妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)
ep7-031.ガラム王国(3)
  ツェス、イーリス、リーメ、パーシバルの四人は、フレイル達と別れ、ガルーの正面通りを散策していた。リーメの希望だ。彼女によると精霊達が騒がしいのだという。精霊達が消えていく現象と何か関係があるかもしれない。それを探る目的もあった。
 「賑やかな街ですね」
  リーメがきょろきょろと周りを見わたす。道の両脇には、多くの店が軒をならべ、人通りで溢れている。一軒一軒見て回ったら日が暮れてしまいそうだ。
  ツェスは大通りが何処まで続くのかと顔を上げた。幅広の道の向こうに、王の居城が威風堂々とその姿を見せている。
  王都ガルーは中央部にあるマテラー・サーシの丘を中心に構築されている。王の居城はその丘の頂上にある。丘の天辺てっぺんから螺旋を描くように道が続き、麓で大通りに繋がっていた。
 「リーメ、どうする? 脇道に入ってみるか?」
  ツェスの問いかけにリーメは、人差し指をピンと立て、自分の頬に軽く当てた。リーメの容姿が幼いということもあるのだが、傍目には、まるでお菓子をどれにしようかと悩む子供にしか見えない。彼女が精霊女王だと言っても信じる者はいないだろう。街中は子供連れの親子も沢山歩いているし、冒険者らしき一行もいる。ツェス達はその中に紛れてまったく目立たない。道行く人も、リーメを気にとめる様子もない。
 「特に行きたいところがないのなら、海沿いの道からいくのはどうでしょう。あちらは高級住宅街ですし、海を見ながら歩くのも気分が良いものですよ。この辺りから海に向かえばちょうど港です」
  パーシバルがさり気なく提案する。ガルーに到着する直前に休憩した時、リーメが海を嬉しそうに見つめていたのを、このハンサムな若い騎士は覚えていた。海をみれば気分転換になるだろうという彼なりの気遣いだった。
  だが、この若騎士が気にしていたのはそれだけではなかった。
 「警備隊が回っています。普段は詰め所にいる警備兵が大通りに出てくるということは何かあるのかもしれません。人混みは避けた方がいいと思います」
  パーシバルがそっとツェスに耳打ちする。ツェスが気取られないよう自然な感じで辺りを見渡すと、遠くに、白い甲冑に身を包んだ兵士が馬竜の背に乗っているのがちらりと見えた。
 「そうだな。リーメ、ここはパーシバルの言うとおり海沿いを行こう」
 「はいです」
  リーメはパーシバルの提案を素直に受け入れた。
◇◇◇
ツェス達は大通りを途中で右に折れ、海に向かう。しかし海岸まで行ってみたものの、海原をみることは出来なかった。高い石垣に阻まれていたからだ。石垣は海岸から少し先の海の中から積み上げられ、長細い運河を造っていた。
 「パーシバル、港じゃなかったのか?」
 「その通りです。ほら」
  ツェスの少し非難がかった問いにパーシバルは左を指さした。小舟のマストがちらちらとのぞいている。どうやら運河を港代わりにしているようだ。
 「これが港なのか?」
 「そうです。海が荒れても石垣が防いでくれます。嵐で船を壊されないためのものです」
  パーシバルが落ち着き払って答えたと同時に、イーリスがその先を指さした。
 「ね、あっちの丸いのは?」
  イーリスの指先に目をやると石垣の先が輪の形をした石垣に繋がっているのが見えた。運河は輪の中にまで続いている。
  輪になった石垣の内側には円形の建物がある。大理石と思われる真っ白な太い柱が等間隔に海中から顔を出して並び、屋根を支えている。
  柱の間も船着き場となっているようで、それぞれに大きな船が浮かんでいた。運河に泊まっている船よりも余程立派な造りに見えた。
 「あちらは軍港です。軍船は全部あちらに集まっています。こっちの運河は商業港です。軍港には専用の橋を使わないと渡れません。もちろん、一般人は入れませんよ」
  なるほど、確かに輪の外と中の建物を結ぶ橋らしきものが見える。
 「へぇ、港が二つあるんだ」
  パーシバルの説明を聞きながら、イーリスが感心して見せた。前にツェスとガルーに着たときには、中心街とリーファ大神殿を行き来したくらいで、海には足を向けたことがなかったのだ。
 「パーシバルさん、詳しいのね」
 「私は元々、ガルーの生まれなんです。バステス王がガラムを治め始めた頃に、フォートレートに移りましたけどね」
 「へぇ、そうなんだ」
  なるほど、パーシバルはガルー出身だったのか。道理でフレイルがリーメの護衛に付ける訳だ。ツェスは得心した。
 「ガラム海軍は精強なことで有名です。海賊達もガラム軍船が来ると一目散に逃げ出します」
  ツェス達は海岸沿いの道を港に向かって歩いた。商船用の船着き場には何隻も船が泊り、多くの人で賑わっていた。
  ツェス達はその一つに近づく。武装した集団が何組も船を降りているところだった。甲冑の武者がいるかと思えば、簡素な皮鎧に大剣を背負ったものも居る。統一感がまるでない。
 「あれは?」
 「何でしょう。ガラム王国旗も見えませんし、正規軍ではなさそうです。そもそも王国の海軍兵が商業港で降りることはあり得ません」
  ツェスの疑問にパーシバルも首を捻る。イーリスとリーメが互いに顔を見合わせたが、それで答えが分かる筈もなかった。
 「おお、いつぞやの旅の方ではないですかな」
  突然ツェスを呼び止める声があった。
◇◇◇
ツェスが声の方を見ると、赤ら顔の裕福そうな人物が両手を大きく広げていた。
 「ジョアン!」
  ツェスは驚きの声を上げた。声の主はジョアン。ツェスとイーリスがラメルに呼び出されて王都に戻る途中で出会ったキャラバン隊を率いる旅の商人だ。脇には、白の皮鎧をつけた精悍な中年の大男。たしか護衛隊長のウェズンといったか。
 「やはりツェスさんでしたか。これはこれは、久しぶりですな。お元気そうで何よりです」
  ジョアンが大きな体を揺すって近づくと、ツェスとイーリスを軽くハグした。
 「イーリスさんもお元気で」
  親しげに挨拶を交わしたジョアンは、パーシバルとリーメに少しおどけたような笑顔を向ける。
 「今日はお連れの方とご一緒で?」
 「連れは俺達の方だ。この男はパーシバル、こっちの小さいのは……」
 「リーメちゃんよ」
  イーリスが脇から口を出した。その口振りは仲の良い姉妹であるかのようだ。
 「パーシバルさんに、リーメさん。初めまして。私は旅の商人をしているジョアン・ランス・マーリンと申すものです」
 「初めまして。私はリーメ・パムと申します」
 「パーシバル・クライドです。よろしく」
  リーメはぺこりと頭を下げ、パーシバルは握手の手を差し出した。ジョアンは、パーシバルの手を自分の両手で包み込むように握ると、旧知の友に再会したかの如く上下に振った。
  ジョアンは親しみに溢れた笑顔を向けて、パーシバルと挨拶を交わすと、リーメの前にしゃがみ込で、リーメの手を下から支えるようにそっと取る。
 「可愛いお嬢さん、よろしく。私はジョアンです」
 「リーメです。よろしくです。ジョアンさん」
  ジョアンがリーメに挨拶をする脇で、護衛隊長のウェズンが相好を崩して手を差し伸べる。
 「ツェス殿、イーリス殿、元気そうで何よりだ。さして間も置かずまた逢えるとは、貴殿達とは縁があるな」
 「こちらも会えるとは思わなかったよ」
  ツェスはウェズンとがっちり握手をした。元王国騎士だったというこの偉丈夫が、同じく騎士のパーシバルの事を知っているのではないかとそんな考えがふとツェスの脳裏を過ぎった。別に隠す訳ではないのだが、感づかれてしまったら、わざわざ目立たぬようにパーシバルに着替えさせた意味が薄れてしまう。
  だが、イーリスと再会の挨拶を交わし、パーシバル、リーメに自己紹介をしたウェズンは、特に気づいた様子もない。彼が騎士を引退したのは大分昔の話かもしれない。ツェスの心配はどうやら杞憂だったようだ。
  一通りの挨拶が終わると、ジョアンが今日は素敵な方々と出会えましたな、と笑った。
   
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