双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第26話 産業と獣人の街、パイロヴァニア

 ソレイユ地方から馬車に乗り、南にほぼ丸1日。パイロヴァニア王国はそのモイス山陸地帯にある。
 山間の盆地に作られた街は高い壁に覆われており、人々は東西南北4つの関所を通り抜けねば出入りはできず、魔法都市アスパムと違って高い管理が行われている。もっとも持ち込み禁止物品等はさほど多くはなく、あくまでも監視というよりは管理といった印象だ。これはパイロヴァニアの主産業が貿易であり、流通を管理する必要があることもあるのだろう。

 そしてパイロヴァニアのもうひとつの特徴は、獣人が国民の半数を占めていること。

 獣人とは獣の特徴を持つ種族の総称で、厳密な区切りはなくおおむねハーピィ・ケンタウロス・ワーウルフ・ワーキャットなどのいかにも動物系の種族を指すが、時にはヴァンパイアやエルフまでをくくることもある。パイロヴァニアに主に住むのは前者、動物系の獣人だ。そして現国王も獣人である。
 パイロヴァニアは元々、人間と獣人が共存できる国を目指し作られた国。この世界では珍しい民主主義国であり、国王も選挙で決められている。この国が町ひとつ分程度の大きさしかないのも、選挙により国王を立て、共存という目的をもって建国された国だからなのだ。『王国』という呼び名なのはこの世界での歴史の浅さゆえ。

 産業と獣の街、パイロヴァニア。
 活気あふれるその国に、わずかな腐臭が漂っていた。



 アスパムから馬車に長いこと揺られ、俺ら4人も関所を通り抜けて、パイロヴァニア王国へとやって来た。

「やっと着いたか……久しぶりだな、ここは」
「うん、5年ぶりくらい? あの時は両親の付き添いだったからちゃんと来るのは初めてだね」

 俺らは懐かしい思いでパイロヴァニアの街並みを眺めた。パイロヴァニアは産業に長けており、それゆえか家は鉄製の物がほとんだ。武骨な四角い家が立体的に立ち並び、街道は中心部にある議事堂に繋がるよう放射的、かつ同心円状に配備されているらしい。アスパムが広い敷地ののどかな田舎ならば、こちらはぎゅっと人口を押し込めた都会といった感じだ。

「フハハハー! このメイリア、双子を引き連れ凱旋だ! 英雄の帰還だぞ!」
「私はそんなに好きじゃあないな、この国は。密集した鉄の箱は人の業を見るようだよ」

 いっしょに来たメイリアとポップの姉妹はこの国の出身だ。今回は案内ということで同行してもらった。

「それでどうする、お2人さん。早速国王に殴り込みかけてみるか? それとも王国軍か?」
「よせよ、この国はソレイユ地方じゃないんだ、俺らはただの異邦者だ」
「いきなり騒ぎを起こしたりしないよ、まだ何があったってわけじゃあないんだし……とりあえず、宿屋に案内してくれない?」
「あいわかった。頼んだメイリア」
「おお! この私が連れていってやるぞ!」

 自らのホームで意気揚々とするメイリアに連れられて、俺らはパイロヴァニアの街を歩き始めた。
 異邦者だからか、微妙に視線を感じていたが――



 私たちが街を歩いてすぐに目に付いたのが、やはり獣人の姿。この世界の獣人は幅が広い、単にケモ耳を生やしたもの、顔の骨格ごと獣のそれであるもの、手や足が獣のそれになっているもの――パイロヴァニアにはそのどれもが住んでいるようだった。
 私たちが見慣れない獣人たちに目を奪われているのに気付いたのか、ポップがニヤニヤ顔で見上げてくる。

「どうしたご両人、獣人が珍しいか?」
「ああ、アスパムにはいないからな。こんなに多くの獣人が、人間といっしょに暮らしているのは初めて見た」
「姿形もすっごく個性的。もっとアスパムにも住んでくれてもいいのにね」
「フフ、それは難しいかもな。そもそもパイロヴァニアは獣人との共存の街だが、逆に言えばそうでもしないと共存はできないってこと」

 ポップが言わんとすることは私たちも知っている。この世界の歴史を学ぶ上で知ったことだ。
 私たちの世界でたとえるなら、獣人は黒人と同じ扱いを過去に受けていた。それで推して知るべしといったところ。獣人への差別意識は、ソレイユ地方ではさほどではないが、遠い地では今も根強く残っているという。

「難しいよね、やっぱり。獣人には獣人の文化があるし」
「俺らが将来的に領主になったら、そういうことも考えていかないとな」
「そういう難しい話は後にしろよ、メイリアの頭が痛くなる」
「ああ! 今にも痛くなりそうだぞ!」

 あまり湿っぽい話をするのもなんだ。今回は半分旅行のようなものなのでやめにする。

「だが獣人の文化については知っておいた方がいいかもしれないな、中には厄介な風習を持つ奴もいるんだ」
「なるほど、礼儀とか色々あるものな。知らずに怒らせてしまったりしたら確かに面倒だ」
「ポップ、教えてくれる?」
「フフッ、生憎私は教えないで面倒事が起きた方が楽しい。神は傍観者なのだよ」
「だと思ったよ、でも習慣とかだと本で調べられるかも怪しいしな」
「だったら私が教えるぞ! 獣人の友達はたくさんいるからな! なにせ私は人気者だ!」
「友達は多そうだよねメイリアちゃん、教えて教えて」
「うむ! たとえばあれを見ろ! あそこに獣人がいるな!」

 メイリアが指さした先には、壁によりかかって休んでいるらしい獣人の少女がいた。人間に猫耳を生やしただけといった部類の獣人で、スカートから長い尻尾をゆらゆら揺らしている以外は服装も人間と変わらない普通の布服だ。別段体格も人間より大きいということもなく、むしろその少女は小柄で胸もほとんど見えない。だがそれよりも、両目の色が緑と青と違う、いわゆるオッドアイなのが気になった。

「両目の色が違うだろう、あれはヘテロ族という獣人の一派の特徴でな! だが気を付けた方がいいぞ、もし奴らに恩を売ったりしたら……」

 メイリアが説明する、その時だった。
 突然、激しい振動が私たちを襲った。私たちだけではない、パイロヴァニアそのものが揺れていた。

「な、なんだッ!?」
「地震? わっ」
「のわあーっ!?」
「おっと」

 私たちはなんとか激しい揺れを耐えるも、メイリアは盛大に転倒し、さりげなくポップが支える。
 かなり強い縦揺れだ。私たちの世界でいうと震度6以上はある。周りの住民たちも皆一様身を低くして振動に耐えていた。だがパニックを起こすという感じではなく、今日初めて揺れが起こったわけではないらしい。

「ポップ、パイロヴァニアには地震があるの?」
「ああ、ここ数年に始まったことだがな、数日おきに強い揺れが襲うんだ。今はもう慣れっこだよ」
「数年? でも、地震は……」

 揺れを耐えながらポップに尋ねていたが、その時、私は目に飛び込んだものに意識をとられる。
 それは先程メイリアが指した猫耳の獣人だ。耳まで畳んで必死に身を屈め揺れを耐える少女が背にする壁は飲食店のものらしく、少女の上には大きな看板が掲げられている。その鉄製の巨大な看板が、振動を受けて、ずれ始めていたのだ。少女は気付いていない。
 このままでは看板が落下し、大惨事になる。

「セイル、気付いた?」
「ああ! だが遠い、考えてることはいっしょだな?」
「もちろん! 私の方が軽い!」

 私が気付いたことは大抵セイルも気付くし、思いついたことも同じ。同一人物ゆえの迅速な思考で私たちは動いた。振動は激しいが私たちの身体能力ならば本気を出せばへでもない。
 まず私が飛び上がり、両足を揃えてセイルの方へ落ちる。そして同時にセイルが蹴りを繰り出して、タイミングを合わせ私の靴裏を蹴り、例の子目掛けて私を発射した。

「そこのネコミミの人、危ないッ!」

 蹴り飛ばされる勢いで少女の方へ向かいつつ私は叫ぶ。それで獣人の子も気付いたらしく、耳をぴんと立ててびっくりした様子で上を見上げ、外れかけた看板を見つけ怯えた顔を見せた。
 その時看板が落下を始めた。鉄製の重い看板は大きく、やはり下の獣人は間に合いそうにない。

「掴まって!」
「は、はいっ」

 私はすっ飛んだ勢いのまま猫耳の子に手を伸ばすとその腕を掴み、空中でうまく抱き上げるように組み替えつつ体勢を180度変え、壁に垂直に足をつける。そして強く壁を蹴って飛び退いた。
 間一髪、その直後に看板が落下し、鉄がぶつかるガーンという音が大きく響く。猫耳の獣人をお姫様抱っこの形で抱えた私はなんとか着地して、ふうと息をついた。その頃には揺れも収まっていた。

「もう大丈夫ですよ。無事でよかった」

 私を見つめ、やや放心状態の猫耳の子をそっと地面に下ろす。怪我もないようで一安心だ。
 ただその時、ふとメイリアたちの方を見ると、メイリアは目を丸くした状態で私を見つめている。ポップは歯を見せてにやにやと笑っていた。何かあったのか? と私が怪訝に思っていると。

「あ、あの!」

 助けた子が声を掛けてきたので振り返り、私は改めてその子を見た。
 いわゆるネコミミの美少女だった。柔らかなブロンドからぴょこんと同じ色のネコミミを覗かせて、緑と青のオッドアイをきらきら輝かせて私を見ている。顔立ちはそんなに猫っぽいところはないが、目がくりくりと大きく天真爛漫な印象でかわいらしい。

「私、リオネって言います。助けてくれてありがとうございました」
「いいですよ、たまたま近くにいただけですから」
「あなたは私の命の恩人です! ヘテロ族は恩人を絶対に尊びます! だから」

 そしてリオネは、とんでもないことを言い出すのだった。

「私と結婚してください、ご主人様!」

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