王子さまの婚約者は○○○です!?

ノベルバユーザー149578

第31話

最終電車が走り去り、駅が閉鎖され、夜遅くまでやっていた暖簾を中に入れお店の明かりが消えた時、玉都に完全な眠りの時間が訪れる。
その中を。音をさせないように加工した『お役目』専用の牛車がひっそりと夜闇に紛れて、城下町の外にからからとかすかな音で前に進む。


その後ろを走っていたまさきは、くぷりと見えない壁を通り抜けたようなそんな感覚に眉をひそめる。まるで今朝、聖霊工房と呼ばれていた治小の根城に入ってしまった時のような。
ゆっくり走っている牛車に追いついた時、わずかな月明かりで走っていたまさきは、唐突に視界が暗すぎるということに気づく。足を動かしながらふと空を見上げて見ればそこに月はなく、星の欠片も見えない。おかしい、今日は三日月ではあるが確かに月がのぼっていたはずなのに。例えるならそう、まるで女王陛下こと椿己みかんが1度張ったことのある何物も遮断する結界の中に入ってしまった時のような感覚。


しかもこれには治小の時のような清浄さは感じず、むしろ汚いものを中に閉じ込めようとしているような。そこまで考えたとき、まさきはゆったり進む牛車に追いついた。外側からできるだけ声を張り上げる。


「さゆ!」
「みぎゃぎゃ!」
「…まさき!? な、なぜこんな。牛車を停めてくれ」


まさきの声に驚いた王子さまが固く結んでいた目をはっと開いて窓にかかっている簾を持ち上げて外を見れば。牛車に並走するまさきがいた。挨拶するようにみぎゃみぎゃ鳴いた治小にも驚く。本来であれば暗闇で見えないはずのまさきであったが、治小を連れていることによって見えている状態であった。
急いで牛車を停めるように指示し、牛車の中へとまさきを招き入れる。


「まさき、なぜここへ!?」
「だって、さゆがおれに黙ってどっか行っちゃうから。それに危ないところなんだろ? だから、おれがさゆを守ろうと思って!」
「なっ…まさき」


牛車に乗り込んだまさきは、にぱっと明るい笑顔で王子さまに笑いかける。その笑顔の明るさに、声色の華やかさに自分がこれから向かうところが死にも直面するところだなんて忘れそうになる。でも、それを忘れるなんて出来なかった。自分を守ろうと、この玉都を守ろうとして何人何十人何百人の武器種族が犠牲になっただろう。異世界から送られてきた穢神あいがみしもべである骸虫が死んでいったのであろう。


『骸虫』そう呼ばれる生き物が、人とほぼ変わらない見た目をしていることはそれと対峙したことのある神官と王族しか知らない。ただ目が赤く瞳孔がないだけで、作りはほぼ人間と変わらないその生き物を、なぜ虫扱いできるのだろうか。
王子さまは小さい頃からそれがわからなくて。王さまに何度も聞いて困らせたことがある。王さまは幼いころの王子さまにこう言った『自分が悪だと切り捨てた者たちにも正義があったかもしれない。互いの正義がぶつかり合えば、どちらかが悪になるしかない。それでも、大切なものを守り抜くためには、戦うしかないんだ』と。


あの頃の王子さまには難しい言葉だったけれど、でも今なら少しわかる。王子さまはまさきが好きだ。一緒にいると心地いいとか可愛いとか、そういうのを抜きにしてもまさきを愛しいと思う。だから王子さまはまさきのいる、守るべき民たちのいるこの玉都を守りたいと思ったそう決心したばかりなのに、まさきは王子さまを守るために戦うという。


「まさき、頼むから僕と一緒に牛車の中にいてくれ。僕は君を失いたくない」
「さゆも…」
「え?」
「さゆもおれを馬鹿にするの?」
「まさき? 馬鹿にしてなんて」
「おれは武器種族で、影族なんだよ? 戦闘に秀でて、死ぬことはない種族なんだってば。それにおれ、けっこう強いんだよ?」
「死なないことと、痛いことは別だ。たとえ死ななくても、まさきが痛い思いをすることは…」
「うん、おれやっぱりさゆのこと、好きだなぁ」


ふわりと笑ったまさきからは強さなんてとても感じられなくて。王子さまは懇願するように下座に座るまさきを抱きしめようとしたところで。牛車が停まった。玉都に唯一開かれた穴、穢れが噴出する場所、骸虫たちが好んで集う13番公園についたのだろう。


「―――――だ!」
「そっちに―――――」


もう戦いは始まっているようで、牛車の外からはひとの声がした。それがはたして神官たちのものであるのか、それとも骸虫と呼ばれる存在たちのものであるのか王子さまにはわからなかった。


抱きしめようとしたまさきに反対に抱きしめられる。さらりと長い髪から漂う花の香りと、石鹸の清潔な香りが心地よくて王子さまはなんだか泣きそうになった。今日はどれだけの命が散るのだろうか、そんなことを考えてしまったから。そんな自分はまさきを抱きしめる資格すらないと言われているようで、王子さまは自分の腕をまさきの背へとはまわせなかった。

          

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