妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)

日比野庵

ep6-024.カズン・モンスター(1)

 
 ――翌日。早朝。

 ツェス、イーリス、フレイル、そして精霊女王リーメの四人は、ガラム王国への表敬訪問使節団を組み、王都フォートを後にした。

 真ん中の馬竜車に精霊女王リーメと使節団長のフレイル、そしてその従者としてツェスとイーリス。前後の馬竜車にフレイルの部下がそれぞれ乗り込んでいた。総勢十四名、馬竜車三台のごく小規模な使節団だ。

 使節団を乗せた馬竜車は街道を東に向かう。

「んふふ~~」

 イーリスが手の平に乗せたオレンジの宝石を眺めてニコニコしている。

「嬉しそうだな、イーリス」
「だって、十個も貰ったのよ。ツェス、分かる? 十個もよ。金貨五十枚稼ごうと思ったら、どれだけモンスターを狩らないといけないと思ってるの?」

 王都を出発する前、守護女神レイムから、ライバーン王からの餞別として、イーリスは十個もの風の精晶石を下賜された。まさか十個も只で手に入れることが出来ると思っていなかったイーリスはホクホク顔だ。

 精晶石を受け取るとき、レイムから、リーファ神殿で精宿石に精霊を召還・封印して精晶石にする精霊封入の儀を行う回数を減らしているのだと告げられている。

 精霊封入の儀に対する寄進額を一個当たり金貨五枚に引き上げたのも、精霊が減っている現状を考慮して、新しく作られる精晶石の数を絞り込む為の措置だ。

「大事に使うんだな。イーリス」
「そうね。あんたがちゃんとしてくれたら、使わなくても済むのよ。よろしくね」

 ツェスとイーリスのやりとりを聞いていたフレイルがカラカラと笑う。ツェス達の乗った馬竜車は箱型で屋根がついており、一般的に使われる幌馬竜車よりも数段高級なタイプだ。客車の椅子も皮張りの設えで、椅子の縁はレアモンスターである針金猫の金針を加工した細工で飾り付けられている。

 フォートレート王国からの正式な使節団なのだ。格式を整えるのは当然の事だ。ツェスもイーリスもこれ程の高級な馬竜車に乗るのは始めてだった。

 尤も、フレイルに言わせると、これでも大分格式を落としているのだという。最高級の馬竜車ともなれば、御付きの人数も馬竜車も増え、それこそ大商人のキャラバン隊の如く大規模になってしまうし、何より目立って仕方がない。今回は半ばお忍びに近い表敬訪問であり、供の人数も少ない。それゆえ、使節団の規模に合わせた馬竜車を選んだとのことだ。無論、リーメには事前に承諾を貰っている。

 リーメは、椅子に深く腰掛け、床に届かない足をぶらぶらさせている。その仕草は、正に子供のそれだ。彼女が精霊女王だということを忘れてしまいそうになる。

 しばらく外の景色を眺めていたリーメは、何かを思い出したかの様に、フレイルに金の瞳を向ける。

「フレイルさん、もう一度旅程を確認させてください」

 フレイルは、はいと返事をすると、懐から極細の繊維を編んだ薄布を取り出した。表面に染料で図柄が描かれている。大陸地図だ。

「我らは今、ここのバステス街道を東に向かっております。ガラム王国はここからおよそ一千セリエン、通常行程では馬竜車で四十日。途中で馬竜を代えながら休みなしで走破すれば二十日程度で着けますが、我らは通常の倍、約九十日で参ります。一日十ニセリエンを目安に進むことになります」

 フレイルは地図を指でなぞりながら、説明した。

  王国使節団はその性格上、日程厳守を義務付けられている。其の為、旅程には十分すぎる程の時間を取るのだ。フレイルは、通常の倍の日数を取っておくのが慣例だと語った。リーメは地図をのぞき込みながらフンフンと頷いている。

「一日の行程は、日のある内に移動し、日が沈めば終了となります。夜は途中の村で宿を借りますし、近くに村がなければ、場所を見繕って野営です。その時は、リーメ女王陛下には野営の天幕を張ってそこでお休みいただくことに……」

 フレイルの説明をリーメが遮った。

「お気遣いなく。私の為にいちいち天幕を張るのは大変ではないですか。荷台で十分です」
「いや、それでは……」
「フレイルさん。リーメ陛下には、あたしが付くわ。陛下が良いっていってるんだし、それでいいじゃない」
「む、しかし……」

 なおも渋るフレイルであったが、結局、女性陣に押し切られ、リーメの希望通り、野営時でも天幕は張らず、客車で夜を明かすことになった。

 フレイルの承諾の言葉に、にこりと応じたリーメは、笑みを浮かべたまま、一同をぐるりと見やった。

「ありがとうございます。でも、皆さんに一つだけお願いがあります」
「何なりと。もちろん、リーメ陛下がお休みの時には、我らは他の馬竜車に移りますし、交代で見張りを立てますゆえ御心配なく」
「いいえ、そうじゃないんです」

 フレイルはリーメの返答に微かに怪訝な表情を浮かべた。

「私の事は陛下ではなく、リーメと呼び捨てにしてください。おおやけの場では仕方ありませんけど、普段はリーメでいいです。堅苦しいのは無しです」

 リーメの意外な言葉に皆、目を丸くする。

「驚くことではないですよ。私達精霊も人間と共存してきた存在です。精霊界と人間界が協力しなければならないときに、他人行儀なんかしなくてもよいでしょう?」

 ツェス、イーリス、フレイルの三人はしばらく相談した後、リーメの言うとおりにすることにした。


◇◇◇


 ――王都を出発してから五十日目。

 精霊女王リーメを乗せた使節団は、行程の半分を過ぎ、ガラム王国領内に入っていた。出立したフォートレート王国は背後のカズン山脈の向こうだ。密集した林を抜けたツェス達の目の前には、肥沃な平野が広がっている。

「地平線が見えると、久しぶりにガラムに来た実感が沸くな」

 馬竜車の荷台から顔を出したツェスは、夕日を避けるように額に手をかざした。

「ツェス、ちょっと前は私達だってここにいたのよ。久しぶりって程じゃないわ」
「山ばっかり見てると平地が恋しくなるのさ」

 イーリスの突っ込みに、ツェスが冗談で返す。ツェスとイーリスは三年におよぶ精霊契約の長旅を終えたばかりだが、旅の最後の一年は殆どガラム王国内で過ごした。気候が温暖なことと食べ物が旨いということで、ツェスもイーリスもガラムが気にいっていた。こんなにも早くまたガラムに来れるとは思っていなかったが。

「何事もなく国境を通過できてよかったな」

 フレイルが顔を上げる。

「フレイルが来るってんで、モンスターもビビったんじゃないのか」

 ツェスの冗談が止まらない。無事にガラムに入れたからだろうか、ツェスは、少しほっとした表情を見せていた。

「混ぜっ返すな、ツェス。カズン・モンスターに出会わなかったのは偶々だ」

 フォートレートとガラムの国境地帯付近は、強力なモンスターがよく出没することで知られている。両国の国境となっているカズン山脈の麓には、広大な原生林が広がっている。そこがモンスター達の棲み家だ。この原生林に生息するモンスターは、その山脈の名から「カズン・モンスター」と呼ばれている。

 原生林には豊かな湧き水と温暖な気候から食料が豊富で、多くの原生生物が生息している。原生生物はおしなべて大きいのが特徴で、畢竟、彼らを捕食するモンスターの体躯も大きく強力だ。その殆どが上級モンスターに区分され、ベテランの冒険者といえども単独で立ち向かうのは厳禁とされている。

 ライバーン王は、ツェスにフレイルしか付けてやれないといったが、実際の使節団にフレイルの部下である十名の王国騎士が同伴しているのもそうした理由からだ。

「今日はどうする? ここからしばらくは何もないぜ」
「分かっている。日の沈む前に野営だ。ここから一番近い村でも、十セリエン先だ。夜通し走っても、着くのは明け方になる。無理することはあるまい」

 フレイルは当然のように答えた。今日の行程のポイントは、危険なモンスターが出没する国境沿いの原生林地帯を日のあるうちに抜けることだった。モンスターの襲撃に逢って足止めを食うリスクも考え、今朝は日の出前に出立したのだ。おかげで予定の行程を済ませることが出来た。日没まではまだ多少の時間がある。このままいけばあと一、二セリエンくらいは稼げるだろう、とフレイルは夕日に目をやった。

「リーメちゃん。もう半分過ぎたし、ガラムに入ったから安心していいわ」
「はいです」

 イーリスはリーメをちゃん付けで呼んだ。これは呼び捨てにしてくれとリーメ本人の要望に答えた結果なのだが、五十日も一緒に旅をしていれば、それなりに気心が通じるものだ。二人の様子はまるで姉妹のようだ。

 もちろん、イーリスとて公の場では陛下と呼ぶだけの分別は備えている。それはツェスも同じだ。

「リーメ様。申し訳ありませんが、今日は野営になります。如何でしょう。もう予定の距離は進みましたし、ここらで野営をされては如何かと。この辺りは見通しもよく、モンスターもここまではやってきません。天幕を張ることも出来ましょう」

 フレイルだけは、未だリーメと呼び捨てには出来ず、リーメ様と呼んでいる。リーメはその敬称に時折不服そうな顔を見せることがあったが、それでフレイルを咎め立てする事はなかった。

「リーメちゃん、そうしましょうよ。久しぶりに手足を伸ばして寝られるわ」

 リーメが答えるより早くイーリスが賛成の声を上げる。リーメはくすりと笑って応じた。

「えぇ、そうしましょう。フレイルさん。お願いします」
「承知しました」

 フレイルが御者に指示を出した。次いで、がくんと轍を乗り越える振動が伝わる。一行は街道を少しばかり外れ、野営ポイントに向かう。この辺りは剥き出しの地面と背の低い草原が斑模様の様に点在している。草叢と地面の境目辺りがよく野営に使われる場所だ。地面に焚火跡が残って居るような所は先客が野営した証だ。

 一行は手頃な空き地を見つけると、馬竜車を止めた。

 フレイルの部下の騎士が荷台の奥から天幕を引っ張り出してテキパキと組立て始める。ツェスとフレイルも作業に加わった。

 天幕を張るのはこれで何度目になるだろう。最初は荷台でよいと言っていたリーメも、時間的に余裕のあるときは天幕を張ることに反対せず、フレイルに従っていた。その辺りは実に柔軟だ。

 最初はイーリスとリーメも組立を手伝おうとしたのだが、流石にフレイルに止められた。大事な使者が怪我でもしたら一大事だ。イーリスも護衛という名目で禁じられた。

 天幕は円形で中心に柱を立て、外周を格子に編んだ細長い木の板で囲むところから始まる。内側に食料や水の入った袋や箱で囲いを押さえ、柱の上から放射状に木の梁を渡して先端部分を外周の囲いと結ぶ。あとは屋根と外の囲いに布を被せれば出来上がりだ。

 設営は男性陣が行い、その間、イーリスとリーメは食事の用意をするという風に、日が経つにつれ、自然と役割分担が出来上がっていった。フォートレートを出てしばらくは、リーメ女王陛下に調理させるわけにはいかないと、火をおこす事さえ憚られたのだが、リーメ自身が強く抗議したこともあり、ガラム王都に近づくまでという条件で、フレイルも目を瞑っている。

 リーメとイーリスは組み立ての様子を横目に、夕食の用意を始める。所々に見えているむき出しの地面の周りに石を組み、旅の途中で集めた木の枝を石組みの中に積み重ね、毟った草を被せる。リーメが人差し指で軽く指さすと、ブスブスと煙が上がり、あっという間に火がついた。

 リーメに言わせれば、常に精霊が彼女を護っていて、わざわざ召還する必要がないのだという。精霊女王ならではの事だ。これを見てからフレイルはリーメが火をおこすことについて何も言わなくなった。

「フレイル団長。出来上がりました」

 フレイルの部下の一人が天幕の完成を報告する。大小二つの天幕。小さい一つはリーメとイーリスの女性用。もう一つはツェス達男性用だ。男性用の天幕は大きいといっても、七、八人も入れば一杯だ。だが、天幕には数人の歩哨が交代で見張る為、人が溢れて寝られなくなるということはない。

「食事も出来上がりました」

 リーメが知らせる。一同は車座になって食事を取る。皆はすっかり打ち解け、ツェスとイーリスは、フレイルの部下達と名前で呼び合う仲になっていた。フレイルは旅の間だけだぞ、と時折小言をいうものの、皆のにこやかな顔に満更でもない様子だった。

 食事を終えた頃には日は沈み、きらびやかな星々が天空を彩っていた。

「よし、見張りは先頭車が先、後尾車が後だ。火は絶やすなよ」
「はっ」

 フレイルが指示を出す。フレイルは三台ある馬竜車のうち先頭の馬竜車に乗る五人と最後尾の五人をそれぞれ交代で夜間の見張りに指定した。彼らにとってはいつものことだ。雑作もない。 

 ツェス達は、食事を済ませた後、それぞれに分かれて天幕に入った。あとはゆっくり休むだけだ。

 ――だが。

「フレイル様」

 皆が眠りに落ちてしばらくして、見張りの一人がフレイルを起こした。
 

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