双子転生 -転生したら兄妹に分裂してた。天才双子の異世界ライフ-

八木山蒼

第4話 救いを求める少女、送られた刺客



 どこからか揉める声を聞いた俺がそこに駆け付けるのと、転移魔法を使ってサリアが現れるのはほぼ同時だった。

「お前ら何をやっているんだ」
「その人をどうするつもり?」

 路地裏でガラの悪い男が4人で少女を追い詰めていた。男たちは俺らに気付くと、リーダー格とおぼしき巨漢が詰め寄ってきた。

「なんだァ? てめェらには関係ねえよ。痛い目みたくなきゃ失せな!」

 その態度を見て俺とサリアは顔を見合わせる。

「俺らのことを知らないらしいな。じゃあやはり外から来たのか」
「そうだろうね、アスパムにこんなゴロツキがいるのはおかしいし。でもそうだとすると、家同士の感覚が広いアスパムでは路地裏はほとんどないのに、都合よく追い詰めるのはおかしいよね」
「つまり計画犯だな。最初から路地裏に追い詰めるつもりでこの場所を狙ってたんだ」

 基本的には同一人物であり思考回路も同じ俺たちの話はとんとん拍子だ、単純に二倍の速度で考えることができる。だが男たちをそっちのけで話してた俺らにリーダー格は頭に来たようだ。

「なにをグダグダ言ってんだ! とっとと失せろってんだよ、でなきゃ殺すぜ!」

 男は懐から短剣を取り出し俺らに見せつけるように振った。どうやら完全に俺らのことを知らないようだ。
 フェルグランド家の双子と知っていれば、安い恫喝をすることもなかったろうに。

「サリア、俺がやるか?」
「いいよ、私がやる。魔法耐性低そうだし、そっちのが簡単だよ」
「そうか、任せた」

 この場はサリアに任せることにして俺は一歩引き、代わってサリアが前に出る。あとはもう一瞬だ。

「さあ、お休みの時間だよ。【フィロピー】」

 サリアの手に桃色の魔法が輝き、そのまま男たちの方に流れていく。その魔力を受けた男たちの目はとろんと淀み、その後次々に気を失っていった。
 睡眠魔法、サリアが得意とする補助魔法のひとつだ。彼女のそれは最上位魔術師でもまともに受ければ眠りに誘う強力なもの、魔法耐性のない常人ならば尚更だ。これもまた神に望み手に入れた力のひとつであり、程度は劣るが俺も同じ魔法は使える。その完璧さが少し恥ずかしくもある――サリアも俺について同じことを思っているのだろうが。
 ともあれこれでカタはついた。俺らは路地の奥に追い込まれていた少女の方へと歩み寄った。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか」
「もう大丈夫です。あとは警備隊に任せますから」

 代表して俺が手を差し伸べ、震えていた少女を起こした。
 少女、と言っているが俺らとそう変わりない年齢だった。身長はサリアと同じくらい、魔術師なのか厚手のローブで身を包み手には簡素な杖を持っている。柔らかな黒髪をふたつに束ね、気弱そうだが愛らしい童顔の少女。頭には魔水晶とおぼしき髪飾りもつけていた。

「あなた達が……フェルグランド家の、セイルさんと、サリアさんですか?」

 少女の方は俺らを知っているようだった。俺らがそうですと答えると、少女は頭を下げた。

「ま、まず、助けてくださってありがとうございます。私はヒトミ・スノーディンっていいます……助けてもらってすぐで恐縮なんですけど……」

 ヒトミは顔を上げ、またすぐに頭を下げてしまった。

「お願いします! 私たちの街を、助けてください!」

 突然の悲痛な頼みに俺らは顔を見合わせた。



 ゴロツキたちを警備隊に預けた後、ヒトミの話を詳しく聞くため俺らは行きつけのカフェに入った。馴染みのマスターと俺らに気付いた何人かの客に挨拶した後、奥まった席に座り話を聞くことにする。

「それで、ヒトミの街を助けてほしいっていうのはどういうことだ?」

 何も言わずとも運ばれてくるいつものココアを冷ましつつ俺は尋ねた。途中で聞いたところヒトミは俺らと同じ15歳で、ヒトミに言われて俺らは丁寧語はやめていた。当のヒトミは頑なに敬語を譲らなかったが。

「はい……私は、ここ魔法都市アスパムの西の方にあるルインズっていう街から来ました。ご存知ですか?」

 俺らはソレイユ地方の領主の一族としてここら一帯の地理については学んでいる。当然、ルインズも知っていた。

「ああ、たしか生糸や油などを扱う商業都市だったな」
「周囲を塀で囲っていて独自の自治を行ってると聞いてるね。アスパムとはあまり交流ないかも」
「そこなんです……」

 ヒトミは不安げにして表情に影を落としていた。

「今、ルインズは1人の商人によって完全に支配されてしまっています。市場を独占するのは勿論、街の出入りすら特別な許可がいる状態なんです」
「なんだって?」
「初耳だね……商人がそんなに権力を持っているの?」
「はい。実はその支配の裏にはゴーディーという貴族が糸を引いているんです。商人はゴーディーに多額の金を納めていて、それと引き換えにゴーディーの力で商人が街の実権を握っている状態です。少しでも逆らったり不満を言ったりすれば、ゴーディーの私設兵にあっという間に連れていかれてしまって……」

 豪商と貴族の癒着。見逃せない問題だった。

「ゴーディーはそういったルインズの状態が他所に漏れないような情報統制もしていて、お2人がルインズの現状を知らなかったのもそのためだと思います。私も警備の目を盗んでなんとかここまで来たんです。私を襲っていた男たちもきっとゴーディーに雇われていて、お2人に助けを求めようとした私を捕らえようとしたんでしょう……」

 そしてヒトミは意を決し、俺らに改めて嘆願する。

「お願いします、ルインズを、ルインズの皆を救ってください! 勝手なお願いとはわかっています、けど天才と称されるお2人の力が必要なんです! お願いします!」

 必死に頭を下げるヒトミ。俺はサリアと頷き合った。もちろん、ここで手を差し伸べないという選択肢はなかった。

「領地の現状を知らなかったのは俺らの落ち度……決死の思いでわざわざ俺らを頼ってくれたんだ、出来る限りのことをさせてもらうよ」
「ゴーディーはたしかフェルグランド家とも関係のある貴族、野放しにした私たちにも責任がある。よく伝えてくれたね、ありがとうヒトミ」

 俺らの返答を聞いて、ヒトミは顔をほころばせた。

「ありがとう、ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか……」
「お礼は無事に片付いた後でもいいよ、すぐに動こう。手っ取り早くゴーディーのところに向かうか」
「それがいいね、お父様たちにも報告しておこう。そうと決まれば早速……」

 その時だった。

「申し訳ありませんが、その話はそこまでにしてください」

 第三者の声が俺らの下に響く。気が付けばカフェの中に、執事服を着た男が立っていた。背が高く姿勢をビシッと整え、張り付いたような笑みを浮かべるその男はまっすぐにヒトミを見ている。カフェ中の視線が集中しているのもまるで意に介さずに、不気味な雰囲気を漂わせてそこにいた。
 ひっ、とヒトミが怯えた声を漏らす。執事服の男は嫌味のような笑みでそれを見た後、俺に視線を変えた。

「お初にお目にかかります、わたくしゴーディー・フロギッドの執事をしておりますナイブズと申します。この度はわたくしたちの監督不行き届きでご迷惑をおかけいたしました」
「監督不行き届き、だと?」
「ええ。そこな少女は少々精神に異常をきたしておりまして、妄言をばらまく悪癖を持っているのです。いよいよそれが周囲に悪影響を及ぼし始めたので治療のため身を預かろうとしたところ街から抜け出てここまで来てしまいました。ね、妄言を言っていたでしょう?」

 そんな、私、と小さく呟きながら震えるヒトミを露ほども気にせず、ナイブズと名乗った男は形式的すぎる笑みをより一層嫌味たらしく歪めた。

「まさか……その女の妄言を、信じたりしませんよね?」

 笑みの奥から男の敵意が俺に突き刺さった。その全身からおぞましい魔力が滾り、この男がゴーディーの執事件ボディガード、あるいはよりダーティな役割を果たす存在であると理解する。その立ち居振る舞いは執事というより暗殺者だ。
 つまりこいつは警告しているのだ。下手に首を突っ込めばお前らもただでは済まない、おとなしく身を引け――と。

「関係ないことですが、お2人は相当魔法も剣も腕が立つと聞いています。僭越ですがわたくしも戦闘には自信がありましてね……フフフ、できるならば比べてみたいものですねぇ。もっともそんな機会はないでしょうけれど」

 重ねてナイブズは挑発する。お前らなんか殺そうと思えば殺せるのだ、そういった宣言だ。
 俺はヒトミを見た。彼女の怯えようからこの男がいかに邪悪な存在かわかる、きっとルインズでも相当数がこの男の毒牙にかかっているのだろう。俺らの身を案じてか何も言わず、ただただ震えていた。
 次にサリアを見る。文字通り一心同体である妹にはもう、俺の考えは通じていた。

「譲るよ。私たちの力、こういう時に遠慮することはないと思う」
「そうだな。そうしよう」

 話は決まった、俺は再びナイブズに視線を戻す。そしてその嫌らしい面に言葉を叩きつけた。

「表に出ろ。叩きのめしてやる」




 そして俺らはカフェの外、適当な大きさの空き地に出た。アスパムは広いのでこういった空間はいくらでもある。俺とナイブズは少し距離を置いて対峙し、サリアはヒトミを守るようにして少し遠くで見守っていた。
 やれやれ、とナイブズは首を振る。嘲りの笑みを隠そうともしなかった。

「セイル様直々の決闘のお望みとあらばお受けいたしますが……わたくし手加減は下手でして……ちょっとした『事故』が起きるかもしれませんよ?」
「御託はいい、かかってこい。死んだとしても文句は言わん、そこの2人が証人だ」

 俺の言葉にナイブズはより一層邪悪な気配を強めた。この男、殺すことに一切のためらいがない。

「フフフ……若いとはいいですねぇ。前向きで、勇気があって……だが無知です。身の程を知ることの大切さ、ひとつセイル様にご教授いたしますよ」
「身の程を知る、か……たしかにな」

 俺は軽く自嘲して笑った。俺らが身の程を知ったのは、死んだ後やっとのことだからだ。耳が痛い。
 だが今から身の程を知るのは奴の方だ。

「ではそろそろ参りましょうか。ゆめゆめ約束をお忘れなく!」

 ナイブズは言うなり、俺に向かって躍りかかった。速い。一瞬の内に目前まで来ている。さらに両手が魔法により黒い剣に変じ右で俺の心臓、左で首筋を正確に狙っている。顔にはこれまでの笑みのどれよりも不気味で邪悪に目を吊り上げ、頬を歪め、ありありと本性が浮かび上がる笑顔を見せていた。
 だが。

「黙れ」

 次の瞬間にはもう、俺の拳がその顔にめり込み笑顔は潰れていた。

「へぶっ……!? なっ……!? は、はや……」
「フンッ!」

 俺はそのまま力を込め、ナイブズを地面に叩きつけた。ずん、と重い音が響き、打ち付けられた地面に軽くひびが入った。攻撃魔法を使うまでもない、これが神に与えられた身体能力だ。この男相手にそれを使うことになんのためらいもなかった。

「べひゃ……」

 文字通り鼻柱がへし折れ顔面を血まみれにしたナイブズは間抜けな声を漏らしぐったりと倒れている。俺はその首元を掴み強引に引き上げた。

「案内してもらうぞ、ゴーディーの下へ。嫌なら同じのを何十発でも叩きこんでやる」
「ひ、ひぃぃ……」

 ナイブズは必死に首を縦に振り、完全に屈服したのだった。

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