俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

おかしいのは?

 未だに付き纏う微睡みを、頭を数回振り霧散させる。粘っこく、中々消えてくれないこの眠気は一体何なのだと、悪態をつきたい気持ちを抑えて、階段を落ちないように恐る恐る下る。
 この階段から豪快に転落した情景が未だ鮮明に網膜に張り付き、それが足を竦ませる。

「くそ」

 何故俺が自宅の階段如きにビビらなければいけないんだ。忌々しい。

 普段の5倍程の時間と労力を掛け、何とか階下に辿り着く。眠気と恐怖のコラボレーションに苛立ちを覚える。階下に降り立った瞬間に、安堵に似た感情を抱いてしまった事実もそれに拍車をかける。まるで、無事階段を踏破出来て安心しているようではないか。3歳児じゃあるまいし、嘆かわしい。

「……ん?」

 それに、たった今気がついたが、異常に寒い。吐く息が白い。部屋は暖房が効いていたのか全く気にはならなかった。冬は既に乗り越え、春先に差し掛かった頃のはずだが……花冷えか?何か違和感が……。

「あ!ジンちゃん起きたの?お粥出来てるから一緒に食べようね」

「……あ?」

 そんな折、気の抜けた声が鼓膜を揺らす。聞き覚えがある。あるのだが、妙に久しぶりな気がして、僅かながらの動揺が頭をよぎる。身体の違和感と言い、寒さと言い、階段を落ちてからどれ程眠っていたというんだ?この胸騒ぎは一体何だ。

「ジンちゃん?」

 返事をしない俺を不信に感じたのか、母親が顔を覗き込んでくる。
 チッ。眠気と恐怖の苛立ちと併せて、何とも気分が悪い。

「……気楽に話しかけんなっつってるだろ。いいから早く粥を用意してくれ」

 何年前から言い続けてると思ってるんだ。やっと最近話し掛ける機会がめっきり減ったかと思えば直ぐにこの有様だ。何処まで俺に執着するつもりだ。俺に構うな。誰も、俺に。
 
「……あ。……え?」

 そんな当人はと言うと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で意味の持たない文字を口にする。なんだその反応は。

「……何なんだよ」

 そう吐き捨てて、固まる母親の横を通り過ぎてリビングへ入る。呆けるのはお前の勝手だが、粥は早く持ってきて欲しいもんだ。腹が減って仕方がないんでな。
 階段から落下した後どうなったかなんて聞かん。そのうち誰かしら話題出すだろうし、よしんば出さなかったとしても怪我もないようだし別にどうでもいいしな。

 そんな思考を浮かべながら、リビング内へと意識を向け直す。

 ……ん?
 所々家具の配置が変わってるような気がする。俺の部屋もそうだが、俺が寝込んでいる間に模様替えとは随分図太い精神をしているものだ。……まぁ嫌われ者、邪魔者の俺の扱いなんてそんなものか。

「あ、えと、ジンちゃん……だよね?」

 俺より少し遅れて母親がリビングに入って来る。そして遠慮がちに、おずおずとそう尋ねてきた。……何故、尚も関わってくるのだろう。以前は1度突き返したら暫くは近寄る事もなかったというのに。
 それに、なんだその問いは。相変わらずの気色悪い呼び方はさて置き、俺が俺であるか、だと?

「ふざけてる?」

「え!いやそうじゃなくて、いつもと感じが違うな、なんて……」

「俺は何ひとつ変わってない。分かったら早く粥をくれ」

「う、うん。ごめんね急いで用意する」

 慌しく母親が台所へ足を向ける。何故か表情からは、堪らない困惑の色が見て取れる。
 はぁ。これ程会話を交わしたのはいつぶりだろうか。普段ならば会話に付き合わなくても一向に構わないのだが、生憎今は腹が減っている。コミュニケーションを拒否するのは得策ではない。

 腹が膨れれば、無視を決め込んでも問題ないだろう。

「……ッ」

 ……なんだ?
 一瞬胸の辺りに痛みが走った。鋭く、感電のような苦痛に俺は戸惑いを覚える。

 目が覚めてから何かがおかしい。決定的に、たしに、本能が警鐘を鳴らしている。現状を放置してはならないと、本能が訴えているのだ。

 やむを得ないか。
 あまり気が進まないが、ここは母親に聞くのが1番確実で効率的だろう。

 俺の頼みを流れのまま了承した母親は、粥の支度を開始したようでコンロに火を点火している。見れば見るほど話し掛ける気が削がれるが、妥協は有り得ない。

「はぁ」

 嘆息をひとつ。
 何を躊躇っているんだか。たかだか母親に問うだけだ。なまじ何年もろくな会話がなかったせいで、慣れていないだけ。

「おい、俺が寝てる間に何か━━━━━


『ガチャ』


 ……あ?」

 問いを発しようと口を開いた瞬間に、リビングの扉が開け放たれた。出鼻をくじかれるとはこの事か。
 一体誰だ、俺の邪魔をしたのは。

 少しの苛立ちを携えて、背後に振り向く。
 多少なりとも文句を言ってやる。


「……ん、ご主人様壮健そうで何より。でも無理は禁物。ゆっくり休むといい」


 ……。

 は?

 扉の前にちんまりとした姿を晒すのは、長い白銀の髪を垂らし眠たげな目で俺をじっと見上げる外国人の少女だ。黒色のスーツに身を包み、民家にはひどく似つかわしくない異彩を放っている。

 こいつは。
 この女は。


「……誰だお前は。この家で何をしている?」


 小さな侵入者に鋭い視線を浴びせる。
 こうも堂々と姿を見せるとは間抜けなやつだ。直ぐに警察を呼んでひっとらえてやる。男がいる家屋に侵入する愚行を後悔させてやる。

「ジ、ジンちゃん何を言ってるの?」

 母親が、声を震わせながら、粥をかき混ぜる手を止めつつ白銀と俺とに交互に目をやる。
 いや、お前こそ何をしているんだ。早く警察を呼ばないと。

「……?」

 白銀の少女はと言うと、首を傾げ、長髪をふわふわと揺らしながら俺の目をそのすみれ色の双眸で注視してくる。
 全てを見透かすかのような振る舞いは、居心地が良いとはとても言えない。

「……」

 じっと。ただじっと、俺を凝視する白銀。一体何秒この状態が続くのか、薄気味悪い。何者なんだこいつは。

「おい、いい加減に━━━━」

「……ん、あなたは、誰?」

「は?」

 咎めようと声を上げた瞬間、機先を制するように言葉を割り込まれ、その言葉の意味に脳が思考を停止する。

『あなたは、誰?』

 いや、何を言っている?それは俺のセリフだろ?お前が誰だよ。人の家に我が物顔で上がり込み、あろう事か住人に誰だと?
 ほら、母親も何か言ってやれ。こいつの奇行にはうんざりしているはずだ。そして早く警察を呼ぼう。異常者の相手は疲れる。

 さあ。

 ……。

「……おい?」

 何故今黙る?
 声を張り上げるべきだろ、私の家に勝手に上がるなと。
 何故行動を起こさない?
 直ぐに然るべき場所に電話を繋げるべきだろう、不法侵入者がいると。

 何故。


「何故、そんな目で俺を見る?」

 得体の知れないモノに向ける眼差しを俺に向ける理由はなんだ?それを向けるべきは白銀の方だろ。コイツは侵入者だぞ?何を呑気にしているんだ。力を合わせて弾劾するべきタイミングだろ。
 それをなんだ。

 まるで、おかしいのは俺の方だと言わんばかりの……。

 ……。

「……ッ!」

 違和感が拭えない体の変調。

 時間が飛んだと感じ違える程の気温。

 気付かぬ間に変わっている部屋模様。

 妙によそよそしい母親の態度。

 記憶にない白銀の少女の参入。

 ……2人の俺を見る目。

 俺が階段から落ちて寝てる間に。

「……何があったか説明してもらうぞ」

 ここに来て俺は自分の鈍さに歯噛みする。あれ程豪快に階段から落ちたのに、怪我が一切ないわけがなかった。落下の気絶から目が覚めたばかりなのに、母親の態度がいつも通りなわけがなかった。


 一体、何が起きている?
 





 
 

コメント

  • ペンギン

    マジか〜戻ったか〜
    やっぱり前の性格の方が良かったね〜...どうかるんやろ

    0
  • はる

    いやー、面白いけどやっぱ性格のいい方がよかったなー俺は(´・_・`)

    3
  • ノベルバユーザー366669

    これ別世界の仁さんどうなるんだろう?二重人格に切り替わってくれないかなぁ…投稿お疲れ様です!

    0
  • TR@01

    最近、投稿頻度が高くなってきて嬉しいです。

    0
  • ロート

    やべぇ!
    激アツ展開になってきやがった!

    めんたまさんの世界観まじで好きだわ〜

    毎日投稿して欲しいくらいw

    あと、今回も面白かったです!お疲れ様〜

    1
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品