TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【1-5】こいつ「疑問の技術」使ってる!
(さてどう質問してやろうか)と海空はアイスコーヒーを啜り終えるまで、自己会議をしていた。眼の前の「鷺原」への興味はつきないが、それは異性としてではなく、社会人としての興味である。
海空は仕事柄、十年以上様々な営業マンを観て来た。もちろん、内勤男子も多いが、彼らは事務力が高いので、基本は粗相をしないし、しても内部で誤魔化す事務スキルや手段もある。
従って、総務部が関わるは営業部がダントツである。
外回りが中心の彼らの業務は、文字通り「営業」と「実績」に尽きる。部署に事務はいるが、あくまで「営業事務」……すると、「勤怠の有給の理由出しなさいよ! 給料紙切れになるわよ」やら、「年末調整の申請どうしたのよ」やら、「プライバシーマークの審査の資料は?」「無駄にコピー用紙もってかないでよ!」やらの「お勤めするための仕事以外の社会生活」がおろそかになる。
年度末の数字が未達なら、数字に夢中で、総務を軽く扱う団体の巣窟と化す。
秘書課VS総務部。営業部VS総務部。なんでも総務にやらせろの言葉を打ち返すは海空だ。
「数字の神さま」が総務部にやらせろと言っているなんて言われた覚えもある。
必然的に営業部への注意も増えるし、出来る営業でも、駄目で海空が助ける事項も多い。
彼らには共通点がある。実績がある日暴落した瞬間、子供のように出来なくなるのである。で、……鷺原の業績は安定しているか、元々数字には縛られない立場と見た。
焦り、食いつき、の微塵の気配もない。
ましてプレミアム・フライデーを満喫している素振り。Twitterで「プレミアム・フライデーだぜ、何しようかな」などと呟くモノなら、「プレミアム男子」として名が上がるであろう容姿も持ち得ている。
だからこそ、怪しいのだが。
「名刺、交換してなかったわね」
社会人としての器量を見せて貰うとばかりに告げると、雪乃と鈴子も慌てて名刺を取り出した。
第一関門は名刺ケース。ここで、給与のレベルと性格が判る。ブランドものの名刺ケースを出す男ほど信用がならない。
「あ、海空さん名刺ケースかっこいいですね」
……女子仕事力も試されます。雪乃は無難なチェック、鈴子はデコりすぎだ。
鷺原はふっと笑って名刺ケースを出したが、普通の革ケースだった。上級革だが、どこにでも売っているもので、品も良い。腕時計も、まあ、二流ながらそこそこのブランドで自慢や意識高い系の片鱗はナシと見た。
「《人材広告コーポレーション》……?」
「一人オーナー会社だよ。設立したばかりだけど、気楽にやってる」
住所も普通、驚くべきはあの〝プライバシー・マーク〟も取得している。それも同じ会社の「Pマーク、トラスト株式会社監修」。
「御社には人材の広告を出しませんかと伺ったところだ。会社のPRになるから、人事部長にこのプロジェクトの人材はいるかとね。プロジェクト、聞きたい?」
……理由は怪しくない。むしろ、真っ当だが、それなら総務部にも話は来るのだろうか。総務部は《ファシリティ》の役割を担う部署。それなりに社内の改革にも関わって当然だ。当然会社に関わる話なら……。
尾城林の呼び出しは、この話か。タイミング的に合致する。
「聞きたいです~。大変ですよね、人材広告」と雪乃が惚れ声で返答をした。鈴子は判らないらしく、きょとんさんの表情を浮かべて、サンドイッチを食べ終えるところである。
――が、パンの耳を丁寧にお皿に寄せてご馳走様。
「鈴子、パンの耳残しちゃだめ」
鈴子はてへっと笑う。
「柔らかいところだけ、食べます」
「ちょっと、だらしないわね! 鷺原さんに「総務部は食べ方のマナーができてない」とか思われちゃうでしょ」
雪乃はぷん、と頬を膨らませているが、男の前だけの女子テクか。普段は睨むくせにカワイイものである。
「なら、その話、いずれ総務部に回ってくるでしょ。……本当ならね」
鷺原は珈琲を飲む手を止めた。
「わざわざ取引先で嘘をつくわけがないよ。そうそう、さっき、《《もう一組のオモカワヒロインズ》》がきみの話をしていた。聞いておく?」
今度はぴくっと海空が顔を上げる番だった。
「もう一組のオモカワヒロインズ?」
鷺原は思い出し笑いをした。それも、心底楽しそうだ。
「――女の子って三人で良く固まるよな。「いい加減電気消しなさい、総務部のお局がうるさいんだから」「だって、ここ、オバケいそうなんですもん」……だったかな。秘書たちも三人だったね。いいね、女の子が元気な会社」
――あの、ペチャクチャスピーカー! 社内漏洩の玉の輿秘書課!
海空はふう、と肘をついたまま、まだ鷺原を睨んでいた。
「では、次」
「ちょっと、佐東主任。これ、面談じゃないんですから。あの、すいません」
雪乃がさすがに慌て始めたが、海空は手を緩めるつもりはなく、名刺を指で押し出した。
「ええ、わたしがその〝総務部のお局〟よ。主任の佐東海空。13年もやってると、色んな人間みるのよ。見抜く目もつくわ」
鷺原はふっと笑うと「そのようだね。疑っている理由は何かな」とまた爽やかな笑みを向けた。
海空ははらはらしているらしい雪乃には構わず告げた。
「あんた、さっきから《《疑問の技術》》使って会話している」
疑問の技術とは、情報を得るときに使う「探り出し」の会話技術を指す。つまり、鷺原は先程からこの技術を使って、海空から情報を引き出し、《《「興味のある言葉」》》で探り出しを試みているフシがあった。
例えば、クイズ番組。退屈だと思っていても、「答はCMの後」となれば、なんとなくCMがもどかしくて見てしまう経験はありませんか?
ニュース番組のフリップの一部分を見せず、「これは後ほど」もそう。
「知りたいと思わせて、会話、繋げてんのよね。総務部に何のご用事?」
「おたくたちが、僕を見ていたから、面白かっただけだよ。主任。まるで巣を護る親鳥だな。佐東さんは愛社精神が素晴らしいね」
海空は諦めた。この鷺原、とてもではないが、海空から見ればモンスターだ。鈴子が「疑問の技術ってなんですかあ?」と聞いてきて、話が逸れた。
「うん? きみに僕が話を聞いて欲しいとするね。でも、きみは、別のことに夢中。そうなると《《僕の話を聞いて貰えないから、興味を与える技術》》。そうだね。じゃあ、ここに、僕が薦めたいケーキがあるとしよう」
「ケーキ」と雪乃が微笑んだ。
(やはり、出来るな)と海空は警戒心を強めたが、今日はもう何も言うつもりも、言える余裕もない。事務13年、オペレーターではSVが、話術で負けてる。
鷺原は見事としか言い様がない。海空を圧倒させ、鈴子を和ませ、雪乃と鈴子の言い合いすら解消してしまった。
(すると、やはりオペレーターの主任とか? ……ああ、だめ、判らない)
「きみたちはこのケーキに興味がない。そこで、僕が「実はこのケーキには、美しくなれるという秘密があるんです」と言えば?」
二人は顔を見あわせて、目を輝かせた。
「えっ? 本当ですか?!」
「ほら、聞きたくなるだろう? これが、疑問の技術。そこの《《海空の姐さん》》がお上手だ。きみたちの上司は凄いよ。で、鈴子ちゃん? そのパンの耳、貰っていい? お腹すいてると思うから」
「りょです」
(パンの耳?)見ていると鷺原は「行こう」とコートをまとめると、レシートを指でひょいと挟んだ。(あっ)と思う暇もない。レジに歩いて行った。
「すいません、私が支払いますので」
「いや、ここは俺が払うよ、ちょっと凹んでいたんだ。きみたちに逢って、元気になった御礼。また、来月もここで逢えると良いな。俺、いつもこの店にいたんだよ」
――完敗。海空は唇を噛みたい気分で頭を下げた。
ちなみに、鈴子のパンの耳は、路地裏に集まっている雀の食事になった。鷺原が立つと、雀がわらわらと集まってくる。
「わあ、カワイイ!」鈴子と雪乃が綻んだ声を挙げて見せる。チュンチュンと小さな鳥たちが足元に群がった。
「東京の雀、絶滅寸前だって知ってた? 寂しいだろ、やっぱりチュンチュン聞こえないとさ。生殖が出来なくなって、都会から引き上げてしまうんだって。生息数が半世紀前と比較すると何と1割程度しかいない。原因は不明だというけど、朝のチュンチュンは聞きたいだろう」
言われて見れば、と海空は空を見上げた。鴉は良く見かけるが、雀は見ない。
「電柱、木造の家、居心地いい場所がなくなっているからね。……居心地がいい場所を人間は作れる。努力次第でね。でも、動物たちはそうは行かない。舌を切られないように庇った爺さんのように、護ってやらないと」
「優しい素振りでポイントあげ? ということは、私の指摘に図星があったわけか」
「手厳しいな。きみは」
海空はふん、と鼻息を吹いた。「わたしも、やっていいですか」雪乃が心配そうに割り込んできた。
「名前、なんだっけ」と鷺原が首を傾げる。
「あ、篠山……」「下」「雪乃……」
雪乃は完全に鷺原に惚れ込んだようだ。極めてまずいが、仏頂面の雪乃の笑顔は貴重だし、今日はプレミアムな日。
(甘くみておくわ)
鷺原は優しく笑って、雪乃の耳元に薄目の唇を寄せた。雪乃の手からパンの耳が落ちた。
「じゃあ、雪乃ちゃん、今度連絡する」
「ひゃいっ」……雪乃は涙目で頷いた。
必死なのは判るから、何も言えない。代わりに海空は毒を吐いた。
「総務13年のお局の勘を舐めるな。愛社精神の言葉だけは戴いておくから」
鷺原は目を細めて、小さく頷いただけだった。振り仰ぐと早くも早咲きの桜の予兆。海空は(ああ、お花見の準備の季節)と憂鬱になる。
今日はこんなだけど、今週はこんなだけど、来月はどんな日々になるだろう。
海空の前で早咲きでせっかちな、桜の蕾が揺れた。
「舌切り雀の心配より、あんたは閻魔に舌を抜かれないようにしなさいよね」
不意の疑問は「拡大疑問」と言う。
ようやく、鷺原の顔色を一瞬だけ変えさせた。でも------完敗だった。
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