双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第47話 明かされる『計画』

 数時間前、魔法都市アスパムの魔法学校にて。

「パイロヴァニアの『計画』がわかる!?」

 俺は思わず声を上げていた。魔法学校の空き教室を使って、俺はヒトミと一対一で話していた。
 ヒトミは俺の声に驚きつつもおずおずと頷いた。

「私、一度ナイブズに憑依されて……その時、記憶の一部が混ざったみたいなんです。ナイブズが消えた今もその記憶は少し残っていて……それを探れば、ナイブズが何を考えていたのかわかると思います」

 ナイブズ……パイロヴァニア闇の王国騎士団ロイヤルガードの一員であり、サリアの記憶を奪った張本人。奴の記憶を探ればパイロヴァニアの計画がわかるかもしれない。
 そして何より、サリアの記憶を取り戻す方法を。

「頼む、ヒトミ。俺はなんとしてもサリアを取り戻したいんだ。どうすればいい?」
「は、はい。えっと……い、今から、私の中に少しだけ残っているナイブズの……残滓? を、再生、させます……一時的に、ナイブズの人格を、蘇らせる感じです」

 ヒトミはつっかえつっかえに話す。まるで何か台本を読み上げているかのようだが、その時の俺はサリアのことで頭がいっぱいで気にしなかった。

「今から私はナイブズになります……ちょっと、いえ、かなり口が悪くなりますけど、驚かないでください。自然に元に戻りますから、何もしなくて大丈夫です」
「ああ、わかった。頼むぞ」
「はい……んっ……」

 ヒトミは目を閉じ、少し呻く。しばしの沈黙の後でヒトミは目を開く。
 その頬が、ニヤりと歪んだ。

「久しぶりだなァ、セイル・フェルグランド。俺様はてめェから受けた屈辱を忘れちゃいねェぜ? このドグサレの青二才がァ!」

 ヒトミとは到底思えない表情で、ヒトミからは絶対にでないような罵詈雑言を浴びせる。ヒトミの体にナイブズが宿っているのだ。穏やかなヒトミの顔は荒々しく歪み、自信なさげな眉は自信たっぷりに吊り上がる。恐るべき変貌だった。
 だが俺にはそれを気にする余裕もない。

「ナイブズ……今、お前と話している暇はない。早く話せ、お前らの計画を、何よりサリアを元に戻す方法を」
「フフフ、言うと思うのかァ? 俺様が? てめェに? フフフ……そうさなァ、まず土下座だ! 話はそれからだぜェ? えぇ、天才の双子さんよォ! 俺様をコケにした報いはたっぷり……」

 ヒトミの姿のナイブズが話し終えるより早く、俺は地に額をこすりつけて土下座をしていた。ナイブズの言葉が詰まり、驚いているのがわかる。

「これでいいか。お前が満足するならこれくらいしよう。お前の残滓はやがて消えるのだろう、それより早く話してくれなくては困るんだ……頼む、ナイブズ、ヒトミ」

 サリアを取り戻すための手がかり、失うわけにはいかない。俺自身のプライドや意地など捨て去って必死に救いを求めた。

「チッ……顔上げな。なんか一気に興ざめしちまったぜ、高慢ちきなてめェをぶちのめしたかったのに、妹の記憶が消えたくらいで急に縮み上がりやがって、つまらねェ」
「ナイブズ、じゃあ……」
「ああ、教えてやるよ。どの道俺は消える身だしなァ……ああ、悲しきは我が身よな。フフフ」

 ナイブズは怪しげに笑ったが、俺の頭はサリアのことでいっぱいだ。とにかく教えてもらえればいい、そう思っていた。
 俺は顔を上げて、ナイブズは語り始めた。

「まずは……『計画』から話すか。こいつは早い話、パイロヴァニアが圧倒的な軍事力を手に入れ、てめェらのソレイユ地方をはじめ、他の領土を侵略するためのもんだ。その軍事力を手に入れる方法が計画の本体。そしてそれこそが、洗脳魔法なんだよ」

 洗脳と聞き、俺はミリアの様子が浮かんだ。パイロヴァニアによって正気を奪われ、アスパムで暴れまわった彼女。放っておけばアスパムくらい簡単に滅ぼしたかもしれない。

「たしかに、あのミリアを兵器として見れば恐ろしい威力だな……もしや、パイロヴァニアの言う軍事力とは、ミリアや俺らのような存在を洗脳して手駒にすることなのか」
「ご明察。もっとも『氷華』のは失敗作だ、あの暴れ方じゃあ兵として扱えねェ。今回の事件は簡易洗脳の出来栄えの確認とアスパムでの破壊工作、ついでにてめェらの実力の確認だった。理想はやっぱりてめェらを完全に脳をアタマからケツまで洗いなおして、パイロヴァニアに絶対服従の奴隷にしちまうことだなァ。フフフ……」

 ナイブズは不気味に笑う。その笑みはパイロヴァニアの恐るべき陰謀の闇を表しているようだった。

「これでお前らが俺ら双子やミリアを名指しで狙っていた理由が分かった。『氷床の箱庭』のギャングを支援してたのもお前らだな?」
「よく覚えてたなァ、その通りだよ。『氷華』と敵対する連中に助力すれば確保のメもあるし、うまくいけば『氷華』の力を丸々いただけたかもしれねェからな……もっとも吸収装置は何かと欠陥が見つかって、てめェらと『氷華』が結託したのもあって、計画は結局洗脳にまとまったわけだ」

 全貌が読めてきた。パイロヴァニアの目的は俺ら双子の洗脳……ならば。

「お前がサリアの体に押し込んだっていう魔水晶も、洗脳が目的だったんだろう? だがなんらかの不具合かサリアの抵抗により、思った通りの効果が出なかった。そうだな?」

 俺が問いかけると、ナイブズは大笑いした。だがやがて笑いを押し殺し、言う。

「あァその通りだよ。あの魔水晶は『計画』の最終到達点に一番近い奴だった……計算外なのはあのクソ女が自分の肉を抉ってまで魔水晶を取り出したことと、素の魔力耐性の高さだ。やっぱり装置と準備を整えて時間をかけてやらねェとてめェらの洗脳はできない、貴重なデータになったってわけだ」
「御託はいいッ!」

 俺は相手がナイブズの記憶を蘇らせただけのヒトミということも忘れて、掴み掛らんばかりの勢いで迫った。ナイブズは体をビクリと震わせる。

「サリアはどうすれば元に戻る? 教えろ」
「フ、フフ……さァな、そいつは俺様にもわからねェよ」
「なんだと……?」
「ま、待て待て慌てんな! 戻し方は知らねェが、戻し方を知ってるであろう人間を知ってる!」

 ナイブズは冷や汗を流しつつも俺を嘲るように笑い続け、その名を口にした。

「ゲルス・ワースト……パイロヴァニア軍部の魔術技官で、この『計画』の責任者だ。洗脳魔水晶も魔導鎧も何もかも、パイロヴァニアのマジックアイテムはその女がみんな作った。当然、俺様が使った魔水晶もな。だからそいつに聞けば、元に戻す方法はわかるだろうぜ」

 ゲルス・ワースト。俺はその名前を頭に叩き込んだ。
 そいつこそが、サリアから記憶を奪い取った……いや、俺からサリアを奪い取った、真の犯人。

「どんな奴だ、そいつは」
「チビの女さ。ぱっと見は間抜けにしか見えねェかもな。いるとしたらパイロヴァニア軍部施設にいるだろうぜ」
「わかった……ありがとう、ヒトミ」

 俺はやっとのことで、ナイブズの記憶の奥にいるであろうヒトミに礼を言った。もういてもたってもいられなかった。
 ヒトミに背を向けて駆け出す。向かう先は教室の窓、それを開くと同時に俺は魔力を解放した。

「【ゲキリュウ】!」

 己の体を魔力の波に乗せる移動魔法、それにより体を包み込み空に飛び立つ。目指すはもちろんパイロヴァニア。
 本来ならサリアと協力して放つ魔法……スピードは段違いに落ちる。だが俺は怒りと決意により滾る身体を震わせて、全速力でパイロヴァニアへと向かった。
 ゲルス・ワースト、その名をしかと胸に刻みつけて。



 セイルのいなくなった教室。やれやれとヒトミは……いや、ナイブズは首を振り、適当な椅子を引っ張り出して座った。

「そんなに一大事かねェ、たかだか記憶が消えただけだってのによォ」

 呟くと、心の奥から宿主ヒトミ・スノーディンの声が響く。

『セイルさんにとって、サリアさんは体の半分みたいなものって……前に言ってました。私たちが思う以上に、セイルさんにとってサリアさんは大切なんだと思います』
「フン……ま、そっちのことで頭がいっぱいだったおかげで、俺様が記憶の残滓なんかじゃなく、ナイブズ本人ってことにも気付かなかったようだぜ」
『そうですね。協力してくれて、ありがとうございます』
「ケッ、宿主サマが言うんだからしゃーねーだろ? しかも嘘がヘタな宿主サマだ、おかげで俺自身が出てかなきゃならなくなった」

 ナイブズは悪態をついて軽く自分の、つまりヒトミの頬をつねった。本当ならナイブズが与えた情報をヒトミの口から語らせるつもりだったのだが、あまりにもヒトミの演技が下手なので、急遽ナイブズ自身が外に出たというわけだ。

「しっかし小娘、てめェも殊勝な女だぜ。妹とはいえ、狙う男が他の女のために一生懸命なのを助けるなんてなァ」
『そ、そんな、そんなこと私……』
「記憶を共有してんだ、てめェの気持ちくらいわかるっての。そんなにあの青二才が好きなのかァ?」

 ナイブズが問いかけるとヒトミは少し黙り込んだ。体があれば顔を赤くしてもじもじとしていたことだろう。

『そ、その……サリアさんの記憶がなくなってから、セイルさん、本当に落ち込んでて……それを見るのが辛かったんです。だから……』
「へーへー。小娘の考えるこた俺様にゃわからねェな。さて、と」

 ナイブズは立ち上がり、コキコキと首を鳴らした。

「せっかく体が手に入ったんだ、久々に楽しませてもらうぜェ?」
『えっ! そ、そんな、約束が違います! あくまでも体の使用権は私に……』
「安心しろよ、楽しむったってちょっと散歩してメシ食うだけだ。夜までにゃてめェに返してやる。今回はてめェに協力してやったんだ、それくらいいだろ?」
『うー……わかり、ました。でも変なことしたら許しませんからね?』
「わあってるよ、宿主サマは繊細だねぇ。さて、じゃあまずはあの青二才の下着でも盗んできてやろうか?」
『なっ!? ふ、ふざけないでください』
「ヘッヘッヘ」

 ヒトミの体でナイブズは笑いながら、教室を立ち去った。

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