TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~
【1-6】総務部に忍び寄る影
今日はプレミアム・フライデーから3日後。カレンダーでは4月1日。エイプリルフールだが、ああ、社内を騙す気にもなりはしない。
佐東海空がウンザリと振り仰ぐと、中2階の営業部は月末数字をようやく揃えて経理部同様、死屍累々《ししるいるい》。振り返ると受付嬢は今日も笑顔。春の木漏れ日の中、客に笑顔を振りまいている。
玉の輿秘書課は社長たちの親睦会にお付き合いのため、揃って出張中だが、接待には帰って来るに違いない。
しばらくドンパチもないだろう。ある意味平和。
――見事なアンニュイ・マンデーである。
(茶でも淹れるか)と思ったが、月末の後処理のファイルのチェックがまだ終わっていないことに気付く。
月末のドタバタが終われば、また今月のドタバタ。家事のように終わりがないルーティン・ワーク。
早速、施錠ボードが行方不明。ロッカーのキーがぶら下がっているを見つけて海空はいきり立った。
「何度言えば判るのかしらね! Pマーク(プライバシー・マーク)の審査危なくなるっての!」
――良い天気過ぎて、揺れるキーが美しい。拍子抜け。後で、取りに行こう。
「おはようございまーす」
「おはー」
雪乃の上機嫌な声にも、鈴子のマナーにも突っ込む気になれない。アンニュイマンデーなんて大嫌い。ピザも、ケータリングも三度でいい。
「佐東」机に座った途端に、尾城林省吾(年齢不詳)が海空を呼びつけた。一度は無視る。海空は尾城林を良くは思っていない。
尾城林はかつては東京ポート首都圏営業部の所属で、営業3課のトップ営業、総務部にとってはラスボス(つまりは、総務部に仕事を押しつけた筆頭)である。
もう退社した海空の先輩総務は尾城林の仕事の押しつけに疲弊して辞めたようなもので、「営業、尾城林、許すまじ。一切の仕事は引き受けず!」と一時期は朝の申送り時の掛け声になったくらいである。
――しかし、その尾城林が総務にやって来たのだから笑えやしない。
しかし哀しいかな宮仕え。今日も指示をいただく惨めな社畜と化すしかない。
「なーんですかー。課長―」
「接待お花見の件」と尾城林はデスクからぴらっとチラシを見せてきた。
接待お花見とは、大層な予算を使って、会社の取引先を接待するお花見である。
「ああ、大変ですね」海空は逃げようとした。「おい、お局」と呼び止められて、いよいよ振り返って机を両手で叩いた。
「新入社員関連の総務で手一杯! 主に首都営業部と統括管理部ね! あんたの古巣!」
尾城林はふんと言い返した。
「接待は総務の仕事だろ。俺もサポートするから、はぁ……」
尾城林のため息に、雪乃が反応した。「どうかしました?」とやって来た。ちらっと見えた手に、鴻鈴子が反応した。
「――そんな指輪、持ってましたっけ~?」
篠山雪乃は尾城林など忘れたようで、振り返ってウフフンと鼻を鳴らした。もともと美人なので、高慢ちきな表情は拍車が掛かっての怖ろしさがある。
雪乃の手には細めのリング。右手の薬指に煌々《こうこう》とした石が輝いているではないか。
「買って貰ったの。鷺原さんに」
「は?!」
「おい、篠山」
がた、と尾城林が立ち上がった。同時に海空も顔色を変えた。
(雪乃と鷺林が逢ったは、プレミアム・フライデー。つまり、三日前。土日の間に二人は逢った? 既に?)
「あの後、連絡が来たの」
あの後、確かに「後で誘う」とは言われていたが、誰が即日動くと思う?
(しくじった。もっと、猶予があると思っていたわ)。鷺原は他社の営業。その営業が取引先の総務部の女子に近づいて、口説くなんて、1つしか考えられない。まして、鷺原は峰山と打合せが多い。峰山は人事だ。その峰山を追い越し、総務部に直接アクセスして、何の社内情報を引き出すつもりか。
――羽山・カンパニーはまさに急成長の坂を爆速度で登っている現状。取引への人材を送り出す業種だから、当然「証券・株・保険業界」に通じることも多い。総務部は総じて「ファシリティ・ビジネス」……。洩らしてはいけない事項も知ってしまう。
イヤな予感を噛み締める海空の視界に、「接待お花見」のチラシがぴらっと割り込んだ。
さっと顔を避けると、チラシもついて来た。
「後輩の指導、お花見委員会の総務部代表、引く手あまたで結構じゃぁねーか。お局、よろ」
「ふん」びっと勢いよくチラシを剥ぎ取って、尾城林の指に3ミリの紙片を残し、くしゃくしゃにしたまま、海空はデスクにどすっと座った。
「おい、お局、椅子に座れよ」椅子に座り直して二人を伺う。「綺麗でしょ~」雪乃は鈴子を相手に、まだ指輪の記者会見続行中だ。
(まずい)と海空はペンで頭をコリコリした。総務部の仕事には、社外秘の案件が含まれる。ペンを数え、蛍光灯を発注し、勤怠の出来ていない営業を怒鳴るレベルだけでなく。
主たるものが「ゲスト」管理。プライバシー・マーク。離職者の動向。時には冠婚葬祭の手配まで。
『儂が死んだら五年はカクしておけ。影武者を立てるのだ』
……かつての平清盛ではないが、上層部の逝去など、時代劇の征夷大将軍に近いものがある。
入社の社員の調査もある。監査室と連動して、社員のデータを開示するのは人事部ではない。実は総務課長であり、会社の縁の下と呼ぶには重すぎる役割が秘められている。つまり! 気易く他社の不審な人間に寄り添うなと言いたいわけだ!
「素敵ですねえ」鈴子もいい加減うんざりしている様子。海空は主任のタグを真っ直ぐに直すと、雪乃を呼んだ。ここは先輩としてきつくお灸を据えねばならないだろう。
「雪乃、仕事とプライベートは分けなさいよ」
雪乃が気に要らない風味で、海空を見上げた。(何のつもりで近づいた……)海空の総務お局の勘が警鐘を鳴らしていた。
佐東海空がウンザリと振り仰ぐと、中2階の営業部は月末数字をようやく揃えて経理部同様、死屍累々《ししるいるい》。振り返ると受付嬢は今日も笑顔。春の木漏れ日の中、客に笑顔を振りまいている。
玉の輿秘書課は社長たちの親睦会にお付き合いのため、揃って出張中だが、接待には帰って来るに違いない。
しばらくドンパチもないだろう。ある意味平和。
――見事なアンニュイ・マンデーである。
(茶でも淹れるか)と思ったが、月末の後処理のファイルのチェックがまだ終わっていないことに気付く。
月末のドタバタが終われば、また今月のドタバタ。家事のように終わりがないルーティン・ワーク。
早速、施錠ボードが行方不明。ロッカーのキーがぶら下がっているを見つけて海空はいきり立った。
「何度言えば判るのかしらね! Pマーク(プライバシー・マーク)の審査危なくなるっての!」
――良い天気過ぎて、揺れるキーが美しい。拍子抜け。後で、取りに行こう。
「おはようございまーす」
「おはー」
雪乃の上機嫌な声にも、鈴子のマナーにも突っ込む気になれない。アンニュイマンデーなんて大嫌い。ピザも、ケータリングも三度でいい。
「佐東」机に座った途端に、尾城林省吾(年齢不詳)が海空を呼びつけた。一度は無視る。海空は尾城林を良くは思っていない。
尾城林はかつては東京ポート首都圏営業部の所属で、営業3課のトップ営業、総務部にとってはラスボス(つまりは、総務部に仕事を押しつけた筆頭)である。
もう退社した海空の先輩総務は尾城林の仕事の押しつけに疲弊して辞めたようなもので、「営業、尾城林、許すまじ。一切の仕事は引き受けず!」と一時期は朝の申送り時の掛け声になったくらいである。
――しかし、その尾城林が総務にやって来たのだから笑えやしない。
しかし哀しいかな宮仕え。今日も指示をいただく惨めな社畜と化すしかない。
「なーんですかー。課長―」
「接待お花見の件」と尾城林はデスクからぴらっとチラシを見せてきた。
接待お花見とは、大層な予算を使って、会社の取引先を接待するお花見である。
「ああ、大変ですね」海空は逃げようとした。「おい、お局」と呼び止められて、いよいよ振り返って机を両手で叩いた。
「新入社員関連の総務で手一杯! 主に首都営業部と統括管理部ね! あんたの古巣!」
尾城林はふんと言い返した。
「接待は総務の仕事だろ。俺もサポートするから、はぁ……」
尾城林のため息に、雪乃が反応した。「どうかしました?」とやって来た。ちらっと見えた手に、鴻鈴子が反応した。
「――そんな指輪、持ってましたっけ~?」
篠山雪乃は尾城林など忘れたようで、振り返ってウフフンと鼻を鳴らした。もともと美人なので、高慢ちきな表情は拍車が掛かっての怖ろしさがある。
雪乃の手には細めのリング。右手の薬指に煌々《こうこう》とした石が輝いているではないか。
「買って貰ったの。鷺原さんに」
「は?!」
「おい、篠山」
がた、と尾城林が立ち上がった。同時に海空も顔色を変えた。
(雪乃と鷺林が逢ったは、プレミアム・フライデー。つまり、三日前。土日の間に二人は逢った? 既に?)
「あの後、連絡が来たの」
あの後、確かに「後で誘う」とは言われていたが、誰が即日動くと思う?
(しくじった。もっと、猶予があると思っていたわ)。鷺原は他社の営業。その営業が取引先の総務部の女子に近づいて、口説くなんて、1つしか考えられない。まして、鷺原は峰山と打合せが多い。峰山は人事だ。その峰山を追い越し、総務部に直接アクセスして、何の社内情報を引き出すつもりか。
――羽山・カンパニーはまさに急成長の坂を爆速度で登っている現状。取引への人材を送り出す業種だから、当然「証券・株・保険業界」に通じることも多い。総務部は総じて「ファシリティ・ビジネス」……。洩らしてはいけない事項も知ってしまう。
イヤな予感を噛み締める海空の視界に、「接待お花見」のチラシがぴらっと割り込んだ。
さっと顔を避けると、チラシもついて来た。
「後輩の指導、お花見委員会の総務部代表、引く手あまたで結構じゃぁねーか。お局、よろ」
「ふん」びっと勢いよくチラシを剥ぎ取って、尾城林の指に3ミリの紙片を残し、くしゃくしゃにしたまま、海空はデスクにどすっと座った。
「おい、お局、椅子に座れよ」椅子に座り直して二人を伺う。「綺麗でしょ~」雪乃は鈴子を相手に、まだ指輪の記者会見続行中だ。
(まずい)と海空はペンで頭をコリコリした。総務部の仕事には、社外秘の案件が含まれる。ペンを数え、蛍光灯を発注し、勤怠の出来ていない営業を怒鳴るレベルだけでなく。
主たるものが「ゲスト」管理。プライバシー・マーク。離職者の動向。時には冠婚葬祭の手配まで。
『儂が死んだら五年はカクしておけ。影武者を立てるのだ』
……かつての平清盛ではないが、上層部の逝去など、時代劇の征夷大将軍に近いものがある。
入社の社員の調査もある。監査室と連動して、社員のデータを開示するのは人事部ではない。実は総務課長であり、会社の縁の下と呼ぶには重すぎる役割が秘められている。つまり! 気易く他社の不審な人間に寄り添うなと言いたいわけだ!
「素敵ですねえ」鈴子もいい加減うんざりしている様子。海空は主任のタグを真っ直ぐに直すと、雪乃を呼んだ。ここは先輩としてきつくお灸を据えねばならないだろう。
「雪乃、仕事とプライベートは分けなさいよ」
雪乃が気に要らない風味で、海空を見上げた。(何のつもりで近づいた……)海空の総務お局の勘が警鐘を鳴らしていた。
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