちゃった原因をいずれもぎ取ってやるから、死ぬ気で総務やってね。平手で謹慎かしらねえ」

「あの、穏便に……」

「あら、やるときはやらなきゃ。あんたも、鷺原が意にそぐわないDVかましたら、股間蹴り上げてやりな。男はそれで一発で泣くわよ」

(……全くもうっ! 出来ません!)

 でも、海空のこういう性格に、救われている。味方がいないんじゃない。味方はいる。みんな味方だ。それが会社の結束なのかも知れない。


 それが、部署という家族なのかも知れない。考えれば、一年の何割を会社で過ごすのだろう? 勤続何年を一緒に生きるのだろう?

 いつか海空は告げた。「ちゃんと誰かが誰かに助けられて生きてる」今ならその言葉に込められた意味が素直に入って来る。

(味方、かぁ)なんかくすぐったい。いじけ虫は今日こそさよなら。みんなと生きて行くこの場所をもう少し、大切にしようか。
(秘書課異動はいつでも出来る……いまは)

「鷺原にはお花見接待で逢えるわよ」海空らしくて海空らしくない慰めの台詞と共に、総務部に戻った。

「早くしろ。ともかく早く連絡しろ。――さっさと資料を提出しろってか。経理部に連絡寄越せ、勤怠について連絡しろ……あーっ! もう。気が狂うわ!」

 机の付箋の山と、社内FAXの溢れかえったトレイと慌てた鈴子が二人を待っていた。


「あたし一人でどーしろっていうんですかぁ! も、内線なりっぱなんですけどぉ!」

「電話線抜いて昼寝でいいわよ」

 海空は付箋をべりべりと剥がして、優先順位に並べ始めた。

「あ、そうやって対応するんですね」とは鈴子。雪乃も一緒に並んで観察。

「おい。仕事しなよ。采配するよ! 鈴子、支店への郵送物準備!」
「りょ!」
「雪乃、営業部の対応と、会議室の確認。あたし、お花見接待の業者リスト作り! ハイハイ小娘たち、いまからトリコロール、ガンガンやるよーっ!」

 鈴子と雪乃は揃って「はいっ」と返事した。鈴子は嬉しそうににぱっと笑う。


「主任、あたしの大切な抜け落ちた部分って何ですか」


 海空は受話器を肩で挟み、高速でメールを打ちながら、今日も「さあねー」と軽く返すのだった――。

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