俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

莉央ちゃんママ

「...お母さん...!な、なんで帰ってきてるんですか!?仕事は!?」

「...えっと、今昼休みですし」

「いつもは家に帰ってこないじゃないですか!」

「忘れ物しちゃったんです〜」

「ッ!...なんで今日に限って...」

こんにちは前原仁です。何故こんなことになってしまったのでしょう。ただいま絶賛親子ゲンカ?に巻き込まれている最中です。
さらに俺は今尚莉央ちゃんに馬乗りにされておりどうしていいか分からないと言った状況ですね。端から見たら物凄い高度なプレイをしているように見えるに違いない。

「まぁ今細かいことはいいじゃないの莉央ちゃん」

「ぜ、全然細かくなんか...」

「莉央ちゃん」

莉央ちゃんの言葉を途中で遮るように莉央ちゃんママが少し声量を上げた。いや、声量を上げたというより声の重みが増したと言った方が正しいかもしれない。親が子を叱る時のあの独特な声色である。

「...何ですか」

「お母さんさっきからどうしても莉央ちゃんに言いたいことがあります」

「...はい」

先程までは声を張り上げていた莉央ちゃんだが、今となっては見る影もなく萎んだ状態である。これが親の威厳というものか。

そして莉央ちゃんママは目を鋭くさせ、こう叫んだ。


「人と話す時はきちんとお人形さんから降りなさい!いつまで馬乗りになってるの!」



....えっ。


「...お人形さん...?...じ、仁くんの事ですか?こ、これは人形じゃなくてちゃんとした人です!仁くんです!」

いや全くその通りでございます。
確かにさっきから固まってしまっていたが....いくらなんでも人間と人形は間違えないだろう。お母さん天然かな...。

「嘘つかなくていいの!莉央ちゃんが男の子を家に連れ込めるはずないし、何よりそんな美の権化みたいな男の子が存在するわけないでしょ!」

と思ったら意外としっかりした理由だった。
確かに莉央ちゃんのような変態性を持つ女の子は男の子からは敬遠されやすいし、少し照れくさいが俺ほどの美形の男も今のところこの世界では目にしていない。
人形だと思ったというより、人形だとした方が納得がいくって感じかな。

「...えっと、僕はれっきとした人間ですよ」

気持ちは察するに余りあるが、ここははっきりと否定させていただこう。

「ひいっ!人形が喋った!!」

「だから仁くんは人間ですって!」

「ひいっ!莉央ちゃんが喋った!....のは当たり前だった!」

...大分混乱しているようだな。
どうしたものか...。

母と子が妙な言い合いをしている眼前の風景を見ながら俺は頭を抱えるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後一悶着あったものの、一時的ではあるがなんとかその場を収束させた俺たちは場所を移動して今リビングに集まっているところだ。
テレビの前に置かれている丸机を3人で囲むように座っている。

「粗茶ですが」

「あ、どうも」

スッと莉央ちゃんママがお茶を出してくれたのでありがたく頂いておく。

「...さっきは取り乱してしまってごめんなさいね。初めまして、私は莉央ちゃんのお母さんをしています、神崎萌陽ほのと申します」

莉央ちゃんママ、改めて萌陽さんはそう言って優雅に頭をさげる。
不躾かと思いつつもその姿をまじまじと見てみる。莉央ちゃんの綺麗な長い黒艶髪はお母さん譲りであることは間違いない。腰下まで伸びた長髪はまるで陽の光を反射して煌めいているようである。莉央ちゃんが成長すれば将来は萌陽さんのような美しい女性になるのだろう。今でも可愛いけどね?

「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ初めまして、莉央ちゃんのクラスメイトの前原仁です。お家にお邪魔しています」

「...本当にどうしてこんな男の子がここにいるの...」

萌陽さんは目頭を指で押さえる。
この現状が理解できないといった様子だ。

「顔はとても...いやこれ以上にないほど整ってるし...礼儀は男の子なのにそこらへんの大人よりもしっかりしてる...それに物腰も柔らか...」

ペタペタと俺の体を触ってくる。
...別に構わないんだけど、少しくすぐったい。まだ本当に人間なのか疑っているのかな。

「......」

そしてそんな俺たちの様子を莉央ちゃんがすごい様子で見つめている。目はハイライトが消えドス黒く染まり、顔は無表情。手に持つコップを握りしめる力が強すぎて『ミシッ...』と嫌な音が耳に届く。
彼女としては、あと少しで俺の体を好きにできるというところでお母さんに邪魔されたあげく、今その張本人が俺の体を触ってるというこの状況に耐えられないのだろう。

「...この子」

ピタッと体に触るのをやめたと思えばそう呟く萌陽さん。
...はい?何でしょう。


「可愛いぃいいいいい!」

「ぶへっ」

「なっ!?」

かと思えば、そんな事を言いながらいきなり俺を抱きしめてきた。
その大きめの2つの柔らかなお胸様の間に押し込まれ変な声を出してしまう。莉央ちゃんは母親の突然の奇行に驚愕の声を上げた。

「はぁあん!どう?前原くん、私の旦那様にならない?莉央ちゃんのお父さんって事になっちゃうけど、まあ2人は仲がいいみたいだし大丈夫よね!?」

「...あの...息が....」

萌陽さんが何か言っているみたいだが俺の耳には届かない。それどころではないのだ。酸素!酸素をくれ!
本当に死んでしまう!

「何言ってるんですか!?というか仁くんから離れて下さい!死んじゃいます!仁くんが死んじゃいますからぁあ!!」

「...あら?私としたことが!」

ここでようやく俺は解放された。何があったのかよく分からないが恐らく莉央ちゃんによって助け出されたのだろう。

「...莉央ちゃんありがとう....」

あと少しお胸様から解放されるのが遅ければ本当に危なかった。『これから呼吸できませんよ』という事を知っていれば空気をめいいっぱい吸い込み2、3分程息を止める自信があるのだが、急に来られるとこんなにも苦しいとは思わなかった。

「ま、前原くん大丈夫!?ごめんなさいね...」

「あ、あはは...全然大丈夫です」

確かに苦しかったが、同時に至高の一時だった。プラマイゼロ...いや、むしろプラスですお母さん!ありがとうございました!

「全く...!変な事言い出すからです!」

莉央ちゃんはかなりお冠のようだ。
プンプンと実際に音が聞こえてきそうなほどである。

変な事、か。そういえばさっき萌陽さんが何か言っていたな。俺は聞き取れなかったのだが何を言っていたのだろう。

「変な事って何を言っていたの?」

「ああ、仁くんはそれどころじゃなかったから聞こえてなかったんですね。お母さんが、仁くんのお嫁さんになりたいとか言い出したんですよ!それって仁くんが私のお父さんになるって事ですよ!?絶対、ぜーったいにダメです!」

「え〜別にいいじゃないの」

「ダメです!」

....なるほどなるほど。クラスメイトのお母さんからプロポーズされたいう事か。...字面が凄いな。驚いたが、以前ほどではない。俺もこの世界に染まりつつあるという事か。

「ね、前原くんはどう?」

「仁くん...!」

と、ここで2人で話していても埒があかないと判断したのか俺に話をふってきた。

うっ...まだ高校1年生の身で将来のお嫁さんを決めなければいけないのか。

うーん...まだ萌陽さんの人格を把握してないからなあ。ただ悪い人ではないという事は分かるから了承する事は吝かではない。

......。

「僕は....莉央ちゃんのお父さんにはなりたくありません」

これはハッキリと言っておく事にした。
同級生のお父さんになるのはちょっと....。

「そ、そんな...」

「仁くんっ」

萌陽さんが絶望の表情を浮かべ、大して莉央ちゃんは希望の表情を浮かべる。
恐らく彼女達は俺がプロポーズを断ったと思っているのだろう。

だがちょっと待ってほしい。

「...ただ、萌陽さんの旦那さんになるというのはとても魅力的なお話です」

「えっ!?」

「仁くん!?」

ほんの数秒前とは一転し、今度は萌陽さんが希望の表情を浮かべ、莉央ちゃんは絶望の表情を浮かべる。

「だから萌陽さんの旦那さんになるには条件があります」

「...条件」

「お母さんに盗られたお母さんに盗られたお母さんに盗られた....」

ゴクリと唾を飲み込む母と、放心し同じ言葉を繰り返す娘の図。
痛ましい....。

一刻も早くこの状況を打破したい俺はスウッと空気を吸い込み、一息に言った。

「俺は莉央ちゃんが大好きで、将来結婚する事を決心しています。だから莉央ちゃんの夫にならないという選択肢はありません。萌陽さんが俺の夫になりたいと言ってくれるのはとても嬉しいです。ですから、もし萌陽さんの気持ちが変わらず数年後も夫になりたいと仰るならば、その時は莉央ちゃんと一緒に俺の嫁になる事を了承してもらいます。それが条件です」

...言い切ったぞ。
前世の価値観で考えればなんだこのクズ男はと言われるかもしれないが、今世では問題ないはず。事実、親子丼...コホン。親子共々同じ男性に嫁入りという事例も結構な数あるらしいから大丈夫だ。倫理的に大丈夫かはひとまず置いておく。
あと、莉央ちゃんの意思を無視してごめんなさい。例があるとはいえ、普通なら母親と同じ人に嫁入りとか嫌だよなぁ...。

「.....」

「仁ぐ〜ん!」

萌陽さんは黙り込み何かを考えているようだ。
莉央ちゃんの方は....泣きながら抱きついてきた。勝手に決めた事を怒られるかと思ったが意外と気にしていないみたいだ。よかった。


「...うん。うんうん、そっか」

萌陽さんが何かに納得したように頷きながら独り言を呟いている。
...なんだ?

「前原くん、ごめんね」

...はい?

何故かいきなり萌陽さんが頭を下げてきた。
待て待て、どういうことだ。

「ちょっとお母さん、前原くんの事を試しちゃったの」

とても申し訳なさそうな顔をしてそう言う。

試していた?何を?

俺の頭はハテナマークで埋め尽くされている。...ダメだ、いくら考えてもこの人が何を言いたいのか全くわからん。
莉央ちゃんも俺に抱きついたまま固まっている様子を見る限り、よくわかっていないようだ。

「ごめんなさいね、順を追って説明するわ。まずあの莉央ちゃんが男の子を連れてくるなんて信じられなかったの」

...それはまあ、分かる。母親なら莉央ちゃんのことは誰よりも理解しているだろうし。

「そして私は思ったの。莉央ちゃんは騙されてるんじゃないかって。悪い男の子に引っかかってお金でもとられてるんじゃないかって」

「...お母さん!!」

...なるほどな。莉央ちゃんは憤慨しているようだが、お母さんの気持ちもわかる。
現にこの世界では、男性が女性を色仕掛けで誘き寄せ金をむしり取るだけむしり取った後突き放すという手口が蔓延っている。俺たち男にとって女性というのは格好の餌食なのだ。当たり前だ、少し甘い言葉をかけてやればすぐに付いてくるのだから。...俺はそんな事は絶対にしないけどな。
ただ、今回それを萌陽さんは疑った、と。

「ごめんなさいね。でもこの子は私のたった1人の娘なの。もしそうなら絶対に見逃すわけにはいかなかったの」

「...それは理解できます。では何故今ネタバラシを...?」

「それはね、もう前原くんが信頼できる男の子だって分かったからなの」

...あの短時間でマジですか。数える程しか言葉は交わしていないはずだけど。

「私の目を真摯にハッキリと見て『莉央ちゃんが好き』と言った姿を目の当たりにして確信したの。あぁこの子本気なんだなって」

「…そうですか」

この人色々凄いな。
俺のような一般人では何が凄いのか上手く説明する事は難しいが、何というかとても頭の良い人のような気がする。
この家の大きさや内装から神崎家はお金持ちなのではないかと思うのだが、それを成せたのはもしかしたら萌陽さんの能力故なのかもしれない。

いやあ、そっかそっか。
試していたとは面食らった。うん。

って、うん?ちょっと待て。
じゃあリビングに移動してきてからのあの問答は何だったんだ。プロポーズは?
まさか演技だと言うのか!?

「で、では先程の求婚は…?」

あれも俺の本性を暴くための過程に過ぎなかったのだとしたら、当然萌陽さんとの結婚話は白紙に戻るのだろう。
それは...少し、いやとても残念な事ではある。しかし仕方のない事だとも思うのだ。ああでもしないとボロは出ないだろうし...。

「あ、あれは本気なのよ」

まあそうだろうな。
だが此処は子を想う母の気持ちを優先して....って、え?

「あ、え?今本気って…?」

「ええ、あのプロポーズは本気。実を言うと前原くんと最初言葉を交わした段階から疑いは殆ど晴れていたの。良い子そうだったし。プロポーズしたのは本当に旦那様になって欲しかったの」

腕を組み淡々とそんな事を言う。
未だに俺の胸の中にいる莉央ちゃんはというと、『こ、こいつやはり!』と心の声が聞こえてきそうな顔をしている。

「それに…」

「「それに?」」

萌陽さんが言葉をそこで切り、俺たち2人が復唱する。

「前原くんって…」

そう呟きながらこちらに向かって歩き出し、どんどん距離を詰めてくる。
な、何か凄味があるんですけど。

「やっぱり…」

「ひうっ」

そこで俺に抱きついていた莉央ちゃんが萌陽さんに引き剥がされ『ぽいっ』と近くのソファーへと投げ捨てられた。
す、凄い力ですねーあはは。

「とっても…」

ずいっと顔を寄せ鼻息を荒くさせながらそう呟く。口角が少し上がっており、眼光は室内灯の光を鋭く反射している。
い、嫌な予感が。


「ん可愛いぃいいいぃいいいいッ!!!」

「ぶほっ!」

そしてまたしても俺の顔を圧力...乳圧とでも言うのだろうか、未知のパワーが襲う。
う、嬉しいのに、それと同時に命の危機が迫っている。
はっ!これが不幸中の幸いという事か!?
...いや、それはちょっと違うか。

「やっ、ちょっと離れて下さい!仁くん!私が今助けますから!こ、このっ!乳魔人ですか!」

莉央ちゃんの必死な声が乳に埋もれた俺の耳に僅かに届く。

「可愛いぃい!一生抱きしめてたいの〜!」

...あぁ、俺はどうやら此処までのようだ。
みんな、先立つ不孝をお許しください。
死因がおっぱいで俺は本望です。

...意識が、途絶えそうだ。

「...ん?あら?きゃあぁああ!前原くん!」

「だからさっきから言ってるじゃないですかぁ!!」

意識が暗転する瞬間、最後に聞いたのはそんな2人の声だった。


ふっ....グッジョブ。ガクッ。



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