貴方に贈る世界の最後に
元の世界のお話3
魔王、この世界を統べる者の称号。
力の証明。この世界の頂点。
目の前に居るのはそう言う人だ。
...何で俺は、こんなおっさんとお茶会をしているのだろうか?
確かに話を聞かせてくれとは言っていたが...これは無いだろ。
「ナギくん。僕が人間に話したいことは山ほどあるのだが、君に話したいことはそれほど無いんだ」
「え?」
何言ってんだこのおっさん。
俺でも理解出来ないぞ。
「まず1つ、ナギくん。君、この世界の人間じゃないでしょう」
「なっ、なんでその事を」
「黒目黒髪は珍しいからね。それに『転生者』は、強い力を持っているし、もし君と敵対するような事があったら僕たちも無事ではすまない。そう思ったから最初に攻撃しなかったんだけど」
「あ、ああ」
なんかよく分からないけど、俺と敵対する気は無いようだ。
それだけでも少しは安心だ。
魔王なんてゲームのラスボスにここに来たばかりの俺が勝てるわけもない。
「それで、ナギくん。君と取引がしたい」
おっさんの目が変わる。そして、魔王としての顔になる。
「僕たちは、君に危害を加えない。これは勿論、他の魔族全てに伝えておく。君の安全な暮らしを保証しよう」
暮らしの安全、それは大きい。俺はこの世界に来て数時間だ。今日を生きるにもどうしたらいいか分からない。
だけど、俺でも分かることがある。
俺に出される条件が無理難題なら断るしかない。
魔王の次の言葉を待つ。
「そして、君にしてもらいたいことは1つだ。君には僕たちと人間との架け橋になって欲しい」
「は?それだけ?」
「...それだけ、と言っているがかなり難しい事だと思うぞ。魔族と人間は、昔から敵対していたのだ」
「難しい事か?人と人を繋げるだけだろ。魔族とか人間とか何を言ってるんだか」
「ナギくん。君は、僕たちと人間が同じだと言うのかい?」
「魔王だって、俺達と同じ言葉を喋るし、笑えるじゃないか。同じだろ人間と」
「!!。おお、僕は、僕は君のような人を探していたんだよ。ピッタリじゃないか。僕の夢に希望が出てきた。光が見えてきた」
うおぉぉぉぉぉ。と、一人で盛り上がっているおっさんを見ると、本当に人間と変わらないなと思う。
俺の居た世界の人間とは違う。ちゃんと感情があって生き生きとしている。
まるで何かに操られているだけのような、決まった動きをしない。
ふと、俺は思った。もしかしたらここは、この世界は......俺が居た世界の過去の世界なんじゃないか?
そんな疑問が頭に浮かぶ。
でも、俺の世界では頭に角の生えた人間は居なかったし、翼で空を飛ぶ人間も居なかった。
つまり、未来の世界で起きた変化で、このおっさんたちのような人が全員、死んだ。
そう、思った瞬間に、この世界を変えた奴を絶対に止ようと思った。例え、そいつを殺すことになっても、俺は...あいつを守るためなら死んでもいい。
もう、居ない人間を心の中で思い浮かべる。
同時に、俺がやってしまった人生最大の馬鹿な事も思い出す。
頭が痛くなるようなあの日の出来事を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は、あの出来事で記憶の一部が無くなった。
大切な人の名前も顔も思い出せない。
だけど、大切な人を失ったということだけは強く頭に残っている。
記憶の中の彼女は、いつも霞みがかっていて、よく分からない。
心の中に残る喪失感だけが俺を動かしている。
そんな、大切な人を失った出来事。
あれは、何もない普通の日。
普通の時間が普通に流れていく、そんな変わらない日々にあった出来事。
霞みがかった彼女は、いつも俺の側に居た。何かを言うわけでもなく、嬉しそうにしながら俺の隣を歩いていた。
俺は、彼女の声を聞いたことがない。
聞いてみたかったけど仕方がなかった。
彼女は、喋れなかったからだ。
障害を持っていると言う訳ではなく、過去の凄惨な出来事によって喋る事が怖くなっていたそうだ。
昔の彼女は、よく喋る明るい人物だったと、彼女の友人に聞いた。
だけど、彼女は喋り過ぎた。誰かの秘密も、大切なことも...
彼女が他人の好きな人を喋って広めてしまった事が原因で、彼女はいじめを受けることになる。
何日も何日も続くいじめは、どんどんエスカレートしていき、終には彼女は、喋る事が出来なくなった。
それは、中学までの出来事で、彼女は高校に入ってから俺と出会った。
当時の俺は、彼女が自己紹介の時に何で喋らないのかな?と思って話し掛けた。
それが、俺と彼女との最初の出逢いだった。
...実際は、その事を聞いた瞬間に泣いて教室から出ていってしまったので、走って追いかけて、全力で土下座して謝ったのが始まりだが。
その時の彼女の声は今でも忘れない。
必死で謝ってくる俺が面白かったんだろうか分からないが、彼女は笑ったんだ。
声を出して笑った。
「ふふっ。...面白い」
「なんだ、綺麗な声じゃないか...」
そんな事を言ったのを覚えている。
目の前の彼女は、泣いていたと思う。よく思い出せないが、泣いていた。
後から彼女に聞いたら、嬉しかったそうだ。
助けてくれてありがとう
と、小さいメモ帳に書いて。
そんな出逢いが会ってから事件は起きた。
彼女にとって最悪な事件。
彼女が世界から居なくなった事件。
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