銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第14話 ラムちゃんだって語りたい

 物語の話題で姫さんとミルねぇが盛り上がっていると、俺の視界に一匹のラムスターが見えた。
 その隣りには目元に傷の入った厳つそうなキャッシーもいる。
 だが特に剣呑なようには見えない、寧ろ仲良く談笑しているような風にも見える。
 ……姫さんじゃないからはっきりとは分からないが。

 話に夢中になっている姫さんはどうやらラムスターに気付いていないようだ。
 仕方なく、俺は肘で脇腹を突いた。

「うひぃ!? な、何!?」
「お前の声の方がなんだよ。ほら、前見てみろ」
「前って……あ、ラムスターだわ!リィナ、あの子じゃない?」
「ああ! 確かにあれは私の家のラムちゃんだ」
「今更だけど、その口調なのにラムちゃんって言うのは可愛いわね」
「んなっ!? な、なな、何を言っている!? ら、ラムちゃんはちゃんまでが名前なのだ! 仕方がないだろう!」
「あら、そうだったのね」

 ラムちゃんの衝撃の事実を知りながら、俺達はラムちゃんの元へと歩いていく。
 どうやら人に怯えるような性格では無いらしく、逃げる素振りはない。
 そして姫さんの横に並んだリィナを見たラムちゃんは、リィナの膨らみへと飛び込んでいった。
 ……ラムちゃん、実はゲスい性格だったりしないよな?

「おっとっと、ラムちゃん大丈夫? 心配したんだよ?」

 剛毅態度を崩したリィナの言葉に応えるように、きゅーきゅーと鳴くラムちゃん。
 当然のことながら俺達には何を言っているのか分からないし、姫さんも現在は能力を使っていないので分からないようだ。

「周りに誰も居ないし、使いましょうか?」
「そんなに何回も使える能力なのか?」
「ええ。意思疎通くらいなら一日に何回でもできるわ。ただ動物操作はかなり体力を使うから、一日十分くらいしか使えないのよ」
「なるほどな、じゃあやってくれるか? こいつがどうして家出したのか、知りたいしな。リィナもそれでいいか?」
「ああ、私もそうしてもらえるとありがたい。フィー殿、頼めるだろうか?」

 その言葉に頷いた姫さんは、再び膝を着いて詠唱を始める。
 どうやらリィナが抱っこしているラムちゃんは範囲内のようで、その場でも大丈夫なようだ。

生有る者リズベリー止め処なく永きをフラータレダル遷ろいの往く者達よイアケタセータ道を纏める者が問うリビルアバルド

 再び姫様を中心にして青い光が広がっていく。
 見るのは二回目だが、やはり目を惹く幻想的な光景だ。
 紡がれていく言葉は光の玉となって、俺達人間だけでなくラムちゃんと目付きの悪いキャッシーまでもが姫さんを見つめ、夢中にさせている。

繋がりをコンル共に生きようウィルトゥ我が名はイムア動物奏者タクト・アニマ

 詠唱の終わりと共に、光は薄っすらと消え失せ、姫さんは瞳を開いてラムちゃんへと声を掛けた。

「初めましてきゅー。どうしてあなたは家から出てここまで来たきゅー?」
「……」

 二度目でもこれはかなり、なんというか凄いな。
 声も出ないくらいに。
 先程までの神聖な雰囲気が無くなって、なんとも可愛げのある光景が俺達の目に映る。
 吃驚しているリィナを見る限り、どうやら一回目は窓越しで見ていたから音を聞いていなかったからな。
 大きく目を見張っている。

「ふむふむきゅー。なるほどきゅー」
「ど、どうだった? 理由は分かったか?」

 範囲内にいても、俺達には効果がないようだ。
 ラムちゃんも姫さんの言葉に反応するようにきゅーきゅー言っているが、何を言っているかは分からない。
 姫さんは相槌を打っているが。

「思ってた通りだったきゅー」
「俺にはきゅー要らないからな?」
「わ、分かってるってば! えっとね、わたくしが思ってた通りだったんだけど、やっぱりシィナさんが原因だって」

 シィナさんの天然による攻撃が、ラムちゃんの心を砕いたか……。
 こいつも苦労してるんだな。

「……やっぱりか。そりゃまあ、ちょっと聞いただけでも仕打ちが凄かったからな」
「ご、ごめんねラムちゃん。でも母上も、悪気があるわけじゃないのよ!? その、天然過ぎるのが問題なんだけど」

 これは多分言っても治らないだろうしな、ラムちゃんには我慢してもらう他ないだろう。

「あらにゃー? ラムちゃんのお友達なのにゃー?」
「ん、どうした?」
「このキャッシーの子が話しかけてくれたのにゃー。何々にゃ? ふんふんにゃ。愚痴を聞いてあげてたのかにゃ、いい子にゃのね!」
「ほう、こいつらそういう関係だったんだな。厳つそうに見えて結構いい奴じゃねえか」
「そうにゃねー。んんっ、そうね。かなりストレスが溜まっていて、時々ここに来て愚痴を溢しているらしいにゃ、……らしいわ」

 酒場でよく見るおっさんみたいだな。

「なるほどな」
「ええっ!? ラムちゃん、今までも家出していたの!?」
「リィナの家族が気付かない内に出ていたこともあったと……」

 となると。
 今回初めて露見したわけであって、これまで問題らしきものは無かった訳だ。

 ……ここまでの道のりも、護衛の事もあって殆どが裏路地を通るだけで来る事ができたし、スフォー車が通るという危険も無い。
 ここらの住民や商人は俺の知ってる優しい人達だからな。
 だったら別に、強制する必要も無いだろう。

「よし、決めたぞ。どうせシィナさんの天然は治せないだろうし、ラムちゃんとしてはこの行動は生きる為の術みたいなものだろう。そうだよな?」

 俺がラムちゃんに目線を向けて問うと、やはり人間の言葉を理解しているのかきゅーきゅーと俺に何かを伝えようとしてくる。
 こいつら人間より頭いいんじゃないか?

「うん、そうだって言ってるきゅー」
「よし、それじゃあこうしよう」

 俺は案を頭の中で纏めた。
 そして全員を見渡し、一呼吸置く。

「これからも定期的にラムちゃんはここに来てもいいようにする。だが、必ず晩御飯の時間には戻ってくること。そしてそれをリィナ達家族は許容すること。多分それで今回の問題は解決するはずだ」
「でも、危険ではないか? 外をラムちゃん一人で歩かせるのは」
「ラムちゃんは賢そうだから、今から帰りに通る道だけで行動してもらうことを約束してもらう。裏路地を通っていけば危険は殆ど無いからな。ここの地区は治安もいいことだし」
「なるほど。ラムちゃん、それでいい?」

 胸に乗せて、いや抱えていたラムちゃんを両手で持ち、目を合わせて話しかけるリィナ。
 再びきゅーきゅー鳴いたラムちゃんの言葉を、姫さんが翻訳する。

「大丈夫きゅー。心配かけてごめんきゅー、だって」
「私こそごめんね、ラムちゃん。私というか、母上のせいだけど」

 一人と一匹、能天気な母の顔を思い浮かべて溜め息を吐くその姿は、ペットだとしてもやはり家族なんだなぁと思える程、何処と無く似ていた。
 こいつら、苦労してるんだなぁ。



「ラムちゃん! おかえり!」
「あらあら、ラムちゃん。おかえりなさい」

 あれからラムちゃんを連れて、リィナの家へと戻ってきた。
 捜索に余り時間が掛からなかったので、どうやら今日受けた他の依頼は充分にこなす事ができそうだ。
 玄関にて帰ってきたラムちゃんを抱きしめるティナちゃんは安心で涙を流しているし、シィナさんもにっこりとした笑顔で抱き合う一人と一匹を見ている。
 俺はその姿に、何処と無く記憶にある自分達と母親を重ねた。

「まぁ、何はともあれ見つかって良かったな」
「ありがとう、ユードお兄ちゃん達!ラムちゃんが帰ってきてくれて本当に嬉しい!」
「ありがとうございました、皆さん。お茶淹れますね?」

 シィナさんは直ぐにお茶を淹れようとする。
 礼儀の一つとしてだと思うが、後二つの依頼を姫さんにやってもらうには、余り時間が無いからな。

「いや、大丈夫だ。まだ次の依頼がありますので」
「あら? そうですか。またいつでも遊びに来てくださいね? ほらティナ、ユードさんにあれをお渡ししないと」
「そうだった!ちょっと待っててね!」

 そう言ってラムちゃんを抱きかかえたままリビングへと走っていったティナちゃん。
 数秒も経たない内に戻ってきたティナちゃんの手には、やれやれといった表情のラムちゃんと依頼完了を知らせる木の板だった。
 紋章が印字されているので、ティナちゃんは確りと依頼完了の手順を踏んでくれているようだ。
 依頼者が思いを込めてもらわないとこの板に印字がされないからな。
 そして俺は姫さんを手招きして、ティナちゃんから受け取るように促す。

「私が受け取っていいの?」
「ああ、フィーが受けて、フィーの力で解決した依頼だからな」
「じゃ、じゃあ。ありがとう、ティナちゃん」
「ううん、礼を言うのは私の方だから!ありがとう、フィーお姉ちゃん!」

 木の板を貰った姫さんは、口元が隠せない程に釣り上がっていた。
 ニヤニヤしたその笑顔を見るに、初めて自分の手で依頼を達成した喜びに打ち拉がれているんだろう。
 俺もなんでも屋になって初めて貰ったときは、嬉しかったことを覚えている。
 討伐では討伐した証拠であるモンスターの部位や、死体をギルドに持ち帰って、受付で依頼完了の確認を取ってもらうだけだからな。

 街中の依頼であるからこそ実感できる、依頼者から直接感謝されるという行為。
 依頼者の笑顔を見ることができるのも、この仕事のいい所なんだ。

「良かったな」
「……ええ、すごく、嬉しいわ」

 姫さんは木の板を両手で握りしめて、目を潤ませて頷く。

「じゃあ、次の依頼もその喜びを味わいに行こうぜ?」
「ええ!」
「ラムちゃんは見つかった訳だけど、リィナはどうする?」
「勿論私も共に行こう。……行っていいんだよね?」
「ああ、アリルと俺だけじゃ護衛不足だからな」
「よかった。んんっ、では行かせてもらう」

 そうして俺達は残った依頼を達成する為に、依頼者の元へと歩き出した。

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