蛆神様

ノベルバユーザー79369

第58話《鯉ダンス》-四-



あたしの名前は小島ハツナ。
親友のトモミにコイ人の暴走を止めさせるよう説得を試みるも、どういうわけか普段交流のない他クラスの人たちと一緒にカラオケボックスで音痴な歌を聞かされることになった高校一年生だ。


「いぇーい!」


腰パンのウェーイ系男子がマイク片手に謎の踊りを披露。
ソファーに座るトモミと他クラスの女子たちは、マラカスやタンバリンを振って爆笑している。
なんだこれ。
どうしてあたしこんなところにいるんだ。
っていうか、誰だよお前ら。
そういいたくなる。


「次! ハツナ! ハツナが歌って!」


ウェーイ系男子があたしにマイクを無理やり渡してくる。
うわぁ。
名前で呼ばれているよあたし。
知らない男子に。


「じゃー、ハツナ! これ歌ってこれ!」


トモミはリモコンで勝手に選曲し、モニターにデータを送信した。


「は? え? 何々?」


テレビモニターに曲名が表示される。
V系の有名曲。
これ。
あたし歌えるぞ。


「トモミ。音程下げてもらえる?」


「オーケー!」


五分後。
室内のみんなから拍手が送られた。

「うめー! ハツナうめー!」


ふふふふ。
伊達にヒトカラで練習した曲じゃないよ。
ん?
そういえば。
なんかあたし忘れてるような。





あたしのスマホに着信が入った。
マチコからだ。


「状況は?」


低い口調でマチコは訊いてきた。
あ。
やば。
そうだった。
電話越しからマチコのため息が聞こえた。


「どこにいるの?」


「カラオケボックスです」


あたしは一旦部屋から出た。
マチコは怒りをあらわにせず、「わかった」と静かにいった。


「トモミは大勢の中にいるのね?」


「そうです」


提案したのはトモミだ。
どういうわけか、普段仲良くしていない人たちを誘ってカラオケに行こうとトモミがいいだした。
大勢で遊ぶことをトモミは苦手としている。
いつものトモミなら、絶対にやりたがらないことだ。


「ハツナ。よく聞いて。トモミは、あえて人の目が多いところに身を置いているの」


そうすれば自分が攻撃される心配はない。
そうマチコはいった。
コイ人は殺しても誰かの体を乗っ取って復活する不死身のバケモノだ。
だが、弱点はある。
トモミだ。
操作者のトモミを手中に収めれば、コイ人の襲撃を止めることができる。
逆にいえば。
トモミを止めない限り、コイ人がマチコたちを襲撃する行為は永遠に終わらないということになる。


「トモミを止めるためには、まず『二人きり』になりなさい。それが絶対条件よ」


「二人きりって、どうやって?」


「親友だったら素直にいうのが一番よ」


マチコの電話が切れた。
トモミと二人きりになる。
たしかにそうだ。
まずはその状況を作らないと。
あたしはトイレで用を足してから、深呼吸をし、部屋の扉を開けた。


「棒クッキーゲェエエエム! いぇー!」


トモミと他クラスの女子が棒状クッキーを咥えあってリスのようにがりがり齧りあっている。
あたしはドアを閉めた。
いつの間にか。
ハードルが高くなっている。
この盛り上がった空気でトモミを連れ出すことはなかなか難しいワザだ。


「トモミ。あのさ、いい?」


「あ! ハツナ抜け駆けずりぃ!」


「盛り上がってるのに出て行くの禁止だよー」


ブーイングが一斉に巻き起こる。
うるさい。
今そのノリで来たってシカトしてやる。


「えー? なにぃ? 話したいことあるなら今ここで話してよー」


トモミがテーブルを叩いた。
にかっと白い歯を見せる。
なるほど。
あくまでも二人きりにならないつもりか。
なら、あたしもあたしで考えがある。


「あるよー! じゃじゃーん!」


さっきトイレに行っている最中に、他所の部屋にあったモノ。
ベロベロに酔った大学生グループらしき団体の部屋の中に、溢れんばかりにそれが並べられていた。
トモミはそれを見て、一瞬笑顔が引きつった。


「これ飲まないとやってられないっしょー!」


缶ビール。
五〇ミリリットルのロング缶をあたしは二本くすねてきた。


「おお! さすが! すげー! ハツナ!」


ウェーイ系男子がここぞとばかり喜んでいる。
あたしは缶ビールのプルタブ二つを開けた。


「トモミ! 勝負よ! 一気飲み勝負!」


「お……おお! やってやるわよ!」


トモミは周りをチラッと見る。
一瞬、躊躇した後、ロング缶を手に持って掲げた。


「よーいスタート!」


ビールの一気飲み。
未成年の飲酒は犯罪行為だし、急性アルコール中毒になる危険もあるから、やってはいけないことは十分わかっている。
ごめん、トモミ。
あたしが飲んでいるのはノンアルコールビール。
いくら飲んでも酔わない飲み物なのこれ。


「ぐぇ」


トモミがテーブルに突っ伏した。


「大丈夫?! トモミ!」


「おい、しっかり!」


あたしはトモミの肩を抱いた。


「トイレ行って吐かせるわ」


そのままあたしはトモミをトイレに連れ出した。
よし。
まずは二人きりになることができたぞ。
それにしても。
マチコのいう通りだ。
親友だったら素直にいうのが一番。
まったくそうだね。
あたしは心の中で納得した。



続く

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