幼女転生から始める異世界解読術

りょう

第65話 死を越えて

「落ち着いた、ユウ?」

「……まだ完全には。でも、少しだけ落ち着いた……」

 それからしばらく、取り戻した記憶の量に混乱しながらも、ようやく現実に戻ってくる事ができた。
 ただ、その代償があまりにも大きくて、俺は永遠に眠るアーニスさんを見る度に胸が苦しくなり、吐き出しそうになる。

「とりあえず私達だけで、ユドリシアに向かおう」

「え? でも、アーニスさんが居ないと」

「その意思は私達が伝える。彼女が取り戻そうとしたものを、私達が取り戻す」

「アーニスさんが取り戻そうとしたもの?」

 ユウニは何か分かっているような言い方をしているが、俺にはサッパリだった。でもいつまでもここに居たら、同じ事を繰り返しかねないので俺とユウニだけでも向かう事にする。
 ただ、その際にアーニスさんを連れて行くわけにはいかないので、ささやかなお墓を作り、そこにアーニスさんを埋めて弔った。

「アーニスさん、どうか安らかに」

「安らかに」

 手を合わせて最後に言葉を添える。正直俺はまだ、アーニスさんの死を受け入れられないでいる。彼女は誰よりも優しくて、そしてとても新年の強い人だった。
 そんな人が誰かの手によって殺されたとなれば、許せない。

「行こう、ユウニ」

「うん」

 もし犯人が分かった時、俺はどうなってしまうのだろうか。怒りに任せて、俺までもが罪を犯してしまうのだろうか。あの時のように。

「ユウ」

「何?」

「今私達がしなければならない事はそれじゃない。私達がしなければならない事は、前へ進む事」

「分かっているよ。でも」

「気持ちは分かる。けどだからこそ」

「だからこそ我慢しないといけないの?! 人が一人殺されているのに!」

 俺はユウニに先ほどみたいに怒りをぶつけてしまう。その事に何の意味もない事は分かっているのに、俺は感情を抑えられなくなってしまっていた。
 堪えなければならないのに、それなのに俺の心はもはや、怒りに染まっていて、自分でもどうすればいいか分からなくなってきている。

「こんな事私が言う台詞じゃない事は分かっている。でも人殺しなんて絶対に許さない。許したくない」

「それは自分への言葉のつもり?」

「っ!?」

 図星だった。少し前までは何とも思わなかったその言葉も、全部が俺の胸に突き刺さって、苦い痛みへと変わる。その痛みが今の俺に耐える事ができなかった。

「あなたがした事を、私は否定も肯定もするつもりはない。でもその怒りを、自分にではなく他人にぶつけるのは間違っている」

「あなたに何が分かるの!」

 俺はユウニに掴みかかってしまう。その怒りも言葉も、彼女にぶつけても意味を持たない事を分かっている。この痛みがどうあっても消えないのも分かっている。
 全部分かっているんだ。ユウも、アーニスさんも誰も、後悔したって戻ってこない事を。

「どうすればいいか分からないの! 記憶が戻って、封印していた嫌な事も思い出して! そしたら自分自身に怒りを覚えて! でもそれを誰かにぶつけても、もう戻ってこないのも分かっているから……」

 ユウニを掴んだまま、俺はいつの間にか泣き崩れていた。もう自分でどうすればいいかも分からずに、ただ泣くことしかできない駄々っ子のように俺は……。

 自分を見失っていた。

「なら償えばいい。この先も生きて」

「え?」

「過去を取り戻せないなら、今を生きて償えばいい。それが今のあなたに出来ること」

「ユウニ……」

「皆が望んでいる事はきっとそれしかない。あなたがユウとして転生したその時から、そう生きる以外に道はない」

 冷たく言い放つユウニ。けどそれは、全てを知っている彼女だからこそかけられる言葉で、俺にはとても胸に響いた。

「あなたが辛い思いをしているなら、私が支える。他の皆だって支えてくれる。あなたの罪を一緒に償ってもいい」

「どうしてそこまで……」

「最初にも言ったはず。私はあなたであり、あなたは私。ユウは……リュウノスケは私自身でもある」

「私が……ユウニ?」

 これはユウとしての言葉ではなく、俺としての言葉で彼女に聞いた。俺の記憶の中では、ユウニは登場していなかったけど、そもそもユウニという名前は勝手に付けた名前だ。
 彼女は最初にユウだと名乗っていたが、それすらももしかしたら……。

「さあ行こうユウ。私達にはまだやらなければならない事が沢山ある」

「うん……。ごめんユウニ」

 ユウニが手を差し出してくれたので、俺はそれをしっかりと掴む。色々あったから時間がかなり経過してしまったけど、まずはユドリシアへと向かい、助けを求めなければならない。
 サラスティアがあの状況に置かれてしまった以上、協力してあの場所を取り戻さなければならない。

「アーニスさん、行ってきます」

 俺は最後にアーニスさんの墓へ向けて言葉をもう一度添えて、ユウニと歩き出す。けどそこである事実に気がついてしまった。

「そういえば私達、ユドリシアの場所を知らないけど、どうするの?」

「あ、えっと、そこは何とかして」

「何とかならないと思うから、一度スービニアに戻ろうか」

「……それがいいかも」

 という事で、俺達は新たな道として一度スービニアへと戻る事になったのだった。


 そしてアーニスさんの死から三日後。

「ラーヤ、これはどういうつもりなの?」

「ごめんねユウ。ううん、リュウノスケ」

 俺の運命は大きく動き出す。

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