双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第21話 人と竜、力持つ者

 竜獄の谷。その最深部には人知れず、巨大な館が建っている。
 岩石を加工したはずだが継ぎ目すら見えぬなめらかな壁、武骨だがどこか絢爛な装飾。箱を繋ぎ合わせたような単純な構造ながらも、細部に渡るまで力強く構築された――そして何よりも、巨人が住んでいるかのような、人が住むにはあまりにも巨大なその館。

 俺らは赤い鱗の竜ジークガルドの背に乗ってそこまで案内され、そして圧倒された。

「すごいな……竜獄の谷の奥にこんなものが」
「これ、あなたたちが建てたの?」
『そうだ。この谷の長、ドラグロワ様は人の文化をいたく気に入っておってな。人の館を模し、この谷の岩を焼いて溶かし固めて作った』

 ジークガルドは話しつつ、何やら魔法を使っていた。その全身が淡い光に包まれると、だんだんと収縮していく。
 巨竜はなんと布服を着た青年の姿となった。かなり整った外見で、鱗の色は髪に反映されていた。

「ジークガルド、その姿は……」
「ああ、我ら竜は人に化けるくらいは造作もない。ことこの竜獄の谷はドラグロワ様をはじめ人に興味を持つ竜が棲むのでな、ここでは人の姿をとることが多いのだ」
「なるほどね」
「でもジークガルド、そうじゃないでしょ? 私がいるんだからさー、サービスしてよ!」
「ああ、わかったわかった」

 シィコが何やらジークガルドに要求し、ジークガルドは苦笑して目を閉じる。すると再びその体が魔力に覆われて、姿が変わっていく。髪が伸び、筋肉質な体が丸みを帯び、胸が膨らんで――

「……これでよいか」

 赤髪の好青年は、あっという間に赤髪の美女へと変じていた。それも、相当な巨乳の美女に。

「わーい! ジークガルド大好きー!」

 シィコは案の定その胸元へ飛び込んで両手をがしと双球に押し当てた。ジークガルドも特に拒否せずシィコをさせるがままにしている。

「我ら竜に雌雄はない、人に化ける際も容姿は自由にできる。こ奴はこの姿がいたく気に入っておるようなのでな、こ奴が来た際はこうしてもてなすことにしておるのだ」

 シィコに胸を揉みしだかれながら平然と語る美女の姿はなかなかシュールだった。

「んー、でもジークガルド、反応してくれないんだよね。手触りはほんと最高なのに、そこが残念」
「我はドラグロワ様ほど高度な変身はできんのでな、感覚までは人と同じとはいかん。さ、客人よ、そろそろ参ろうか。ドラグロワ様がお待ちだ」
「シィコはそのままでいいのか?」
「構わん。いつも通りだと一笑するのみであろう」
「この子ほんっとにぶれないんだね……」

 シィコを胸に迎えたままのジークガルドに連れられて、俺らは巨大な館へと入っていった。



 館は見た目通り巨大なものだった。岩石を融かして固めただけの作りのようだが内壁もかなり整っており、竜が持つ独特の技術が伺える。
 俺らが通されたのはその奥の奥の奥。巨大な入り口とは対照的に、人が身を屈めてやっと通れるような戸だった。

「ここは人か人の姿になれる竜のみ立ち入れる場所……ドラグロワ様のお部屋だ」
「ドラグロワ様というのはどのような人、もとい竜なんだ?」
「ドラグロワ様は我ら竜の中でも一際長寿であり、そしてお優しいお方だ。我と同様畏まらずともよい、様付けも不要。人間を好き、友とすることを生き甲斐にしておられる。竜獄の谷が人里とほど近い場所にあれどこれまで平穏に過ごしてこれたのは、ひとえにあのお方の……」

 ジークガルドが話している途中。

「ドラちゃーん、おひさー」

 シィコはあっさりと戸を開けて中に入っていった。やれやれ、とジークガルドは苦笑する。

「ま、あまり竜だ人だと気にすることを好むお方ではない。あの娘に倣い気楽に振る舞うといい。さ、入れ」

 ひとまずジークガルドに促されるまま、俺とサリアも中へと入っていった。



 その中は長の部屋とは思えない狭い部屋だった。
 床は俺らの世界でいうところの四畳半、天井は3m程度。小さな窓がひとつあるのみで、あとは外界から遮断されている。絨毯も何もなく岩で作った壁や床が露出していて、タンスや卓袱台などがあり妙に生活感がある。
 部屋の中心付近には布団が敷いてあり、そこに1人の女性が横たわっていた。

「おお、来たかシィコ」

 布団から半身を起こしたのはやはり女性の姿をとった竜だった。ジークガルドよりも濃い赤色の長髪をなびかせた、目鼻立ちの整った美女。顔には隈取のような赤色の装飾が彩られている、長の証か何かなのだろう。衣服はジークガルド以上に簡素かつはだけており、大きな胸がこぼれそうになっていた。十中八九シィコの要望だ。

「ごめんねドラちゃん、ちょっと事情があって。そのお詫びってわけじゃないんだけど、今日は私の友達もいっしょだよ!」
「初めまして、俺はセイル・フェルグランド」
「同じくサリアだよ。セイルの妹」
「ふむ、お主らがフェルグランド家の双子か。まあ座れ」
「はーい」

 シィコは部屋の隅に積まれていた座布団に似たものを2枚取り出すと勝手に敷き俺らに着席を促す。完全に気の置けない友人の家のような振る舞いである。
 当のシィコはドラグロワの方に近づくと、胡坐をかいた彼女の足に頭をのせてごろりと横になった。ドラグロワもごく自然とその頭をなでた。

「余はドラグロワ、この竜獄の谷の長じゃ。といってもせいぜい十数の竜を束ねているに過ぎんがな」

 シィコの頭を撫でながらにこやかに語る竜の長。その笑顔は穏やかだった。

「さて、お主らの要件はわかっておる。いつものように真休岩を取りに来たのだろう?」
「真休岩……ダイソライトか」
「そう、薬の原料に必要みたいで」
「シィコの友を癒すのに必要だとな。まこと、人の子の脆さは悲しいのう……余もこれまで何人の友と別れたことか。竜と人は竜を残し去るものだが、せめて人と人とではそうはありたくないものじゃ」

 ドラグロワはどこか悲し気にシィコに目を落とす。おそらく人の何倍、何十倍も生きている竜は過去も相応の重さを持つのだろう。

「それでドラグロワ、この竜獄の谷に何か異変があったと聞いているんだ」
「あなたたちは何か知っている?」
「異変か。あったとも」

 ドラグロワはシィコと戯れている。シィコがドラグロワの胸に手を伸ばし、ドラグロワが軽く払い、逆にシィコをくすぐったりする。まるで母娘か姉妹のような光景だ。
 人間が異常事態と見る異変も、竜にとっては遊戯にも満たないことのようだ。

「ひと月ほど前だったか、見慣れぬ人間が大勢この谷にやってきて、この谷の石を大量に持ち去っていったのだ。別に我らはこの谷の所有を主張するわけではないのでな、それは構わん。だが奴らの偵察に行った余の部下を見るなり、奴らは攻撃を仕掛けてきたのだ」

 人に攻撃された、とドラグロワは笑って語った。

「もっとも我らとて人に嫌われることは慣れっこ、問題は攻撃の理由じゃな。我らから攻撃されると思うてか、我らの鱗や肝を求めてか、単に恐怖に駆られた衝動か……どうもその時の奴らは初めの理由のようじゃった。石を採るのを竜に邪魔されると最初から推測し、準備を固めてきたという感じじゃったな。もっともそう簡単にやられる我らではないが、今回はちと例外があった」

 ドラグロワはその時初めて少しだけ真剣そうな顔を見せ、顎に手を当て思索するように目をやる。それでももう片方の手でシィコと遊んでいたが。

「何人か……極めて不自然な力の持ち主がおった。鍛錬でも才能でもない、奇妙な力を身に着けた者たちがな。彼奴等は我らにも匹敵する力を持っておったので、仕方なしに余自らが出て追い返してやった。それでもちと怪我をしてしまってのう、今は身を休めておったのじゃ」
「怪我を?」
「それは大丈夫なの?」
「なーに怪我とはいえわずかなものじゃ、ほれ」

 ドラグロワはそういうとふいに服をはだけ胸元をギリギリまで露出させた。そこに確かにわずかな傷跡が残っていたが、当然俺らはまともに直視できず、ドラグロワはその反応を楽し気に笑った。

「愉快愉快、その驚きと恥じらいが見たくてわざわざ人に成る時に怪我を移したのだ」
「ドラちゃーん、私に触診させて?」
「慌てるでない、後でな。さて、彼奴等はそれで追い返せたのだが、結局その正体はわからずじまい。といっても追撃するような真似をしては人と竜の争いになってしまうのでな、向こうから何かない限りはこちらもどうともせん。ただな」

 ドラグロワは俺らの目をじっと見つめた。愉快そうに、しかしどこか挑戦的に。

「彼奴等が求めていたのは魔喰石……お主らでいうファンサライトというものじゃ。魔力を喰い、魔力を抱く頑強な石。お主らが究極たる武器や防具を作る時に使う石じゃろう? 石を採っていった奴ら、ともすれば何かを企んでおるかもしれぬぞ」

 ファンサライト。その名に覚えがある俺らは2人で顔を見合わせ合う。

「魔力を吸収する性質を持った、ダイヤモンドよりも硬い魔法鉱石……」
「あの悪徳貴族ゴーディーの兵器もそれで作ってたよね」
「組織だってそれを集めるってことはどこかの国の軍隊の可能性が高い」
「それも竜と争ってまで手に入れるなんて、何をするつもりなんだろう」

 俺らが話し込もうとすると、パンパンとドラグロワが手を叩き、俺らの注意を引き戻した。

「ま、この話はこれで終いじゃ、物々しいことはお主らに任せる。それよりも薬じゃろう? 今言った小競り合いによりちと谷を崩してしまってな、そのせいで人が通れんようになったと見える。その地に案内させるゆえ、なんとかしてやってくれ。お主ら双子ならばできるだろう」

 ドラグロワの言う通り、本来の目的は竜獄の谷に起きた異変を解決するというよりは、それにより通れなくなった道を拓くことだ。
 だがふと気になった俺たちはドラグロワに質問をぶつけた。

「ドラグロワ、あなたは俺らの能力についてよく知っているようだが、いったいどうやって聞いたんだ?」
「ジークガルドといい、シィコから聞いた、というよりは、何か意味深な言い方だったけど」

 竜たちは俺らフェルグランドの双子について能力を高く評価すると同時に、どこか警戒するような仕草も見せている。単なる伝聞で「強い人間がいる」と聞いたとは思えなかった。

「おお、言い忘れておったな。実はそれも先に述べたことに関係しておるのだ。余は耳も人間のそれよりかは優れておってな、余にやられ敗走する奴らの話も僅かだが届いた。そこで話されておったのだ、『フェルグランド家の双子ならば勝てるかもしれない』『うまく利用しなければ』とな」
「利用……?」
「私たちを……?」
「うむ。なんにせよ気を付けるがよい、大いなる力の持ち主はいつの時代も大いなる渦を宿すもの」

 ドラグロワはニヤりと笑うと、その身からわずかに魔力をこぼした。その瞬間、部屋の温度が一気に上がる。ほんのわずかな魔力での熱量、その力の全貌が伺い知れた。

「今日この目で見て余は安心した、たしかにお主らはそれだけの力を持っておるが、また相応の心も持つ。まるでその体に見合わぬ時を生きたようにの。そのまま往くがよい、余は新たな友を祝福しようぞ」
「……ああ。ありがとう、ドラグロワ」
「そういってもらえると嬉しい、本当に」

 精神面でコンプレックスを持つ俺らは竜からのお墨付きを貰い少し安堵する。
 神から与えられた力、それに相応しい人間にならねばならないと、俺らは常に思っているのだった。



 それから少しして。
 俺とサリアはジークガルドと共に、竜獄の谷のある場所へとやってきていた。シィコはドラグロワと遊ぶということで残留である。

「ここか……」
「たしかにこれじゃ人は通れないね」

 そこは本来ならば簡単に歩いて通れる道、だが今は完全に塞がれていた。大量の岩石の山によって。

「先の襲撃の際、ドラグロワ様は久々の戦いに昂られてついやり過ぎて、近くの丘をひとつ崩壊させてしまったのだ。それゆえこの小山の石は悉く魔喰石でできており、魔法による排除が難しい」

 俺らの乗せて飛んできたジークガルドはまた女性の姿に戻っていた。

「ファンサライトでできた、竜獄の谷の一部がまるまる崩れた山か。手動でどかすと何か月もかかりそうだ」
「魔法で吹き飛ばすのが一番だけど、そう簡単にどかせる量じゃあないね」

 山を見上げて相談する俺らに対し、ジークガルドはふっと笑った。

「お主らならば可能だろう、存分に魔力を奮うといい。その力をとくと見させてもらうとしよう」
「じゃあ……」
「お言葉に甘えて」

 ジークガルドもお望みのようなので、俺らは示し合わせて準備した。俺らの切り札『融合魔導』で吹き飛ばしてもいいが、それよりもいい解決方法がある。
 まず俺が進み出て地に足をつける。その後ろでサリアが魔法を地面に放ち、その魔力は波紋のように地に広がっていった。

「ん……ここから左前方の山かな。地形的に安定してるし生物もいない」
「了解だ」

 ほとんど同一人物である俺らは発想も同等、難しい会話はいらない。ただ力を合わせ、実行するのみ。
 サリアが地面を調べ効率的な魔力の流し方を俺に教える。後は俺の仕事だ。

「極大土魔法……! 『ダイナ・ミクス』!」

 俺は渾身の魔力により土魔法を撃ちはなった。魔力は地面へと浸透し、一瞬、静寂する。
 だが直後、大きな揺れが辺りを襲う。それと同時に目の前のファンサライトの山が沈み始めた。それが乗っていた大地を俺が操り、陥没させているのだ。削られた分の地はさっきサリアが示した場所に移動して帳尻を合わせる。
 土の操作が土魔法の基本。地形を変えてしまうこの魔法はその中でも最大のものだ。

「フンッ!」

 最後に一押しとばかりに力を込めて、俺は仕事を終える。ファンサライトの山は完全に地面に埋まり、周りの岩石を寄せ集めて新たな地面として作りあがった。代わって奥の山が少し高くなったが、影響は計算済みだ。

「見事。これだけの魔力を持つ人間はそうはいまい……ドラグロワ様の前でなくてよかったよ、さもなくばあのお方はお主らとの戦いを望みかねん。対等に戦える人間は久々だろうしな」

 手を叩き賞賛するジークガルドに、それは勘弁したいな、と俺らは笑った。

「さてシィコを迎えに行くか。そしてダイソライトを持ち帰らなくちゃ」
「あの子、私たちが仕事してる間になにしてるんだか……」
「まあそう言うな、あの娘のおかげでドラグロワ様も楽しんでおられるのだ。ちと下賤なのは否めんが、悠久の時を生きる我ら竜に娯楽は不可欠……希少な存在だよ」
「希少なのはそうだろうがな」
「ゲテモノって意味でね」

 ため息をつく俺らを、ジークガルドは笑って見ていた。



 しかしその頃、ドラグロワの自室では。

「ん……」

 シィコは静かに目を閉じて、布団の中、横になったドラグロワに抱かれていた。その柔らかな胸をすりすりと触っているが、不思議とそこにいつものようないやらしさはなく、ごく穏やかだ。
 ドラグロワはそっとシィコの頭をなでる。

「よしよし。しばし眠るがいい。温もりならば余が与えよう」
「うん……ありがとう、ママ……」

 母親をなくして育ったシィコは、まるで本当の母に甘える子のように豊かに笑っていた。ドラグロワもまた子という存在に対し特別な思いがあるのか、シィコをこのように甘やかす。
 人と竜。そこに人が言うような差はない。あるのはただ、誰かと接し、優しくありたいという心と。

「で、話の続きをしてくれ。サリアの胸はどうなんだ?」
「うん、サリアちゃんのおっぱいは大きさはさほどじゃあないんだけど形がよくてね、何より重さが天才的で、しっかりとした満足感の中に次へ次へといきたくなる感じというか、あと触った時の反応もよくてね」
「ほうほう! して他の娘は? やはりお主の話は癒されるのう!」

 穏やかな空間はどこへやら、その姿勢のまま胸の話に花を咲かせる両者。
 結局のところ他者と他者を簡単に繋げるのは原始的な欲求である。人と竜の垣根を越える高尚なはずの関係は、ごくごく下賤に築かれていくのだった。

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