貴方に贈る世界の最後に

ノベルバユーザー175298

元の世界のお話4


 彼女があった事件。
 それは、誘拐。
 どこかに連れ去れて監禁される。

 声が出せない彼女は、どうすることも出来ない。
 助けを呼ぶことも、悲鳴を上げることすらも出来ない。

 ただただ泣いていることしか出来ない。


 平和な世界の異常な事件。
 起こるはずのない事件だった。

 なぜなら、誘拐をした犯人が居なかったのだ。
 犯人が居ない異常な事件。

 俺がその事件を知ったのは、彼女が誘拐されてから2日が経った後だった。

 近所では警察がうろうろとしていて、彼女を探しているようだった。
 勿論、俺も探した。俺が思い付く限りの所には行った。

 でも、彼女は見つからなかった。
 彼女が今も苦しんでいるのではないかと思うと、夜も眠れない。

 早く見付けないと......

 二日間、眠っていない反動で意識が落ちそうになる。
 何をやってるんだ俺は...彼女が苦しんでいるのに...


 パッチーン


 夜の街に音が響く。
 思いっきり自分の頬を叩いた。

 よし、まだ大丈夫。

 気合いを入れ直し。また探し始める。

 俺が住んでいる場所には、大きな森が広がっていた。
 今、俺はそこにいる。

 暗い森の中。
 僅かな月明かりでしか、見えない視界の悪さ。
 だけど、探し続ける。

 大切な人を見付けるまで...


 ずっと探していたが見付からない、気付けば朝日が少し出てきていた。
 今日は、ここまでか...

 俺は、彼女の為に馬鹿なことをしている自覚がある。
 友達の為に、ここまでするのは可笑しいと自分でも思っている。

 でも、友達の為にそんな事まで出来ない奴は、もっと馬鹿だと俺は思っている。

 考えながら森の中を歩いていく。
 そして、違和感に気づく。

 鉄の臭いがする。
 いや、これは...血の臭い。


 森の中を進んでいくと、木に寄りかかっている誰かのシルエットが見えてくる。
 だけど、その周りには、赤い色がちりばめられていた。

 近づいて行くと、その正体が分かる。
 分かりたくなかった、真実が分かってしまう。


 そう、そこに居たのは、俺が探していた人物。

 彼女だった。



 この事件の真実。

 それは、誘拐などではなく......自殺だった。


 意味が分からなかった。彼女が、自殺する理由が俺には分からなかった。
 俺の隣を歩いていた彼女は、いつも嬉しそうだったのに...

 そして、気付く。
 そうか、俺だけが知らなかったのか。彼女が苦しんでいた理由を。
 俺と彼女が居るときだけは、いじめが起こらなかったのか。
 だから、俺だけが知らなかった。


 目の前で動かない彼女のお腹には、自殺の時に付いたであろう大きな傷と、別の事で付いた痣が見えた。

 俺は、馬鹿だな...こんな事にも気付けなかったなんて...何で、何で話してくれなかったんだよ。
 俺なら、お前の力になれたのに...

 俺の心からは後悔しか出てこなかった。


 俺は、もう1つの違和感に気づく。
 動かない彼女は、何かを大事そうに抱えている。

 血だらけの手で大事な何かを誰にも渡さないように...



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺が警察に報告して、この事件は終わった。


 終わったはずだった。

 事件が世間に知られてから二日後に俺は、警察に呼ばれた。
 何かをした訳じゃないのに、警察署まで連れてこられた。

 そこで、俺は説明を受けた。
 彼女が握り締めて離さなかったものを君に聞いて欲しいと言われた。

 そして、俺の目の前に出されたものは、携帯電話だった。

 「これが、彼女が君に残した。この世界最後の言葉だ」

 携帯電話の録音機能を、警察の人が再生する。
 すると...

 「え、あ、えっと......これを見ているということは、私はもう、この世界には居ないと思います。でも、最後に言っておきたいことがあったので、勇気を振り絞って、これを残します」

 あの時、聞いた彼女の声が携帯電話から聞こえてくる。
 もう、聞くことが出来ない声が...聞こえる。

 「私は、いじめられていました。それも、クラスの全員からです。あっ、一人を除いてですけど。毎日の様に続けられていたいじめに、嫌気が差してもう、死んでしまおうと何度考えたか分かりませんでした」

 彼女の声は、どんどん暗くなっていく。
 どれだけのことを...

 「でも!!私に生きる希望が出来たこともあったんです。クラスの龍堂凪くんには、私の心を救ってくれました。声が綺麗だと褒めてくれました。それだけでも、凄く嬉しかった。救われた気がした」

 彼女の声を聞いているだけで涙が溢れだして止まらない。
 だけど、違う。俺は、君を救えなかった。

 「龍堂く...いや、ナギくん。自分を攻めないでね。ナギくんのせいじゃないからね。......最後に、私が言いたかったことを言います。ナギくん...ありがとう。私は貴方に救われた。ありがとう。貴方のお陰で私の人生は少し楽しくなった。ありがとう。そして、さようなら。また、会うことがあったら声をかけてきてくれないかな?楽しみに待ってます」


 プツリと、彼女の声が終わった。


 「俺は、大馬鹿だな...もう、取り返しがつかないじゃないか...」

 唇から血が出るほど噛み締める。
 彼女の携帯電話を抱き締める。

 「分かった。じゃあ、また会おう...」

 俺は、この日この時にやり直そうと思った。

 こんな世界は、間違っている。

 だから、俺はやり直す。


 この世界の変化を元どうりにして、有るべき姿に戻す。





 これが、今の俺が出来る物語。


 さぁ、やり直しの旅の始まりだ


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