蛆神様

ノベルバユーザー79369

第55話《鯉ダンス》-壱-



私の名前は刑部マチコ。
喫茶店で鯉頭の大男に襲われている二六歳の探偵だ。
これまでの経緯は。


【1】小島ハツナと名乗る老婆から『自分を調べてほしい』という依頼の電話を受ける。


【2】老婆の正体が121回以上も同じ時間軸をループしている人間だとわかり、ループしている原因が【蛆神様】と呼ばれる怪異が関係していたことがわかった。


【3】121回目の小島ハツナから、122回目の自分を守ってほしいという遺言を受け、真実を122回目の小島ハツナに私から話した。


【4】小島ハツナの母親と会って話していた喫茶店で、鯉頭の巨漢『コイ人』に襲われる。


っという流れだ。
あらためて整理して思ったこと。
意味がまったくわからん。
なぜこうなった。
と、私は冷静かつ客観的に感じた。


「ぐるぅあああ!」


コイ人が中華包丁を垂直に振りかざし、私の脳天目掛けて振り落とした。
中華包丁は床に突き刺さる。
私は気絶したハツナの母親を抱え、出口から脱出しようとする。


「お客様……お会計が済んでませんよ」


店員が背後から声をかけた。
私は店内を見渡す。
店内にいる人間全員が、こちらに顔を向けている。
全員、両眼がぎょろぎょろ動いている。
これがそうか。
121回目の小島ハツナのノートに書かれていた『何者かに操られた時の眼』になっている。
敵は。
すでに私たちの周りを取り囲んでいた。
そういうことだ。


「があっ!」


床に刺さった中華包丁を引き抜いたコイ人が、再度私の頭目掛けて襲ってきた。
私はポケットから引き抜いたスプレー吹きかけた。
対暴漢用トウガラシスプレー。
コイ人の濁った黒目に思いっきりぶっかけてやった。
コイ人が顔を抑えて絶叫する。


「領収書切ってくれる?」


近くにいた店員に私は一万円札を手渡した。


「宛名はどうなさいますか?」


店員はレジカウンターに移動し、カウンター内にあるボールペンを片手に持った。


「刑部探偵事務所で。刑部のぎょうは刑事の刑で。釣り銭と領収書は後で取りにいくわ」


「かしこまりました」


私はハツナの母親を担ぎ、喫茶店を脱出する。
まったく。
困ったことになった。
私は助手席にハツナの母親を乗せ、キーを回す。
小島ハツナは、何らかの理由で高校一年生を121回も繰り返している。
121回。
繰り返される時間。
いわゆるタイムループ。
どうして、そんなSFでメルヘンファンタジーなことに彼女が巻き込まれたのか。
原因は【蛆神様】だ。
おそらく。
誰かがハツナの時間が繰り返すように、《お願い》をした。
その誰かはハツナは知らない。
121回繰り返して。
ハツナはその【誰か】を探している。
そうハツナのノートに書かれていた。
121回の記録。
これから起こること。
誰がどういった形でハツナを襲うのか。
そして。
ハツナの身体に何が起こったのか。
すべてわかった。
私はただその記録ノートを読み、122回目のハツナに忠告しただけだ。
問題はここから。
ここからが重要だ。
その121回繰り返される時間で。
ハツナが私に会ったことはない。
高校一年生のハツナに私が会ったのは、122回目が初めてだ。
つまり。
ハツナの記録ノートには、これから私の身に何が起こるかは書かれていない。


「う…ん」


車を走らせて三〇分。
助手席のハツナの母親が目を覚ました。


「ここは?」


「私の車です」


赤信号になり、私はブレーキを踏む。
ハツナの母親は額を抑え、呻き声を漏らした。


「どうして車に?」


「すみません。説明はあとでします」


ナビの画面から電話モードに切り替え、ハツナのスマホに電話した。


「も、もしもし?」


「ハツナ。私よ」


「マチコさん? あの、今、あたし授業中なんですけど……」


「いいから聞いて。今、あなたの近くに『大原トモミ』はいる?」


「トモミですか?」


ハツナが「トモミがどうしたんですか?」と訊いてきた。


「さっき。私たちは『コイ人』に襲われたわ」


「え? 私たち?」


「ハツナ……なの?」


「お母さん!?」


ハツナの声が裏返った。


「マチコさん! どうしてお母さんが?!」


「落ち着きなさい。こっちは大丈夫だなら。でも、いい? もう一度いうわ。『大原トモミ』に『コイ人』を止めるようにいうの。頼んだわよ」


私は電話を切った。
まずいな。
これは想像した以上にまずいことになった。
車が発進できない。


「あ、ああ」


ハツナの母親が顔を真っ青にして怯えている。
ルームミラーに男が映っていた。
瞳のない黒い目が、ぱくぱくと口を上下に動かしてこちらを見つめている。
鯉の頭。
コイ人が、私の車の後輪部分を持ち上げようとしていた。


「あ、足が速いのね。あの人」


震えた声でハツナの母親はいった。
そこじゃねーだろ。
驚くところは。
そう私は心の中でつっこんだ。


続く

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