非リアの俺と学園アイドルが付き合った結果

井戸千尋

俺の悩みと先輩の気持ち

七十話







【新転勇人】







「…………ふぅ……昨日は疲れた……」
俺は通いなれてる道を歩きながらポツリとこぼした。
あの電話のあと、俺は結花の部屋に突撃した。
そして「一緒に寝ようか」とからかって部屋を出ようとしたのだ。
だが結花の浮かべる表情があまりにも嬉しそうに輝いていて要らない良心が邪魔をして部屋を出れず、結花が眠るまで横で添い寝していたのだ。
まぁそれだけじゃ疲れはしないのだが、結花が寝たのを確認してベッドを出ようとすると腕や体に抱きつかれて抜け出せなかったのだ。

午前三時まで。

もはや起きてるとしか言えないレベルで抱きついてきていたから相当疲れた。
今朝は「にぃがベッドにいないっ!」って怒られたし。
もうやめよう、結花には勝てん……。


「そういえばこの道を一人で歩くのも久しぶりだな。」
いつもは円香と一緒に歩いていた道、独りで俯きながら帰っていた前とは違う見え方で見える。
通り過ぎていくサラリーマンの顔や玄関先で軽いキスを交わした夫婦など、今までは見えていなかった景色だ。

俺がそんなことに意識を向けている時、携帯が軽快な音をあげた。

「……浅見くん?」
浅見くんからの着信でその着信と同時にLimeが届いているからきっと何かあったのだろう。

俺は電話に出て、足を早めた。








駆け足で向かった学校の正門に隠れるようにして座っている浅見くんを見つけた。
「――浅見くん!」
「勇人っ……!静かに……」
俺の体を正門の塀に寄せるように引っ張った彼は小声で言った。
「あいつ……」
塀から少しばかり顔を出すようにして覗いた視線の先には短い黒髪巨乳の女の子が誰かを待つようにして待っていた。

なるほど大体話は読めてきたぞ。
電話では「急いできてくれ」としか言われなかったから、こうやって隠れていることが疑問だったんだ。
「あれが三郷奈々さん?」
「……あぁ……多分俺のことを待ってるんだと思う」
…………確かにキョロキョロと忙しなく辺りを見回してるな。
そういえば…………
「彼女の事で昨日言いそびれたことってなんだったの?」
「あぁ……それか……」
浅見くんは彼には似つかわしくないもの難しそうな表情で言った。


「……三郷、いじめられてるんだ」


「……まじ?」
「あぁ」
そんな肯定の言葉はあまりにも小さく風が吹けばかき消されてしまうほど脆いものだった。
「それに気づいたのは中学の頃だったんだ。俺がゴミを捨てに校舎裏に行った時、三郷は女子グループにいじめられてたんだ。その頃から発育が良くて、“乳女”とか“牛乳”とかな。」

“いじめ”

嫌な響きだ。
自分より劣っているもの、もしくは勝っているものを数や力によって攻撃する。
何が楽しくてそんなことやっているのか分からないしわかりたくもない。

「俺はそんな三郷を助けたんだ。何してんだ!って。その時からだ、三郷が俺になつき始めたのは」

その話を聞いて、やはり疑問が浮かんできた。

「なんで三郷さんを避けてるの?金霧先輩が好きなのはわかるけどさ」
「………………俺が喋りかけていいもいいのかって……勇人と新天にあんなことした俺が、“今も”三郷をいじめてるヤツらと同じようなことをした俺が話しかけても、助けてあげてもいいのかなって」

浅見くんには珍しく弱気な発言だった。
弱々しく発せられたそれに、俺は――

「いや助けなよ。彼女には浅見くんが唯一の存在なのかもしれないんだから。」

独りだった時のことを思い出してそんな言葉を投げかける。
「今の俺があいつと話していいのか?」
「うん、当たり前じゃん。確かにシャレにならないことをやっちゃったわけだけど、人を殺したわけでもないし、ましてや俺らが許してるんだから」
「……そう……か……」
「そうだよ。」
そんな時、考え込む浅見くんを他所に、悲鳴と笑い声が響いた。

「ちょっと邪魔なんですけどお」
「ご、ごめん、なさい……」
「何でそんなところに突っ立ってんの、家帰れば?」
聞き耳を立てると、そんな言葉と共にクスクスと蔑むような笑いが聞こえてきた。
「あ、そうだ、家帰らないなら教室来る時うちら全員の飲み物買ってきて、ほら、少し多くてもあんたのその乳の上とかに乗っければどうにかなるっしょ」
品のない笑いと小さく鼻をすする音が聞こえた。


「――勇っちなにしてんの?」
「ちょ、金霧先輩!?」
俺は隣にいる浅見くんへ目を――
「ちょ!あれ!?浅見くんは――」


「大丈夫か?」

浅見くんのその声が聞こえたのは俺の隣ではなく、背にしていた学校の方からだった。
「あの子ならそこにいるよ、女の子に手を差し伸べてる」
俺は塀から離れ、先輩の視線の先へと視線を向ける。
「浅見くん……」
俺の目線の先には、三郷さんへ手を差し伸べる浅見くんの姿があった。
…………でもここからどうするんだろ……。
まさか喧嘩になったりは――
「ちょっと行ってくるね」
「ちょ先輩も!?」
先輩は顔色一つ変えずに俺の横を通り過ぎ、浅見くんの元へと向かった。
「浅見先輩……」
「久しぶり……とりあえず立ち上がろうぜ、みんな見てる」
「は、はい」

浅見くんは三郷の手を取って、彼女を立ち上がらせた。
……心配なのは先輩だけど……そろそろ浅見くんたちが気づいてもおかしくな――
「くだらな、今年の一年は小学生からやり直した方がいいんじゃないの」
気づく前に爆弾をぉ!!!
「えっ!?先輩!!?」
金霧先輩に気づいた浅見くんは瞬きを繰り返し、疑問の表情を浮かべている。
「浅見もやれば出来るじゃん、見直したよ」



「スキデス」

目も口も開ききった浅見くんは抑揚のない声でそう言った。
“見直した”そう言われたのがよっぽど嬉しかったんだな。
「ん〜〜……ダメ。」
先輩は浅見くんの方を見ながらそう言った。

「ちょ、ちょっとあんた誰!?」
そんな浅見くんと先輩のやりとりを見ていたいじめっ子がやっと口を開いて先輩へ噛み付く。
「三年だけど」
「っ……な、何で先輩がうちらの会話に入ってくるんです!?このかっこつけ男子も!」
どうやらいじめっ子は怒っているようで、先輩と聞いた後もまだ金霧先輩と口論を続けるみたいだ。
「浅見?浅見の事言ってるんだったら、かっこつけじゃなくてかっこいいんだよ?大丈夫?」
おおぅ……先輩やるなぁ。

「先輩が……俺を……かっこいいって…………」

浅見くんは浅見くんで三郷さんがそばに居るって言うのに先輩しか眼中にないようだ。
「とりあえず、こんなくだらないことする暇があるならあたしたちとお話……する?」
先輩……オーラがすごい……。
もはや今は金霧先輩じゃなくて銀杏さんにしか見えない。頼もしい。
「くっ……も、もう行こ…………」
そんな先輩に恐れたのかいじめっ子たちは案外容易く校舎へ入っていった。

「三郷、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。」
正常へと戻った浅見くんが三郷さんへ声をかける。
俺も急いで浅見くんたちのところへ駆け寄る。
「勇っち遅いよ。もしあたしたちがどうにかなってたらどうするつもりだったの〜?」
「あそこから見てる限りそんなこと起きそうになかったので、行くか行かないかまごまごしてました」
さっきまで張り詰めていたこの場に幸せな笑いが起こり、三郷さんも自然と笑っていた。
「あっ、もうそろそろ時間やばいよ。」
先輩に言われてスマホを確認すると、時刻は予鈴のなる三分前。
「勇人!早く行かねぇと!!」
「うん!」
俺は浅見くんと共に校舎へ入る。
「あ、わりぃ。ちと待っててくれ」
「うん……?…………あぁ」

浅見くんは置いてきてしまっていた三郷さんのもとへ行き、言った。

「もし何かあったら俺のクラス来なよ、知ってるだろ?」
「は、はぃ」
「よし!じゃあまたな!」

そんな彼の背中を見ればさっきまでの悩みなんて吹き飛んでるのは一目瞭然で、俺はまた一つ、浅見くんへの尊敬ポイントが上がった。

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