鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-30 「欠けた談笑」
ぷかぷかと海に浮かぶ創と蓮。結衣たちがナンパから難を逃れたこともあって安心していた。
「そういやお前さ、何か最近忙しそうじゃね? 種明から聞いたんだけど、なかなか電話に出てくれない時もあるとか。まぁさり気なく種明と電話してるお前に腹が立ったりするわけだけども」
嫌味を含めた言葉で質問を投げつける蓮。
「え、えーと……」
いきなりのことで反応に困る創。だが、それに対して明確に答えることは難しい。心の内を明かせているのはキルキスのみ。いくらクラスメイトで仲のいい友達だとしても話すことは躊躇われる。話したくないわけではなく、話せないのだ。
「何か体に傷があったりもするし、大体そんなのプールの授業の時はなかったろ? 喧嘩でもしたのか?」
さらに質問の内容を深めていくがそれは友達を想ってのことなのはわかる。
「喧嘩したってわけではないんだけど……」
実際には喧嘩よりもさらにおぞましいことなのだが。「知らない世界で人を殺して来た」なんて口が滑っても言えるわけがない。すぐ隣にいる人物がまさか人殺しだなんて夢にも思わないだろう。
頬をかき、しどろもどろになる創に対して、
「……ま、人は誰であれ、言いたくないことはあるだろうな。いつか話せるときでいいぜ」
そう蓮は笑い飛ばして自ら問いかけを撤回した。創にとってみればそれは都合がいいことなのだが、それはそれで罪悪感を感じてしまう。
そんな寛容な心を持っているからこそ、友達としてやっていけているのだろう。いつかは話せる時がくればいいと、そう心の中で思っていた。
「――にしてもまさか先生まで来るとはな~。性格はちょいとアレだが、なかなかいいもん持ってるな~、まぁ先生だけに限ったことじゃないが」
そんな連の視線は四人の際限なく揺れる胸に釘付けになっていた。ボールが弾むと同時に揺れるモノがあるそこには楽園が広がっている。男にとってそれはパラダイスと言っても過言ではないだろう。「ほうほう」と手で顎を触り、さながら審査員のように見てる姿はわからないものでもない。まじまじと見つめる蓮に引け目を感じならがらも創もその視線の先に目をやってしまう。
だが、当然そんなことをしていれば怪しまれる。ぷかぷか浮いてる男二人がこちらを見ているとなれば、それは卑猥な視線となり、女性陣に気付かれるのだ。
「おーい! そこの変態コンビども! さっきから何かいやらしい目で見てるけど、混ざりたいなら混ざってもいいんだよー?」
と、世那が大声でこちらを呼んでいる。距離があるため自然と声が大きくなってしまうが、周りには大勢の人がいる。そして近くにいた人は、創と蓮を軽蔑するかのような目で見るのもまた必然。
「……コホン、創くん。僕たちはいつの間にか犯罪者的な扱いを受けているようだが、何か意見はあるかね?」
「いえ、蓮さんの仰る通りだと思います。解決策としては、素直に彼女らに応じるしかないかと……」
「……だよね~」
海岸に近づくにつれて、二人は『寒い』という感覚に陥ってしまう。夏の日差しが突き刺さる中、それはおかしなことなのだが、彼女らが感情のこもっていない冷たい目で迎い入れてくるのが何よりも怖く、寒かった。
その後、スイカ割をやりたいという椿姫の提案だったが、生憎手元にはないため罰として創と蓮にスイカ役を提案したがそれを断固と拒否する。お詫びとしてコンビニで一番高いアイスを三人に奢るという形で事態は収集した。
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「――ぷはーっ! くーやっぱり夏のビールは最高だなー!」
「せんせー良い飲みっぷりですねー! あ、どうぞ。あたしがお酌しますよー」
口元に白い泡を残しつつ豪快にビールを煽る明日陽。それを隣で楽しそうに見つめ、お酌をするという上司と部下の主従関係が見本になったような光景。
海から車で数分の所に構える旅館での夕食。今日はそこで泊まることになっている。車の持ち主はもちろん明日陽。今回、明日陽を誘ったのは結衣だが、「ガキどもと遊ぶと婚期が遅れる」と言いあっさり秒殺。しかし、世那が「海に行けばせんせーの好みの素敵なシブ男がいますよー」などと、まるで担任の心を操るかのような悪魔の囁きを吹きかけたところ、まんまと嵌められてしまった出来事があり今に至る。
「先生、そんなに飲んで大丈夫なんですか?」
「何を言うか。これでも私は酒に強いんだ。酒とタバコを嗜むのが、我々大人の楽しみなのだよ。君たちも大人になればわかるよ」
椿姫の心配をよそにタバコを吹かす。
「いいなー。俺も早く酒を飲みたいぜ~」
腕を組み頬を赤く染めた蓮が羨ましそうに見つめる。
先程、露天風呂に入浴した際に隣が女湯だということを知り覗き見をしようとしたのだが、目隠し竹垣に顔を近づけたところでくしゃみをしてしまい後にボコボコにされる顛末を迎えた時に出来た勲章である。
「アンタは絶対にお酒なんか飲まない方がいいわよ。私たちが危ないから」
これからのことを想像して身の危険を感じたのか、またしても胸を腕で隠す仕草をとる椿姫。
「ハンッ! 馬鹿を言え。俺は健全で紳士的な男だぜ? 女が嫌がることはしねーよ」
「数十分前のことを思い出してから言いなさいよ!」
腫れた頬で真顔を決めながら言う蓮に対して怒鳴り散らす椿姫。その横で明日陽と世那が『男とはなんたるか』を議論している。ガヤガヤとトークを繰り広げる中で、創と結衣はあっけにとられていた。
「……何か、凄いことになっているね」
「ふふ。でもみんな楽しそうだよ? 私はこのメンバー好きだなー。創くんはこういうの嫌い?」
カオスな光景を見て無邪気な笑顔を見せる結衣に頬を赤らめる創。思わず視線を外してしまう。心臓の鼓動が一気に脈動するのがわかった。
「い、いや、僕も好きだよ。まさか先生まで来るとは思わなかったけど、僕はとても楽しいよ。誘ってくれてありがとね」
まるで合コンで他の人たちのテンションには付いていけず、大人しい二人が話し合うマンガのような――そんな二人に水を差すかのように、
「おいおい何だぁそこのお二方~。何か言い感じじゃないか。一体何を話しているんだ? ん? ちょいと先生に話してみなさいよ」
既に出来上がっている状態の明日陽は「よっこらせ」と腰を上げ、千鳥足で向かって来た。創と結衣の間に割って入り込み、肩を組む。
「なんだなんだ、青春しているじゃないか~えぇ~? ったくもー羨ましいな~。君たちは付き合うのか~ん~?」
吐く息は酒臭く、酔っ払い特有の言動が滲み出ていた。
「な……っ! そんなことはどうでもいいじゃないですか! ほら、離れてください! そんなことをしていると男に嫌われますよ!」
「そんな~」と言い眉を八の字に曲げ、口を尖らす。その絡みは一瞬で終わり、今の言葉にショックを受けたのかトボトボと自分の元の席に戻り、世那に愚痴をこぼしながら今度は焼酎を煽る。段々と涙目になる姿を見て世那はこちらを向き、口パクで瞋恚を露にした。
『こ・ろ・す・ぞ』
目を見開き、凡そ女性であることを疑うかのような殺意込めた表情を見せる。
余りの迫力に創は顔を真っ青にして畏怖してしまう。
そんな男性が一方的に追いやられる状態が暫く続いた……。
******************************
――ガタンッ! と、廊下に物が落ちる鈍い音が響く。
夕食が終わり、創は自動販売機で飲み物を買いに来ていた。
「はぁー。お風呂に入って疲れが取れたと思ったのに、何かまた疲れてしまったな……」
蓋を開け、炭酸飲料を口に流し込む。「ぷはー」と、思わず明日陽のようなため息をついてしまう。身体に染み渡るような感覚があり、頬の筋肉が緩んでしまう。間を開けてから二口目を注ぎ込もうとした時に、横から声を掛けられる。
「喉でも乾いたのか、創」
「先生、もう酔いは醒めたんですか?」
「ああ。今少し夜風に当たって来たからな、もういくらかは抜けたよ」
いつも通りの落ち着いた声色があり、酒は殆ど残ってはいないようだ。
「――だがまぁ、君に言われたことは覚えているがな」
「あ、す、すみません!」
その言葉に先程の世那の表情が頭に浮かぶ。あの鬼のような顔は夢にも出てきそうだ。
「もういいさ」と、タバコを加え、火を付ける。片手でコーヒーを開け、タバコを吸うその姿は、大層似合っていた。吸ってから吐くまでの一連の流れを魅入ってしまう程に。誰しも女性が同じことをしたとしてもこうは見えないだろう。明日陽だから、より格好よく見えてしまうのかもしれない。
「――にしても、美孝は本当に残念だったな」
窓から見える海を見ながら明日陽は言った。たった三ヵ月とはいえ、担任だったのだ。悔やまれるだろう。
「何でも運転手は不注意だったそうじゃないか。悪気がないにしろ――それすらも、道徳や倫理に反していることになる。結果的に彼を殺めてしまったのだからな」
創は俯く。その真相を知っているから。誰も悪くはない、運転手でさえも。原因を作った人物は他にいるのだから。
「……君も、何か悩んでるみたいじゃないか」
心の内を見透かされたのか、創は驚いて顔を上げる。海を見つめていた明日陽の顔はいつの間にかこちらを向いていた。目を細め、柔らかな笑みを浮かべる姿が、そこにあった。
「それは……」
「……まぁ、誰にでも言いたくはないことはあるさ。……それじゃあ少し、私の昔話をしようか」
タバコを吹かし、それはいつか見たような、哀れ気な目をしていた――。
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