双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第60話 別人

「バカな! お、俺らの切り札が……なぜ発動しないんだ!?」

  融合魔導ユナイトマージが発動しない、それはありえないことのはずだった。俺と一心同体であるサリアならば心を共鳴させるなんて簡単なことのはず、なのに今はまったくサリアと共鳴できない……サリアに魔力を送りまた受け取っても、異物感しかなかった。
 サリアを見ると彼女も震えながら自分の手を見つめ呆然としている。

「まさか……」

 そう呟いた。心当たりがありそうだった。

『ここここ来ないんですか~? な、ならこっちからいきますよ~!』

 ゲルスの声と共に魔導鎧が動き出す。その巨大な腕からいくつものアームを展開し、がむしゃらに殴りかかってきた。

「サリア!」
「う、うん!」

 突っ立っている余裕はない、俺らは一時別れ狙いを分散させつつ敵の腕をよける。こういった連携は言葉なしですぐできるのに……何か根本的なところで、サリアと繋がれていない!

「サリア! 何か心当たりがあるのか、融合魔導ユナイトマージが使えないことに!」

 敵の猛攻をかわしつつ、俺は声を張り上げた。サリアも迫りくる鉄の腕をいなしながら応える。

「私の記憶、リオネちゃんが魔水晶の形で持ってたんだ! それを奪い返すことで私は記憶を取り戻したんだけど……!」
「だけど、どうした!」
「魔水晶は2つあって、片方をリオネちゃんが砕いちゃったの! ひょっとしたらそれで記憶が完全じゃないのかも……」
「なんだと!?」
「で、でもおかしいんだよ、今私には全部の記憶がちゃんとある! サリア・ド・ソレイユ・フォン・フェルグランドとして生きてきた全ての記憶が!」

 サリアの言葉に、俺は違和感を覚えた。

「待て! サリアとしての記憶? それで全部か!?」
「う、うん……物心ついた時からの全部の記憶、ちゃんとあるよ!」

 これでわかった。2つあった記憶の水晶、その片方がサリアとしての記憶……そしてもう片方は、鈴木健司としての記憶。俺らの前世の記憶だ。
 今のサリアにはそれがない、つまりここにいるのは転生者ではなく純然たるサリア・フェルグランド、セイルの妹であり1人の少女……俺の双子であっても、同一人物ではない。

「やっぱり、砕かれた魔水晶に何かあったの? 私の大事な記憶が……」
「そうだ! だが今はもう、仕方ない! 多少リスクはあるがリベリオン作戦で一気に決めるぞ!」
「な、なんだっけそれ」
「伝わらないか……ここまで戦ってきた俺にはあのデカブツの弱点がだいたいわかってる、だから俺が突っ込むのをサポートしてくれ!」
「そういうことね、了解!」

 回避し続けた俺らの頭上へ巨大な腕が同時に迫る。俺とサリアは頷き合うと、同時に同じ方向へ飛び退いた。
 拳が地面をえぐるのと同時に、双子は背を合わせてぶつかり合った。移動の慣性を制御すると同時に接近することが狙いだ。

「【ペルフェルト・ドライ】、【アクセレスト】、【ロンズデーライト】、【マナエクス】ッ!」

 サリアが素早く詠唱する。それはいずれも強化バフ魔法、補助魔法に特化したサリアが全力でかけるそれは、並の人間なら体を壊しかねないほどの威力を発揮する。
 全ての補助魔法が俺の体に満たされた。神に与えられた身体能力がさらにブーストされ、文字通り人間兵器と化す。

「行くぞ、ゲルスーッ!」

 俺は一直線に敵へと突っ込んだ。突撃作戦はリスクも大きい、だが魔法が効かない巨体を融合魔導ユナイトマージ抜きで倒すにはこれしかない。ここまで敵の動きを見て急所はだいたい把握できている、そこをうまく突ければなんとかなるはずだ。

『こここここないでくださ~い! 物理防壁~!』

 巨兵は魔法のバリアで俺を阻もうとする。

「しゃらくさい!」

 俺は真正面からバリアをぶん殴り、粉砕した。これしきの壁で強化された俺を止めることはできない。

『なななななななんてパワ~!? みみ、ミサイル……』
「遅いッ!」

 俺はまず、敵ではなく敵が立つ床を思い切り殴りつけた。鉄製の床が大きく陥没し、鎧の巨兵の右足のみが沈みがくんとバランスを崩す。
 すかさず浮き上がった左側にもぐりこんだ。

「この……ォォォォオッ!」
『わわわわわ~!?』

 左足を掴んで、思い切りぶん投げた。重心が偏った巨体がひっくり返り、轟音と共に横倒しになる。
 この鎧の巨兵は人型兵器だが、鎧を組み合わせたような姿をするために関節部分はないに等しく、魔力を探っても体全体に分布していて動力源がひとつではない。搭乗者を隠すジャマーも厳重に組み込まれており特定できず、一見弱点らしい弱点がないように見える。
 だが戦い続けて見えてきたのは、けして背中を見せないように立ち回る動きと、体を流れる魔力の流れの法則。動力源が分布し搭乗箇所がわからないとはいえ、人が乗って動かす兵器ならばその命令を伝達するシステムが必ず存在する。そこを断ち切ればこの兵器は機能を止める。
 その場所は……

「背中の、脊椎だッ!」

 俺は横倒しの巨兵の背後に回り込むと、手刀でもって人間でいう背骨にあたる部分を切り裂いた。

「ぐっ……」

 さすがに硬く、攻撃した方の俺の手から鮮血が飛び散り雨のように降る。骨にもややダメージがあったかもしれない。
 だがその甲斐あって敵兵器の背には深々と傷が刻み込まれており、その中には読み通り何本かのケーブルが切断されているのが見えた。

『なななな……なんてことを~!? 伝達ラインを切るなんて! これじゃあ体が……ええい、オートマタモードならまだ~!』
「そうかい、なら止めだッ!」

 俺は切断面に自ら突っ込む。そして、自分に掛けられた魔法をすべて解除する代わりに、その効果に応じたエネルギーを生み出す魔法を唱える。サリアがかけた最上級の補助魔法の数々が一気に爆発に変わるのだ……敵の、内部で。

「【リベレーション・バム】ッ!」

 俺を中心に、大爆発が巻き起こった。地下空間全体が振動し、熱風と閃光が辺りを包み込む。
 やがてそれが晴れた跡には、クレーターのように背中をえぐられた魔兵器が横たわっていた。内部構造がギリギリまで露わになっており、すでに壊れていることは明白だった。

『オートマタモードが死んでる!? えと、えと、じゃあ魔力を爆発に……ああ命令回路が遮断してるんだった~!?』
「ついでに言うと、お前の居場所を隠すシステムも死んでる。そこだな」

 俺は巨兵の前に回り込むと、その左胸部分、パイロヴァニアのエンブレムが刻まれている辺りを調べた。よく見るとエンブレム周辺にはうっすらと切り込みがあり、そこに手を差し込んで思い切りひくと、鎧の表面部分がガリッと音を立てて剥がれ落ちる。
 その中のコックピットに、だぼだぼの白衣を着たぐるぐる眼鏡の女……魔術技官ゲルス・ワーストがいた。

「あ、あわわわわわ……ひぃっ!?」

 逃げ場のないコックピット内でなおも逃げ出そうとする女の襟首をひっつかみ、外に放り出した。
 こいつが諸悪の根源のような存在。この兵器も、ミリアを暴走させた魔法も、サリアの記憶を奪った魔法も、おそらくはかつてミリアの力を奪い取った技術も、全部この女が作った。そして使うことになんのためらいも抱いていないことも今よくわかった。

「おいゲルス! サリアの記憶を奪った魔水晶は、お前が作ったもんだよな?」

 胸倉を掴んで引き寄せる。ゲルス当人は非力な人間らしく涙目で頷くばかりだった。

「じゃあ、戻す方法も知ってるよな。教えろ」
「そそそそそ、それは、あ、あの魔水晶で記憶喪失になったのなら、記憶の魔水晶が体外に排出されるはずだから……」
「その魔水晶がなくなった場合はどうなる?」

 問い質すと、ゲルスは怯えながら言った。

「なくなったら、記憶は失われますよ。永遠に……」

 俺が薄々想像していた、そして聞きたくなかった答え。その言葉は俺の心に風穴を開けて通り過ぎていった。

「セイル、危ないっ!」

 突然サリアが叫び、俺はハッと我に返る。すぐにゲルスから手を放して飛び退いた。
 直後、ゲルスの体が大爆発を起こした。爆風を身を屈めて耐え、辛うじてやり過ごす。後には細かなチリがわずかに残るのみだった。

「こいつも偽物の人形か……ビビりの割にはマッドサイエンティストのテンプレ―トみたいな奴だ」

 憎きゲルスを仕留められなかった、それは俺にとって憂慮すべき事態のはずだった。だが今の俺にはもうゲルスへの怒りは風化してしまっていた。
 代わりに胸を満たすのは……無力感。

「セイル……」

 サリアが俺に歩み寄る。俺は彼女に顔を向けることもできなかった。

「ねえ、教えて。私に足りない記憶ってなんなの? 今セイルが知っていて、私が知らないことってなんなの?」

 サリア……そう、サリア・フェルグランドが俺に問いかける。
 口で説明しても信じないだろう、いやたとえ信じたとしても意味はない、本当の意味での俺の妹、俺の分身は……『俺』は戻ってこない。
 サリアの中で『俺』は完全に失われた。俺らの絆の根源にして最たるものだった、完全に同一の存在としての記憶。この異世界とかつての生を繋ぐ唯一の鎖、それを共有できるかけがえのない存在。

「セイル? 大丈夫……?」

 俺は苦悶を浮かべていたのだろう、心配そうにサリアが声を掛ける。その彼女に、お前なんかサリアじゃない、と言ってしまいそうになって堪えた。
 サリアだってそうだ、ここにいるサリアはサリアとしての記憶を持っているが……実際には違うだろう。転生者の目線で見たこの世界の印象や感覚、元男として持っていた様々な感情、一心同体の存在として認識していた俺との共感……全て、今の彼女の中にはない。
 かつていた鈴木健司とは名前も違う。体も違う。その上記憶まで失ったのなら、そういう人間はもういなかったにも等しい。サリア・フェルグランドの中から1人の人間が消滅したのだ、永遠に……
 ただただ、冷たい孤独感が吹き付けていた。

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