妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)

日比野庵

ep2-007.ドゥーム・ドレイナー(2)

 
「おお、旅の方、どうされましたかな?」

 キャンプを警護している者から、呼び止められたツェス達は、旅の冒険者だと告げた。警護は張ったばかりの天幕に入っていった代わりに、幌馬竜車隊の隊長と思しき人物が姿を現した。

赤ら顔で、金に近い栗色の髪。思慮深そうな瞳が笑みを湛えている。服装は、白一色のチュニックに茶色のズボン。腰の革紐に赤、青、緑とそれぞれ着色された皮袋をぶら下げている。反対の腰には鞘と柄に黄金の装飾が施された短剣を刺している。一目で身分のある人物だと分かる。たぶん商人か何かだろう。ツェスは幌馬竜車にちらと視線をやり、沢山の木箱が積まれていることを確認してから言った。

「いや、天幕が見えたんでな。何か有ったのかと思ってね」

 ツェスの言葉は人当たりのよい柔らかいものであったが、昼からキャンプを張るのは不自然だという響きが含まれていた。

「そうでしたか。私は王都で商いをさせていただいている、ジョアン・ランス・マーリンと申す者です。このキャラバン隊の長です」

 ツェスとイーリスがおやという顔をした。キャラバン隊といえば、三十台以上の規模になるのが普通で百台を越えるのも珍しくない。それなのに、このジョアンという商人が率いるキャラバン隊の馬竜車は見える範囲で十台くらいしかない。

 大陸に点在する都市を往来するキャラバンとて、年柄年中行っている訳ではない。年に一往復か頑張っても二往復が精々だ。夏を過ぎて直ぐの猛雨月や雪が積もる冬は滞在先の都市で次の季節まで過ごす。キャラバン隊の移動はもっぱら春から夏にかけて行われるのが普通だ。そのため、キャラバンは、年を越せるよう一度に大量の商品を運ぶ。無論、一週間かそこらで行き来できる近隣の街に品物を運ぶことがあるが、そのときはキャラバン隊など組まない。普通の馬車程度で十分だ。当然、天幕などは持たず馬車の荷台で夜を明かす。

 ジョアンの率いるキャラバン隊は、天幕をいくつも張っている。十台程度の幌馬竜車にしては大袈裟に過ぎる。

 ジョアンはそんなツェスの顔色を読みとって、言葉を継いだ。

「はははっ。この程度の馬竜車で、おかしいとお思いになりましたか。実はこの先の街道で落石がありましてな。幸い被害はなかったのですが、隊が分かれてしまったのです。先行した我々はここでキャンプを張って、後続の合流を待っているという訳です」
「俺達は王都に行く途中なんだ。そんなに酷いのか?」

 ここから王都に行く為には、渓谷を越えていく必要がある。崖崩れはままあることだが、街道は極力広く取られており、道を完全に塞ぐ程の落石は聞いたことがない。もしも人が通れないのであれば、旅程も考え直さなくてはならなくなる。イーリスの不安な眼差しを受け止めたツェスは、息を詰めてジョアンの答えを待った。

「あぁ、いやいや、人が通れない程ではありません。ですが幌馬竜車は無理でして。今、我々の一部と後続の隊の者が道を空けようとしているところです」

 ジョアンの説明にイーリスはほっとした顔を見せる。

「道が開けば使いの者が知らせにくる事になっています。よろしければ、一休みしていかれませんか?」

 ジョアンが人懐こい笑みを浮かべ、天幕を指した。ツェスとイーリスは互いに顔を見合わせた後、有り難く招きに応じることにした。


◇◇◇


 天幕は快適だった。草地の上に赤い絨毯が丸く引かれ、その周りと真ん中に柱が立っている。互いの柱は梁となる横木で繋がれ、その上を厚手の布で覆っている。一張りで十人は楽に過ごせるだろう。

「おお、そういえば、お名前をお伺いしておりませんでしたな」

 ふかふかの赤絨毯に胡座をかいたジョアンが両手を広げた。少々オーバーアクション気味だが、別に悪い気がする訳ではない。むしろ逆だ。ジョアンはニコニコと終始笑みを湛えている。なにやら自分達が上等の賓客にでもなったかのようだ。この男からならいくらでも買いたくなる。ついそんな気にさせる不思議な雰囲気がある。

「俺はツェス、ツェス・インバース、こっちはイーリス」
「イーリス・スィよ」

 ツェスが胡座を掻く。イーリスは両手でワンピースの裾を押さえて脚を折り畳む。両の膝頭をピタリとつけてツェスの隣に座った。

「ツェス殿、イーリス殿、ようこそ、我らがキャラバンへ。歓迎しますぞ」

 ジョアンが破顔した。いつのまに指図したのだろうか、付き人らしき若い女性が、白い液体の入った銀杯を差し出した。

「これはワーレン産のチルです。滋養強壮によいとされています」

 ジョアンは、チルの事を癖のない薬草茶を山羊の乳で煮た特産品だと説明した後、手本を示すように杯を手に取り啜った。

 ツェスもジョアンのやった通りに杯を啜る。どろりとした粘っこい液体が喉を通る。一拍遅れてほのかな甘みと香りが口一杯に広がっていく。中々の味だ。ツェスは一気に飲み干すとイーリスをちらと見やった。イーリスは銀の杯を両手で抱え込むように持って、一口づつゆっくりと飲んでいる。まるで味見でもするかのような飲み方だったが、時折漏らす吐息と笑みがチルの美味しさを証明していた。

「このキャラバン隊は何処にいくんだ?」

 ツェスが何でもないことのように尋ねた。

「東のガラム王国です」

 ジョアンは笑みを絶やさない。

「俺達はガラム王国との国境付近を通ってきた。あの辺りにはそこそこ強いモンスターが出る。余計なお世話だろうが、それなりに備えをしておいた方がいい」

 ツェスはキャラバン隊に護衛の剣士や魔法使いが数人程度しか見当たらなかった事から、念のため忠告をした。

「それはそれは、御気遣い有り難う御座います。仰る通り、先にこちらに来た者達の護衛は数える程しかおりません。ですが、隊全体ではそれなりの数を揃えております。ここで後続を待っているのは、それもあるのです。ここは見晴らしもよいし、モンスターも出ませんからな」

 ジョアンは嫌な顔ひとつせずに答える。その鷹揚な態度に、時間を忘れてしまいそうな感覚に襲われた。

「ね、ツェス。この商人さん、精晶石持ってないかな? 少し分けてくれないかしら」

 イーリスがツェスに顔を近づけてそっと耳打ちする。

「精晶石を買うってのか、こんなところで」

 王都にいけばリーファ神殿がある。わざわざここで買わなくてもよいだろう。そう言おうとしたツェスをイーリスが遮る。

「ちょっと気になることがあるの」

 ツェスとイーリスのやりとりにジョアンが口を挟んだ。

「どうかされましたかな?」
「いや、すまない。彼女は精霊使いでね。昨日、訳あって、精晶石を少し使ったんだ。もし精晶石があれば、いくつか売って貰えないかと思ってね」
「おお、そうでしたか。我らのキャラバンに扱ってない品などありませんぞ。もちろん精晶石も取り扱っておりますし、丁度ガラムに運ぶ品がありますな」

 精霊使いが魔法を使うには、まず、契約を結んだ精霊を呼び出さなければならない。だが、契約を結んだ精霊の属性によって呼び出しやすい場所と呼び出しにくい場所がある。川や湖の近くでは水属性の精霊であれば、直ぐに呼び出しに応えてくれるが、炎属性の精霊となると殆ど反応がない。逆もまたしかりだ。

 イーリスは風の精霊使いだ。山中や森の中では、精霊を呼び出しやすいが、荒れ地では反応が鈍くなる。それでも風使いは呼び出せる場所が多い方だ。炎の精霊使いとなると、近くに火か、火に類するものがないと呼び出すことはできない。故に、炎の精霊使いの多くは懐に火打ち石を忍ばせている。

 そんな状況を打開すべく生み出されたのが精晶石だ。あらかじめ精霊を宝石の中に封じておくことで、即座に魔法発動を可能にする。いわばマジックアイテムの一種だ。今は、ガラム王国に服属しているが、北の辺境に位置する藩王国で発明されたとも言われている。

「あたし、風使いなの。風の精晶石ある? 無ければ琥珀でもいいわ」

 精晶石は石なら何でもよいという訳ではない。炎の精霊なら黒曜石、水の精霊なら翡翠と、精霊の属性によって封じるのに適した石がある。イーリスのような風使いは、琥珀を精宿石とし、精霊を宿して精晶石とする。

「勿論ですとも。風の精晶石でも琥珀でも何でもありますぞ。おいくつご入用ですかな」 

 ジョアンが笑って尋ねる。

「精晶石なら一つ。琥珀なら七つね」

 精晶石と精宿石では値段が大きく違う。勿論、精晶石は精霊を封じている分、もの凄く値が張る。精晶石なら金貨二枚、精宿石でも銀貨一枚が相場だったか。ツェスは記憶を頼りにそう見積もっていた。

 だが、そのツェスの見積もりはあっさりと裏切られた。

「では精晶石一つで金貨五枚。琥珀なら七個で金貨三枚ですな」
「ちょっとそれは高過ぎるんじゃないか。精晶石は金貨二枚、地方へ行っても金貨三枚が精々だろう」

 若い二人だからといって舐められたか。ツェスは少し顔を歪めた。

「いやいや、申し訳ない。半年前ならそれくらいでした。しかし、ここのところ精晶石が手に入りにくくなりましてな。価格が急騰しているのです」
「どういうことだ?」
「半年前から『精晶封綬の儀』は王都のリーファ大神殿でしか出来なくなりましてな。流通量がぐっと減っているのですよ」
「どうして? 大神官が常駐するリーファ神殿なら、どこでもやってたじゃない」

 そんなこと有り得ないという表情でイーリスが反論する。大陸には二十を超える大きな都市があるが、リーファ大神殿はただ一つ。中つ国たるフォートレート王国の王都フォートレーにしかない。

「詳しい事は分かりかねます。それはリーファ神殿でお尋ねになってください。我がキャラバンも精晶石を王都フォートからガラム王国に運ぶ所なのです」

 そんなことになっていたのか。それとも唯のハッタリか? イーリスは俯き加減になって何か考え込んでいる。どっちにしろ、ここでは買わない方が無難だ。そう告げようと顔を上げたその時。

 ――ドカーン!

 天幕が震えた。

「警戒!」

 誰かの叫び声が聞こえた。
 

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