TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【1-9】接待花見会議。そこはもう戦場だった
――接待お花見。
役員会からの予算を割り振りし、会社にとって利なるお客様を寄りよい商談が出来るように、または昨年の功績を出した取引先を労うが趣旨。
人間関係を重んじる「人材派遣」の会社にとっては、取引先は一蓮托生になる大切な相手。総じて「パートナー」と呼称……。
「予算が足りないんで、上層部から切り詰めろとご所望が届きました」
初っぱなから、会議は不穏な空気に包まれる。発言元は経理部の横幅あるのに細居さん。「おいおいおい」と尾城林が口を挟んだ。
「先週は、予算は充分だから、派手にやろう、じゃなかったか?」
「そうですけど」尾城林はペンを経理部の代表に向けた。
「――予算枠を間違えたんだろ。素直に言えよ」
尾城林のこういう情け容赦のない部分は過去を想い出して鬱になる。海空は「じゃあ、どのくらいカットなのよ?」とどちらかというと、経理部のほうに助け船を出した。
泣きっ面の声が響いた。
「25%です」
会議室がシンとなった。データにある「発注リスト」の大半を削らなければならないし、食事のランクも下げなければならない振り幅である。
業務中だが、一行に終わらない会議……皆が苛々し出してきた。最終的には、お花見なんて忘れて、自分が飲み食いしたいものの口論になった。
「俺、酒飲めないんで、ジュースも欲しいと思います」
「外資保険営業部長はチョコレートが好きなので、銀座の高級店「ローズ」からのケーキをお願いします」
準備係から実行委員まで。当日は清掃業者と化す。ああ、考えただけで逃げたいと全員が思っているだろうが、上層部はきっと楽しみにしているに決まっている。
ああ、哀しいかな宮仕え。
「予算がないって言ってるんです!」
「それならこっちのシステム・アナリティクス証券会社の社長夫妻は、鰐が食べたいと」
「こちらの上場八鳥運送会社の社長は、ベジタリアンです! 鰐なんかやめてください」
「こっちは、鰐を用意するって話でですね!」
(また始まった)営業部、戦略、統括管理、IT部が睨み合いを始める中、海空は息を吐いた。こうなると、会社のためというよりも、自分たちの仕事を優先しての発言になる。
(ネイル直したいな)と指先を気にしている前で、三人の言い争いは過熱していった。
「お局、静かだな」尾城林が茶々を入れてきた。
「わたしたちには取引先はないからね。毎回ながら、よくやる」
「営業にとってはだな。死活問題だ。何故なら、「接待」を餌に、仕事をもぎ取る。それが営業の力量で、荒技だからな。人間は美味いものに目がない。しかし、鰐とは……からかわれてるんだよ、アレ」
鰐の言葉に笑いが堪えられないらしい。総務が机に齧り付いている時間、彼らもまた靴底を減らして戦い抜いているのだろう。
「予算がないんです! 鰐は無理です!」
経理部の叫び声に、三竦みになった営業部、戦略、統括管理が「そりゃそうだ」と静かに座った。
「じゃあ、優先的なお客様を決めて、そこから割り振るかだわね」
「お局」「黙ってらんないのよ。こういうの」海空はすくっと立ち上がると、きっぱりと告げた。
「予算を出してくれれば、あたしが割り振り……」
はっと気付いた時には遅かった。みなのほっとした顔が海空の視界に飛び込んだ。
『総務にやらせりゃいいんじゃん?』
――しまった……!
「よ、予算の割り振りだけっ! 総務部も多忙なんです! 見えないかもだけど」
「少なくとも、営業よりは楽だろ。机でお菓子、食えんじゃーん。こっちはスイカまでチェックされ、ノルマは課せられ、意味の分からない渋滞に巻き込まれ」
――尾城林の古巣。やはり総務と営業には海と山くらいの溝がある。「なんだと」と海空が血気盛んに立ち上がったところで、尾城林が「おまえは座ってろ」と代わりに立った。
「あ、尾城林さん。すっかり総務課長ッスね」の茶々には「辞令出たから」と軽くいなし、経理部の泣きべそには「ダブルチェックだと思って、予算表俺と佐東に共有して」と告げ、ITには「鰐は無理だ。鰐だけで予算飛ぶ。ダマされてんじゃねーよ」と一喝。
尾城林のこういう仕事ができるところが嫌いだ。唇を噛んだところで、遅れて部長クラスがやって来た。
「どこまでまとまった?」の言葉に、全員がイラァ、といきり立ち――。
少なくとも、営業よりは楽だろ。《《机でお菓子、食えんじゃーん》》。
お菓子が食いたいのか、それほど暇だと言いたいのか。
――後であいつの給与額見て憂さを晴らそう。苛々色会議は2時間に及んだ――。
***
「お疲れ」と差し出されたカップ珈琲を受け取って、海空は廊下の椅子に座り込んでいた。窓の夕陽は斜陽。今日終わらない仕事は明日に倍になる。今日のストレスは今日の間に解消しないと。
(あああ、時間が……)
「――今日、残業いい?」
「どうぞ」
顔を上げる元気もなく、口頭の残業申請を済ませて、「なんでこうなのかしらね」と疲労困憊で嘯くと、尾城林は「昔からだろ」とこともなげな口調だ。
「残業? まだ月末処理か」
「雪乃と鈴子の仕事のチェックよ。あと、あたしの提出する来月の審査の書類。それにちょっと引っかかることがあってねえ」
「篠山の話か」
海空は頷いた。かつての天敵の男に自分の後輩を愚痴る。プライドも何もあったものではないけれど、少なくとも「衝突」したと言う事実は、海空と関わった事実でもある。
無関心が一番応える世の中で、尾城林は信頼に値する……とは詭辯だろうか。
「どうも、キナ臭いのよねえ……鷺原眞守。お局の勘よ」
「勘じゃぁねーよ、それ」と尾城林は空になったカップを預かり、ダストボックスに捨てた。
「俺の営業を褒めてくれた上司が言っていた。『勘は磨かれて育つモノ。よく調べて考えることで強くなる』13年の総務お局は伊達じゃねーってことだ」
「……ありがと」
海空は御礼を口にして、「でも、あんたのしたことは、チャラにはならないからね」と捨て台詞を吐いた。
――捨て台詞を吐けるなら、大丈夫。
きゅっと立ち上がると、廊下に大きく設置された窓からは、都会の夕焼けが見えていた。
「終業時間は疾うに過ぎました、か。なんてセンチメンタルな」
***
戻ると雪乃と鈴子はまだ残業に勤しんでいた。雪乃の手には変わらずに指輪が輝いている。鈴子は相変わらず営業に押しつけられたパンフの用意を続けていた。見れば早く帰る雪乃もホチキスを手に、奮闘していた。
より、指輪が輝いて見えた。
「あ、しゅにん~~~」と泣きっ面の鈴子に「お疲れさまです。まだまだ終わらなくって。二人なら早いかなって」と照れたような声音の雪乃。
……いつもなら、さっさと帰ってしまうのに。
何かが届いたかしら? 雪乃の心に。
(ふうん。これだから、仕事は嫌いになれないのよねえ)
一生懸命の姿は心に栄養をくれる。色んな栄養が体に必要なように、心にだって、何種類もの栄養が届くのは嬉しいはずだ。
心の栄養失調なんて、冗談じゃない。
海空はガーター履きの足を肩幅に開くと、
「あんたたち、マンパワーって知ってる? 《《二人より三人》》。さあ止める順番に並べて。作業量を減らすだけでも効率いいから」
と明るく笑いかけた。
「はいはい、それじゃ遅いわよ、終電までに終わらせるわよ!」
役員会からの予算を割り振りし、会社にとって利なるお客様を寄りよい商談が出来るように、または昨年の功績を出した取引先を労うが趣旨。
人間関係を重んじる「人材派遣」の会社にとっては、取引先は一蓮托生になる大切な相手。総じて「パートナー」と呼称……。
「予算が足りないんで、上層部から切り詰めろとご所望が届きました」
初っぱなから、会議は不穏な空気に包まれる。発言元は経理部の横幅あるのに細居さん。「おいおいおい」と尾城林が口を挟んだ。
「先週は、予算は充分だから、派手にやろう、じゃなかったか?」
「そうですけど」尾城林はペンを経理部の代表に向けた。
「――予算枠を間違えたんだろ。素直に言えよ」
尾城林のこういう情け容赦のない部分は過去を想い出して鬱になる。海空は「じゃあ、どのくらいカットなのよ?」とどちらかというと、経理部のほうに助け船を出した。
泣きっ面の声が響いた。
「25%です」
会議室がシンとなった。データにある「発注リスト」の大半を削らなければならないし、食事のランクも下げなければならない振り幅である。
業務中だが、一行に終わらない会議……皆が苛々し出してきた。最終的には、お花見なんて忘れて、自分が飲み食いしたいものの口論になった。
「俺、酒飲めないんで、ジュースも欲しいと思います」
「外資保険営業部長はチョコレートが好きなので、銀座の高級店「ローズ」からのケーキをお願いします」
準備係から実行委員まで。当日は清掃業者と化す。ああ、考えただけで逃げたいと全員が思っているだろうが、上層部はきっと楽しみにしているに決まっている。
ああ、哀しいかな宮仕え。
「予算がないって言ってるんです!」
「それならこっちのシステム・アナリティクス証券会社の社長夫妻は、鰐が食べたいと」
「こちらの上場八鳥運送会社の社長は、ベジタリアンです! 鰐なんかやめてください」
「こっちは、鰐を用意するって話でですね!」
(また始まった)営業部、戦略、統括管理、IT部が睨み合いを始める中、海空は息を吐いた。こうなると、会社のためというよりも、自分たちの仕事を優先しての発言になる。
(ネイル直したいな)と指先を気にしている前で、三人の言い争いは過熱していった。
「お局、静かだな」尾城林が茶々を入れてきた。
「わたしたちには取引先はないからね。毎回ながら、よくやる」
「営業にとってはだな。死活問題だ。何故なら、「接待」を餌に、仕事をもぎ取る。それが営業の力量で、荒技だからな。人間は美味いものに目がない。しかし、鰐とは……からかわれてるんだよ、アレ」
鰐の言葉に笑いが堪えられないらしい。総務が机に齧り付いている時間、彼らもまた靴底を減らして戦い抜いているのだろう。
「予算がないんです! 鰐は無理です!」
経理部の叫び声に、三竦みになった営業部、戦略、統括管理が「そりゃそうだ」と静かに座った。
「じゃあ、優先的なお客様を決めて、そこから割り振るかだわね」
「お局」「黙ってらんないのよ。こういうの」海空はすくっと立ち上がると、きっぱりと告げた。
「予算を出してくれれば、あたしが割り振り……」
はっと気付いた時には遅かった。みなのほっとした顔が海空の視界に飛び込んだ。
『総務にやらせりゃいいんじゃん?』
――しまった……!
「よ、予算の割り振りだけっ! 総務部も多忙なんです! 見えないかもだけど」
「少なくとも、営業よりは楽だろ。机でお菓子、食えんじゃーん。こっちはスイカまでチェックされ、ノルマは課せられ、意味の分からない渋滞に巻き込まれ」
――尾城林の古巣。やはり総務と営業には海と山くらいの溝がある。「なんだと」と海空が血気盛んに立ち上がったところで、尾城林が「おまえは座ってろ」と代わりに立った。
「あ、尾城林さん。すっかり総務課長ッスね」の茶々には「辞令出たから」と軽くいなし、経理部の泣きべそには「ダブルチェックだと思って、予算表俺と佐東に共有して」と告げ、ITには「鰐は無理だ。鰐だけで予算飛ぶ。ダマされてんじゃねーよ」と一喝。
尾城林のこういう仕事ができるところが嫌いだ。唇を噛んだところで、遅れて部長クラスがやって来た。
「どこまでまとまった?」の言葉に、全員がイラァ、といきり立ち――。
少なくとも、営業よりは楽だろ。《《机でお菓子、食えんじゃーん》》。
お菓子が食いたいのか、それほど暇だと言いたいのか。
――後であいつの給与額見て憂さを晴らそう。苛々色会議は2時間に及んだ――。
***
「お疲れ」と差し出されたカップ珈琲を受け取って、海空は廊下の椅子に座り込んでいた。窓の夕陽は斜陽。今日終わらない仕事は明日に倍になる。今日のストレスは今日の間に解消しないと。
(あああ、時間が……)
「――今日、残業いい?」
「どうぞ」
顔を上げる元気もなく、口頭の残業申請を済ませて、「なんでこうなのかしらね」と疲労困憊で嘯くと、尾城林は「昔からだろ」とこともなげな口調だ。
「残業? まだ月末処理か」
「雪乃と鈴子の仕事のチェックよ。あと、あたしの提出する来月の審査の書類。それにちょっと引っかかることがあってねえ」
「篠山の話か」
海空は頷いた。かつての天敵の男に自分の後輩を愚痴る。プライドも何もあったものではないけれど、少なくとも「衝突」したと言う事実は、海空と関わった事実でもある。
無関心が一番応える世の中で、尾城林は信頼に値する……とは詭辯だろうか。
「どうも、キナ臭いのよねえ……鷺原眞守。お局の勘よ」
「勘じゃぁねーよ、それ」と尾城林は空になったカップを預かり、ダストボックスに捨てた。
「俺の営業を褒めてくれた上司が言っていた。『勘は磨かれて育つモノ。よく調べて考えることで強くなる』13年の総務お局は伊達じゃねーってことだ」
「……ありがと」
海空は御礼を口にして、「でも、あんたのしたことは、チャラにはならないからね」と捨て台詞を吐いた。
――捨て台詞を吐けるなら、大丈夫。
きゅっと立ち上がると、廊下に大きく設置された窓からは、都会の夕焼けが見えていた。
「終業時間は疾うに過ぎました、か。なんてセンチメンタルな」
***
戻ると雪乃と鈴子はまだ残業に勤しんでいた。雪乃の手には変わらずに指輪が輝いている。鈴子は相変わらず営業に押しつけられたパンフの用意を続けていた。見れば早く帰る雪乃もホチキスを手に、奮闘していた。
より、指輪が輝いて見えた。
「あ、しゅにん~~~」と泣きっ面の鈴子に「お疲れさまです。まだまだ終わらなくって。二人なら早いかなって」と照れたような声音の雪乃。
……いつもなら、さっさと帰ってしまうのに。
何かが届いたかしら? 雪乃の心に。
(ふうん。これだから、仕事は嫌いになれないのよねえ)
一生懸命の姿は心に栄養をくれる。色んな栄養が体に必要なように、心にだって、何種類もの栄養が届くのは嬉しいはずだ。
心の栄養失調なんて、冗談じゃない。
海空はガーター履きの足を肩幅に開くと、
「あんたたち、マンパワーって知ってる? 《《二人より三人》》。さあ止める順番に並べて。作業量を減らすだけでも効率いいから」
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