TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【2-Fin】接待ゴルフと接待花見に陰謀の蔭り
鷺原眞守が芝公園に到着すると、決められていたかの如く、秘書課たちの出迎えにあった。羽山の秘書のレベルは高い。だから接待が成功するも大きいのだが。
都内には夜の帳が降りて、東京タワーのイルミネーションが灯る中、芝公園は一段と賑やかになる。
火気厳禁、バーベキュー禁止、デリバリー禁止なのでどうなるかと思いきや、既に用意していた肉を切り分けるサービスで手を打ったようだ。
招待客はおよそ百人。ぐるりとロープで張り巡らされた南口は絶好のスポットで、車の乗り付けのスムーズな様子。
JR「浜松町」下車 徒歩12分の立地条件も良いし、何より桜が素晴らしい。
――が、桜よりも俺には見たいモノが……。
先日ゴルフでちょっかいを出した顛末が知りたい。雪乃から聞き出すのは酷だから、峰山の連絡を待っていたのだが、音沙汰無し。
「鷺原さま、ようこそいらっしゃいました。お好きな白ワインもご用意してございます」
「ありがとう」
うやうやしい秘書課に微笑みながら、車を降りた。「すぐにお車を」と控えていた運転手がパーキングに向かう。
(あのまま乗ってったりしないのかな)と見ていると、大層丁寧に車を移動するべく消えた。羽山の会社員は良いのか悪いのか悩むところだ。
「国際営業部長もすぐ参りますので。東峰の件ではご迷惑をかけたと」
(いや、俺がかけさせたんだけどね)
「東峰の方々はいらしてるの? 山崎さん」
「ええ。随分と和やかに楽しんでいらっしゃいます。ピンチはチャンスとは良くも言ったものですが、鷺原さまのお耳に入れるべきお話ではございませんので」
――ふうん、どうやって切り抜けたのか。トラップが甘かったらしい。
(雪乃に逢うのは難しそうだな)
綺麗にセッティングされたテーブルブッフェスタイルの簡易会場は見事なものだ。場所取りは当日しかできないから、恐らく総務部あたりが一日潰してやったのだろう。
「また、我が社の株を買ってくださったようで」
(空売りだけどな)と笑いを噛み殺しつつ会話に興じた。
「証券会社から許可を貰ったよ。御社を応援するも、ぼくには金を出すしか出来ませんから。でも、金はある人が出せば経済は廻る。そうして株経済を支えるカンパニーを手伝っていれば、日本経済も破竹の勢いで……は難しいかな」
秘書たちは教養があるので、経済論も付いて来る。
しかし、鷺原はどちらかというと、「ふうん?」と目を丸くして食いついてくるオンナのほうが好みだったりする。つまりは篠山雪乃。尻尾振って喜ぶほうが可愛がり甲斐があるというもの。
「いらっしゃいましたよ。専務」声がして、「やあ、鷺原くんだ」と向こうから人を割って東峰の専務が近づいて来た。
「あ、この度はたくさんの融資をありがとうございます」
「いやいや、そこにカンパニーの社長もいたのだが……」
(逢いたくねえよ)と悪態をついて、ぎょろりと辺りを探る。まだ、逢うは早い。まだ料理を揃えたばかり。「オーブンを温めて待つとき」だ。まだ、早い。
「いえ、また後日改めて。人材広告の件で伺いますので。佐々木くん、久しぶりです」
「あ、はい。……あの、先日の件は誠に申し訳ございません。俺、でも、嬉しかったです! カップインした時に、脳裏でくす玉が割れました」
「ハッハッハ。そうだろう、そうだろう。早朝「出勤」したときも、ぼんやりと嬉しさを噛み締めたりしてたかね。笑顔だったが」
「それは……いつお逢いしてもいいようにと。謝られるのも嫌でしょうし……俺は庶民なので、それしか思いつかないんです」
「結構結構。さあ、次に行こうか、きみに紹介したい相手がまだまだいるぞ。今度は郵政の相手だが、名刺はたんまりあるかね」
「はいっ 箱ごと全員で用意しています」
「お願いします! 佐々木くん、さあ、行こう。専務!おれたちも行きますが宜しいですか」
従順で単純な営業たちを引き連れて、またぞろ次のテーブルに向かって行った。
――なんだ、この俺的に嫌な、おざなりにされた和やかな雰囲気は。
苛立ちで酒をグラスから捨てた。「鷺原さま!」と慌てて秘書課たちが喚く。
「いや、あまり、美味しくないね」
「すみません! ちょっと! 鷺原さまに誰かワインを!」
腹の底が焼け付いた。佐々木はあの一件で東峰に気に入られたらしいが、以前の総務を追い詰め、成功した営業を見ているようで、むなくそ悪い。
頭に乗った営業がどんな被害を撒き散らすかを思い知らせてやりたかったのに。専務は人格者だった様子だ。
(銀行と、会社の戦争にはならなかったか。……見誤ったようだな)
もっと極悪な人物の時に使える手だったのだ。楔はもっと深く、強く打つべきだった。会社と融資の諍いは見られない。
(チ)と舌打ちをしたところで、いち早く鷺原を見つけたらしい雪乃と目が逢った。が手にビール瓶を二本持っているので、接待中だろう。
これが社内の花見なら、みんなで楽しめるが、今日はあくまで、選ばれた「花見」。ふと顔を上げると夜空に選ばれたような顔をした東京タワーが輝いていた。
しかし、鷺原はSkyツリーのほうが好みだ。古ぼけたタワーも、そろそろ交代しろと想っている。古物がのさばられる図ほど忌々しいものはない。目をぎょろつかせたところで、知り合いのデイトレーダーにかち合って、鷺原の思考は霧散した。
***
「雪乃ちゅあん。きみ、いつまで総務なの? 秘書向きだよぉ」
社内の重役酔っ払いに絡まれた雪乃を助けたは海空だった。
「はいはい、顧問、篠山は総務部ですよ。向いてます」
「エー」酒に酔うと、おじさんたちは子供になる。またそれをあやす海空はお水スキルもあるらしい。ますます謎だ。
「雪乃ちゅあんと、桃加ちゃん。揃えてどこかへ行きたいねぇ。海外出張ないかな」
「揃えて雲の果てまでですか? 顧問、年末調整の控除証明書無事に届きました?」
「なんでこんなとこで、確定申告……」
手で「あっちいって」と合図されて、雪乃はビール瓶を持ってテーブルを離れた。鈴子は同期と固まっていて、楽しそう。こういうとき、同期がいないと寂しいと想っていたら、木陰に尾城林の背中を見つけた。
「こんな陰で何やってるんですか」
「俺、もう営業じゃねーから。あまり出逢いたくないんでね。ITよりましだろ。あいつら今日の午後、大半が体調不良だの、行方不明だので、代表すら来ないんだから。東峰の担当、俺だったからな……随分可愛がられてマァ」
尾城林は(勝手に)飲みながら、専務行脚を見て楽しんでいたらしい。
「外部に味方がいたほうが、会社ではTUEEEEEんだよ」
「酔ってますね。課長、あの」
「鷺原に逢いたいなら、探してくれば? さっき秘書課が大慌てで「ご機嫌斜めで」と何やら相談してたし、おまえも逢いたいんだろ。いいよ、俺が許可すっから」
尾城林は一言「頼むな」と強く言って、「俺帰る。鈴子はどこだ」と鞄を背中に担ぎ上げた。
「鈴子? ああ、さっきあそこのテーブルでみなさんと」
「俺を好き好きちゃんのモノ好きにくらい、挨拶しますかねえ。鈴子―」ぶったまげの台詞を置いて、尾城林は鈴子を呼んだ。
名前で呼んでいいのだろうかと見守っていると「はいな!」と鈴子が顔を見せた。
「おまえ。PMS審査やれ。Pマークだよ。個人情報保護法。俺のサポートな。いいきっかけだろ?」
「ほ?」
「ほ? じゃねえよ。あっちこっちの上司にごはんごはんうるさいから。俺が面倒見る。お局に任せると、諍いが絶えないし。そんなら鈴子にメシ奢る」
鈴子はぱあっと顔を明るくして、夜桜の中、敬礼の真似をした。
「りょ!」
「――うし。んじゃまた来週~」と尾城林は裏側から芝公園を抜け出ていき、鈴子は走って付いて行った。なんだかんだで仲が良い。お父さんと娘みたいだが。
――と、肩を叩かれた。
「やっと見つけた。雪乃さん」
秘書課の主任の山崎桐子。愛称は「桐箪笥」である。
「鷺原さんが呼んでるのよ。寿山の件に免じて、目を瞑るわ。留められなくて済まない」
「いえ……わたしも悪かったんです」
桐子は首を振って、雪乃の両肩をぐっと掴んだ。
「あなたは悪くない。秘書課への異動が成立するの、待ってるから。会社としては有り得ない事だわ。秘書課の希望を募ったのに、総務なんて。必ず、必ず引き上げるから。我慢してとは言いにくいが今は何も」
雪乃は「その言葉で充分です」と頭を下げた。
「わたし、総務部も楽しいんです。トリコロールは、わたしがいなきゃ成り立たない。それが、わたしの存在の形なら、今はそれでいいんです。佐々木の一件は、わたしの心もすくい上げた。努力も、苦労もしていいのだと。それは負けじゃない。毎日コツコツ、苦労ばかり。それでも楽しんで行けるのだと知って、心がふっと軽くなったん……わ」
突如、ぎゅっと身長の高い山崎に抱き締められて、雪乃は狼狽した。
「佐東はイイコに育ててる!」と言われて、ちょっぴり嬉しくなる。でもきっと、今だけだ。夜桜の下の魔法かも知れない。
会社では総務と秘書課は絶対に相容れない。そう、しむけられている気がする。何かに。
「いらっしゃい。尾城林には許可を取ったから」
ぐいっと手を引かれると、鷺原の姿が見えた。が、海空がズカズカと歩いて来るが見えた。
(ウッ)と思っていると、海空はぴたりと寿山の前で立ち止まった。
「なぁによ」と寿山が睨み返すと、海空はばっと手を出した。寿山が唇を歪めて握手をするが、海空は「違う。言われたいの?」と手を叩いた。
「なんのこと?」
「うちの二番目の妹をあんたがどこで、何したか。ここで言われたいのかって話だよ」
「桃加、しらな……」
「その手に嵌めてる指輪に気付かないと思ってんなら、頭わりーわ」
(ちょ、喧嘩売ってる?!)まだ拘っていたのかと雪乃が踏み出そうとしたところで、もう一つの腕が雪乃を引き戻した。
「お局に任せておけばいい。指輪を返して貰いな、総務」山櫻だ。声は低く、まさにレディースの風体。国際部の面々の中で、鷺原が気がついてこちらに視線を這わせてきた。ここぞとばかりに海空はふふんと言い放った。
「しらばっくれるなら、全部言うけど。総務は、社員を護るが第一。むろん、あんたの名誉もね。五秒以内に、そいつを外せ。あんた、トイレに捨ててないでしょ。それが雪乃の指輪だって一目瞭然」
海空は「どうする?」とにっこり笑った。とうとう寿山は根負けした。海空は言うだろう。この重役の前で。堂々と。また寿山の立場を護りながらも雪乃との約束を護ってくれた。雪乃はてっきり捨てられたと思っていたのに。
寿山はウー、と唸って、喚いて指輪を外した。
「わかったわよ! なんなのよ、味方がいない? 全員味方だなんてムカツク。バカらしい。返すわ。薬指の指輪があたしには中指にぴったりだったのも、ムカツクのよ!」
「ありがと。――だから秘書課は嫌いなのよ」
最後に大蛇級の毒を吐いて、海空はくるりと雪乃に向いた。「ほれ、これ嵌めて行って来い。夜桜の許す限りよ。接待して。大切な株主さまだからね」
「佐東主任……あの」
「ほれ、行った行った。――頼むね」
また、頼む……。さっき尾城林も付け加えた。何を頼む、なのだろう? 会社? それとも……
――本心はもう分かっていた。雪乃にしか出来ないこと。それは……
「眞守さん」
夜桜の中、鷺原が振り返った。国際部たちはいつしか鷺原から離れ、一人で夜桜に立つ鷺原は、社会で孤独に見える。もの悲しい雰囲気はきっと夜桜のせいだと思う。
「あなたは、会社に恨みがあるんですか」
「贈られるはずのない郵送物、届かなかった?」言葉は同時で――。
《第2話 了》
都内には夜の帳が降りて、東京タワーのイルミネーションが灯る中、芝公園は一段と賑やかになる。
火気厳禁、バーベキュー禁止、デリバリー禁止なのでどうなるかと思いきや、既に用意していた肉を切り分けるサービスで手を打ったようだ。
招待客はおよそ百人。ぐるりとロープで張り巡らされた南口は絶好のスポットで、車の乗り付けのスムーズな様子。
JR「浜松町」下車 徒歩12分の立地条件も良いし、何より桜が素晴らしい。
――が、桜よりも俺には見たいモノが……。
先日ゴルフでちょっかいを出した顛末が知りたい。雪乃から聞き出すのは酷だから、峰山の連絡を待っていたのだが、音沙汰無し。
「鷺原さま、ようこそいらっしゃいました。お好きな白ワインもご用意してございます」
「ありがとう」
うやうやしい秘書課に微笑みながら、車を降りた。「すぐにお車を」と控えていた運転手がパーキングに向かう。
(あのまま乗ってったりしないのかな)と見ていると、大層丁寧に車を移動するべく消えた。羽山の会社員は良いのか悪いのか悩むところだ。
「国際営業部長もすぐ参りますので。東峰の件ではご迷惑をかけたと」
(いや、俺がかけさせたんだけどね)
「東峰の方々はいらしてるの? 山崎さん」
「ええ。随分と和やかに楽しんでいらっしゃいます。ピンチはチャンスとは良くも言ったものですが、鷺原さまのお耳に入れるべきお話ではございませんので」
――ふうん、どうやって切り抜けたのか。トラップが甘かったらしい。
(雪乃に逢うのは難しそうだな)
綺麗にセッティングされたテーブルブッフェスタイルの簡易会場は見事なものだ。場所取りは当日しかできないから、恐らく総務部あたりが一日潰してやったのだろう。
「また、我が社の株を買ってくださったようで」
(空売りだけどな)と笑いを噛み殺しつつ会話に興じた。
「証券会社から許可を貰ったよ。御社を応援するも、ぼくには金を出すしか出来ませんから。でも、金はある人が出せば経済は廻る。そうして株経済を支えるカンパニーを手伝っていれば、日本経済も破竹の勢いで……は難しいかな」
秘書たちは教養があるので、経済論も付いて来る。
しかし、鷺原はどちらかというと、「ふうん?」と目を丸くして食いついてくるオンナのほうが好みだったりする。つまりは篠山雪乃。尻尾振って喜ぶほうが可愛がり甲斐があるというもの。
「いらっしゃいましたよ。専務」声がして、「やあ、鷺原くんだ」と向こうから人を割って東峰の専務が近づいて来た。
「あ、この度はたくさんの融資をありがとうございます」
「いやいや、そこにカンパニーの社長もいたのだが……」
(逢いたくねえよ)と悪態をついて、ぎょろりと辺りを探る。まだ、逢うは早い。まだ料理を揃えたばかり。「オーブンを温めて待つとき」だ。まだ、早い。
「いえ、また後日改めて。人材広告の件で伺いますので。佐々木くん、久しぶりです」
「あ、はい。……あの、先日の件は誠に申し訳ございません。俺、でも、嬉しかったです! カップインした時に、脳裏でくす玉が割れました」
「ハッハッハ。そうだろう、そうだろう。早朝「出勤」したときも、ぼんやりと嬉しさを噛み締めたりしてたかね。笑顔だったが」
「それは……いつお逢いしてもいいようにと。謝られるのも嫌でしょうし……俺は庶民なので、それしか思いつかないんです」
「結構結構。さあ、次に行こうか、きみに紹介したい相手がまだまだいるぞ。今度は郵政の相手だが、名刺はたんまりあるかね」
「はいっ 箱ごと全員で用意しています」
「お願いします! 佐々木くん、さあ、行こう。専務!おれたちも行きますが宜しいですか」
従順で単純な営業たちを引き連れて、またぞろ次のテーブルに向かって行った。
――なんだ、この俺的に嫌な、おざなりにされた和やかな雰囲気は。
苛立ちで酒をグラスから捨てた。「鷺原さま!」と慌てて秘書課たちが喚く。
「いや、あまり、美味しくないね」
「すみません! ちょっと! 鷺原さまに誰かワインを!」
腹の底が焼け付いた。佐々木はあの一件で東峰に気に入られたらしいが、以前の総務を追い詰め、成功した営業を見ているようで、むなくそ悪い。
頭に乗った営業がどんな被害を撒き散らすかを思い知らせてやりたかったのに。専務は人格者だった様子だ。
(銀行と、会社の戦争にはならなかったか。……見誤ったようだな)
もっと極悪な人物の時に使える手だったのだ。楔はもっと深く、強く打つべきだった。会社と融資の諍いは見られない。
(チ)と舌打ちをしたところで、いち早く鷺原を見つけたらしい雪乃と目が逢った。が手にビール瓶を二本持っているので、接待中だろう。
これが社内の花見なら、みんなで楽しめるが、今日はあくまで、選ばれた「花見」。ふと顔を上げると夜空に選ばれたような顔をした東京タワーが輝いていた。
しかし、鷺原はSkyツリーのほうが好みだ。古ぼけたタワーも、そろそろ交代しろと想っている。古物がのさばられる図ほど忌々しいものはない。目をぎょろつかせたところで、知り合いのデイトレーダーにかち合って、鷺原の思考は霧散した。
***
「雪乃ちゅあん。きみ、いつまで総務なの? 秘書向きだよぉ」
社内の重役酔っ払いに絡まれた雪乃を助けたは海空だった。
「はいはい、顧問、篠山は総務部ですよ。向いてます」
「エー」酒に酔うと、おじさんたちは子供になる。またそれをあやす海空はお水スキルもあるらしい。ますます謎だ。
「雪乃ちゅあんと、桃加ちゃん。揃えてどこかへ行きたいねぇ。海外出張ないかな」
「揃えて雲の果てまでですか? 顧問、年末調整の控除証明書無事に届きました?」
「なんでこんなとこで、確定申告……」
手で「あっちいって」と合図されて、雪乃はビール瓶を持ってテーブルを離れた。鈴子は同期と固まっていて、楽しそう。こういうとき、同期がいないと寂しいと想っていたら、木陰に尾城林の背中を見つけた。
「こんな陰で何やってるんですか」
「俺、もう営業じゃねーから。あまり出逢いたくないんでね。ITよりましだろ。あいつら今日の午後、大半が体調不良だの、行方不明だので、代表すら来ないんだから。東峰の担当、俺だったからな……随分可愛がられてマァ」
尾城林は(勝手に)飲みながら、専務行脚を見て楽しんでいたらしい。
「外部に味方がいたほうが、会社ではTUEEEEEんだよ」
「酔ってますね。課長、あの」
「鷺原に逢いたいなら、探してくれば? さっき秘書課が大慌てで「ご機嫌斜めで」と何やら相談してたし、おまえも逢いたいんだろ。いいよ、俺が許可すっから」
尾城林は一言「頼むな」と強く言って、「俺帰る。鈴子はどこだ」と鞄を背中に担ぎ上げた。
「鈴子? ああ、さっきあそこのテーブルでみなさんと」
「俺を好き好きちゃんのモノ好きにくらい、挨拶しますかねえ。鈴子―」ぶったまげの台詞を置いて、尾城林は鈴子を呼んだ。
名前で呼んでいいのだろうかと見守っていると「はいな!」と鈴子が顔を見せた。
「おまえ。PMS審査やれ。Pマークだよ。個人情報保護法。俺のサポートな。いいきっかけだろ?」
「ほ?」
「ほ? じゃねえよ。あっちこっちの上司にごはんごはんうるさいから。俺が面倒見る。お局に任せると、諍いが絶えないし。そんなら鈴子にメシ奢る」
鈴子はぱあっと顔を明るくして、夜桜の中、敬礼の真似をした。
「りょ!」
「――うし。んじゃまた来週~」と尾城林は裏側から芝公園を抜け出ていき、鈴子は走って付いて行った。なんだかんだで仲が良い。お父さんと娘みたいだが。
――と、肩を叩かれた。
「やっと見つけた。雪乃さん」
秘書課の主任の山崎桐子。愛称は「桐箪笥」である。
「鷺原さんが呼んでるのよ。寿山の件に免じて、目を瞑るわ。留められなくて済まない」
「いえ……わたしも悪かったんです」
桐子は首を振って、雪乃の両肩をぐっと掴んだ。
「あなたは悪くない。秘書課への異動が成立するの、待ってるから。会社としては有り得ない事だわ。秘書課の希望を募ったのに、総務なんて。必ず、必ず引き上げるから。我慢してとは言いにくいが今は何も」
雪乃は「その言葉で充分です」と頭を下げた。
「わたし、総務部も楽しいんです。トリコロールは、わたしがいなきゃ成り立たない。それが、わたしの存在の形なら、今はそれでいいんです。佐々木の一件は、わたしの心もすくい上げた。努力も、苦労もしていいのだと。それは負けじゃない。毎日コツコツ、苦労ばかり。それでも楽しんで行けるのだと知って、心がふっと軽くなったん……わ」
突如、ぎゅっと身長の高い山崎に抱き締められて、雪乃は狼狽した。
「佐東はイイコに育ててる!」と言われて、ちょっぴり嬉しくなる。でもきっと、今だけだ。夜桜の下の魔法かも知れない。
会社では総務と秘書課は絶対に相容れない。そう、しむけられている気がする。何かに。
「いらっしゃい。尾城林には許可を取ったから」
ぐいっと手を引かれると、鷺原の姿が見えた。が、海空がズカズカと歩いて来るが見えた。
(ウッ)と思っていると、海空はぴたりと寿山の前で立ち止まった。
「なぁによ」と寿山が睨み返すと、海空はばっと手を出した。寿山が唇を歪めて握手をするが、海空は「違う。言われたいの?」と手を叩いた。
「なんのこと?」
「うちの二番目の妹をあんたがどこで、何したか。ここで言われたいのかって話だよ」
「桃加、しらな……」
「その手に嵌めてる指輪に気付かないと思ってんなら、頭わりーわ」
(ちょ、喧嘩売ってる?!)まだ拘っていたのかと雪乃が踏み出そうとしたところで、もう一つの腕が雪乃を引き戻した。
「お局に任せておけばいい。指輪を返して貰いな、総務」山櫻だ。声は低く、まさにレディースの風体。国際部の面々の中で、鷺原が気がついてこちらに視線を這わせてきた。ここぞとばかりに海空はふふんと言い放った。
「しらばっくれるなら、全部言うけど。総務は、社員を護るが第一。むろん、あんたの名誉もね。五秒以内に、そいつを外せ。あんた、トイレに捨ててないでしょ。それが雪乃の指輪だって一目瞭然」
海空は「どうする?」とにっこり笑った。とうとう寿山は根負けした。海空は言うだろう。この重役の前で。堂々と。また寿山の立場を護りながらも雪乃との約束を護ってくれた。雪乃はてっきり捨てられたと思っていたのに。
寿山はウー、と唸って、喚いて指輪を外した。
「わかったわよ! なんなのよ、味方がいない? 全員味方だなんてムカツク。バカらしい。返すわ。薬指の指輪があたしには中指にぴったりだったのも、ムカツクのよ!」
「ありがと。――だから秘書課は嫌いなのよ」
最後に大蛇級の毒を吐いて、海空はくるりと雪乃に向いた。「ほれ、これ嵌めて行って来い。夜桜の許す限りよ。接待して。大切な株主さまだからね」
「佐東主任……あの」
「ほれ、行った行った。――頼むね」
また、頼む……。さっき尾城林も付け加えた。何を頼む、なのだろう? 会社? それとも……
――本心はもう分かっていた。雪乃にしか出来ないこと。それは……
「眞守さん」
夜桜の中、鷺原が振り返った。国際部たちはいつしか鷺原から離れ、一人で夜桜に立つ鷺原は、社会で孤独に見える。もの悲しい雰囲気はきっと夜桜のせいだと思う。
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