双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第22話 バンディ家の愉快な姉妹

 魔法都市アスパムのとある借家。
 ボロボロの状態で投げ売りされていたその家には今、ある姉妹が2人で住んでいる。

「ただいまーっ!」

 勢いよくドアを開けて入ってきたのはメイリア・バンディ16歳。軽装の鎧を着た赤髪の少女、開けた勢いで取れてしまったドアをいそいそと付け直した。

「や」

 家の中、中の綿が飛び出たソファに横になっていた妹、ポップ・バンディが手だけで応える。14歳にしては幼い容姿の白い髪の少女だ。パーカーに似たフードつきの布服を着て、本を腹に乗せてくつろいでいた。
 その姿を見てドアをつけ終わった姉は憤然とする。

「ポップ! 『や』とはなんだ『や』とは! 『おかえり』くらい言えんのか!?」
「まあ聞けよ姉様よ。お前さん、剣の稽古は大変だろ?」
「ん? ああ! とっても大変だ!」
「じゃあそれが4倍になったらどうする?」
「4倍!? 大変すぎる!」
「で、『や』と『おかえり』だと後の方が4倍大変なわけだ。4倍大変なのは嫌だろ?」
「そうだな! じゃあ『や』でいい!」
「そういうことだ。おかえり、メイリア」

 散々おちょくった後に意見を翻すポップ。だがメイリアの方も最初に望んだ返事が得られたので満足したらしく、にこにこしながら手にした荷物を部屋の隅にある冷蔵庫(木箱に氷魔法を放つ魔水晶を閉じ込めたもの)に運んでいった。

「どうだった、英雄の狩りとやらは。今日も食料品という名の大戦果か?」
「うんそうだ! 見ろ、このリンゴを! 店のご婦人がまけてくれたのだ! おかげで荷物がだいぶ増えたがな! これも私が人気者だからだろう?」
「ああそうだな。私じゃそうはいかない」
「む、ポップも私ほどではないが人気者だぞ! 私は卑屈は嫌いだ!」
「そうか、じゃあ私でもうまくいっただろうな」
「うむ!」

 ほくほく顔でメイリアはこの地方名産のリンゴをしまっていった。
 2人が魔法都市アスパムに住み始めてからひと月ほど経ち、2人の顔もだいぶ知られてきた。特にメイリアは実際にご近所の人や行きつけの商店街の人からは人気がある、だいたいは『アホっぽくてかわいい』という理由のようだが。
 対し、ポップは日がな一日家でゴロゴロして本を読むか魔法学校を冷やかすかであまり露出はない。メイリアと似てないこともあって存在を知られているかすら微妙だ。

「そして見ろ! このスパゲッティを! 今日は新しい店で買ったのだが、いつもの店よりもずっと細くて短い! こうすると味がよくなるらしいぞ! なのに値段はいつもの倍くらいで済んだのだ!」

 メイリアがそう言うと、半分聞き流していたポップがピクリと動く。

「ほお。その親切な店はどこのどういう店だ?」
「向こうの角の店だ! 緑の看板で、焼け野原ヘアーの主人がやってたぞ!」
「あそこか……どれ、後で私がお礼に行ってやるよ。例の双子も連れてな」
「おお、お前が動くとはな! 感心感心!」

 後日、その店は数々のぼったくりの被害が露見して、フェルグランド家直々に制裁されることになるのだが、そうとは知らないメイリアだけはにこにこで他の食品をしまっていった。

「どうだメイリア、魔法の勉強は進んでいるか?」

 ポップは横になったまま尋ねる。対照的にメイリアは全熱意を会話に注ぐかのように揚々と答えた。

「進んでいるぞ! 私は英雄だからな! 今にあの双子くらいに使えるようになる!」
「で、何か使えるようになったか?」
「まだ! ちっともだ! だが先生も元気がいいって褒めてたぞ! そして元気もいいと! あと元気もあるそうだ!」
「ああ、そうだな。お前は元気があるよ。私の誇りだ」
「当たり前だ! 私は英雄だからな!」
「それで、英雄はどんな魔法を使えるようになりたいんだ?」
「そうだな、まずは炎の魔法だ! 料理が便利になる! 英雄的に便利になるのだ!」
「ヒロイックな料理には私も興味あるな。それで、今日のヒロイック・クッキングのメニューは?」
「スパゲッティだ!」
「おお、実に久しぶりだな。朝飯以来だ」
「ああ! しばし待っているがいい、英雄的スパゲッティをご馳走してやるからな!」

 いそいそと料理の支度を始めるメイリア。そこから見えないようにポップは手の平に炎魔法を灯すと、フッと笑って静かに消した。
 ポップにとってはどんな魔法が使えようと、たいした意味を持たないのだ。むしろメイリアの持つ心や感情の方がよっぽどいい。愚かさこそ賢さであり、人は忘れるがゆえに強く生きる。弱いがゆえに強さを知り、死ぬがゆえに生を感ずる。

「それともこいつは、姉妹愛の照れ隠しか……? まあいいや」

 そんなことを考えていた時。ポップは珍客の訪れを察した。

「ノックくらいして欲しいな。天網恢恢疎にして漏らさず、というのは、もっと人間味のない存在の言葉。あまりやり過ぎると嫌われる一方だよ」

 目を閉じソファに寝ころんだまま応じる。珍客はいつの間にか家の中にいた。踏めばきしむ所だらけのぼろ家にも関わらず、音もなく、静かに。
 背の小さい客だ。ソファに隠れてメイリアの方には見えない。ついでに火を起こし始めたメイリアは夢中になるので会話も聞こえなさそうだ。

「お主……まだここに留まるつもりか」

 客は尋ねる。その声はポップとよく似ていた。

「悪いか? どの世界のどこにいようと私の勝手だ。もう私は退職したからね」
「お主はやはり……あの双子のことを監視でもしておるのか?」
「監視? 面倒だな。頼まれたって御免被る。私はメイリアが来たいと言ったから来ただけだよ」
「姉、か……そんなにあの人間が大事か?」
「大事さ。そして大好きだ。そこをとやかく言われたくはないな」
「そうか。変わらぬな、お主は」

 ポップはやはり目を閉じ寝転がったまま、客に対し手を振った。

「あの双子もメイリアが好きだ。それが全てだよ。神は多くを語らないものさ」
「やれやれ、露呈の秘匿とはよく言ったものだよ」
「それで? そんな質問をしに来ただけじゃあないだろう?」
「うむ……お主らの国で妙な動きがあってな。よもやお主が、と思ったが……」
「それを知ってどうするんだ? 何ができる訳でもなかろうに。人が正しければ神の導き、悪ければ神の裁き。そういうものさ」
「お主が選んだ道だものな。私はもう退散するとしよう。あの双子のことは見守ってやってくれ」
「さてね、私の目は愛する姉で満杯だよ。別の目はどうかは知らんがな」

 ポップが軽口を叩きつつ目を開いた時、すでに旧友はそこからいなくなっていた。わずかに視界の端に捉えた白い髪、その残滓をポップに残して。
 ポップはしばらくその空間を見つめていたが、別に面白くもない、と言いたげに息を吐き、腹に乗せていた本を目の上に被せてまた寝転んだ。

「ポーップ! お前また皿を洗わなかったな!? 帰ってくるまでにやっていろと言ったろう! それでもこの英雄の英雄的妹か!?」

 叫ぶメイリアをどうあしらおうか考えるのを楽しみつつ、ポップは日常を過ごすのだった。

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