蛆神様

ノベルバユーザー79369

第68話《隠神様》-03-



アタシの名前は椎名ミヅキ。
S地方隠神村という山と川しかないスーパーど田舎に住んでいるごく普通な高校一年生だ。
通学時間は片道三時間。
山越えをして辿り着くのは、隣村で唯一ある村立高校だ。
本屋がない。
カラオケもない。
映画館もなければ、ショッピングができる店もない。
あるとすれば。
村役場と郵便局、それと山。
のどかでいい場所だって、観光客が賛辞することがあるけど。
アタシからすれば。
何もない退屈なところだとしか感じられない。
そんな退屈な田舎の学校に。
今日。
転校生がやってきた。


「小島ハツナです。よろしくお願いします」


黒板に名前を書いた転校生、小島ハツナがアタシたちに挨拶した。
背の高い、すらっとした体つきのキレイな女の子だ。
なんでも両親の仕事が一年間の海外勤務に決まったらしく、一年間限定で転校してきたそうだ。
今は母方の祖父母が住んでいる刑部さんの家にお世話になっていると先生が説明してくれた。


「おお、転校生だ」


「すんげぇ、可愛い」


転校生を前にクラスメイトたちのテンションが上がっている。
わぁ、都会の女の子だ。
田舎のもっさいイモのような女にはないアカ抜けた雰囲気というか、すごいキラキラしていて、なんだか圧倒されてしまう。
そうアタシは思った。


「おい、椎名。そこ空いてるよな?」


先生がアタシを指差して訊ねてきた。
うわ!
アタシの近くに座るん?
マジで?
やば。
どないしよ。
都会のキレイな転校生が近くに座るなんて。
何話そう。
仲良くできるかな。


「先生! ウチの隣空いてますよ?」


アタシの斜め前に座る女子、若菜チヒロが手を上げていった。
チヒロがちらっとこっちを見る。
いいよな。
そう目で合図してくる。


「そうか。じゃ、若菜のところで」


ハツナがチヒロの隣の席に座った。


「よろしく! あたし若菜チヒロ!」


「あ、よろしく」


チヒロはハツナの席に自分の席をくっつけて「教科書見せたげるね!」と積極的にハツナと絡んでいた。
アタシはその様子を後ろから眺める。
ああ。
だよね。
こうなるよね。
ちょっと期待したけど、結局こうなるよね。


「小島さん! お昼一緒食べへん?」

昼休み。
ハツナの席の周りにチヒロと、その腰巾着の女子たちがぞろぞろ群がっていた。
なんか、今日は教室で食べると辛くなるだけだから、外で食べようかな。
そう考えたアタシは、弁当箱と水筒を抱えて席を立った。


「椎名さん」


ハツナが声をかけた。
一瞬、アタシのことだと気づかず、反応できなかった。


「お昼みんなで食べるんだけど、一緒に来ない?」


アタシはそれを言われて固まった。


「え、アタシ?」


ふわっと気持ちが浮き足立つ。
やった!
思わずガッツポーズ取りたくなった。
が。
白い目でアタシを見つめるチヒロや女子たちの視線にすぐに気づき、すぐに冷静になった。


「あ、アタシはええよ。約束があるから」


「そうなの?」


つぶらで大きなハツナの眼が、アタシをじっと見つめてくる。
できるなら。
一緒にお弁当を食べたい。
ハツナ自身のことも聞きたいのはもちろん、都会で何が流行っているのかとか、彼氏がいるのかとかとか、おしゃべりしたいことは山積みだ。
だけど。
アタシにはできない。
きっとチヒロが許してくれないと思う。


「どうせ約束なんてないんやろ。来れば?」


不機嫌な表情でチヒロはいった。
え、ええの?
アタシ行ってええの?


「じゃ、行こっか。椎名さん」


ハツナがアタシにそういった。
嬉しさ半分、辛さ半分。
ハツナと一緒の空間にはいられるけど、それと同時にアタシの発言権はなくなったことが決定した。


「へぇ! サッカーしてたんや」


中庭。
二つあるベンチにハツナとチヒロ。それにチヒロの取り巻き三人が座ってお弁当を食べている。
アタシは中庭の池の石垣に腰掛け、みなから離れたとこらでお弁当を食べていた。


「すごいなぁ! サッカーって男がやるスポーツ思ってたけど、都会やと女の子みんなやってるん?」


「いや、そんなことないよ? てか、こっちにも女子サッカー部とかないの?」


「ないない! 部活なんてみんなやらへんよ! やってたら家帰れなくなるから!」


きゃはははは!
チヒロが大爆笑した。
腰巾着たちもチヒロに合わせるように、手を叩いて笑っている。
ハツナは笑いどころがわからないといった様子で、苦笑いをして戸惑っている様子だった。


「若菜さんって、椎名さんと結構付き合い長いの?」


ビクッと肩が跳ね上がった。
箸を咥えたまま、おそるおそるチヒロの顔をアタシは覗いた。
さっきまでの笑顔が消え、露骨に冷めた表情となる。


「まぁ、せやな」


「幼馴染とか?」


「そうかもね」


つっけんどんな態度のチヒロに、ハツナがアタシや腰巾着の女子たちの顔を見て確かめる。
心臓の音がばくばくと聞こえる。
食べていたご飯の味が、一気に不味く感じるようになった。


「ああ、そういうことね」


ハツナがつぶやいた。
転校初日からクラスの人間関係がどうなってるかなんてわからないし、ましてやアタシがチヒロからイジメられてるなんてもっと知らないことなのはわかる。
わかるけど。
少しは空気察してほしいと思った。
あきらかに、アタシに対する扱いが全然違う。
ハツナって都会出身だからそういう機微には鋭いのかなって思ったけど、案外抜けてるのやろうか。
にしても。
この気まずさ、どうするつもりなんやろうか。ハツナは。


「イジメてるんだね。椎名さんを」


全身の鳥肌が立った。
めちゃくちゃストレートな発言。
チヒロは口元をひくつかせ、「こいつ」と一言小さな声で悪態を吐くと、すぐに笑顔を作った。


「誤解やって! そんなことないで? ウチと椎名はめっちゃくちゃ仲良いで!」


「ふーん」


ハツナはつぶやくようにいった。


「くくくく」


急にハツナが噴き出した。


「え、何がおもろいん?」


「ウケる! めちゃくちゃマジになってるじゃん!」


足をバタバタさせてハツナが爆笑する。
笑っているハツナを横に、チヒロも合わせて笑った。


「なーんや! 冗談か」


「当たり前じゃん! そんな面と向かっていうなんて頭おかしい奴だよ!」


「そやそや! たしかに!」


ハツナとチヒロの笑い声が中庭に響いた。
こんなに生きてる心地のしないお昼を今までアタシは食べたことがない。
翌日。
チヒロはハツナをお弁当に誘わなくなった。


続く

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