双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第3話 転生から今まで、この世界と『私』について

 気が付いた時、俺は仰向けに寝ていた。
 体はうまく動かせない。光が差し、話し声のようなものが聞こえるがよくわからない。
 一瞬混乱したが、すぐに赤子になっているのだと察しがついた。本当に転生したのか、と今になって実感が湧く。
 ひとまずは子供のままでは何もできないので、俺は流れに身を委ねることにした。
 その時、俺以外の子供の声が聞こえた気がしていた。



 やがて1年、2年と時は経つ。子供の生活は食べて寝て起きての繰り返し、退屈ではあるがあっという間だった。
 その頃には俺はもうよちよちと歩けるようになり、その世界の言語も大部分把握していた。この時点でもう身体能力が常人より上らしい。

 その頃に知ったのだが、どうやら転生した俺には双子の妹がいるということだった。そしてかなり裕福な家らしく、俺ら双子は分け隔てなく、そしてなんの不自由もなく育てられた。
 俺は少し妹のことを不憫に思った。様々な能力を授けられて転生した俺と違って妹は普通の子のはず、将来双子として比較されると可哀そうだ――前世で何かと不遇だった俺はそういったことに敏感だ。
 俺の新しい名前はセイル、妹はサリアといった。



 やがて明らかにおかしいと気付いたのは5歳になった頃だった。
 俺はその歳でもう天才児としての片鱗を見せていた。言葉はペラペラ、すでに魔法を扱い、体も丈夫で頭もいい。もちろんそれは転生したことと神から授かった能力のおかげだ。
 だがおかしいのは、ただの人間であるはずの妹もほとんど同じことができたということだ。周囲はさすが双子ね、とほくほく顔だったが、解せないのは俺である。神から授かりでもしなければ貰えないはずの能力をなぜ俺だけでなく妹まで持っているのか? まさか。

 ある時、2人きりになった頃を見計らって俺は妹サリアに尋ねてみた。まさかとは思うが、ひょっとしてお前は転生者なのか、と。
 驚いたことに俺の予想は正しく、妹もまた転生者だった。だが本当に驚いたのはその後。俺はてっきり俺と同じ境遇の奴が神にまとめて転生させられたのかと思っていたが――
 妹は、俺だった。






 自分が異性に転生していることに気付くのには少し時間がかかった。わかったのは周囲の言葉がわかってきて、そしてはいはいを始めたぐらいの頃だった。

 まさか女になるとは思っていなかったので俺は心底驚いた。だが考えてみれば神には性別について注文をつけた覚えはない、生まれ変わった時に同性とは限らないのも当然だ。困惑はあったがいずれにせよ新しい人生、それも悪くないと開き直っていた。

 だが5歳のある日、兄から自らが転生した人間であること――そして元の名前が鈴木健司、つまり俺であることを聞かされた時はさすがに驚かずにはいられなかった。

 つまりは俺、鈴木健司は人格をふたつに分けられ、双子の兄妹である別々の人間として転生していたのだった。性格も同じ、記憶も同じ。同一人物が同時に2人存在するという奇妙な状況が、俺ら兄妹の間に起こっていた。



 もっとも『俺ら』は最初こそ驚いたが、2人になったことをそれほど悲観的には思わなかった。むしろ同じ自分という最高の理解者がいることを喜び、それをうまく利用すれば新たな人生は一層豊かになると2人でほくそ笑んだ。
 だが俺らは知らなかったのだ、体というものが心に及ぼす影響を。
 前世の自分がどれだけ浅はかだったかを。
 そして、『自分が望んだ理想の自分』を、もう1人の自分の姿として客観視し続けることの意味を。意地の悪い神の悪戯を。







 15歳になり、私たちはフェルグランド家の跡継ぎとして魔法都市アスパムに生きている。この世界のこともだいぶわかってきた。

 私たちが転生したこの世界は元いた世界でいう中世ヨーロッパに近い印象で、魔法がある分技術レベルは幾分か上。ただし航海技術が高くないため世界の全貌はまだよくわかっていないらしい。私たちが住むソレイユ地方は大陸の北東にあるどちらかというと田舎だが、魔法に長けた貴族であるフェルグランド家の領地であるため魔法技術が発達し、独特の文化を形成しているのだという。西には霊山マウント・ソーレ、北には豊穣の海ギャルズ海が広がり、気候は比較的寒冷だが住みよい場所だ。四季は夏と冬が長く春と秋が短く、十分な雨にも恵まれている。

 ソレイユ地方の中心にあるフェルグランド家の本拠地、魔法都市アスパムは魔法都市というだけあって魔法が盛んだ。北東の田舎であるにもかかわらず、知識やマジックアイテムを求めて多くの魔術師と冒険者が行き来している。街並みは魔法で作った特殊な煉瓦製の家がほとんど、雰囲気はやはり西洋の街並みに近いが田舎である分土地は広く、開放感のある街並みが広がっている。それでいて街道や下水道などは整備されており、フェルグランド家の治政が伺える。

 私たちもいずれはその治政を継ぐのだ。私たち双子は幼い頃から教育を施され、様々な知識を身に着けてきた。もっともその一環で私は女らしい言葉づかいを叩きこまれてしまったのだが……

「はあ……」

 宮殿の自室、私が鈴木健司だった頃に住んでたアパートとは比べ物にならないホテルの特等スイートルームのような部屋から、ガラス越しにアスパムの街並みを眺め私はため息をついた。鏡にはぼんやりと今の私の姿が映っている。15年も女として生きてきた私だが、転生前の記憶が残っているため未だ違和感は拭い切れなかった。

「最初は美少女になれてラッキーって思ってたんだけどなあ……」

 今の容姿に不満はない、むしろ恵まれていることは自覚している。もしも私が私だけで転生したのならばまだよかったのだろうが、問題は。
 偶然、宮殿近くの街並みにその男の姿が見えた。水色の髪に高い身長、私とよく似た中性的な顔立ち。かつての容姿とは似ても似つかない彼は我が兄セイルであり私自身の片割れだ。
 彼がいるからこそ、私は考えてしまう。私たちの立場が逆だったなら、と。私も普通に男に転生していた方がよかったのではないか――と。それが贅沢な悩みであり、そもそもここまで神に望みを叶えてもらったこと自体とんでもないことなのだと今は自覚しているのだが。

「私たち、絵にかいたようなダメ人間だったもんな……」

 私は鈴木健司だった頃の自分を振り返る度に死にたくなる(もう死んでいるのだが)。そして才能にも容姿にも恵まれた兄はその願望の結晶体。兄が完璧であれば完璧であるほど、かえって鈴木健司の卑しさが浮き彫りになるようで、私は恥ずかしくなってしまうのだ。
 これもやはり私が私1人であればごまかしもついただろうが――自分の欲望を他人の目線で見続けるのはかなりクるものがあるのだった。

「同族嫌悪ってやつだよね、絶対……神様もこれ狙って私たちを2人にわけたんだろうなあ……ん?」

 懺悔するようにごちていると、ふと外の景色に妙なものが見えた。私たちは視力も優れているので遠くてもだいたい何があるかわかるのだ。
 人通りの少ない街道で何人かが揉めている。どうやら数人のガラの悪い男たちが、1人の少女に絡んでいるようだった。少女も強気で男たちを跳ね除けようとしているが多勢に無勢、どうしようもない。やがて男たちは少女の腕を掴むと、宮殿からも見えない路地裏へと連れ込んでいった。

 これは事件だ。私はすぐに転移魔法を使い少女を助けに向かった。



 そして同じ頃――双子の兄もまた、その場所へと駆けていた。

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