俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めんたま

姉さんの気になる人

 
 それは、いつも通りのはずだったある日。

 部活がない日は俺が基本的に夜ご飯を作ることになった。単純に親孝行で、母さんの負担を減らしたいという想いからだ。習慣化した料理をこなし、4人で食卓を囲む。変わり映えのないいつも通りの時間。そのはずだったのに。
 姉さんが急にこう切り出した。

「そういえば、大学にちょっと気になる男の子がいるんだよね」

 へぇ〜気になる男か。
 姉さんがね。

 ……。

「えっ?」

 俺の指から力なく箸がこぼれ落ちた。
 今なんて言った?気になる人?ちょ、ちょっと何言ってるか分からない。
 え、好きな人ってこと?いや言葉選びから考えてまだその域には達していない筈。落ち着くんだ俺。

 姉さんの気になる人の話題で、母さんと妹は興味を引かれるようで盛り上がっている。そんな家族とは裏腹に俺の胸中は複雑極まりない。

 嘘だと言ってくれ。

 いいか、シスコンでもなんとでも言え。こちらの世界に来てから、家族と過ごすこのかけがえのない時間が心地良かった。俺に甘々な母さんも、俺に優しい姉さんも、俺に懐いてくれる心愛のことも、みんなのことが大好きだった。しかしそれでもまだ家族としての意識は薄いし、姉さんを完全に自分の中で姉として認識出来ているかと問われれば俺は首を振るだろう。急にこの人があなたの姉ですと言われて、数週間やそこらで家族として接することが出来るほど俺は器用じゃない。

 この複雑な感情をどう表現してくれよう。
 姉さんは家族で恋愛対象ではないし、対象にしてはいけない。一応この世界では近親婚は認められているし、現にしている人も多い。しかし俺の前世の常識がそれを強く忌避するのだ。かと言って、完璧に姉さんを家族として見ることは俺には出来ていない。
 そしてそんな姉さんに気になる人が出来た。

 もうぐちゃぐちゃだよ。
 勘弁して欲しい。気持ちの整理がつかない。

「……ごちそうさま」

 俺は前世でも今世でもご飯を残したことはほとんどない。もったいないし、そう教育されてきたからな。
 それでも今回ばかりはこれ以上食事が喉を通る気がせず、罪悪感を感じつつご飯を残した。

 俺は席を立ち、フラフラとした足取りで自分の部屋に向かう。兎に角今は1人になりたい。考える時間が欲しい。

「ジ、ジンちゃん?」

「お兄ちゃん?」

 母さんと心愛の声が聞こえる。あと姉さんも何か言ってるみたいだが、今は声を聞きたくない。

 俺は返事をせずにリビングを出て、自分の部屋に入った瞬間に、勢いよくベッドに突っ伏す。

「……」

 あー……俺最低だ。姉さんに気になる人ができた。祝うべきことだ。分かってる、こんなのはただの我が儘だ。子供が嫌なことに喚いてるのと一緒だ。それでも、自分の気持ちは抑えられない。詰まるところ俺は幼稚なのだ。前世ではもう少し自分の器を大きく評価していたんだけど……。この15歳の前原仁君の体に精神が引っ張られている可能性もあるなぁ。

「はぁ」

 うつ伏せから仰向けへ体勢を変え、天井の照明へ手をかざす。なんだろうなこの味わったことの無い気持ちは。

 気になる人、か……。
 どんな人なのだろうか。かっこいいのか?はたまた可愛い系?それか、この世界では珍しい性格の良い男なのかもしれない。どのみちあの姉さんの気を引く程のやつだ。よっぽど良い男なんだろう。紛い物の俺なんかよりずっと。

 もう一度うつ伏せに戻り、枕に顔をうずめる。

「……本当にいつからこんな器ちっちゃくなったんだよ俺は」

 自分が嫌いになりそうだよ。

 そうして5分程落ち込んでいると、

『コンコンコンッ』

 ノックが静かな部屋にこだました。
 俺の様子を見かねた誰かが来たようだ。

「仁?いる?」

 姉さんの声だ。声色から、どうやら心配になってきてくれたらしい。やっぱり姉さんは優しい。
 あまり喋る気にはなれないが、無視するわけにもいかないだろう。

「……いるよ。今開ける」

 『ガチャ……』と静かにドアを開けると、困ったような顔の姉さんが立っていた。……こんな顔をさせてるのは俺なんだよな。

「今時間ある?」

「……あるけど」

「じゃあちょっと話そっか」

「……うん」

 姉さんを部屋に招き入れる。そういえば姉さんを部屋に入れたのは初めてかもしれないな。出会って最初の頃は、弟の俺と会話を交わすだけでも緊張して、どもって大変だったのに。数週間経った今では、極自然な立派な姉になっている。正に理想の姉と弟の関係。それが少しだけ寂しく感じるのは何なんだろうな。

「ふーん。結構片付いてるんだね」

「うん。それより話があるんでしょ?どうしたの?」

 体裁を整えるため敢えて聞いてるが、要件など考えるまでもなくわかり切っている。恐らくさっきの姉さんの話と、俺の態度についてだ。

「……ごめんね?」

 なんで謝るの?止めて欲しい。余計に惨めに感じる。俺はそんなつもりで部屋に引きこもっていたわけじゃない。

 ……それに、今はっきりと分かった。俺の精神は、程度は分からずとも、まず間違いなくこの体に影響されている。前世なら問題なく流せたような問題を何故こんなにもいちいち一喜一憂してしまうのか。少し考えてみれば分かることだ。この体は脳味噌から足の先まで15歳のものだ。15歳の脳で思考しているのだから、考えが幼稚になっても何らおかしくはないのだ。ならば、前世の俺の記憶は何処からやってきたのかと問われれば、それは返答に困ってしまう。そんな事は幾度となく考えたが結局答えは出なかった。考えても意味の無いことなのだ。答え合わせなど出来ないんだから。

 閑話休題。
 困ったように微笑む姉さんと目を合わせる。

「多分、私が気になる人ができたって言ったことが、仁が不機嫌になってる原因なんでしょ?」

 その話題はあまり出さないで欲しい。もう少し時間が欲しいのだ。落ち着けば俺も本来の自分を取り戻して、正しい対応が出来るはず。

「……違うよ」

「もしかして嫉妬してるの〜?このこの」

 姉さんがそう言ってからかってくる。

「違うって言ってるじゃん」

 事はそう単純なものじゃないのだ。色んな糸が複雑に絡み合い、15歳の脳では処理しきれない。しかもその糸は一本一本が強靭と来た。苦しい。

「……ごめん」

 姉さんが悲しそうな顔をする。分かってる、姉さんがからかってきたのは冗談で場を和ませようとしたのであって、本心で言ってるわけじゃない。
 違う、違うんだよ。俺はそんな顔をさせたかったわけじゃない。もっとこう……姉さんにはいつも笑っていて欲しくて。

 ……。
 そうか、事は単純だったのだ。
 なまじ俺の現状が異常だったから、つい難しく考えてしまっていた。

 本当に姉さんのことを想うならば、俺は今回のことを応援するべきなんだ。いいじゃないか、気になる人ができたって。大学生だぞ?できない方が寧ろおかしいだろ。
 俺が不機嫌になって、姉さんに悲しい思いをさせるのはナンセンス。男として腐っている。
 最初から素直に応援すればよかったのに、半端な姉さんへの気持ちと、俺の境遇などが混ざってそれが出来なかった。

 よし、なんとか、なんとか本来の思考に戻ってきた気がする。これだよ俺は。精神的には20歳を超えてるのに、姉さんに気になる人が出来たくらいで狼狽えさせやがってこの体。ぶっ飛ばすぞ。

「……ねえ、姉さん、聞かせて」

「えっ?」

「その、気になる人のこと、聞かせてよ」

 俺は目尻を下げ、姉さんに話の続きを促す。姉と恋バナなんて乙じゃないか。前世は妹しかいなかったからなかなか新鮮だ。

「う、うんいいよ」

 姉さんは態度が突然切り替わった俺に戸惑っているようだが、その人について語ってくれるみたいだ。


 姉さんは、最近大学で積極的に男に喋りかけているらしい。しかしそれは好意を持って近付いている訳ではなく、これまで接する事が出来なかった男という人種に純粋に興味があるみたいだ。
 何故今頃急に?という疑問が出るが、何でも弟である俺とよく会話を交わすようになってからというもの、男とのコミュニケーションが自然とできるようになったらしいのだ。しかし、あまりにも男子に喋りかけるものだから、他の女子から反感を買い、ある時数人の女子に囲まれ乱暴されそうになったらしい。そしてその時に颯爽と駆けつけ助けてくれたのが、例の気になる人だったということだった。

 ……結構いい人そうじゃないか。簡単そうに見えて中々出来ることじゃない。男にしては稀な正義感が強く思いやりがある人物だと見受けられる。

「へぇ。その人の名前はなんて言うの?」

「うん?聞いても分かんないと思うよ?その人は中川眞二なかがわしんじ君っていうんだよ」

 ん?
 中川?
 ……中川眞二ねぇ。

「どんな人なの?」

「うーん、見た目は筋肉が結構あるマッチョかな。性格はどうだろ、まだよく分かんないかな。気になるって言ってもあれだよ?別に好きとかじゃないからね?人として気になるみたいな?」

 あれ?そうだったのか。
 俺はてっきり恋愛的な意味で気になる人なのかと思ってたんだけど……。これは凄い勘違いをしてしまっていたかもしれない。さっき迄の葛藤は一体なんだったんだよ。安堵したような落胆したような。

 まぁそれならそれで良かった。
 それよりも中川眞二という名前だ。聞いた事があるんだよな。

「その人、もしかして大学2年生?」

「えっ?そうだけど、なんで仁が知ってるの?」

「……いや、なんとなくだよ」

 あー多分間違いない。
 その人、中川楓先輩のお兄ちゃんだな。

 以前そんなことを話した記憶がある。中川先輩はあまりお兄さんのことを話したがらなかったが。名前も年齢も合ってるし大学も確か姉さんと一緒だった。
 妙な巡り合わせもあるもんだ。

 よし、姉さんが気になるに相応しい(?)人物かどうか、中川先輩に聞いてみるか。俺が直々に調査してやるぜ。無駄な葛藤させやがって。変な奴だったらどうしてくれようか。


 姉さんが部屋を出て行った後、俺はすぐにスマホを開いた。さっそく、この前中川先輩とラインを交換したのを活用する。

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仁: 今ちょっといいですか?

楓: どうしました?

仁: 先輩のお兄さんのことについて少しお聞きしたくて

楓: ……あの人のなにが聞きたいんですか?

仁: いえ、どんな人なのかと思いまして

楓: そうですね。一言で表すなら、


クズ


でしょうか

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「はい?」

 クズですか?
 ……雲行きが怪しいんだが。

 もう少し詳しく聞いてみようか。まだよく分からないしな、うん。

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仁: 理由を聞いても?

楓: あの人はよく女を家に連れ込んでかなり乱暴に扱っているみたいです。大方、甘い言葉でも吐いて巧妙にたらし込んでいるんでしょう。女の人はいつもボロボロになって帰っていきます。あとこれは噂ですが、カツアゲや恐喝なども行っていると聞いたことがあります。いくら男でも許されることではありません。私はあの人が大嫌いです。

仁: ……そうですか。ありがとうございました

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「……」

 話と違うぞ?
 こんな奴が姉さんを救った?こんな奴を姉さんは気に入ってしまったのか?

 中川先輩の話を信じると、まず間違いなく中川眞二の行動には裏がある。
『大方、甘い言葉でも吐いて巧妙にたらし込んでいるんでしょう』
 この一文が思い出されるし、辻褄があってしまうんだよなぁ。

 ……嫌な予感がする。


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