TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【1-Fin】不満タラタラ でも会社は廻るし面白い
「国際営業部」は「バイナリー」の異名を取る。
バイナリーとは0と1のみで表現されているデータ形式。「binary」は2進数の意。コンピューターの分野では「バイナリ」ということが多い……らしい。
「国際営業部」とは文字通り、国際の取引を主とする、株式取引でも外資に寄せられたセクションであり、そのセグメント(製品の認識の仕方・価値づけ・使用方法、購買に至るプロセスのこと)は多岐に渉る。
オープンデスクには大きなディスプレイが置かれ、株チャートを映し続けていた。
「あ、お局さん」
「や」と馴染みの女性社員に挨拶をして、海空は(げ)と足を止める。海空に気付いて、今日も麗しいワンピースの秘書課主任の山崎桐子が振り返った。
「……何してるのよ。秘書課が。下々のフロアに降りて来て」
桐子はふっと笑うと、「勝ち組はね、努力を怠らないのよ」と見事な喧嘩を売り始めた。
「あらあ、そんな下々の努力をなさるのかしらぁ」と海空。
「あの……」と挟まれた男性社員が牽制するも、「女の戦いにクチを挟むな!」と同時に怒鳴られて、スゴスゴと引き上げて行った。
「あー、鷺原、信用取引のプロですもんねえ。慌ててお勉強ですか。お暇そうで」
バチバチバチとメンチを斬り合って、「目を逸らしたら負け!」とばかりに仁王立ちで睨み合っていたが、山崎のほうが引いた。
「――ちょっと、顔貸して。総務部お局さん」言い方は相変わらずだが、つい、と親指でオープンスペースを指して見せる。
「わたし、絶賛勤怠中なんですけどね。秘書課に付き合ってる時間は」
「そんなもん、残業すればいいでしょ」
――簡単に言ってくれる。今日は年下のワンコロ(※海空の彼氏)の新作ケーキの日で、「みくちゃん、絶対来てね」の笑顔を曇らせたくはないのだが。
「いいけど、あんたに付き合って勤怠まとめられなかったら、全員の給与が出ないの判ってる?」
総務部の重要性を知れとばかりに畳み掛けてやったが、秘書課のぶ厚い面の皮はそうそう捲れないらしい。
(ちょうどいい。雪乃のために、業務の探り出しでもしてやるか)
雪乃は秘書課への異動を出し続けているし、地味顔を派手顔にするテクやら、英会話やら、マナーやらもきちんと学んで異動に備えている。
先輩としてそれは寂しいが、「総務がイヤ」なのではなく「憧れ」なら背中を押してやらねばならないだろう。
実際、雪乃は負けん気が強い。仕事においての「負けず嫌い」は巧く使えば武器になる。そこに協調性があれば、カリスマにだってなれる。
(あたしは総務のお局でいいけどね)
場所があるなら、それでいい……うん。
*****
桐子と海空は、窓際のオープンスペースに落ち着いた。「何か飲む?」と桐子は秘書の職業病で聞いてきた。普段メンチ斬り合っているが、桐子と海空は同期である。会社がまだ五階建ての頃から、同じフロアにいたも懐かしい。――が、秘書課は敵。
「話って何よ。さっさとして。勤怠が待ってんのよ」
「勤怠勤怠……。鷺原さんを探っているようだから、話しておこうと思って」
「探ってないわよ。ウチの雪乃に詐欺まがいな聞き出しをしていないか、確認しただけ。お嬢様には判らないだろうけど、総務は機密事項を握ってる。おいそれと喋れない話だってある」
「秘書も同じだって。ブラックはわたしよ」
桐子はトレイの珈琲をすっと下ろし、右向けにマドラーを添えて海空に差し出した。
スラリとした足を組み直して、桐子は遠い目をして見せた。
「知りたくもない会社規模の機密を知ったり、巻き込まれたりする。ましてウチは信用取引。時には道具にされたりね。精一杯飾り立てて、ドールのような気分もあるし、落ち込んでいても、国際パーティーで微笑まなきゃならないし」
(なんだ、愚痴?)と眉を下げると、桐子はいよいよ声を潜めた。
「あまり、立ち入らないほうがいい、佐東。あたしからは、それだけ。あと、ついでに言うと、玉の輿狙いは寿山だけだから。あたしは自立した女でいたいし、幹和子は故郷に置いて来た彼氏がいる。寿山は高望みし過ぎで、どうかと思うが」
海空は先程の「鷺原お迎え」時を思い出した。雪乃も寿山も、何故か必死。
「男なんて、要らないのにねぇ」桐子は遠い目をしてぼやいて見せる。
「カネと、マンション、それにカワイイ子と時たま遊ぶ。面倒な出産もイヤだし」
(あ、1つ冠婚葬祭の案件が来てた気が)
出産の言葉で、急に冠婚葬祭のチェックを思い出す辺りが、総務部主任。
「鷺原ってなんなのよ」桐子はさらっと「バイナリー・オプションの遣い手」と答え、珈琲を啜った。
「直感でやるやつよね。値動きを見て、相場が上がるか下がるかを予想するシンプルなルールの投資だっけ。あれ、どうして儲かるのよ」
会社の職種が職種なので、社員のなかでも「バイナリー」や「FX」「外資オンライン」に勤しむ人間は多いが、海空は全くといって触手が働かない。
「相場を支える役割だからよ。例えば、社会を動かすは総理大臣の一言だけど、支持するは民衆、つまりは世論。それを経済でやっていると思えばいい。短時間で利益を出すことができる、損失は最初の投資金額したのみ、相場が動かない時でも利益が狙える。でも鷺原さまくらいになると、多分「FX」も運営しているだろうけど」
FXは判る。買い、売りどちらでも注文できるので、どんな局面でも利益を狙えるそうだ。――しかし、お金は地道に貯めるか、貯蓄保険が安全だと思うのだけど。
「カネがあるのは判った。――やたらに峰山と会議しているのが気になっただけよ」
桐子は「そ」とさりげなく告げると、「あまり首をつっこまないほうがいい」と再度告げて、颯爽とエレベーターに向かって行った。
海空はオープンスペースで珈琲を片手に、桐子の言葉を反芻する。
「鷺原さんを探っているようだから、話しておこうと思って」……?
(誰から聞いた。この短期間で?)
海空の負けず嫌いの血が沸騰する。〝何かが水面下で進んでいる〟これはお局の勘だ。
(尾城林は言った。勘は長きの経験から選び取る一種の能力なのだと。悔しいが、尾城林の言葉には説得力が……)深慮からはっと正気に返った。
「あーっ! 勤怠! 勤怠! あとまだ、数名の打刻漏れの修整!」
勤怠がまとまらなければ、今度は経理部が苛々《いらいら》しながら督促に来る。常習犯の営業部はやっぱり今月もまとまっていない安定のアホ集団。会社の闇も気になるが、ここは勤怠まとめないと! 勤怠をまとめなければ、今度は総務の能力の査定が下がる。
それにそろそろ鈴子も戻ってきて……くれているといいのだけれど。
総務のお局は意地悪姐だけでなく、時には悪役令嬢もこなさねばやっていけない。
あら探しの得意なおばちゃんのように小うるさくチェックをしなければならない。
――全く。
海空は腕を思い切り伸ばした。
(つくづく、理不尽なことばかり。総務も、秘書も。……社員が不満タラタラなのに、会社は運営出来ている。だから社会は面白い)
「さて、アホたくさんの明日の米代のチェック、しますか!」
立ち上がった窓の外は少しばかりの一雨が来そうな曇り空。
気圧も低くなりそうな。春嵐の予兆だった。
《第1部 完》
バイナリーとは0と1のみで表現されているデータ形式。「binary」は2進数の意。コンピューターの分野では「バイナリ」ということが多い……らしい。
「国際営業部」とは文字通り、国際の取引を主とする、株式取引でも外資に寄せられたセクションであり、そのセグメント(製品の認識の仕方・価値づけ・使用方法、購買に至るプロセスのこと)は多岐に渉る。
オープンデスクには大きなディスプレイが置かれ、株チャートを映し続けていた。
「あ、お局さん」
「や」と馴染みの女性社員に挨拶をして、海空は(げ)と足を止める。海空に気付いて、今日も麗しいワンピースの秘書課主任の山崎桐子が振り返った。
「……何してるのよ。秘書課が。下々のフロアに降りて来て」
桐子はふっと笑うと、「勝ち組はね、努力を怠らないのよ」と見事な喧嘩を売り始めた。
「あらあ、そんな下々の努力をなさるのかしらぁ」と海空。
「あの……」と挟まれた男性社員が牽制するも、「女の戦いにクチを挟むな!」と同時に怒鳴られて、スゴスゴと引き上げて行った。
「あー、鷺原、信用取引のプロですもんねえ。慌ててお勉強ですか。お暇そうで」
バチバチバチとメンチを斬り合って、「目を逸らしたら負け!」とばかりに仁王立ちで睨み合っていたが、山崎のほうが引いた。
「――ちょっと、顔貸して。総務部お局さん」言い方は相変わらずだが、つい、と親指でオープンスペースを指して見せる。
「わたし、絶賛勤怠中なんですけどね。秘書課に付き合ってる時間は」
「そんなもん、残業すればいいでしょ」
――簡単に言ってくれる。今日は年下のワンコロ(※海空の彼氏)の新作ケーキの日で、「みくちゃん、絶対来てね」の笑顔を曇らせたくはないのだが。
「いいけど、あんたに付き合って勤怠まとめられなかったら、全員の給与が出ないの判ってる?」
総務部の重要性を知れとばかりに畳み掛けてやったが、秘書課のぶ厚い面の皮はそうそう捲れないらしい。
(ちょうどいい。雪乃のために、業務の探り出しでもしてやるか)
雪乃は秘書課への異動を出し続けているし、地味顔を派手顔にするテクやら、英会話やら、マナーやらもきちんと学んで異動に備えている。
先輩としてそれは寂しいが、「総務がイヤ」なのではなく「憧れ」なら背中を押してやらねばならないだろう。
実際、雪乃は負けん気が強い。仕事においての「負けず嫌い」は巧く使えば武器になる。そこに協調性があれば、カリスマにだってなれる。
(あたしは総務のお局でいいけどね)
場所があるなら、それでいい……うん。
*****
桐子と海空は、窓際のオープンスペースに落ち着いた。「何か飲む?」と桐子は秘書の職業病で聞いてきた。普段メンチ斬り合っているが、桐子と海空は同期である。会社がまだ五階建ての頃から、同じフロアにいたも懐かしい。――が、秘書課は敵。
「話って何よ。さっさとして。勤怠が待ってんのよ」
「勤怠勤怠……。鷺原さんを探っているようだから、話しておこうと思って」
「探ってないわよ。ウチの雪乃に詐欺まがいな聞き出しをしていないか、確認しただけ。お嬢様には判らないだろうけど、総務は機密事項を握ってる。おいそれと喋れない話だってある」
「秘書も同じだって。ブラックはわたしよ」
桐子はトレイの珈琲をすっと下ろし、右向けにマドラーを添えて海空に差し出した。
スラリとした足を組み直して、桐子は遠い目をして見せた。
「知りたくもない会社規模の機密を知ったり、巻き込まれたりする。ましてウチは信用取引。時には道具にされたりね。精一杯飾り立てて、ドールのような気分もあるし、落ち込んでいても、国際パーティーで微笑まなきゃならないし」
(なんだ、愚痴?)と眉を下げると、桐子はいよいよ声を潜めた。
「あまり、立ち入らないほうがいい、佐東。あたしからは、それだけ。あと、ついでに言うと、玉の輿狙いは寿山だけだから。あたしは自立した女でいたいし、幹和子は故郷に置いて来た彼氏がいる。寿山は高望みし過ぎで、どうかと思うが」
海空は先程の「鷺原お迎え」時を思い出した。雪乃も寿山も、何故か必死。
「男なんて、要らないのにねぇ」桐子は遠い目をしてぼやいて見せる。
「カネと、マンション、それにカワイイ子と時たま遊ぶ。面倒な出産もイヤだし」
(あ、1つ冠婚葬祭の案件が来てた気が)
出産の言葉で、急に冠婚葬祭のチェックを思い出す辺りが、総務部主任。
「鷺原ってなんなのよ」桐子はさらっと「バイナリー・オプションの遣い手」と答え、珈琲を啜った。
「直感でやるやつよね。値動きを見て、相場が上がるか下がるかを予想するシンプルなルールの投資だっけ。あれ、どうして儲かるのよ」
会社の職種が職種なので、社員のなかでも「バイナリー」や「FX」「外資オンライン」に勤しむ人間は多いが、海空は全くといって触手が働かない。
「相場を支える役割だからよ。例えば、社会を動かすは総理大臣の一言だけど、支持するは民衆、つまりは世論。それを経済でやっていると思えばいい。短時間で利益を出すことができる、損失は最初の投資金額したのみ、相場が動かない時でも利益が狙える。でも鷺原さまくらいになると、多分「FX」も運営しているだろうけど」
FXは判る。買い、売りどちらでも注文できるので、どんな局面でも利益を狙えるそうだ。――しかし、お金は地道に貯めるか、貯蓄保険が安全だと思うのだけど。
「カネがあるのは判った。――やたらに峰山と会議しているのが気になっただけよ」
桐子は「そ」とさりげなく告げると、「あまり首をつっこまないほうがいい」と再度告げて、颯爽とエレベーターに向かって行った。
海空はオープンスペースで珈琲を片手に、桐子の言葉を反芻する。
「鷺原さんを探っているようだから、話しておこうと思って」……?
(誰から聞いた。この短期間で?)
海空の負けず嫌いの血が沸騰する。〝何かが水面下で進んでいる〟これはお局の勘だ。
(尾城林は言った。勘は長きの経験から選び取る一種の能力なのだと。悔しいが、尾城林の言葉には説得力が……)深慮からはっと正気に返った。
「あーっ! 勤怠! 勤怠! あとまだ、数名の打刻漏れの修整!」
勤怠がまとまらなければ、今度は経理部が苛々《いらいら》しながら督促に来る。常習犯の営業部はやっぱり今月もまとまっていない安定のアホ集団。会社の闇も気になるが、ここは勤怠まとめないと! 勤怠をまとめなければ、今度は総務の能力の査定が下がる。
それにそろそろ鈴子も戻ってきて……くれているといいのだけれど。
総務のお局は意地悪姐だけでなく、時には悪役令嬢もこなさねばやっていけない。
あら探しの得意なおばちゃんのように小うるさくチェックをしなければならない。
――全く。
海空は腕を思い切り伸ばした。
(つくづく、理不尽なことばかり。総務も、秘書も。……社員が不満タラタラなのに、会社は運営出来ている。だから社会は面白い)
「さて、アホたくさんの明日の米代のチェック、しますか!」
立ち上がった窓の外は少しばかりの一雨が来そうな曇り空。
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