妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)

日比野庵

ep6-026.カズン・モンスター(3)

 
 ――ひゅん、ひゅん、ひゅん。

 三人の騎士が矢を番え、矢継ぎ早やに火矢を放った。

 火の付いた極太の鏑矢が夜空に幾筋もの紅蓮のアーチを描く。鏑の目にはたっぷりと油を染み込ませた紙が詰め込まれている。油も特別で、燃焼時間が長く火の勢いも強い。条件が整えば一晩近く燃え続ける代物だ。

「窪地でもあれば、誘い込んで一気に焼くことも出来たのだがな、致し方あるまい」

 火矢が地に当り、モンスター達の動きが鈍るのを見届けたフレイルはスラリと剣を抜いた。

「目標、中央のオーガ。真っ直ぐ突破して分断。背後を取るぞ」

 十人の騎士が、たちまちフレイルを先頭に四列の楔型隊形になった。先程、弓を放った騎士は三列目と最後列の中央に入り、隊列の隙間からいつでも矢を射かけられる体勢を取る。

 もとより、移動しながら矢を放ち、それを命中させるのは生半なことではない。だが、牽制の矢はそれだけで意味を持つし、万が一、突撃に失敗しモンスターに接近されても、外周に位置する騎士が防御している隙間から至近距離で狙うことも可能だ。尤もこれは相手が飛び道具を持っていないという前提での話だが。

 幸か不幸か、カズン・モンスターはそれ自身が強力な存在だ。小悪鬼ゴブリンの弓矢の様な武器を必要としない。精々、一部の人型モンスターが棍棒などを使うくらいだ。御多分に漏れず、フレイル達を襲うモンスター達も、自分の牙と爪で闘いを挑んできた。

 迫るモンスターは全部で二十体。横一列なって向かってくる。中央にオーガがニ体、その左にキマイラとスジチ、右にコボルドとワーウルフが数体づつ。

 キマイラはライオンの体に蛇の尻尾を持つモンスター。強力な顎と強い毒を持つ。スジチは別名ゲイザーとも呼ばれる、一つ目の大目玉の体に多数の触手を持つモンスターだ。その目玉に睨まれると猛烈な眠気に襲われる。ゲイザーは精霊を宿すことができる精宿石を好物としているのだが、眠らせた冒険者から奪った精晶石を飲みこんでいるゲイザーも多く、彼らは宙に浮いたまま移動することができる。その理由は明らかになっていないが、精晶石の効果だろうともいわれている。

 コボルドは犬型のモンスター。二足歩行で移動し、非常に俊敏で高い身体能力を持っている。その体液および汗などの分泌物には強い毒性があり危険な存在だ。コボルドが触れたものは、まる一昼夜は毒を帯びてしまう為、迂闊に素手で触ってはならない。コボルドの肉を喰うなどもっての他だ。

 ワーウルフもコボルドと同じ犬型のモンスターだが、こちらは四つ足だ。その体格は普通の犬よりも三周りほど大きい。群れで行動することが多く、その牙は鋭い。牙には毒があり、噛まれると致命に至ることもある。ワーウルフの近縁種で黒曜犬と呼ばれる一回り小型のモンスターがいるが、こちらには毒はない。

 これら危険なカズン・モンスターの中でも個の戦闘力が一番高いのが中央のオーガだ。

 人の一倍半はある堂々たる体躯。膂力が異常に強く、その棍棒による打撃をまともに受れば、フルプレートアーマーといえど激しく凹み、骨は折れ、内蔵も潰される。王国騎士といえど、一対一で相手はしたくないモンスターだ。その反面、動きが鈍く、人と比べて視界も広くない為、背後からなど死角からの攻撃が有効だ。

「おぉぉぉおぉ!」

 フレイルが気合いの叫びと共に、一体のオーガに剣を薙ぐ。致命の剣ではなく牽制の剣だ。剣はオーガの脇腹を切り、青い血を吹き出させる。フレイルに続く部下達も同じく剣を振るった。

 オーガが反撃しようと振り返った時には、フレイル達はオーガを突破し、背後を取っていた。

「左回りに突撃だ。雑魚から潰すぞ。右のモンスターは弓で牽制しろ!」

 部下の無事を確認したフレイルが指示を出す。フレイルは士気を鼓舞するためなのか、カズン・モンスターをあえて雑魚と呼んだ。フレイルの言葉に部下が応と答える。すかさず、弓を手にした騎士が右翼のモンスターに矢を放った。

 矢はオーガの背に刺さり、モンスターの何体かに命中する。残りは地面に突き立った。火矢程の牽制効果はないが、動きを鈍らせるには十分だ。

 フレイルは左手のモンスターに突撃を慣行する。

 フレイル率いる十人の騎士は恐るべき突進力でモンスター達に襲いかかる。両断した左側の十体が相手だ。フレイルは、先程突撃した楔隊形の裾を少し広げさせた。攻撃面積を増やす為だ。

「うぉぉぉおおお!」

 騎士達の雄叫びと共に、致命の剣が次々とモンスターの体に吸い込まれていく。手応えあり。突撃を受けた左側のモンスターの半分近くが、血飛沫を上げて斃れていく。

 続けざま、フレイル達は右側のモンスター群へ向かう。このスピードにオーガはついてこれない。オーガが顔を向けたときには、フレイル達はとうに視界から消えているのだ。

 周囲の火矢と月明かりで、モンスターの位置は分かる。五、六度攻撃すれば、オーガ以外は大体片づく筈だ。厄介なオーガは数の優位を確立してからでいい。

 フレイルは、オーガの攻撃が届かない距離と角度を計算し、絶妙のタイミングで三回目の突撃を始めた。


◇◇◇


「どういう事だ?」

 戦況を見守っていたツェスが思わず漏らした。

「ツェス?」
「どうかなさいましたか?」

 イーリスとリーメがほぼ同時に問いかける。

「いや、モンスター達の動きがなにか変だ。統率が取れすぎている」

 ツェスがモンスター達を指さす。フレイルの突撃を受け、横一列を両断されたモンスター達が、互いに距離を取るような動きを見せていた。その動きは整然としていて、まるでモンスター同士で意志疎通でもしているかのようだ。

 同種のモンスター同士ならいざ知らず、種の異なるモンスターが互いに意志疎通するなんて聞いたことがない。モンスターの世界では強い者が絶対だ。

 モンスターとて、相手が自分より強いとみれば逃げ出すのが普通だ。そこは上級モンスターばかりのカズン・モンスターであっても変わらない。カズン・モンスターでもドラゴンを見れば逃げるのだ。

 だが、フレイル達を相手にしているモンスター達は違っていた。次々と屠られていくモンスターを目の当たりにしても、少しも逃げ出す様子がない。ツェスの指摘にリーメが不安そうな眼差しをイーリスに向けた。

「大丈夫よ、リーメちゃん。フレイルは強いんだから。いざとなったらツェスも加勢にいくし、あたしも魔法を使うから」
「はい」

 リーメが小さく頷く。イーリスが腰袋の口を開け、中の精晶石を確認する。

「ツェス、魔法を使ったほうがいい?」
「いや、まだだ。感づかれてはまずい。俺達の役目はリーメを護ることだ。動くのは本当にヤバい時だ」

 ツェスはイーリスを止めた。フレイルはリーメを護る為にツェスとイーリスを護衛につけ、部下の一人を御者として馬竜車に待機させたのだ。ここで魔法を使ってモンスターの注意を引いてしまってはフレイル達が前線で迎撃している意味がない。

 幸い、戦闘はフレイル達が有利に進めている。このまま何事もなければ、モンスターを全滅させられるだろう。ただ、モンスター達の異様な動きが気掛かりだ。

 ツェスがモンスター達の動きの不自然さに気づく事ができたのは、遠くから戦況を見られる場所にいたからだ。戦闘のまっただ中にあるフレイル達は気づいていないかもしれない。ツェスは自分の懸念が杞憂に終わることを願った。


◇◇◇

 ――よし。いけるぞ。

 フレイルの迎撃は計算通りに進んでいた。

 フレイル達の突撃によって、カズン・モンスター達は十五体にまで減っている。突撃を繰り返せば、そのうち散り散りになって逃げる筈だ。逃げない奴らは個別に仕止めればいい。それがフレイルの計算だった。

 ワオオオォォォォーーーン。

 突如、ワーウルフが吠えた。それに合わせてオーガ以外のモンスターが一斉に散った。フレイル達が放った火矢に向かって突進していく。

 モンスター達は火矢の上に覆い被さった。あるものは腹這いになり、またあるものは、火矢に背中を預け、躯をくねらせた。少しも火を恐れる様子がない。自分の躯に火がついたモンスターもいたがお構いなしだ。

 火矢はモンスター達によって消され、自身に火がついたモンスターはそのまま燃え上がり、息耐えた。

「どういうことだ」

 一気に明かりを失ったフレイルが、焦りの色を浮かべた。自ら火に飛び込んだモンスターの行動の異様さに血の気が引いていくのを感じた。

 肉の焦げる匂いが、辺りを包む。

 予想外の事態にフレイルは突撃を止めた。だが、その判断は結果として自らを苦境に陥れることになった。

 ――ズシン。 

 オーガが巨体を震わせ進み出た。前に一体、後ろに一体。オーガはフレイル達を前後に挟む形で立ちはだかった。

 フレイルは、脱出路はないかと左右を見やる。だが、そこには先程火矢を消して生き残ったモンスター達の姿があった。

 ――いつの間に。

 前後にオーガ、左右にもモンスター達。フレイル達はすっかり包囲されてしまっていた。

「密集隊形!」

 フレイル達は真ん中で背中合わせになるように方陣を組み、攻撃に備える。

「ちっ」

 フレイルは部下に聞こえない程度に小さく舌打ちした。

 オーガ以外を先に片づけてから、オーガを相手にする作戦が崩れた。無論、全員で掛かればオーガを斃すことはできるだろう。だが、それは邪魔が入らないという前提での話だ。

 オーガとの戦闘中、周りを囲むモンスター達が手を出してこないなどありえない。再度突撃しようにも距離がなさ過ぎる。一旦止まったこの位置から、突撃を成功させるだけの速度は得られない。火矢の灯りもない状況で、無理に突撃するのは危険だ。

「矢は残っているか?」
「いえ、先程ので全て」
「仕方あるまい。一旦、体勢を立て直すぞ。右から突破する。準備せよ」

 フレイルは腰につけた皮袋に手を突っ込み、漆黒の精晶石を取り出した。
 

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