TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

【Prologue】総務の仕事は蛍光灯替えだけじゃない!

TRICOLOR!~総務部ヒロインズ!~

これは株式会社の内部で、地味に働く総務部目線のお仕事小説である。
――総務部は蛍光灯替えてるだけじゃない。

*1*

◆総務部主任:佐東海空さとうみくの場合

「かんぱーい!」


 揚げたてのレンコンフリット・オードブルは7種類に、ロゼワイン。3年前、馴染みのイタリアン・レストラン『グラッチェ』。有機野菜を使ったなかなかお洒落なお店で、会社の最寄り駅「田町」からも近い。ワイングラスを合わせた後で、佐東海空さとうみくはふんぞり返って告げた。
 もうじき人事考課の時期がやってくる。いよいよ、古巣の総務ともおさらばだと思うと、海空の頬も緩むというもの。
 だいたい、総務部。字面からして地味であり、紫のガーターを愛用する海空には相応しくない。《《総務部五人》》の前で、海空は早速勿体ぶった。

「まあ、あたしはいなくなるけどさ、あんたら頑張りなさいよ!」
「えー、佐東さん異動ですかぁ」
「多分、ね」

 会社の人事考課は大抵が年末。海空の勤務する羽原カンパニーの人事異動も、大抵が年末に決まる。年始より異動日となるわけであり。
 ――総務歴、10年。そろそろ他部署への異動の話か、昇進の話があってもいい頃だ。総務部は入れ食い状態なんてドラマにダマされて、履歴書を書いた過去がやたらに青臭い。
 入れ食いしようにも、出来ない男社員が多い。それでも今日も会社は廻る。

 ――数日後。総務部3人(既に2人離脱!)の中で、一番若かった社員が、営業部へと異動になった。
社内イントラネットの掲示板に、海空の異動は、無かった。

***

 揚げたてのレンコンフリット・オードブルは7種類に、ロゼワイン。2年前、馴染みのイタリアン・レストラン『グラッチェ』でグラスを合わせ……。

「かんぱーい! いよいよこれで、お別れだね」

 《《総務部3人》》の前で、海空は勿体ぶった。

「そろそろあたしも異動だと思うのよね――?」

 ……その年も、海空は総務部残留となった。総務部残留! 総務部。字面からして……。


揚げたてのレンコンフリット・オードブルは7種類に、ロゼワイン。1年前、馴染みのイタリアン・レストラン『グラッチェ』でグラスを合わせ……。

 眼の前には秘書課から転げ落ちた憮然とした顔、篠山雪乃ささやまゆきの。グラスを合わせる理由も無い。《《雪乃の歓迎会》》はお通夜のようだった。

「佐東さん、総務部にヒト来るんですよね? あたし、秘書課希望なんですけど」
「知らないわよ。あたしの異動どうなったのよ!」
「ブルスケッタが飛び散らかってます」

 オリーブを刻んだブルスケッタを口に放り込んで、フランスパンを噛み砕いた。

「ふふ……。それならいいわ。総務部に13年。弱味は知ってんのよ! なら、総務部長になってやる。そうね、それがいいのかも」
「それは素敵な目標ですね。ああ、秘書課に行きたいのに……」

 しかし、代わりに営業部でヘマをやらかしたらしい営業が降格、総務課長に収まる事態となった。
 この上司、まるでヤル気が無い。四六時中スマホをいじってばかり。
 佐東海空の天敵である。営業は総務をゴミ箱か何かだと思っているのか。勤怠も出さない無能集団がっ!!

「佐東――、決算資料出してくんない?」と総務部の仕事は全部こっちがやるものだと思って、指示をするだけである。

(バカじゃないの! 資料は資料置き場に決まってんだろ!)

 海空は抱えた「本年度決算資料」をこれみよがしに「ダダン!」と机に積み上げた。内線の音が鳴り響いている中、海空は唇を噛みしめた。
 異動もない。上司は遊んでいる。恋は……まあまあ。

(なんなの?! あたしの未来は? いつまで会社の皆さんのお世話をするわけ?!)

「佐東さん、内線!」

 海空は内線用のビジネスフォンを手にし、受話の後、ガチャンと切った。
 相手は秘書課。ああ、字面を見るだけで腹が焼け付く。

「佐東、みっともないから」とは出来損ないの営業左遷課長・尾城林省吾おぎばやししょうご(年齢不詳)。

「会議フロアの蛍光灯、取替に行ってきます!」
 手早く告げて、フロアを後にした。雪乃が来ないので、引き返した。鈴子は姿が見当たらないと思っていたら、経理部の上司にご飯を強請っていた。

「総務部、集合! 蛍光灯を替えに行くからついて来な」

「あたし、地下倉庫は嫌です、ゴキとかいそう」とは総務部2年目に突入した篠山雪乃。「えー、ごはんはー?」とは新卒の鴻鈴子おおとりすずこで社会人経験がまるで無い。

 海空はカツカツとヒールを鳴らした。すると、「判りましたよ」と雪乃がしぶしぶ立ち上がる。鈴子も「今度ごはん絶対ですよぉ?」とだめ押ししてきた。
 社会のなんたるか、総務部のなんたるかを理解しようとしない小娘のお陰で靴が脱げそうになって慌ててはき直す。

 ――ああ、蒸れて香った靴は誰のせいでもない。頑張りの証拠よ証拠。



◆総務部副主任:篠山雪乃ささやまゆきのの場合


 1年前に入った篠山雪乃は秘書課を希望していたが、何故か総務部に回された。秘書になれると思って英会話や、マナー教室、洋服にパスポート新調したにも拘わらず。

 雪乃は配属2ヶ月で、異動届けを出したが、シュレッダーの上に書類を見つけた。
 引っ込むような弱い女ではない。そうやって、人生を勝ち取って来たんだから。
 総務部は1階にあるが、人事はお偉方の近くに配置されて、4F。急成長の会社は移転を控えている。移転とは、総務部にとっては地獄である。

 レイアウト、衛生、下見、デスク買い取り、椅子の発注……余計な仕事が増えるから、移転前に逃げたかったが本音だったが。

『人事考課』と書かれた表札を今月も確認する嵌めになる。
 雪乃はズカズカとデスクの通り道を歩き、人事部長の前に立った。

「今月もですか! あたしの希望は秘書課で! 今月こそ試験受けさせて貰えるって訊いていたんですけど!」

 人事の禿ハゲ部長は煙草くさい息に餃子を混ぜて(お昼を推察)嫌そうに答えた。

「秘書課のレベルには達していなかったんですよ。篠山さんは」
「でも、パスポート」
「あー、旅行の有給申請なら半年前に。あと、総務部は……ププ」

(何がおかしい!)雪乃は禿部長(名前は忘れたわ)に背中を向けると、ガラスのドアを開けた。ところで、先輩の佐東にかち合った。

「あんた、秘書課希望の異動、まだ食い下がってたのぉ?!」
「佐東さん……あの、声が」
「秘書課なんかやめときなよ」

 先輩の佐東海空は基本的にいい人なのだが、あまり考えていない感じがする。それに、どんなお局なのか、社内でも言うことを聞く社員が多いし、声も響くから内緒話しにくい。

「あ、佐々木、あんた大量コピーの件、追及するわよ、いい?」

 さっそく獲物が引っかかった様子。営業三課の佐々木充ささきみつる。ヒラの言葉を背負って生まれたような地味な社員だ。

「あんた、会社で猫被ってんでしょ。なによ、あのコピーの内容は」
「佐東さん、今度ご飯でも」
「あら、いいね。って駄目! またアニメの集会の合コン情報コピーしてんでしょ! あんたの女鬼上司に告げ口するわよ。イタリアンは飽きたな~……」

 佐々木と呼ばれた営業は「フレンチで!」と言い切って逃げて行った。

 雪乃はうんざりしていた。元々総務の仕事は自分には合っていない。学生時代だって、コンパニオンとしてなかなか人気があったから、一流の秘書になれると思い込んでいた。髪の毛も頑固な癖毛を直したし、眼だって(言えないけれど)ちょっとだけ整形している。スタイルも、食事も気を遣っているし、給与を削ってお洒落だって、会社終わりの講座にだって通っている。

 ――なんかおかしい。あたし、こんなに綺麗になったのに。ユメの若社長はいつ、迎えに来るのだろう。

(……篠山さん、きみの通訳がないと、俺の仕事は捗らない)
(まあ、フフ。若社長様のためなら、フフフ……)
(そうだな。そのままハネムーンはどこにする)

「いやん、ハネムーンなんて、フフフ」

 篠山雪乃(24歳)少々妄想夢見がち。雑誌モデル経験済み。家族での海外旅行はJCBカードで当たったハワイ。
 しかし雪乃の妄想は、佐東の冷ややかな止めの台詞であっという間に消え去った。

「……秘書課は敵。秘書課希望の篠山雪乃は保留だな。ふふん、フレンチ、どこにしようかな~。佐々木の給与いくらだっけ」

 ――秘書課は敵。

 佐東海空の呟いた意味は、一年経った今、イタイほど身に沁み始めていた。

 今となっては、吐き気がするほど嫌な連中。香水がきついもあるが、トイレでの噂自慢話を個室で聞かされるとウンザリする。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

「でも、あたしは秘書課に入って、青年実業家と燃えるような恋、すんのよ!」

 夢を見たっていいじゃない?
 ――だって。こんなに頑張っているのよ? 夢見る権利はあるはずよね?


***


◆新卒:鴻鈴子おおとりすずこの場合


「こんにちはぁ」学生時代散々可愛いと言われた鴻鈴子おおとりすずこ新卒、のぶりっこ挨拶は、女子社員の先輩二人には大変な不評であった。総務課は色々な部署に関わることが出来るから、きっとレシカも見つけやすいと踏んで希望したが――。

 ここは羽山カンパニー・オフィス。業種は外資接客マネジメント人材会社。会社の登記簿を見てもピンと来なかったが、どうやら外資のお手伝いの会社、という位置づけらしい。なので、有名処のトレーダーが出入りしては、クライアントとの依頼を頼み込みに来るので、非常に打合せ、会議が多いのである。
 すると、接客が増えてくる。が、現在の総務課は部長含めて4名。地獄な上に、些末な用件は全部廻って来る。更に「サルでも出来る仕事」は鈴子の手にやってくる。

「ノートちょうだい」「スマホが壊れた」「パソコンにお茶零したので、システムセンターに連絡とって下さい」「冠婚葬祭の手続きは」「勤怠出し忘れました」「有給について物言いをしたいのですが」……。

「はい、わかりました~。りょですっ」
「りょ?」

(了解の略語も通じない! この会社、平均年齢高すぎ! ジャニーズ系なんて、僅かしかいないし!)

「鈴子、お茶出し行くわよ」

「りょ」

「ちょっと。そのぶりっこ挨拶やめてくんない? なんなのよ。了解って。はいでしょ」
「あんた、ちょっと言葉変よね。カワイイだけじゃやっていけないよ。この世界」

 シンデレラが意地悪姉さんに苛められる気分をさっそく満喫している。

「鈴子、悪いんだけど、会議室の空き確認して」
「ねえ、あんたに頼んだタイムカードの勤怠確認間違ってるんだけど」
「備品、そろそろ確認しないと。Pマーク審査の補助書類は?」

 困惑した。珈琲の出し方ひとつ判らない。「備品管理表作成して」と言われても、パソコンをよく知らない。すると、二人の眼は「若い子はだめねえ」……同世代をひとくくりにして小馬鹿にする。先輩の佐東と篠山の冷ややかな眼に日々思う。

(聞いてないんですけど! レシカは? あたしのランチタイムは?)

「あの、お昼」
「そんなもん、ないっ! ああ、年度末月末! 最低。篠山ぁ、あんた英語得意よねえ」

「あたしの英語は秘書のためにあるんです! 翻訳ソフト教えましたよね?」

 総務部課長の尾城林がB型で、鈴子もB型同士で意気投合して決めてくれた。が、どうも鈴子の可愛さを上の二人は押しつぶそうとしている。

「あんたねえ、他の部署の男性社員に食事なんかせがんじゃだめだからね」
「あーあ。秘書課、行きたいなあ」


 ――以上、佐東海空、篠山雪乃、鴻鈴子。

 社内の人間にはイメージカラーが「青」、「白」、リンゴにかこつけて「赤」。
 トリコロール総務部、と呼ばれている。 
 一筋縄じゃ行かないわよ。
 総務って大変なのよね……(海空の愚痴)でも、やりがいもあるんだから!
 時には弱味を見つけちゃったり……ね。

 ちなみに蛍光灯が切れたと連絡してきたは「戦略企画室」。秘書課フロアの蛍光灯。
 嫌な予感が漂った。戦略企画室の隣は秘書課である。

「お腹空いたなぁ……もうお昼ですよぉ」
「さあ! 行くわよ! 秘書課にバカにされんじゃないわよ!」
 海空の声が鬨の声のようにフロアに響いた。

  総務部 蛍光灯換えの凱旋である。
 またこの蛍光灯換えの凱旋から、海空たちは想像もしないある男の陰謀に巻き込まれるのだがそれはまだ先の話だった____。

コメント

  • ノベルバー姉です

    総務部の物語いいですね。登場人物もたくさんですし。

    0
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