俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

真相とおわり

「こ、これが、私が美琴ちゃんから聞いた全てだよ」

 こうして桜咲さんが黒瀬くんの妹……美琴ちゃんの過去についての話を締め括った。どれくらい経ったかは分からない。それでも俺達は真剣に一言一句聞き逃さずに聞き入っていた。

 そうか……。

 ん〜?なんか話に聞いていた前原仁の人物像と随分違うな?
 この世の女の子を全て目の敵にし、外道で独善的な最低な男。それが俺が抱いていたイメージだった。まさか態とそんな振る舞いをしていた?

 色々思考を巡らせたいところなんだけど。

「……ッ」

 ここにきて目眩がすごい。
 視界がグワングワン回りに回って平衡感覚が失われてる。この踏み止まる足の力を抜いた瞬間にあっさりと倒れてしまいそうなほどに。
 これは明らかに血を流しすぎた。貧血状態だ。景色が徐々に端から黒く染まるこの恐怖。前世で死んだ瞬間と似た感覚だ。出来るだけ早急にこの件を解決しないと。

 ソフィは……まだ物陰に待機してくれているみたいだ。有難い。
 さっき黒瀬くんに殴られそうになった時、ソフィはそれはもう凄い形相で彼を睨みつけながら今にも飛び出してきそうだったからな。危うく制止の声を出してしまうところだった。

「お、おい。前原のあの態度は演技だったのか?」

 星宮真紀……マキさんがそのツインテールを不安げに揺らしながら桜咲さんに恐る恐る尋ねる。彼女もさぞ不安なのだろう。これまで積み上げてきた憎悪の感情の根幹が揺るぎそうになっているのだから。

「……そうだよ。演技とまではいかないかもしれないけど、意識してあの態度にしてたみたい」

「……い、いやだとしてもだからヒナにしたあの仕打ちが許されるわけじゃないだろ!?わざとなら尚更!」

「……そうだね」

 激昴するマキさんに対して、桜咲さんはただ悲しそうに静かに同意した。そらそうだ。

 あの仕打ち……。
 端的に言うと、ちょうど1年ほど前、桜咲さんが前原仁に告白した際に、『お前に優しくしたのは、俺が一日で女を告らせることが出来るかっていう賭けがあったからだよ』と面と向かって言い放たれたあの事件のことだ。マキさんから話だけ聞いた。わざとなら尚更ダメだろ前原くん。

「なぁ黒瀬。その意味ではお前も同罪なんだぞ」

 ここに来てマキさんが黒瀬くんに話を振る。1年前の前原仁の賭けは、この黒瀬龍彦くんとの勝負だったのだ。

「そんな美琴が……洗脳のはず……いやしかし」

 まぁ一方の黒瀬くんはこんな感じで、先程の桜咲さんの話を反芻しながら混乱しているみたいなんだけど。彼もまた憎悪の感情の根幹に放たれた一石に葛藤しているのだろう。

「……おい、黒瀬!」

「あ?あぁ、なんだよ」

「1年前の前原仁のヒナへの仕打ちに関してはお前も同罪だって言ってんだよ」

「……1年前?仕打ち?何の話だ」

「惚けんなよ。一日で告らせることが出来るか賭けてたんだろ?外道が」

「……はぁ?何言ってんのお前さっきから」

「……は?」

「え?」

 んん???
 何かさっきから致命的に話が噛み合っていないような。この状況は一体……?
 桜咲さんも困惑しているみたいでソワソワと落ち着かずに成り行きを見守っている。

「い、いやだから、1年前、前原と『一日で女を告らせることが出来るか』っていう賭けをしたんだろ?それでヒナが凄く傷ついたって言ってんだよ」

 戸惑いつつもマキさんがさっきよりも少し丁寧に説明する。これは俺も彼女から聞いた内容だ。

「……なんだそれ?そんな賭けしてないぞ?なぁ仁……って今のお前に聞いても無駄か」

 申し訳ない。記憶が無いのだ。

「は?してないって、今更嘘つくなよ。前原自身が1年前に言ってたことだぞ?」

「どうせ女を遠ざけるためにまた仁がついたウソだろ?そもそもアイツは性格悪いし最低なヤツだが、そんな趣味悪ぃ賭けなんかしねぇよ」

 ……お?なんだこれは。
 流れ変わったな。前原仁に抱いていたイメージが今覆ろうとしてるんだけど。嘘だろ?前原くん。

「……は?……え」

「……」

 マキさんは冷や汗を垂らしながら、頭で情報を処理しきれないといった様子だ。桜咲さんは開いた口が塞がらず、凄く間抜けに見える。前原仁の知られざる一面が新たになりすぎて俺も今の貧血頭脳じゃ情報を咀嚼しきれないんだけど。
 かと言って脳に血を送ろうと意識してみようものなら目眩が一気に襲ってくる。貧血のせいでさっきから俺全然喋れてないよ?


 ……空気と化していた周りの元クラスメイト達は、

『前原くんって性格も悪くなかったのかな?』『そうみたい』『素晴らしい』『ちょっと帰ったら久しぶりに卒アル自慰するわ』『おまえ……!……天才か?』

 などと、小声で話し込んでいるみたいだ。あー、卒アルね。やってるとか聞いたことないけど、学年で1人はやってそうだよね。俺はしないよ?俺はしないけどね。うん。

「じゃああれは……前原君のウソ?」

「だと思うぞ?まあそんなクソみたいな嘘つく時点でアイツの性格の悪さは折り紙付きだな」

 こっちを見ながら言うな。俺がついたわけじゃねぇんだよ。心外だ。

 ……というか、そろそろ限界だ。出血に加えて、アドレナリンで治まっていた痛みもぶり返してきた。頭は脳ミソを錐で抉られてるような鋭い痛みでいっぱいだし、太もも痛くて今すぐ寝転びたいし、えげつない目眩はするし、散々だ。正直、思考に割く意識のキャパシティがない。
 凛海、覚えとけよあいつ。可愛いからって許すと思うな。


「いやいやそんなわけが……」

 マキさんはまだ自問自答している。1年間自分の中に溜まっていた嫌な思い出を払拭しようとしたら、実はそれは虚偽でした、なんて言われたらまぁこうなってしまうだろう。

「ま、前原君」

 そんなマキさんを置いて、桜咲さんが俺に向き直る。……今の状態で返答出来るかどうか。

「……ど、どうしたの?」

 ……上手く呂律が回らない。目眩がする。
 しかし彼女は恐らく今勇気を出して1歩踏み出そうとしている。ここでどうして俺がリタイアできようか。いや、出来ない。
 無けなしの根性を振り絞って。

「前原君は……君は、『どっち』なの?」

「……」

 あー。
『どっち』かぁ。

 良い人ですか?悪い人ですか?
 嘘をついたんですか?ついてないんですか?
 美琴ちゃんへの言葉は本心ですか?そうじゃないんですか?

 考えれば考える程意味を孕んだ単語だ。この問いに対する返答で、桜咲さんの俺への印象は固まってしまうだろう。今彼女は揺れ動いているのだ。俺という人間の本質を判断しかねているのだ。それをこの問いでハッキリさせようとしている。

 マキさんや黒瀬くん、存在感のないクラスメイト達もこの問いには注目している。
 
 ふと錆びれた街灯に意識を向けると、蛾やカナブンがまとわりつくように飛び交っていた。……いけない、ちゃんと思考に集中しないと。

 ……目眩がする。

 どうやって答えたものか。血が流れすぎてて思考の行いが厳しい。現状で考え込んでしまうと変な答えに行き着きそうで怖い。
 もう脊髄反射で答えてしまっていいんじゃないか?

 あー……目眩がする。
 待たせるのも何なので、取り敢えず発言しよう。

「それは、分からない。俺には当時の記憶はないし、その時前原仁が何を考えていたかなんて知らない」

「……そう、だよね」
 
 これはある意味では最低な返答。判断することを放棄し、ただただ自己保身に走った結果の中途半端な、何も解決しないクソみたいな答え。これには流石にマキさんも黒瀬くんも頬を引き攣らせている。

 目眩がする。

 いや、ちょっとまって。
 まだつづきがあるから。

「だけど、これからの俺は『本当』だ。発言も、笑顔も、桜咲さんに見せる全て嘘偽りないと誓う」

 メまいがする。

 思考がまとまらない。
 じぶんがなにをいっているのか判断がつかない。それでも伝えなければ。俺が傷付けた彼女は、俺が救う。

 おれは桜咲さんにおぼつかない足取りで近づく。

「君は1年前からあまり笑わなくなったと聞いた」

 桜咲さんのめのまえに立つ。
 こういう時はどうすれば?
 
 とにカく、こうしよう。


「ふぁえっ!!??」

「「はぁ!?」」

 力いっぱいかのじょをだきしめる。落ち込んだおんなのこを慰めるのはいつだって男の包容力だ。とおもう。

 行動は得てして、言葉よりも強く人に影響を及ぼす。言葉では足りない、力不足なのだと思うなら、行動で示すのだ。今、俺が彼女を想う気持ちを。それは必ず想いの強さを測る物差しになる。

「1年前のあの出来事なんて、いつか笑い話に出来るくらい、笑い飛ばせて冗談吐けるくらい、これから俺がお前を幸せにしてやる」

「……!?」

「前原、おまえそれ……」

 めまいがする。

 頭くそいたい。

 ねたイ。

 もうじぶんが何言ってるか、なにしてるかわからん。だけど、今ことバを止めてはいけない。サいごまで、あがけ。

 ぼんやりと暗がりな視界で、桜咲さんだけが明瞭に見える。彼女しか、今俺の世界には存在していない。彼女しか、考えられない。

「……だから、笑え雛菊ひなぎく。お前は、笑顔が1番輝いていて、1番素敵だ」

「……」

「雛菊は可愛い。笑顔が可愛い。それを脅かす奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやる。……俺自身をぶっ飛ばす」
 
「……ま、前原君?」

 めまいがする。

 とにかく強ク桜咲さんをだきしめル。
 オんなのこは、抱擁がだいすきだ。そう、ナにカのざっしでよんだ。

「ひゃう!?」

「大丈夫だ。お前は俺が守るから」

「ひゃい……」

 めまいがする。
 せかいがまわる。

 想いと決意、痛みがぐちゃぐちゃに掻き回され、最早自分が分からなくなった。既に自分の中には何も残されていない。何も、わからない。

 キょうは、ナにしニここへきたんだっけ?
 わカラない。わかラナイ。

 しかし、ひとつだけ。たったひとつだけ分かることがある。

 この、抱き締めている小さな女の子を慰めて大切にしなければいけないのは理解できる。それがケジメで、先程までの俺が強願っていた事なんだと、はっきりと認識できる。

 女の子は。

 良かった、つい先程までの暗い表情は見る影もなく、幸福に満ち溢れた顔で俺を見つめている。俺はこの子を慰められたのだろうか。記憶も、感情も残滓すら漂っていないが、使命だけが俺を強く奮い立たせる。

 コノこがシアワセならもくてきはたっせい。
 やっタね。

 もう、げンカイだ。

 メマいガ、スる。



 今にも暗転しそうな意識の中、最後に見えたのは倒れる俺を優しく抱き抱える白銀の女の子だった。うん、分かる。彼女はソフィ。俺の大切な女の子達の1人だ。

 ソフィ、無茶をする俺を支えてくれて本当にありがとう。母さん、姉さん、心愛、いつも無茶してごめんなさい。莉央ちゃんや美沙にも心配をかけてしまいそうだ。

 でもこれで過去のケジメは付けられた、のか?分からないけど、兎に角スッキリした。大切なのはこれからの俺の行いだ。もう二度と、あんな悲しい顔で俺を見る女の子を増やしてはダメだ。

 取り敢えず、俺の使命はここまで。
 目を覚ました後の俺、頼んだぞ。



 あー。


 つかれた。

 最近気失う事多すぎだろ。

 優しく微笑むソフィ、ワタワタと混乱する桜咲さんやマキさんに見守られながら、俺は今世何度目とも分からない意識の底へ沈んで行く。
 願わくば、目が覚めた時、彼女の笑顔が見られますように。

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コメント

  • ノベルバユーザー366669

    ソフィが抱えたあとのこと知りたい…!お願いしますよォ(T^T)

    0
  • 作者K

    ふぁっ…さすがに…だいたんすぎやしませんかねぇ…

    1
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