貴方に贈る世界の最後に

ノベルバユーザー175298

元の世界のお話3


 魔王、この世界を統べる者の称号。
 力の証明。この世界の頂点。

 目の前に居るのはそう言う人だ。

 ...何で俺は、こんなおっさんとお茶会をしているのだろうか?
 確かに話を聞かせてくれとは言っていたが...これは無いだろ。

 「ナギくん。僕が人間に話したいことは山ほどあるのだが、君に話したいことはそれほど無いんだ」

 「え?」

 何言ってんだこのおっさん。
 俺でも理解出来ないぞ。

 「まず1つ、ナギくん。君、この世界の人間じゃないでしょう」

 「なっ、なんでその事を」

 「黒目黒髪は珍しいからね。それに『転生者』は、強い力を持っているし、もし君と敵対するような事があったら僕たちも無事ではすまない。そう思ったから最初に攻撃しなかったんだけど」

 「あ、ああ」

 なんかよく分からないけど、俺と敵対する気は無いようだ。
 それだけでも少しは安心だ。
 魔王なんてゲームのラスボスにここに来たばかりの俺が勝てるわけもない。

 「それで、ナギくん。君と取引がしたい」

 おっさんの目が変わる。そして、魔王としての顔になる。

 「僕たちは、君に危害を加えない。これは勿論、他の魔族全てに伝えておく。君の安全な暮らしを保証しよう」

 暮らしの安全、それは大きい。俺はこの世界に来て数時間だ。今日を生きるにもどうしたらいいか分からない。

 だけど、俺でも分かることがある。
 俺に出される条件が無理難題なら断るしかない。
 魔王の次の言葉を待つ。

 「そして、君にしてもらいたいことは1つだ。君には僕たちと人間との架け橋になって欲しい」

 「は?それだけ?」

 「...それだけ、と言っているがかなり難しい事だと思うぞ。魔族と人間は、昔から敵対していたのだ」

 「難しい事か?人と人を繋げるだけだろ。魔族とか人間とか何を言ってるんだか」

 「ナギくん。君は、僕たちと人間が同じだと言うのかい?」

 「魔王だって、俺達と同じ言葉を喋るし、笑えるじゃないか。同じだろ人間と」

 「!!。おお、僕は、僕は君のような人を探していたんだよ。ピッタリじゃないか。僕の夢に希望が出てきた。光が見えてきた」

 うおぉぉぉぉぉ。と、一人で盛り上がっているおっさんを見ると、本当に人間と変わらないなと思う。
 俺の居た世界の人間とは違う。ちゃんと感情・・があって生き生きとしている。

 まるで何かに操られているだけのような、決まった動きをしない。

 ふと、俺は思った。もしかしたらここは、この世界は......俺が居た世界の過去の世界なんじゃないか?
 そんな疑問が頭に浮かぶ。
 でも、俺の世界では頭に角の生えた人間は居なかったし、翼で空を飛ぶ人間も居なかった。

 つまり、未来の世界で起きた変化で、このおっさんたちのような人が全員、死んだ。

 そう、思った瞬間に、この世界を変えた奴を絶対に止ようと思った。例え、そいつを殺すことになっても、俺は...あいつを守るためなら死んでもいい。


 もう、居ない・・・人間を心の中で思い浮かべる。

 同時に、俺がやってしまった人生最大の馬鹿な事・・・・も思い出す。
 頭が痛くなるようなあの日の出来事を。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 俺は、あの出来事で記憶の一部が無くなった。
 大切な人の名前も顔も思い出せない。
 だけど、大切な人を失ったということだけは強く頭に残っている。

 記憶の中の彼女は、いつも霞みがかっていて、よく分からない。

 心の中に残る喪失感だけが俺を動かしている。

 そんな、大切な人を失った出来事。


 あれは、何もない普通の日。
 普通の時間が普通に流れていく、そんな変わらない日々にあった出来事。


 霞みがかった彼女は、いつも俺の側に居た。何かを言うわけでもなく、嬉しそうにしながら俺の隣を歩いていた。

 俺は、彼女の声を聞いたことがない。
 聞いてみたかったけど仕方がなかった。

 彼女は、喋れなかったからだ。
 障害を持っていると言う訳ではなく、過去の凄惨な出来事によって喋る事が怖くなっていたそうだ。

 昔の彼女は、よく喋る明るい人物だったと、彼女の友人に聞いた。
 だけど、彼女は喋り過ぎた。誰かの秘密も、大切なことも...

 彼女が他人の好きな人を喋って広めてしまった事が原因で、彼女はいじめを受けることになる。

 何日も何日も続くいじめは、どんどんエスカレートしていき、終には彼女は、喋る事が出来なくなった。

 それは、中学までの出来事で、彼女は高校に入ってから俺と出会った。

 当時の俺は、彼女が自己紹介の時に何で喋らないのかな?と思って話し掛けた。
 それが、俺と彼女との最初の出逢いだった。


 ...実際は、その事を聞いた瞬間に泣いて教室から出ていってしまったので、走って追いかけて、全力で土下座して謝ったのが始まりだが。

 その時の彼女の声は今でも忘れない。
 必死で謝ってくる俺が面白かったんだろうか分からないが、彼女は笑ったんだ。
 声を出して笑った。

 「ふふっ。...面白い」

 「なんだ、綺麗な声じゃないか...」

 そんな事を言ったのを覚えている。
 目の前の彼女は、泣いていたと思う。よく思い出せないが、泣いていた。
 後から彼女に聞いたら、嬉しかったそうだ。


   助けてくれてありがとう

 と、小さいメモ帳に書いて。


 そんな出逢いが会ってから事件は起きた。
 彼女にとって最悪な事件。


 彼女が世界から居なくなった事件。

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