妖印刻みし勇者よ、滅びゆく多元宇宙を救え (旧題:絶対無敵の聖剣使いが三千世界を救います)
ep1-004.半腕の剣鬼(4)
ツェスは剣を右手に持ったまま、ゆっくりと怪物に向かう。さっきまで白かった彼の肌の色が、日に焼けたかのような褐色に変わっていた。
剣を天に掲げ、左手を添える。カタカタと鳴っていたツェスの左籠手の震えがピタリとやんだ。
ツェスが両手に持った剣を上段に構えると、バチンと音を立てて籠手がひとりでに外れた。
――!?
その籠手の下には、あるはずの腕がなく、向こうの景色が透けて見えていた。いや、よく目を凝らすと僅かに腕の輪郭が見える。それは、半透明となったツェスの左腕だった。
剣を握る柄に力が籠もる。それに呼応するかのように剣の刀身が青白く輝き始めた。
「あれが本物の『半腕』。彼が手にしたものは、異形の魔物を狩る聖剣へと生まれ変わる。それが彼の持つスキル。半腕の剣鬼よ」
イーリスの呟きに、ギャラリーのあちこちからどよめきが起こる。誰もが今、目の前にしている光景に驚きを露わにした。
「イーリス!」
ツェスの合図にイーリスは、腰にぶら下げた皮袋から小さな石を取り出した。正八面体で透き通った薄橙色のそれは宝石のように見えた。イーリスは、煌めく石を左の手の平に乗せると右手の人差し指を唇に当てる。
「風の精霊テゥーリよ。我が名はイーリス。盟約に従い、大地母神リーファの加護を!」
イーリスの手の宝石から空気の渦が立ち上り、背に羽を持つ小さな妖精の姿を形作る。妖精は翼を羽ばたかせることなく飛び立つと、ツェスに寄り添った。
――ダッ。
ツェスの皮のブーツが力強く地を蹴った。一息で怪物の至近距離に迫る。相当な脚力だ。ツェスは怪物の左に回り込む。まだ頭は攻撃出来ない。あの声をまともに喰らったら、動けなくなってしまう。ツェスは前脚の一本めがけて上段に構えた剣を、振り下ろす。
――ブシュッ。
鈍い音を立てて、剣が魔物の脚に食い込んだ。偽物がいくら攻撃しても傷つけることが出来なかった硬い皮膚が、まるで粘土か何かのように易々と斬り裂かれる。
――ギャオォォォォオ。
怪物が天に向かって悲鳴を上げる。ツェスは続けざまに振り下ろした剣を逆袈裟に返した。青白く輝く刀身はまたもや怪物の皮膚を断ち、肉を抉る。第三撃、第四撃と剣戟を見舞う。そのたびに怪物は切り裂かれ、緑の体液を飛び散らせていく。
「おい、全部当たってるぞ」
ギャラリーの誰かが声を漏らした。
さっきまで偽の『半腕の剣鬼』が攻撃したときは三回に一回の割合でしか攻撃は当たらなかった。残り二回は幽霊でも相手にしているかのようにすり抜けた。だが、ツェスの剣はすべて怪物に命中している。
「お、、お……」
金ピカ鎧の顎傷と耳潰れはポカンとした表情で、様子を見つめている。何が起こっているのか全く理解出来ていないようだ。
ツェスは巧みに怪物の視覚に入りながら斬りつける。ツェスは倒れたままの『半腕の剣鬼』だと名乗った偽物にちらりと目線を配る。
「何をしてる! こいつを連れて下がれ!」
ツェスが振り返りもせず、金ピカ二人に命じる。だが顎傷と耳潰れは反応できずに固まったままだ。
「あんた達の連れを回収しろって言ってんのよ!」
イーリスの言葉にはっと我に返った顎傷と耳潰れは、ガシャガシャと鎧を鳴らして、偽物の『半腕の剣鬼』の所に走り寄り、二人の肩に担いで戻った。
「ツェス! いいわよ!」
イーリスの知らせを背に受けたツェスは攻撃に移る。先程よりも更にギアを一段上げた。腹に一撃を加えると、返す刀で脚を斬る。飛び散る緑の体液をものともせず、右に左に駆け回り次々と刃をたてる。その度にツェスの剣の輝きは一段と増し、一度の剣戟でより深く、より広くダメージを与えていった。
もうどれほど剣を振るったのだろうか。怪物の躯はズタズタとなっていた。六本の脚のうち三本は斬られて千切れ、腹には数え切れない程の刀傷がつけられている。
脚を失い、満足に動く事が出来なくなった怪物は、降参でもするかのように背を丸めた。針金の様な茶色の体毛が一斉に逆立った。
次の瞬間、体毛が一斉に天に向かって射出された。空の一角が茶色に染まった。一体どれほどの数なのか見当もつかない。
「イーリス!」
ツェスの叫びと同時にイーリスは、再び腰の宝石を取り出し、宙に放り投げる。数個の蜂蜜色の宝石が陽の光を反射してキラキラと輝いた。
「風の精霊テゥーリ、我が名はイーリス。盟約に従い、私達を護りなさい!」
宝石から妖精が一斉に飛び出した。妖精達は互いに手を取ると、大きな魔法陣が浮かび上がる。次いで、同じ魔法陣が闘いを見守る観衆とツェスの頭上にも現れた。
どどどどどどっ。
怪物が天に撃ち放った体毛が自由落下を始める。体毛が落下する範囲は広く、ツェスやギャラリーはおろか、村の半分近くを覆うと思われた。光沢を帯びた体毛はピンと伸びたまま揺らぎもしない。まるで金属の棒であるかのように真っ直ぐな形状を保っている。
観衆は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
イーリスが顕現させた風の妖精達が翼を震わせる。途端に空気が渦を巻き、魔物の体毛を包み込んだ。風の勢いに押され、体毛の一部はその落下軌道を変えたが、残りは村をめがけて落下する。
イーリスは更に薄柑子色の宝石を数個投じた。イーリスの呪文に風の妖精達が魔法陣を形成し、彼らが生み出す突風が砂塵を巻き上げる。その風は竜巻となって、村を襲う『死の槍』の矛先を逸らすことに成功する。
――ドス、ドス、ドス!
体毛が草地や田に突き刺さった。体毛の下半分が地面の下に埋まり、残りの上半分は天に屹立していた。太さは子供の腕程もある。毛というよりも金属製の槍と表現するのが適切だと思えた。これが村や観衆の頭上を襲っていたら、ただでは済まなかっただろう。
一同は無事を確認してほっと胸を撫で下ろした。
「止めだ!」
ツェスは素早く怪物の頭の下に潜り込む。狙いは喉元の下にある甲羅の隙間。斬られて動きが鈍くなった今しか狙うチャンスはない。そこが殆ど唯一の弱点だとツェスは知っていた。
「うぉりぁぁぁあ!」
気合いの籠もった一刀を天に突き上げる。切っ先が怪物にめり込み喉下を貫いた。顔面に降りかかる緑の体液をものともせず、ツェスはそのまま剣を振り切った。
ズシュという鈍い音が鳴った。肉が引き裂かれ、皮が破れる。首を半分斬られた怪物は、頭をブラブラとさせた後、ドスンと倒れて息絶えた。
ツェスは、その寸前に十歩ばかりステップバックして、下敷きになるのを避けると、その場に胡座を掻いて座り込んだ。
「ツェス!」
イーリスが駆け寄る。腰紐に挟んだ布切れを取り出して、ツェスの深緑に汚れた顔を拭いてやる。ツェスの半透明だった左腕は普通の腕となり、肌の色も褐色から白に戻っていた。青白く光っていた彼の剣の輝きは失せ、黒銀の刀身がその身を晒している。
「皆は大丈夫か、イーリス」
「大丈夫よ。棘も風の精霊達のお陰で……」
イーリスは一瞬ツェスから視線を逸らして空を見上げた。
「どうした?」
「ううん、何でもないわ」
イーリスがやさしく微笑んだ。その後ろで観衆からどよめきが起こった。
「おい、怪物が……」
「消えていくぞ」
「どういうことだ?」
観衆の目の前で、異形の怪物は崩壊してゆく。サラサラと砂がこぼれるように怪物の巨大な躯はその姿を失い灰になっていく。しばらくすると、その灰も空気に溶けるかのように消えていった。
ツェスとイーリスの元に村長が息急き切ってやってきた。
「い、一体、これは?」
「災難だったな。でも、もう大丈夫だ」
ツェスは心底ほっとした様子で村長を見上げる。
「では、あれが?」
「そう。あれが二年前、東の小さな村を壊滅させた怪物の仲間だ。俺達は『異形の魔物』と呼んでいる」
「村をお救いくださって、本当にありがとうございます。貴方様が本物の『半腕の剣鬼』様だったのですね。なんとお礼してよいやら。あ、あぁ、そこの偽物に提示した報酬は貴方様に……」
村長は、偽物三人組に侮蔑の視線を投げつける。
「いや」
ツェスの答えに村長はびくりとした。五倍、十倍の報酬を要求されるとでも思ったのか、びくついた様子でツェスに尋ねた。
「で、ではいかほどで……」
「……そうだな」
イーリスの手を借りて立ち上がったツェスは剣を鞘に納めてから、村長に黒い瞳を見せた。
「水をもう一杯くれないか。暑くて敵わん」
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