鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-29 「炎天下に生える薔薇のトゲ」


「――いやっほーーーーっ!」

 叫び声と共に海にダイブする蓮。
 創たちは今海水浴に来ていたのだ。雲が少なく澄み切っている青空に浮かぶ眩い太陽。照り付ける日差しにより砂浜を裸足で歩くことが難しい。つまり熱い。早歩きで歩くことを強要されるほどに熱くなっているのだ。パラシュートを刺し、ブルーシートを敷いて準備は万端。保冷バッグの中にはキンキンに冷えた飲み物がスタンバイしている。
 周りを見渡すと夏休みということもあってかなり人が多い。家族連れやカップル、ソロでサーフィンを楽しむなど、それぞれ思い思いのままに娯楽を楽しんでいる。

「おーーい! 早く来いよーー!」

 いつの間にあんなに泳いだのか、蓮の姿が小さくなっていた。

「今行くよーー!」

 海に誘われたのは昨日の夜のことだった。というのも、創が裏世界に行っていたせいで電話に出ることが出来ず、着信が溜まっていたのだ。キルキスには一度こちらに戻ると伝えた。元々創はこちら側に在る人間。あちらに長居すると元の日常に影響が出てしまう。裏世界にはまたいつ行けるわからない。時間が並行して進んでいるため、その間キルキスは一人で行動することになってしまう。調べ物をするとは言っているものの、彼女をずっと一人にさせてしまうのか何だか申し訳ない気持ちになってしまう。ただ、今の創には『木霊』が使えるため、お互いに何かあればすぐに情報を交換することが出来る。
 美孝のことも勿論忘れてはいない。ここに彼も居ればなと、そう思っている。その彼の不在を埋めるように今ここには……、

「いやー人も多くていいねー! 天気も良いし、今日はザ・海日和! って感じだよねー!」

 そう話しているのはクラスメイトの綾野椿姫あやのつばき。性格は明るく、常に前向きな思考が特徴的な彼女。運動神経も抜群で女子からも人気がある。胸もそれなりにあり、体育でそれが揺れる姿を拝むのが男子では癒しとなっている。そのため男子の間では体育の時間を通称“ヘヴンズタイム”と呼んでいる。それは椿姫だけではなく、他の女子も同様の現象が起こることからそう呼ばれることになった。男子にとってみればまさに天国のような一時だろう。椿姫のことを狙っている生徒は多く、こうして一緒に海に来ていることが他のクラスメイトにバレたら戦争になりかねない。入学当初に彼女から話しかけてきたことがきっかけになり、今のような関係に至っている。

「本当だよねー! 私も海は久しぶりだし、楽しんじゃおうかなー!」

 キャッキャッうふふと結衣と椿姫が楽しそうにはしゃいでいる。創の隣にいることからキラキラエフェクトが増し増しに輝いて見える。
 そんな彼女たちとは別にテンションが全く真逆の二人がパラシュートの下で嘆いていた。

「あ~暑い~。ったく何で夏はこんなにも暑いんだ。……おーおー、暑さのせいでいつにもましてバカップルどもがヒートアップしてるじゃないか。あれか? 私たちの愛は夏の日差しよりも熱いですよってか? ほーなるほどなー。だったら遠慮なく炎上させてやろうかクソガキども」

「今更なーに言ってんですかせんせー。カップルってのは春夏秋冬いつでもお熱いものですよ。寧ろあたしらみたいな日傘の下で嘆いてるマイナーの連中は寒がられて終わるってもんですよ。あっ! いいこと思いつきましたよ! ありったけの氷を買ってきてあのカップルにぶっかければ、一気に熱も冷めて絶縁の道へ待ったなしってことになるんじゃないですかね!?」

 そんな極悪畜生コンビの片方は、くわえタバコでカップルをゴミのように見ている担任の夕暮朝日陽。もう一方はソーダ味のアイスをくわえ、カップルを希望のない目で追っかけている創とクラスメイトの早乙女世那さおとめせなだ。
 金髪で髪型はミディアムスタイル。鮮やかな洋紅色ようこうしょくをした瞳をしている。少しギャルっぽさがある喋り方があり、ノリもいい。そのため、基本どんな相手だろうと和気藹々としたトークを繰り広げられる。彼女も、誰とでも平等に話せることから男女ともに人気がある。“JK”であることに誇りがあるらしく『JK理論』を展開することがある。時折ふざけた調子で話す彼女だが一本筋が通っている一面もある。
 何処から情報を聞きつけたのか、自分も一緒に行きたいと言い出したという。

 世間一般で言えば二人とも容姿だけは他の女性にも劣らないだろう。女優やモデルと比較してもいい勝負が出来るほどだ。ただ何故か口を開けば何かをこじらせたような残念な女性に成り果ててしまう。

 彼女たちの水着姿は余りにも可憐で美しく、ただいるだけで絵になりそうな程だ。特に明日陽に至っては胸が遥かに大きい。僅かに動いただけですぐに弾んでしまう。

「ん? なんだぁ天津ぅ~。私の顔に何か付いているのか? そ・れ・と・も、胸に、何か付いているのか?」

「なっ!? ななな何を言っているんですか! 別に先生の胸を見ていたわけではありませんよ!」

「おーおー可愛い反応だね~」

 タバコを灰皿に置いて立ち上がる。そして創の肩に腕を回した。ぐいっと近づけ、胸もわざとらしく押し付ける。とても柔らかい感触で、それこそマシュマロという表現が納得できるものだった。
 身長は創よりも少し高く、黒髪ロングの髪からはいい匂いもする。風に煽られてなびく花柄のパレオも巻いており、それも相まってさらに大人の女性に見える。

「――そんなに照れなくてもいいじゃないか。そりゃ男だ、真面目な天津君だって女の胸の一つや二つ、見ることだってあるだろうさ。何も恥ずかしがることじゃあないよ」

 顔を近づけられ、まるで何かに誘い込むように言葉を続ける。
 そして次は耳元でも囁いた。

「……にしても女の身体を見てそこまでウブな表情するとはな。君はもしかして――」

「――ッ!」

 その言葉を聞いてさらに顔が赤くなってしまった。今にでも頭から蒸気が出そうなほどに熱くなっている。その反応を見て予想通りと思わんばかりに明日陽は高笑いをした。

「あははははっ! まぁそりゃそうだろうなー。なんせまだ高校一年の青い少年だ。逆にそうじゃなかったら君を樽に入れて海に流してしまうところだったよ。……まぁ、そのピュアさが君の特徴でもあるだろうからな、それに惹かれる女もいるだろうさ。因みに私を落とすなら将来渋い男にならないとな。それか誰にも真似できないような寒い告白をするかだよ。頑張れ、少年!」

 バチンッ、と気持ちのいい高い音が創の背中から響いた。背中には明日陽によって叩かれた手のひらの跡が赤く残っている。

「せんせーハジメと何話してたのー?」

「なーに、大人の女からのちょっとしたアドバイスをしただけさ」

 それだけして明日陽はまたパラシュートの元へと戻って行った。

「あ、あの……大丈夫? 創くん」

「え、ああ。大丈夫だよ! 全然、問題ないよ!」

 両手を顔の前でひらひらさせて大事はないことを悟らせる。だが、今の明日陽の言葉を思い返したのか、結衣の胸に目がいってしまっていた。吸い込まれるように凝視してしまいまたしても顔を赤くしてしまう。

「え!? やっぱり大丈夫じゃないよ! 顔が真っ赤だよ!?」

 「いやいや大丈夫だから!」なんて会話を後ろから見ている椿姫。下心丸見えな創に対して思わず自分の胸を腕で隠す。

「……変態……」


 ****************


「……なぁ、創」

「ん? なんだよ」

 創も連のところまで追いつき、二人して浮き輪に座りながら不定期に来る波に揺られながら浜辺の方を眺めていた。見据えた先には女性陣四人がビーチボールでトスをしあっている姿があった。

「何かうちの女性陣、結構華やかじゃね?」

「まぁ、確かに。レベルは高いかもな」

「やっぱそう思うよな。ほら見ろよ、あの四人を他の男どもがチラ見どころか凝視してるぜ」

 連の言う通り、四人がビーチバレーをする姿を他の男たちはチラ見をする者、はたまた足を止めてがっつり魅入ってしまう者たちもいる。彼女たちだけまるで違う世界にいるような、そこだけ花が咲いているよな感覚さえある。

「ナンパとかされたら助けた方がいいのかな?」

「いや、別に大丈夫だろ」

 その直後になにやら四人組の男たちが結衣たちに近寄って来た。間違いなくナンパだろう。それを見ていた創は助けに行こうと浮き輪から降りようと思ったが蓮が腕を横に伸ばし、創のことを制するようにした。蓮をみると首を横に振り「やめておけ」ともとれる表情をしていた。それに従い黙って彼女たちを見ていると、明日陽と世那が前に出て何やら男たちに言っているようだった。
 しばらくすると、男たちはがっかりしたように肩を落として重い足取りでその場を後にしていた。結衣は二人に頭を下げ、椿姫は拍手をしていた。穏便と言う言葉では足りないものがあるが、彼女たちだけでどうやら平和的解決を出来たようだった。

「……な、大丈夫だったろ?」

 その連の顔には暑さで出たものではない汗が流れていた。それを見て創は察した。人間は恐怖を感じた時にも汗をかくのだと。

「……そ、そうだな……」

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