蛆神様

ノベルバユーザー79369

第46話《呪い》-其ノ弐-



あたしの名前は小島ハツナ。
息を飲むような褐色肌美人と目前で電話している高校一年生だ。


「ハツナ? 知り合い?」


その場で立ち尽くすあたしに、ミクが心配の眼差しを向けた。


「ミク。ごめん。先帰ってもらっていい?」


「え。カラオケは?」


「ごめん。また今度埋め合わせするから」


あたしは通話を切り、唾を飲み込んだ。
張り詰めた空気。
ミクはそんなあたしの様子に気づいたみたいで、「わかった」と一言いってくれた。


「なんかあったら連絡してね」


「うん。ありがとう」


ミクはその場から去った。
あたしは女性が立つ車まで歩いて行った。


「小島ハツナ……よね?」


二〇代後半。いや、三〇代か。
見た目だけじゃわらない、年齢不詳な雰囲気を感じさせられる。
身長はあたしと同じか少し高いぐらいか。
パンツスタイルの黒いスーツに、長く下ろした黒髪。腰の位置が高く、手足も長い。完全なモデル体型だ。
近くで見ると、かなりの美人だということがわかる。
彫りが深い顔。鼻が高くて、長くカールした睫毛に凛として大きな双眸。小顔でありながらパーツのそれぞれは均整が取れていて、同じ女として、いや、人間として別次元にいるような美しさに、正直、あたしは圧倒された。

刑部ぎょうぶマチコよ」


マチコと名乗ったその女性は、くびれた腰に手を当て、口をへの字に曲げた。


「三日も待ちぼうけを食らうとは思わなかったわ」


マチコはあたしに言い放った。
あたしはマチコと目が合わせることができず、自然と視線が地面に落ちる。
しばらく、あたしとマチコは黙って対峙した。
すると。
おもむろにマチコが車の助手席側のドアを開けた。


「乗って」


「え、でも」


「【蛆神様】について知りたいことがあるんでしょ?」


躊躇し、あたしは二の足を踏んだ。
けど。
マチコから【蛆神様】のことを出されて、気持ちが揺れた。


「いやならいいわ。別に私、忙しいし」


マチコは冷たく突き放した。
あたしは車に乗った。


刑部ぎょうぶさん……でいいですか?」


「マチコでいいわ」


こちらに振り向かず、マチコはルームミラーをいじりながらいった。


「あの、あたし」


「何から聞きたいかわからないって?」


ルームミラー越しに、マチコはあたしを見据える。


「あなたにとって一番質問したいことは、なぜ私が【蛆神様】を知っているのか。でしょ?」


そう。
たしかにそれだ。
ずっと疑問に感じていた。
どういうわけか、この人は【蛆神様】を知っている。
あたし以外のみんなが忘れているのに、この人だけは当然のように覚えている。
しかも。
あたしが【蛆神様】にお願いしたことも知っていた。
どうして。
この人が知っているのか。


「それを答える前に、あなたに一つ『試したいこと』がある」


試したいこと?
なにそれ。
あたしが訊き返そうとした瞬間。


がこっ。


助手席側のドアロックがかかった。


「え?」


驚いたあたしが振り向いた瞬間。
マチコの手が、あたしの首根っこ掴んだ。
は?
え?
なに?
いきなり理由もいわず、マチコはあたしの体をシートに押し付ける。
マチコの余った手の中に、きらりと何かが光った。
ナイフだ。
百均で売ってるような果物ナイフを握っている。
冷たい汗が背中から一気に噴き出た。
殺される。
あたしはマチコから逃れようと必死に抵抗した。
が。
マチコの腕力はめちゃくちゃ強く、首根っこを掴む手を引き離そうと、あたしは両手でマチコの手を掴んだが、まるでビクともしなかった。


「叫ぶんじゃないわよ」


慣れた手つきでマチコは果物ナイフを逆手に持ち替える。
まさか。
うそでしょ。


「たすけ……」


あたしは助けを呼ぼうとした。
しかし。
喉を押し潰されていたおかげで、叫ぶことができない。

めりめり。


果物ナイフが胸に刺さる。
胸骨を切り、おっぱいの肉に刃物がすぶずぶ埋まっていく。
死んだ。
あたし死んだ。
そう思った。


「……やっぱりね」


ふんっとマチコは鼻を鳴らした。
あれ?
痛くない。
刺されたのに全然痛くない。
あたしは薄っすらと目を開け、果物ナイフが刺さった自分の胸元に視線を向けた。
うねうぬと、なにかが蠢いている。
白くて小さな物体。
それがたくさん、あたしの胸元に刺さったナイフ周りに集結している。
悲鳴を上げそうになった。
蛆だ。
あたしの胸の上に、大量の蛆が湧いている。


「予想以上の『再生力』ね」


胸に刺さした果物ナイフを、躊躇なくマチコは一気に引き抜いた。
刺された傷口から血は出なかった。
それどころか。
刃物でえぐられた傷に、蛆たちが次々と集まり、白い蛆たちの色があたしの肌の色に同化していく。
やがて蛆たちはあたしの皮膚と融合するように一体化し、最終的には完全に傷を塞いでしまった。
傷があった場所をあたしは触ってみた。
いつもの肌だ。
とくに変わった感じがしない、いつも通りの自分の肌になっている。


「若いっていいわね。肌のハリが全然違うし、すぐ元どおりになるしね」


マチコはナイフの血をハンカチで拭き取った。
あれは、夢じゃなかった。
餓えたどぶネズミの群れ。
水風船のように身体が膨張した先生や生徒たち。
ニシ先輩があたしを殺そうとしたこと。
そして。
蛆神様があたしを守ったこと。
みんな、本当にあった出来事だった。
信じたくないけど、それが事実だ。


「マチコさん」


あたしはマチコに振り向いた。
ショックだ。
かなりショックなことだと思う。
聞きたいことは山積みで、何から聞けばいいか収集がついていない。
ただ。
ひとつだけ。
先にマチコにいいたいことはある。
重要なことだ。


「今度から、刺す前にひとこといってください」


制服に穴開けられるの困るので。
弁償してください。
そうあたしはマチコにいった。
マチコは返事をせず、車のキーを回した。


続く

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