蛆神様

ノベルバユーザー79369

第73話《隠神様》-08-



アタシの名前は椎名ユヅキ。
美人でスタイルのいい都会からの転校生が、ひょっとしてワケありの人ではないかと疑うようになった高校一年生だ。
そもそもの話。
どうして。
ハツナはこんな田舎に越してきたのか。
しかも一人で。
先生の説明では、両親が海外赴任の都合だからといっていた。
最初、アタシは何の疑問も持たず「へぇ、そんなことあるんや」と、なんも疑問感じずに聞き流していた。あの時までは。
アタシは思う。
ちがう。
今だからこそなおさら。
絶対。
そんな都合のいい理由なんかではない。
そう思う。
女子トイレの騒動の一件以来。
アタシはハツナについて考えた。
ハツナの切れた手の傷。
傷口から噴き出た大量の生き物たち。
蛆。
朝、たまに近所でスズメやネズミの死骸とかに湧いて出てくるハエの幼虫のことだ。
グロめのサスペンス映画とかで、死体の腐敗度合いを演出するために蛆が涌いているシーンとかあったりするのを見かけたことがあるけど。
生きている人間の中から蛆が出てくるなんて。
ふつう。
あるのか?


「小島、ここ読んでくれ」


「はい」


ハツナが席から立ち上がり、古文の教科書を音読している。
隣の席に座るチヒロが、一切顔を上げずに、教科書に落書きをしている様子だった。
小島ハツナ。
手から蛆が湧く謎の転校生。
どうして手から蛆が湧くのか。
なにかの病気?
それとも体質?
都会なら、スマホですぐに検索かけて病気なり体質なり調べることできるやろうけど、残念なことにうちの高校はアンテナ一本も立たない山奥の圏外。
しかもスマホなんて高級な道具持っているのは、チヒロみたいにお金持ちの家ぐらいしかない。
ネットを使うには、アタシの場合、家に帰ってデスクトップのパソコンを使うしか手段はなかったりする。
気になる。
気になって授業に集中できない。
直接、本人に事情を訊きたいけど。
それは無理だ。
人のプライバシーにずけずけ入るようなこんな質問、たとえ友達だったとしても訊けない。
もし。
ハツナが治療不可能な不治の病にかかっていて。
余命を静かに過ごすために転校してきたとかいう理由だったら。
どうしようか。
アタシがハツナなら、隠しておきたい。
同情されるのも嫌だし、そういう「ああ、こいついつか死ぬ病人だ」ってクラスメイトから思われるのも精神的に辛い。
本人が話したいと思わない限り。
知らない方がいい。と、アタシだったらそう考える。
だけど。
気になってしょうがない。
あれがなんだったのかわかるまで、気になって頭から離れない。
気になることはもうひとつ。
ハツナが刑部の家に居候していることだ。
刑部の家は、隠神村の中でも不思議な家系の家だとおばあちゃんから教えてもらったことがある。
お葬式からの四十九日、あるいは、毎年のお盆の時期など。
刑部家の人がお坊さんと一緒に村の各家へ訪ねる謎の習慣があることをアタシは知っている。
うちにも何度か刑部の人が来たことがあるが、たいていその時は、おばあちゃんが刑部の人たちと一対一で会話して終わることが多かったりする。
なんの話をしているのかはおばあちゃんから教えてもらったことは一度もない。
謎の刑部の一族。
その謎の一族にハツナは居候している。
どうしてなのか。
アタシにはさっぱり見当もつかない。


「椎名」


後ろの席から、ひそひそ声で呼ばれた。
振り返ろうとすると、机の上にぽんと丸めた紙が投げ込まれたことに気づいた。
なんやろ。
広げて書かれている文字を読んだ。


————
小島ハツナのことで真剣に相談したいことがある。放課後の四時に下駄箱で付き合ってくれる?


チヒロ
————


アタシは目をむき、周りに気づかれない程度の動きでチヒロに視線を向けた。
チヒロがアタシの視線に気づくと、こっち見るなと目で合図をしてきた。
あのチヒロがアタシを誘ってくるなんて。
嬉しい反面。
ハツナのことを思うと、怖い気持ちが同時に沸き起こった。


「あいつ、人間ちゃうと思うねん」


放課後。
夕焼けの日差しが入ってくる下駄箱で、チヒロは身も蓋もないことをアタシと取り巻きたちに言い放った。


「手の中から蛆出るとか、どう考えたってバケモンやん」


「ち、チヒロちゃん。バケモノなんてそんな」


ひょっとしたら、そういう病気なのかもしれない。
いきなり化け物扱いをするのはどうだろうか。
そうアタシがユヅキを宥めるようにいうと、ユヅキがアタシを睨んできた。


「あんたは個室におったから知らんやろうけど、あいつ頭おかしいで? 絶対普通ちゃうわ!」


ヒステリックにユヅキは怒鳴る。
目や雰囲気から、ユヅキがひどく怯えている様子が伝わった。


「追い出さなあかん。あんな化け物おったら、絶対あかん」


「追い出すってどうやって?」


「《隠神様》や」


え。
一瞬、チヒロが何をいってるのか、理解できなかった。
隠神様って。
うちの村の伝説になっている。
あの隠神様?


「アホ。ちゃうわ。迷信の方ちゃう。イヌガミサマソウのことや」


「イヌガミサマソウ?」


チヒロが「せや」といって頷いた。


「正式名称は知らんけど、うちのおじいさまが教えてくれた『毒草』のことや。飲めば体が痺れて体がぶるぶる麻痺するそうや」


「え、まさか、それを小島さんに?」


「勘違いせんといて。別に殺したいわけちゃう。ただ、うちの村やと治すことは絶対できへんから、飲んでもらってしばらく都会の病院に入院してもらおう思ってるだけや」


チヒロは悪びれもなくしれっと恐ろしいことを吐いた。
一歩間違えれば死んでしまうような毒草をハツナに食べさせようとするなんて。
正気の沙汰じゃない。


「ユヅキ。これは小島さんのためでもあるんや」


「え?」


「事情はわからへんけど、小島さんかって、別に好きでこんな田舎に引っ越ししたくてしたんとちゃうと思うねん。大人の都合で勝手に来させられたと思うねん」


取り巻きたちが、「せやな」「そやそや」と、チヒロの力説に相槌を打った。


「小島さんが合法的に都会に戻るには、ここの水が合わんってことを証明せなあかんと思うねん。それが【隠神様】やとウチは思う」


「け、けど」


「ユヅキにもお願いしたい! 小島さんが頭からおかしいのも、多分、この土地の水と空気が合わんからやと思う。小島さんを助けるためと思って、協力してくれへん?」


「でも」


アタシが返事しかねていると。
ぞくっと、背筋が凍った。
下駄箱から離れた廊下の柱。
隠れてこちらを見ている人がいる。
あれは。
ハツナだ。
ハツナが目を開いて、アタシらじっと観察している。


「ええか。絶対に秘密やからな」


今の会話のやりとり。
ハツナはきっと聞いたはずだ。
仲がそれほどよくないとはいえ。
クラスメイトから毒を盛られるという情報を聞いて、何もしないわけがない。
きっと。
トイレでチヒロを恫喝していたみたいに。
共犯者のアタシも含めて、彼女はお礼参りをするに決まっている。
想像するだけで、お尻の穴がきゅっと引き締まっていく感じがした。


「ええな。ユヅキ。あのバケモノを殺すためには《隠神様》のチカラが必要や。できるよな?」


「う、うん」


あたしは返事をした。
返事をさせられたというべきか。
とにかく、気づいたら「うん」と頷いてしまっていた。


「やば。イイダが来た! 行くで!」


チヒロたちが担任のイイダの姿を見つけるなり、すぐにその場から走って逃げた。
アタシは複雑な気持ちを抱えたまま、チヒロたちの後を追いかけていった。


続く

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