時代を越えてあの人に。~軍師は後に七人のチート家臣を仲間にします~

芒菫

竹中重治の決断③ 奪われた龍興の心。

それは突如起きた。

 竹中重治が、斉藤家を裏切った。

 家中では、大騒ぎ。

 斉藤龍興でさえ、揺れた。


「……何を言っているの……そんなこと、絶対にありえないわ……重治が裏切った? 馬鹿な事言ってるんじゃないわよ!!」


 急変した龍興が、家臣の胸倉を掴んで声を荒げる。


「し、しかし! あれを見てください! あそこで戦っているのは……」


 家臣は、龍興の言葉に翻弄冴えながらも、重治達が刀をブンブン振り回している方を指さした。そこには、数十名の人と、竹中重治の姿がある。また、龍興には見えてはいないであろうが、そこには安藤守就と竹中久作もいる。

 龍興は、動揺した。


「……うそ。こんなのうそ。うそ……うそうそうそ……嘘なのよ! 重治!!」


 重治を見つめ、そう叫ぶ龍興は、もう精神状態が普通では無かった。





 斉藤龍興、彼女にとって重治は、唯一心の開ける家臣であった。龍興は、例え自分が美濃の国主で亡くなっても、重治さえ共に居れば、と思い込んでいたのだ。確かに、竹中重治は龍興に直接目通りを許される数少ない家臣の一人。それだけ重要視され、大切にされ、家族が居ない龍興にとって、唯一無二の妹のような存在であった。そんな重治が、龍興を、裏切った。龍興は酷く動揺し、取り乱して、自ら重治を止めようと、館を出ようとする。

しかし、外に出れば格好の的。それだけはいけません、と家臣一同が一丸となって龍興が館から離れるのを阻止する。なんと、無残な戦国の世であろうか。これ程までに慕っていた存在が、突如裏切りを行った。もう、竜興はどうでもよくなりそうだった―





 その感、重治たちは良く戦う。とにかく、目の前に立ち尽くす人と言う人を斬るしかなかった。一人、百人斬れば稲葉山城は、自ずと落城いたしましょうなどと不思議と意味深くない言葉をボヤいていた重治。まさに、フィンランドの白い死神のような、軍略でも何でもない戦い方を続ける重治ではあるが、彼女、実は鹿島新當流かしましんとうりゅうの免許皆伝者である。というのも、鹿島新當流は塚原卜伝が興した剣術の流派であり、勿論かの有名な将軍・足利義輝公を始め、武士の中でもその流派は神道として素晴らしき刀を教えていた。

 その神道を、使いこなす。竹中重治。彼女は。軍略家であり。武士であり。剣豪である。まさに、天下最強の武士。智謀は三国志、諸葛孔明あり、とされ、剣術は塚原卜伝の教え子と来る。まさに、彼女も天下が呼んだ戦国時代の奇才である。後に彼女はこう呼ばれる事になる……「今孔明」と。

 刀はボロ臭い。斬れば斬るほど、切れ味が落ちてしまう。その都度、必ず手入れをする。人の油とは、濃いものである。しかし、彼女達はそれをものともせず、次々に連係プレイで斉藤兵を斬っていくではないか。特に、戦場で輝くのは、この作戦の首謀者・竹中重治。いくら斬っても、いくら斬っても、彼女の羽織る、美濃武士特有のカーディガンは汚れない。彼女のカーディガンは緑。しかし、血一滴すら染み込ませず、重治は戦った。


「ヤバいヤバい、姉上が、姉上が! 鬼人になってるうう!」


 と、斬るだけでは物足りない妹の久作は、姉の殺人鬼姿に、さほど驚いていないのではあるが、それとなく見える形で姉を察しつつも、何故か声を上げたのだ。

 それは、敵に不安を煽る一つの心理。


「……流石は現役にして、免許皆伝の身ではあるな……わしはもう、老いてしまったと言うのか……」


 そして、その剣術をそれとなく褒め、半分自分の老いを認めなければいけない安藤伊賀守は、屈辱を味わった。しかし、それ以外喋らなければ、聞こえるのは鉄と鉄の交わる音と、血が体内から吹き出す音。まさに、地獄絵図とは言ったものか。特に武力行使の最高傑作と言える、美濃兵達の中でも選りすぐりの足軽たちを味方に付けている安藤伊賀守。重治との連携が、マッチしないはずがない。

……その尋常じゃない力と、殺気はすぐに美濃兵の恐れを掴み、徐々に館へと近づき、四半時経った頃には、もうすでに館内に乗り込んでいた。


「龍興様は何処におられるか、吐いていただければ殺しませんのに……」


 平気な顔で殺して、こう話す重治ではあるが、彼女も一介の軍師である。人を殺すことは、そこまで望まない。免許皆伝も、実をいうと身を守る為の護身の様なモノであったのに……。


「竹中重治うううう!!! なんてことをしてくれたのだあああああ!!!」


 大声の如く、突然登場したのは……得体の知れないオジさん。実は、このオジさんこそが、重治を稲葉山城奪取を計画させてしまった張本人。名を……


「……この斉藤飛騨守を怒らせたからには、ただではおかんぞ……免許皆伝だがなんだがしらんが、今此処でお前を斬り、斉藤家の末代にまで、竹中重治は大馬鹿者であったと、語り続けてやるわあああ!!」


 斉藤飛騨守。彼は東美濃出身の、要するに東美濃の連中の筆頭格。道三が討たれ、義龍が討たれたことで、もはや統治も何もない斎藤家において、実質的に実権を握っていたのが、この飛騨守である。

 飛騨守は、無駄台詞を吐いた後、すぐに刀を抜き、一直線に重治を狙う。その動きに、隙があったのは言うまでもない。重治は、ギリギリまでその隙に気付かないふりをし、後二歩と言う所で、しゃがみ込むと、右手に構える刀で、飛騨守の脇腹に向かって刀を突き刺した。


「……ッ!?」


 斉藤飛騨守は、そのまま転げ倒れ、悲鳴を上げながら、脇腹を抱え、懸命に生き長らえる。死んではならないと……。


「ぐぁああああああ!!! は……はらがぁあ……」


 重治は、足元にも及ばない飛騨守を、特に何とも思わず、その場を立ち去る。しかし、彼女が最後、一言だけ添えて立ち去るのだ。


「ご冥福を」






 龍興が、頭を抱え、もはや恐怖に溺れていた。全て、龍興が生んだ運命である。だがしかし、何故重治が裏切ったのか、未だにそれが分からなかった。そう、部屋に閉じこもっている。だがしかし、時は既に遅かった。次の瞬間、家臣二、三人程が襖を突き抜け飛んでくる。吹き飛ばされたのだろうか、重症だった。そして、龍興は我に返る。


「……重治……!」

 
龍興が振り返ると、そこには重治の姿があった。待ちわびていた。重治の姿が。


「……龍興様」


 彼女の顔を見て、龍興は安心したのか、ドっと涙が込み上げて来た。


「……重治ぅ。良かった……無事でよかった……」


「……龍興様」


 抱き付き、泣いている龍興であったが、それでも重治は顔色を変えずに龍興を見ていた。

 それはもはや、愛想を尽かせたと言わんばかりに。


「……重治?」


 龍興もようやく気付いたか、重治の顔を見た。彼女は、笑っていた。


「龍興様、貴方は私にとって何も得られない人間でした」


「えっ?」


 重治の言葉に、龍興の涙が止まった。


「……一体、どういう……」


「私にとって、龍興様は所詮それまでであったということ。貴方は当主に向いていないどころか、武士に向いていなかった」


 そして、重治は続けた。


「私はもう、うんざりなのです。貴方に振り回されるのは。だから、謀反を起こしました。生きるか、死ぬか最後くらいは選ばせて差し上げましょう。龍興様」


 だが、それでも重治は最後まで龍興を守ろうとした。生か死か、どちらかを選ばせようとしたのだ。だが、そんな生死の問題など、今の龍興に考えられる状況では無かった。


「なんで、一体……私が何をしたと言うの……重治……私は、貴方を実の妹の様に……」


「私は、龍興様のお心遣いには感謝しています。今日まで、とても良くしてくださいました。ですが、それは当主としての器とは全く関係ありません。私が評価しているのは、当主としての器。貴方は美濃の国主としての器が足りなかった。それどころか、自ら美濃を無法の地へと変えてしまいました。ですから、私がこのように謀反を起こした次第にございます」


 そのまま顔色を変えず、重治は長台詞を吐くと、今度こそ龍興に決断を迫った。


「さぁ、龍興様。決断を」


 龍興はこの時、自分に足りないものに気付けた。実の妹の様に慕っていた、重治の謀反によって。己にとって、何が不可欠か―


「……分かった。私は稲葉山を去る」


 彼女は、決して自らの感情を殺した訳では無い。重治の謀反を、悲しみ、後悔していた。だが、その龍興と、今の龍興の世界線が……今、変わった。

 そして、龍興はその場から姿を消した。あれだけ砕悩んだのに、斉藤龍興と言う人物は、自らの感情を奥底にしまい、殺したのだ。彼女はもう、自分の真の力への必要を、呼んでいた。


「……それでは、龍興様。もうお会いすることもないでしょう」



 音も立てず、残るのは生暖かいせせらぎのような音の風。ここで、斉藤龍興の半生が終わった。彼女を覚醒させてしまったのは、何を隠そう、後の天下最強軍師・竹中重治。そして、これより、斉藤龍興の残りの半生が始まろうとしていた。

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