双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第33話 猫耳少女の本性……?

 リオネは、嘘をついていた。
 それがいったいどこからだったのか、まではわからない。
 確かなのは『見せたいものがある』と言ったことが、私とセイルを分断するための嘘だったこと……

「嘘……だよね? リオネちゃん。ねえ……」

 私は今の状況こそが実は嘘なのではないかと淡い期待をかけて問いかける。だが迫りくるリオネからは望ましい答えは期待できそうになかった。

 そこはパイロヴァニアの地下のどこか、具体的にどこかはわからない。産業の発達したパイロヴァニアは狭い国土を補うために地下が発達しているらしく、こういった地下道や地下施設はたくさんあると、ここに入る時にリオネが解説していた。

 思えばその時点で怪しむべきだった、リオネが案内したその場所は繁華街から離れた場所にひっそりと口を開け、中はほとんど灯りはなくリオネが手にした松明が照らすのみ。周囲は鉄の壁が覆うばかりで何もなく、足音だけがコツコツと響く、あからさまに怪しい空間だった。
 だがなまじ怪しい雰囲気が『国王の娘だけが知る秘密』というダーティな響きに相応しいと思ってしまい、私はたいして疑わずについていってしまった。

 何よりも、リオネを信じていたのだ。恩義を絶対とするヘテロ族、私を恩人と慕う彼女のことを微塵も疑っていなかった。仮にも私たちを敵視する王国の娘だというのに……いや、そういうわけではない。疑うことができなかったのは何より、私の経験不足なのだろう。
 誰かを慕う心が必ずしも、よい結果を引き起こすとは限らないことを、私は身をもって知ることになった。

「うふふふ……無駄ですよサリア様。もう、絶対に逃げられません」

 リオネは私が来た道を塞いで立っている。道は狭く、横を通り抜けるような隙間はない。

「ここからはどんなに叫んでも外に声は届きませんし、地中にあるゆえに壁を壊すことはできません。仮にできてもすぐにはできないはずですし、私が許しませんよ……?」

 リオネの口元、リオネの手が松明の灯りでぼんやりと見える。ライオンの獣人である彼女の、鋭い牙と爪が光っていた。
 私は壁を背にしていた。地下道を進む途中、リオネはこの部屋に辿り着くと足を止め、『ここです、見てください』と松明の灯りを前に向けた。灯りは暗闇を淡く照らすも詳細は見えず、私はのこのことその灯りの先を見ようとリオネを追い越して――そこが袋小路と気付いた時、リオネは本性を出した。

「油断していましたね? フェルグランドの双子ともあろうお方が……私が敵でないといつ言いました? ウフフフ……」

 リオネは笑っている。今までの無邪気な笑みではない、恍惚とした、どこか妖艶さすらある笑みだった。頬に手を添え体をくねらせ、地面に落とした松明が下から照らし演出する。ヘテロ族特有のオッドアイは猫のように――いや、獲物を狙う獅子のように光り、私を映しこんでいた。

「私たちは準備していたのです、あなた達に接近するために……あなたのそばにメイリア・バンディがいることはわかっていました、勉学も優秀かつ好奇心旺盛なあなた方は私を見れば必ずヘテロ族のことをメイリアに聞き、そして私たちの信念を知るはずです。恩義を絶対の価値観に持つ、忠実な獣人、と……そしてこう思うはずです、『恩を感じているヘテロ族が裏切るはずはない』。私たちはそこを利用しようと思ったんですよ」

 リオネはうっとりした様子で私に迫る。まるで獲物を前に舌なめずりをしているようだった。

「信頼とは相互のものです、確固たる信頼は『信頼されている』と思うことから生まれます。私はあなた達を待ち構えていました……恩を『売らせる』ための仕組みをたくさん用意して、です。あいにく偽りの恩ならヘテロ族といえど従う必要はありませんからね……私が絶対的に信頼するからこそ、あなた達も私を信頼する。そしてそれを利用する……それこそが私たちの計略でした……ですが予想外の事態が起きました、あの地震です」

 そう、実際に私はリオネに恩を『売らせられた』のだが、その原因はパイロヴァニアに頻繁に起こるという地震による事故、天災だ。もっともあれが自然の地震かどうかは少し疑問だが、少なくともリオネとその背後の存在にとっては計算外だったらしい。
 そしてその結果こそが今この状況を生み出した、リオネたちにとっても私にとっても最大の誤算なのだ。

「結果として私はサリア様に救われて、計画通りに恩を『売らせた』わけですが……いえ、計画ではありません! サリア様は危険を顧みずに私の命を救ってくれた真の恩人……! ご主人様! その瞬間から私は計画などどうでもよくなったんです! 全ての望みはサリア様への愛に変わり、そしてサリア様と接し、感じるほどに、私の愛は膨らみました!」

 リオネは極めつけの恍惚とした笑みを浮かべる。そう、私が感じていた恐怖は計画に陥れられた恐怖ではない。
 リオネの、狂気じみた愛。

「その声! 喋り方! 青空のような御髪、宝石のような瞳、可愛らしいお顔立ち、きめ細やかなお肌、完璧なプロポーション、お姿の全て! 豊かな智慧、超人的な魔法の力、身体能力! 私を救うほどにお優しく、それでいて己の意志を貫く毅然としたお心! 女性らしい麗しさと男性的なたくましさを併せ持つ魅力……! ああ、ご主人様、私はあなたに身も心も魂すらも絡めとられてしまったようです!」

 ハアハアと息を荒げ興奮気味まくし立てるリオネ。うっとりとしながら目を見開き、愛を抑えきれないと言わんばかりに両頬に手を添え悶える。
 いわゆるヤンデレだ。まさかここまでのものを目の前で見るとは、しかも自分が対象になるとは思っていなかった。ヘテロ族の思念が暴走してしまった結果なのか、はたまた単純にリオネにその素質があったのか。とにかくリオネは病んだ愛を全開にして私に向けていた。

「あなたをここから出しません! 出れば必ずパイロヴァニア軍部やお父様に狙われてしまいます……私がご主人様を守るんです! 愛のために……! ウフ、フフフフフフッ!」
「やっぱり王様も一枚かんでるんだね、当然か、娘のあなたが計画の中心だったぐらいだからね」
「ウフフ、冷静なのですね、さすがご主人様。でも、いかにサリア様といえども、ここからの脱出は不可能と断言させていただきます!」

 サリアは腰をやや低くして重心を下半身に乗せている。笑みからもれる牙はライオンのそれ、鋭く尖っている。おそらくは身体能力も獣人ゆえに常人を上回るのだろう、私と正面から戦って勝つことはできずとも、たった一本の通路を守るくらいはできるようだ。

「リオネちゃん、私も私でやらなくちゃいけないんだよ。ここから出して、恩人の頼みが聞けないの?」
「できません! あなたのためです! ああでも、もし結婚してくださるなら……いえそれだけではダメです、もっと交わり合い、愛を深め合った後ならば、もしくは……!」
「あ……いや、やっぱダメだ、うん」

 リオネはこんな状態だがネコ的なかわいらしさを持つ美少女に変わりはない、それと愛し合うことをちょっと想像し、元男の本能がうずいた私だったが慌てて首を振る。ここまでのヤンデレの望み通りに任せたらどんな目に遭うかわからない。

「これ以上邪魔するならリオネちゃんでも容赦しないよ! 私の実力知ってるんでしょ? 本気で戦えばどうなるか……」
「承知の上です。むしろご主人様の手にかかって死ねるのならば本望……! フフ、私の返り血があなたの身を染めて、私の臭いの全てがサリア様に染みこんで……! ああ、想像するだけで達してしまいそう!」

 案の定サイコなことを言い出し私は普通に引いた。感情のタガが外れているだけに、悪意があるよりよっぽど厄介だ。

「もう大人しく眠ってて! 【ソラン・フィロピー】!」

 私は睡眠魔法を撃ち放った。私の魔法は最上位魔法、そう簡単に防げるものではない。だがリオネは何をするでもなく睡眠魔法を平気で受け、そしてまったくまんじりともしなかった。

「無駄ですよ、私の愛は眠ることなどないのですから! 全身の神経が敏感になってるんです、ご主人様を独り占めできると思うと……! ウフフフフフフ」

 たしかに狂気の笑みを浮かべるリオネが眠るとは思えない。どうやら感情が昂るあまり睡眠魔法が効かないようだ。この様子だとその他各種の補助魔法の類も効くかどうか怪しい。
 ……仕方がない。
 私は絶っっ対に使いたくはなかった、『奥の手』を使うことに決めた。

「リオネちゃん……じゃあ、その前の条件にしようか」
「え?」
「言ったでしょ? 愛を深め合った後ならば、って……」

 そう言うと、私は着ていた服に手を掛けた。リオネが硬直するのがわかる。
 まず一番上の服のボタンをゆっくりと外していく。その下にあるものを見えそうで見えないようにしながら、しゅるり、ぱさ、と、布の擦れる音が地下に響く。
 私は自分の表情を必死に隠しながら下の衣服にも手を掛け、今度はあっさりと脱ぎ捨てた。細い手足が露わになり、冷たい外気が羞恥心を煽る。
 そして私は胸を覆う下着に手を掛け、上目遣いでリオネと目を合わせる。

「ね……来て、リオネちゃん」

 ゆっくりと、胸を隠す布を外し、私は私の全てを彼女にさらけ出した。

「ご、ご主人様っあっはああああーーーーんッ!!!!」

 リオネはわかりやすく狂喜乱舞し、一直線に私に飛び掛かってきた。
 そこを素早く回避する。

「眠っててッ!」
「ごべっ」

 すかさず首元に手刀をかなり強く打ち付ける。女とはいえ身体能力は強化されたもの、ゴッと鈍い音が響いた後、ついにリオネは地に落ち沈黙した。
 私はほっと息をついた。リオネは獣人だし体は頑丈、きっと大丈夫だろう。そしてすぐに脱ぎ捨てた衣服を手に取る。

「本当は絶対にやりたくなかったのに……色仕掛けなんて……うぅ……」

 男としてのプライドが音を立てて崩れ去るのを感じながら、私は女ものの服を着直すのだった。

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