夏蜜の恋

ノベルバユーザー173744

夏蜜の恋

図書館……古いいつも通っていた図書館は、少し変わっていた。
配置も少し。
そして、図書館の館長は先生と呼んでいた黒田一狼くろだいちろうとなり、地域の歴史や関係者の寄贈された書籍のブースが作られ、本も貴重な本以外、新しい本が並べられていた。

夏蜜なつみは久しぶりに来た図書館を見回す。



小学校の低学年の時に、恐る恐る顔を覗かせて、

「先生。大人しくするので、本を読んでもいいでしゅか?」

と問いかけると、近づいて来た黒田が、微笑んでくれた。

「ここの本は少し難しいけれど、お父さんかお母さんは?」

夏蜜は首を振った。
母はガンで死んでしまった。
母方のおじいちゃん、おばあちゃんも亡くなっている。
でもお父さんの家族は、夏蜜をいらないとでもいうように施設に預けた。

「いい子にするので、本を読んでもいいですか?」
「あぁ。いいよ。どんな本が読みたいのかな?」
「えっと、ガンの本です。お医者さんになりたいです」
「ガン!」

驚いた顔になる黒田に、

「お、お母さんが、ガンになったんです……どんな病気か、解らないから……」
「……うーん、そうだね」

手を差し出され、恐る恐る握ると、ゆっくり歩き出す。

「ガンの病気はまずは難しいから、エッセイとかで闘病のお話を読んでみようか」
「とうびょう……」

戸惑うと、黒田はポケットに入れていた電子辞書を出し、打ち込むと『闘病』と出る。

「左側が闘うって言う意味で、右が病気。病気と闘うって言う意味だよ。えっと、君のお名前は?」
渡邊夏蜜わたなべなつみです。えっと、なべが難しい、下側が方角の方ってお母さんが。夏蜜は、夏蜜柑からで、夏の蜜って書くそうです」
「えっ?小学校何年生、かな?」
「一年生です」
「はぁぁ。おじさん、びっくりしたよ。ちゃんとお名前言えるんだね。お利口だ」

頭を撫でられ、ムズムズした。
死んだお母さんは撫でてくれたが、お父さんはしてくれなかった。
会いにもきてくれない。

「よーし。到着。でも、夏蜜ちゃん。まだ漢字が覚えられないから、この本と、この本をおじさんはオススメするよ」

取り出したのは、小学生の女の子が白血病になり、日記を書いた本と、その女の子の家族の日記。

「ガンと、えっと、白い血の病気……?違う?」
「白血病は、血液のがんでね?血液はここ、腰で出来て身体中を回っていくんだよ。でも、その血液が病気になったら、呼吸が苦しくなったり、身体中に栄養が回らなくなったりするんだ。この女の子は、その血液のがんになって、病気と闘ったんだよ。ふりがなもうっているから読みやすいと思うんだ」
「血液のがん……先生。ありがとうございます。読みます」
「じゃぁ、ここは大人が多いし、おじさんや、図書館のおじさんやお姉さんの近くの席に行こうか?もし解らない言葉があったら、気軽に聞いてね?」
「お仕事の邪魔じゃないですか?先生」

二冊の本を持ってくれている黒田を見上げた夏蜜に、微笑む。

「邪魔じゃないよ。あぁ、それか、紙と鉛筆を渡すから、解らない言葉を書いて、いくつか溜まったら、おじさんに聞きにきてくれるかな?」
「は、はい!先生、ありがとうございます」

黒田は同僚に頼み、カウンターのそばに、椅子と机を用意し、紙と鉛筆、そして小学生用の辞書を置いた。
そして、それは黒田が休みでも代わりに頼まれていた司書やボランティアの人が用意をした。

時々、黒田たちに誘われ、図書館の司書たちの休憩室でお菓子やジュースを貰ったり、遊んでくれた。



それから……。

「夏蜜」
「あっ、揚羽あげはお兄ちゃん」
「お兄ちゃんじゃないでしょ?」
「え、えっと、揚羽さん」

頰を赤くする夏蜜の手を握る揚羽。
看護師になった夏蜜と、昔と変わらずひょうひょうとした揚羽は、歴史学を専攻する大学の講師になった。
本当は家を継ぐという名目であちこち発掘や博物館巡りをするつもりだったが、両親や祖母が、

「のんきに過ごしとったらいかん!」

と就職することになった。
姉の立羽たては平和ひらかずと再婚し、実家の吉岡家を継いだ。
平和が兄弟の多い次男であり、隣家が実家だったこともある。
しかし、医者として勤めながら、結婚し子供を育てる忙しさもあり、ブライス人形も余り製作出来なくなったらしい。
代わりに瑠璃や下の子供たちの服を縫っているそうである。

そして、

「久しぶりだね。揚羽くん、夏蜜ちゃん。一緒に来たんだね」
「お久しぶりです。黒田さん」
「本当に、10年はあっという間だね」

黒田は白髪が増え、だが、昔のままの笑顔である。

「本当ですね。そう言えば、何回か一緒に来たと思いますが、祐次ゆうじ、結婚したんですよ」
「あぁ、知ってるよ。大原嵯峨おおはらさがさんの娘さんとだろう?大原さんとは時々年賀状などのやりとりをさせて貰っているんだよ」
「そうなんですか。こちらは姉が義兄を尻に敷いてます」
「立羽さんも変わらないんだね。こちらは、ご覧の通りだよ」
「雰囲気が明るくなった感じですね。それに、幅広い書物があって」

揚羽は周囲を見回す。

「今日はどうしたのかな?」
「あ、そうでした」

揚羽は肩にかけていたバッグから封筒を出した。

「今度、私と夏蜜が結婚することになりました。本当は図書館の皆さんにお世話になったので招待したいのですが、人数的に難しくて……黒田さんに来ていただけたらと思いまして……」
「おや。おめでとう」

受け取った招待状に本当に嬉しそうな笑顔になる。

「でも、私でいいのかい?もっと招待しなくてはいけない人が……」

二人は顔を見合わせると、照れくさそうに、

「夏蜜と出会ったのはここですから」
「それに、黒田さんは私の先生で、もう一人のお父さんみたいな方ですから」
「それは嬉しいね。ありがとう。必ず出席するよ。でも、大きくなったねぇ……夏蜜ちゃんは本当にこんなくらいだったんだよ?揚羽くんは余り変わらないかな?」
「酷いですよ。一応、28です。祐次は去年結婚しましたけど」
「医学部は通常6年に研修2年で8年最低でもかかるからね。でも、二人は?」

揚羽が頭をかく。

「いえ、本当は夏蜜が20歳になってからと思っていたのですが、県外の発掘現場に……いくつか転々としてしまって。姉に殴られました。夏蜜に捨てられるって、あれ?っと思ってみたら、夏蜜20歳過ぎてたんです。なので、プロポーズもダラダラで、父には呆れられるし、母には嘆かれるし、ばあちゃんは笑ってますが、もう、ばあちゃんも100歳を過ぎたので、夏蜜のドレス姿を見せてあげたいです」
「おばあちゃんは、揚羽さんのタキシード楽しみにしてますよ。陸也くにやおじいちゃんの写真によく話しかけてます」
「うちの両親は夏蜜のドレス姿が嬉しいって」
「二人とも、本当に変わらないね……それに、幸せにね」
「はい」

二人はお互いを見つめ幸せそうな顔になる。
あの時、出会ったのは偶然であり、運命だったのだろう。
辛い思いをしたが、そのぶんを取り戻すように、二人は幸せを積み重ねていったのだろう。

黒田は若い二人を祝福したのだった。

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