双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第14話 冷たい決意

 『氷床の箱庭』。それはある都市の名前である。
 アスパムよりもさらに北、海を隔てた先にある巨大な島ひとつがそのまま都市となっていて、名前の通り極寒の地だ。他にも様々な特異な点があり、独特な文化と環境を形成している。
 セイルとサリアの双子は一度だけそこを訪れたことがある。それも観光ではなく、秘密裏に。

 事の発端は1年ほど前に『氷床の箱庭』の領主がフェルグランド家の領主、つまり双子の父親を訪ねてきたことだった。地理的にそう遠くない両領主はかねてから親交があり、この時もフェルグランド家は友人をにぎやかに迎えた。
 『氷床の箱庭』の領主は談笑するさなか、『氷床の箱庭』が現在凶悪なマフィア集団によって脅かされつつあることをこぼした。その事態は思いの外深刻で、最悪軍をあげた内戦状態にもなりかねない、と。そして双子はその会話を偶然耳にしていた。

 父親の旧友のためということで、双子はそのマフィアをなんとかしようと密かに『氷床の箱庭』に渡った。ただしいくら理由があるとはいえ、貴族が他所の領地でドンパチするのは何かと問題があるので正体は隠しこっそりと。
 そして双子は持ち前の能力を活かし、秘密裏にマフィアを壊滅させたのだった――



 と、いうことを俺が思い返したのは、ヒトミから彼女の妹のミリアが『氷床の箱庭』で暮らしているということを聞かされた時だった。
 魔法学校の図書館で、俺ら2人は改めてミリアについて話していたのだった。

「ミリアちゃん、セイルさんとどこで会ったのかは全然教えてくれなくて。ただなんだかすごく怒ってるみたいでした……どうでしょう、思い出せました?」
「『氷床の箱庭』……そうだ! あの時、俺はたしかにミリアに会っていた」

 『氷床の箱庭』に考えが至りようやく俺はミリアとの出会いについて思い出した。

「一瞬だけだったんですっかり忘れてたが……かなり強力な氷魔法を使う奴がいたことを覚えてる」
「間違いなくミリアちゃんですね。ミリアちゃんは氷の魔法がとっても得意なんです」

 ヒトミは得意げにミリアについて語った。

「私も氷魔法が得意ですけど、ミリアちゃんは生まれつき氷の魔法の適性がとっても高くって。10歳くらいから詠唱ありの最上位氷魔法と、詠唱なしで中位氷魔法が使えたくらいなんです。今は最上位魔法も一部は『定着』して詠唱なしで使えるんですって。私、氷魔法に限れば、ミリアちゃんはセイルさんにも匹敵するくらい強いと思うんです」
「そうだな……俺でも最上位魔法を詠唱なしでは使えない。あの時見た氷魔法も見事だった」

 俺がかつてミリアと会った時、ミリアは蹴りに合わせて氷魔法を打ち放ち、複数人の男を一瞬で戦闘不能に追い込んでいた。この世界では難しく強い魔法ほど詠唱なしでは打ちにくい、だがミリアは詠唱なしで上位以上の氷魔法を使っていた。ヒトミが誇るのも頷ける。

「あ、あの、セイルさん、ミリアちゃんと会った時って、どんな状況だったんですか? ミリアちゃんが氷魔法を使ったってことは、もしかして……」
「ん、ああ。あの時俺は大勢の荒くれに襲われててな、ミリアが助けに入って来たんだ。一瞬で男たちを倒したのは見事だった」
「やっぱり!」

 ヒトミは不安げに眉をひそめ、はあとため息をついた。

「ミリアちゃん、とっても優秀なんですけど……正義感が強いのもあって、ちょっと喧嘩とかに首を突っ込み過ぎちゃう癖があるんです。危ないから直してほしいんですけどね」
「たしかに俺の時もそうだったな。結局その後、別の奴らに囲まれて俺もいっしょに戦ってなんとか切り抜けた」
「えっ、セイルさん、ミリアちゃんを助けてくれたんですか! ああ、私だけでなくミリアちゃんまで救っていたなんて! お2人はやっぱり……」
「違うよ、別にミリアの実力なら1人でもなんとかなったけど、俺が急ぎだったから出しゃばっただけだよ。救ったってほどじゃあない」

 実際、あの時は炎魔法に包囲されて、氷魔法に特化しているらしいミリアでは厳しい局面だっただろうが、詠唱なしの魔法で数人を瞬殺できるなら、詠唱ありならより凄い威力の魔法が使えたはずだ。そうなると俺を巻き込むだろうから使えなかったのだろうが、いずれにせよ俺に助けられたという印象は薄いはずだ。

「ん……でも待てよ。なんでミリアはあんなに怒ってたんだ?」

 疑問はそれだった。俺とミリアの間にあった顛末は話した通り、この内容だとミリアがあそこまで顔を赤くして怒る理由がないような気がした。

「忘れてたのはたしかに悪かったけど、あっちだって俺とは少し顔を合わせただけのはずだ。あそこまで怒るほどの理由はなんなんだ?」
「それは……たぶん、なんですけどね……」

 サリアもそうだったが、ヒトミにはミリアの怒りの理由がわかっているらしい。怪訝に思い俺は聞こうとしたが。

「いえ! やっぱり私が言うことじゃあないです! どうせなら、ミリアちゃん本人に聞いてください!」
「あ、ちょっと……」

 ヒトミはなぜか照れた様子でぶんぶんと首を振り、そのまま席を立って行ってしまった。
 残された俺はまた首を傾げるばかりだった。



 セイルが図書館で話していたその時、すでにミリア・スノーディンはひっそりと魔法都市アスパムを出ていた。

 元々、最期に姉に一目会っておきたいだけだった。セイル・フェルグランドと遭遇したのは単なるハプニングだ。それで何かが変わるわけではない。

 『氷床の箱庭』を支配しつつあったマフィア、猩々団。ミリアはそれを潰すために奔走していた。敵の強大な組織力、支配基盤、そしてある力――ミリアの魔法をもってしても簡単な戦いではなかった。

 だがセイルと出会ってから猩々団はみるみる内に弱体化し、やがて滅んでいった。それは『氷床の箱庭』に突如現れた謎の2人組の暗躍だとミリアは知り、そしてそれがあの時出会ったセイルたちであったこともすぐにわかった。

 ミリアは感謝していたのだ。自分たちが住む街を救ってくれた双子に。
 だが同時に悔しくもあった、力の差を見せつけられたようで。
 そして忘れられなかった。それは猩々団など関係ない、初めて会った時の出来事のために。

 あの時、ミリアは本気で魔法を使えば、敵が複数だろうと炎を操ろうと殲滅していただろう。だができなかった。やるわけにはいかなかった。
 呪われた『力』を振るうことは、何よりも自分の心を凍てつかせる。心の氷は二度と溶けず、魂の底まで凍らせて――やがて全てを止めてしまうから。

 セイルが使った魔法は、威力でいうならばミリアの氷魔法とそこまでの差はない。だがセイルはその力を完全にコントロールしていた。
 だからミリアは忘れられなかった――救われた嬉しさと、相手との差を知った悔しさが入り混じり、その声、その顔と共に、記憶に深く刻みつけられていたから。

 だがそれももういいだろう。

 自分はもう、命を落とすのだから。

 ミリアは振り返らずに、『氷床の箱庭』へと帰っていく。
 冷たい決意と共に。






 ――その時、ある人物がセイルへと危機を伝えていた。

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