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TRICOLORE総務部ヒロインズ!〜もしも明日、会社が消滅するとしたら?!~

簗瀬 美梨架

【1-2】Notプレミアム・フライデー! 総務部

「あー、腹立つ!」「マジムカですよねぇ」海空と鈴子は秘書課が消えて、蛍光灯の見廻りを始めてから、フロアに帰り着くまでずっと「腹立つ」「マジムカ」を繰り返していた。
 雪乃はハッと(異動願いいどうねが貰って来なきゃ!)とエレベーターの4Fを押した。

「ちょっと、人事部にも雑用あったっけ?」

「秘書課の異動願いの申請に決まってます」
 雪乃は告げたが、呆気なく「パソコンでPDF処理出来るでしょ」と海空に言われて、また4Fを押したが、タイムオーバーとばかりにエレベーターは4Fに止まった。
「人事部って意識高い系が集まってるイメージよね」ちらっと海空が雪乃を流し見てぼやく。しかし雪乃の耳にはそんな戯れ言ざれごとは入って来ない。

「わたしの王子様は、トイレから出て来たんです」

「つまりは、あのトイレトイレに一目惚れと。……やめときなよ。峰山と打合せなんてロクな男じゃないって。秘書課がツバつけてそう」

 海空はあっけらかんと告げて、「仕事は山積みなのよ」と冷たく言い放った。
 確かに、この取引相場の業界のピークは3月、4月。株式取引をサポートする羽山・カンパニーの人材は貴重きちょうで、日々現場に送られていく。
 社長が金融業界からヒントを経て設立した会社だが、今年で資本金一億で、上場も検討している急成長の会社でもある。
 しかし、急成長の裏では、「給与に満足できない」だの「親が急に消えた」だの、「突然持病で入院要」が出たりして、人が減っているが現状。
 つまりは需要と供給が合っていない。
 見れば、今日は月末の金曜日だ。「プレミアム・フライデー」の《《にこにこマーク》》が貼られているではないか。

「ちょっと、冗談でしょ!」

 時刻は11時。15時に上がるとなると、逆算でお昼には13時の仕事は終わらせなければ、不可能だ。海空は叫んだ。

「年度末なんだけど!」

 年度末の総務の仕事量は半端ではない。勤怠も、人事考課への資料も、本年度のPマーク(プライバシー・マーク)の監査準備かんさじゅんびも、経理には予算と備品の申告のリテイクに、何よりも社員の入れ替わりの多さである。

「新入社員準備! どこまで進んだの? 雪乃、面談予定者と部署のわたりは?」
「電話に出ませんので進みません。使われていないって」

 海空は爪を噛んで、暇そうにスマホをいじっている上司の前に立った。

「またです。面談逃げられました」

「どの部署~?」と気怠そうな声に、海空はズカズカとPCの前に立って、プリンターをガーガー言わせて、3枚を突きだした。

「経理部、営業二課予定、それに戦略企画室です。誰か匿名掲示板の嫌がらせを削除依頼しないと、また逃げられますよ」
「佐東。声を小さくしてくれ」

 海空はばしんと机を叩いた。

「いいですか! 新入社員が決まるまで、私たちはアポを取り、各部署に面談をお願いして、会議室を押さえて、今度は今度で決まったら、各部署の事務処理を済ませて、さあ、連絡。『この電話は使われておりません』ですよ? あのですね! これを普段の業務の合間あいまにやってんですけどね!」

 小指を耳に突っ込んだ尾城林は「俺が部署長に連絡すんのか~」と渋々《しぶしぶ》ビジネスフォンを手に取った。バカな課長だが、電話の応対おうたいを聞くは好きだ。

 声が良いのである。応対も。営業部から左遷させんされたというが、前線で活躍していたはずのトップ営業が、何故総務部に?

 ――と、また海空の机の内線が鳴り響いた。

「どっちか出て」雪乃が手にした。「え……あ、判りました。おか、お代わりですね」

 ファミレスもどきの言葉を出して、おどおどとビジネスフォンを置いて、コンパクトミラーを取り出した。

「秘書課の山崎主任から。かい、会議室にお茶を運べとご司令しれいです」

「甘ったれてんじゃないわよ。あの桐箪笥きりだんす! 秘書課にも、給湯室あるのに。あいつら、GWの海外旅行の話で盛り上がってこっちに押しつけてるに決まってんのよ」
「あたし、行ってきます!」とは雪乃。

「やけに素直だな。秘書課なんかどこがいいのよ」の海空の台詞に被るように「あたしも行く!」と鈴子までついていった。

 振り返ると、また尾城林は部署長と電話をしていた。

「ですからね、総務部うちとしても連絡はし続けていて……あ、はい、再度募集ですね。で、あの匿名掲示板とくめいけいじばん、何とかしたほうがいいとウチのお局が。アタリはついてる? ならそっちで処理してくださいよ。あんたが放り出したどいつかなんでしょうから。営業部は何がしたいんですか。うちも忙しいんで、育ててくださいよ」

 ガチャン。と受話器を置いた尾城林は営業の爽やかさをぶっ飛ばすような声音で、「佐東、募集告知作って。今日中な。俺、ハンコ押したらプレミアムで帰るし」と仕事を増やして出て行った。

 忙しいと言っているのに、仕事が「おれもおれも」とやってくるが総務部である。総務。総合の事務。しかし、「あれも総務部にやらせよう。ウヒヒ」という部署も多い。

 何でも屋? よろず屋? 仕事のゴミ箱か。便利屋か。それとも花見の幹事かァ!

 ついついエンターを押す音を響かせてしまった。

「あーあー、総務部のお局怒ってる」とは一階でにこやかに立つ受付嬢たち。

 ――総務って何でしょうねぇ……。あたしが聞きたいわ。

 遠い目になって、ハタと気付いた。雪乃も鈴子も今日の仕事が終わらないまま、お茶出しに行ってしまった事実に。

「年度末だって言ってんのに! 秘書課なんか……ん?」

 エレベーターの雪乃を思い出した。大和撫子のりんとした顔もどこへやら、「あたしの王子様」とか言っていなかったか?

 鈍い海空はようやく気付いた。二人はその「王子様」こと鷺原さぎはらを観に行った事実に!

「秘書課に使われても、その王子様が見たいっての?! ……そんなの、こっちで調べてやるわよ! 会議室の詳細に入ってるでしょ!」

 ついでに、募集用のテンプレートも呼び出しておこう。BOBBYと呼ばれるチラシ作成ソフトを立ち上げている合間に、本日の重要会議室の予約内容を確認した。


 ――予約者、峰山。……鷺原さまとの打合せ。


「人事部長が? 鷺原? 珍しい名前。ゲスト名簿にあるかしら」

 今度はゲスト名簿のPDFを呼び出せる『らくらく』と愛称をつけたACCESSを立ち上げた。検索に入れると、鷺原の訪問はここ数ヶ月。いずれも峰山。

 用件は書いていない。しかし、用件を入れるほうが珍しいので、海空は黙ってソフトを閉じて、募集文章を叩き打って、プリントをやる気無い上司・尾城林の机に《《ガムテープ》》で貼り付けて腕を伸ばした。
 お茶出しに行った二人はまだ戻らず。時計が悪戯いたずらに針を刻む。

 ……遅いわね、あの子たち。仕事、進めておくか。ああ、良い天気。

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