双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第64話 王

 メイリアたちの方を見るというポップ、そして神と別れ、俺らはパイロヴァニアの地下道を進んでいた。
 サリアの記憶は取り戻し、魔晶兵カインは陥落、兵隊長ダイアナも副総帥オニオーも総帥リッターヒルンも全滅、パイロヴァニアは壊滅状態にある。だが俺らは完全にパイロヴァニアの『計画』を……洗脳計画を潰さなきゃならない。
 目標は突入時と変わらない、魔術技官ゲルス・ワースト! 奴を捉え、その研究の一切を葬り去って初めて俺らは勝利できる。

「サリア、こっちでいいのか?」

 地下道を走りながらサリアに尋ねた。サリアは探知の魔法を発動させている、その精度は俺よりもはるかに高い。

「うん、地下道の奥に魔力の反応がある、大きいのと小さいの……片方はたぶんゲルスだよ、もう片方はわからないけど」
「大きい魔力か、パイロヴァニアに残った戦力で、心当たりはひとつだな」
「うん、きっと戦わなくちゃならないと思う」

 もはや兵隊も出し尽くしたと見えるパイロヴァニアだが、重要な男が1人残っている。それはパイロヴァニアの総意であり、その権化。

「パイロヴァニア国王、レグルオ・ブルース! リオネの話によると奴も『計画』に加担しているのは間違いない」
「娘を利用するくらいだもんね、軍部が暴走したって感じでもないよ。前に会った時は善良に見えたけど……」
「リオネのように本性を隠してるのか、それとも、だな。とにかく邪魔をするなら倒すだけだ!」
「うん!」

 完全な状態で双子が揃い、勢いづく俺らは目指す相手へ向けてどんどん進んでいった。



 地下道を奥へ奥へ進み、鍵のかかったドアを何枚もぶち破り、罠や分かれ道も越え、やがて……俺らはその場所へと辿り着いた。
 今まで破ってきたドアとは比べ物にならないほどの重厚な扉。対魔力鉱石ファンサライトでできているらしく、何重もの鍵だけでなく魔法による防壁で守られている。その手前には広い空間、それがなんのために用意されたかはそこに並ぶ……無数の兵器が教えてくれる。巨大な鎧の姿をした兵器は広い空間に所狭しと立ち並び、万が一にも侵入者がくればこの空間で抹殺するのだろう。頑丈な扉の向こうには絶対に守りたいものが眠り、その手前の空間は外敵を確実に排除するための処刑場なのだ。
 そして鎧の兵器の中心で、その男は俺らを待っていた。

「来ましたか」

 俺らを見て冷たく告げる。しかしどこか諦観も交えた、悲しげな声だった。
 パイロヴァニア国王、レグルオ。獣人の国でもあるパイロヴァニアを表すように、獣の特徴を色濃く残すライオンの獣人。鬣の立派な頭も、がっしりとした手や足も獅子のそれであり、巨躯もあってパッと見は二足歩行のライオンが服を着たようにも見える。だが黒いローブとその上の赤いマント、何よりも王者たる威厳漂うその立ち姿は一切の滑稽さを押し流し、ただただ獣の強さを感じさせる。この時もまた、黒い眼帯で右の目を隠し、青色の左目だけが露出していた。

「こうして会うのは二度目ですね。私の方は、かねてからお2人を知っていましたが……」

 レグルオの口調は穏やかだ。だがその手には巨大な長剣が握られている。常人ならば持ち上げることすらできないような重厚な鋼の剣、磨き上げられた刀身は輝き、持ち手にはなんらかの力を伺わせる宝石や緻密な彫刻で彩られている。その剣は、王の闘志を表しているようだった。

「あえて聞こう、パイロヴァニア国王レグルオ。お前は『計画』にどのように関与している」
「できれば今すぐに退くことを勧める、さもなくば相応の対処を受けることになる」

 俺らは十分な距離を保ちつつ王と対峙した。まずは聞いておきたかった、この男がどういう人間なのか。無論、立ちはだかるならば倒すことを前提として、だが。
 王は俺らの問いに噛み締める様に頷くと、その獣の口で語り始めた。

「私は王。皆から選ばれ、パイロヴァニアを導く者としての座を開いてもらった身。それをひとたび受け入れたならば、国のため、国に住まう皆のために尽くすのが私の役目。たとえそのために自分の時間、自分の体、自分の心、自分の誇りを投げ打ってでも」

 王は己の眼帯に手を触れた。その下にあるのは恐らく緑色の瞳、左目の青とは異なる色の瞳……オッドアイを特徴とする獣人の一族ヘテロ族は、恩義を絶対とし、そのために全てを捧げる性質が血に染みついた一族。恩義に報いることが一族の誇り。片目を隠すのは、その誇りを封じることを意味していた。

「パイロヴァニアの民は嘆いている。迫害の歴史に怯え、この狭い土地から出ることすらできず、鉄の砦の中で怯える日々。過去の恐怖、未来への不安、現実の不満……この閉じられた世界の中で、心の闇は蓄積されていき、人も国も壊していく。王として、この国を変えねばならなかった。パイロヴァニアの民に扉を開かねばならなかった。そのために手を尽くしてきたが……叶わなかった」

 王の目に悲哀がにじむ。その目から感じるのは失望、その対象は己。王として選ばれた喜び、その反動としての失望。今日に至るまでにこの王がどれだけの努力をし、そして挫折してきたか、それだけでわかった。

「『計画』は悪だった。人間を他者が思うが儘に操り、利用するなど……人の尊厳の全てを奪い踏みにじる卑劣な行為とわかっていた。我々が悪であなた達が善……今でもそう思っているし、しかしそれでなお道を誤ったとは思わない。その道の果てに、パイロヴァニアの未来があるのならば」

 神の力を持つ俺らを操り、その力で外界を侵略する。それは利己的で非人道的な、まさしく悪の計画だ。だがそれを代償に、『力』を手にしたパイロヴァニアとその国民は過去の恐怖を払拭し、また侵略し新たな土地を手に入れることで未来への不安も消え去る。国を助けることが王としての道ならば、それは正道だった。
 レグルオ・ブルースは、悪人として、王の道をとった。

「私は君たちを倒さなくちゃならない……私が君たちを倒した時、『計画』はなされ、パイロヴァニアは光溢れる扉を開くことができる。ここまで進んできたのだ、立ち止まることはできない。それが王として、民を導く者としての役目だ」

 王はその左目で俺らを見据えた。そこにあるのは殺意でも悪意でもなく、純粋な……決意だった。
 だがふいに、その目がまだ穏やかな王の目に戻る。

「あなたたちは素晴らしい人です。最後に話ができてよかった……あなたたちから、言いたいことはありますか?」

 王に問われ、俺らは迷いなく答えた。

「あんたが覚悟を決めているのなら、俺らから言うことはない」
「ただ……未来をかけて、戦うだけ」

 ここで何か話しても戦いは止まらない。王は覚悟を固めている、進んできた道を最後まで進むべく、立ちはだかる者はなぎ倒す。俺らも同じだ、立ちはだかる者は倒す、そう決めていた。
 もはや言葉は不要。戦って、全てを決めるだけだ。

「そうですか……私ももう、あなたたちと話すことはできません」

 王の目が戻る。道の先だけを見据えた目に。そして一言だけ、呟いた。

「さようなら」

 それを皮切りに、決戦は始まった。

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