鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-28 「嵐の前に安らかな一時を」

 
 それは創から遥か後方の位置。キルキスとゼクトから感知されないような位置にハイドは立っていた。

「ゴパッ――ゴパパパパパパッ!?」

 ――何故だ?何故今、自分の胸部にこんな物が刺さっている?今まで彼は“かくれんぼ”これに気付かなかったはずだ。反応したとしてもそれはあくまで反射神経のおかげ、まぐれに過ぎなかった。そんな彼が、今度は的確に自分を捉え、攻撃する暇さえ与えなかった。これは一体どういうことか……。

 口から大量に吐血するハイド。だがそれはどうでもいいこと。問題なのは今の創の異常な強さだった。
 元より、上空百メートル地点からの落下にも関わらず無事でいることが既におかしかったのだ。

「クッ! 一体どういう――な……」

 顔を上げた時には、既に創はハイドの目の前にいた。
 背は明らかにハイドの方が高い。普通だったら見下し、ただそこにいるという感情だけで済む。しかし何故だろう。
 背の高い相手を、今まで何人をも殺してきた相手の事を見ても、何も動じない。それどころか、相手を冷たい目で真っ直ぐに見てくる。その目には、先程までの創には到底思えない。ただ、相手を殺すために向けられている目をしている。
 そして創は刺さっている剣の柄を掴む。それを力一杯、ハイドから抜き出した。

「ブフォッ――!?」

 刺さっていた剣がまるで栓の役割をしていたかのように一気に血が噴き出す。その血はあっという間に周りの草原を赤で染め上げる。支えていた物を失ったのか、ハイドはそのまま流れるままに倒れていく。その目はぐるんと白目を剥き、口からはも血が零れてくる。
 倒れたままピクリとも動かない。勝敗は創の勝利という形で幕が下りることとなる。だが――、

「ウオオオオオォォォォォアアアアアアアアアッッッ!!!」

 ここに、ただの敗北で終わらせない者がいた。
 高く跳躍したそれは、剣を真下に構え、ハイドの背中を貫いた。その行為にもはや慈悲など存在しない。その衝撃に草原が揺れる。

「ウゥ……ウオッ! ウオオオオオオオオッッ!!」

 何度も何度も何度も。抜いては刺しを繰り返す。刺す度に肉が千切れる鈍い音が響く。同時に、ぐちゃぐちゃと、嫌な音もそれに続く。常人にはその行動は狂っているように見えるだろう。動かない人間の背中をひたすら穴を開け続ける。その返り血が、創の服や顔、髪にまで飛び散っている。

「ハジメさん! もう止めてくださいっ!!」

 そんなキルキスの苦痛の叫びも今の創には届かない……かに思えたが、その言葉が創の動きを止めた。だが、その理由はすぐにわかった。刺した剣を抜き、ゆっくりとした動作でまた構える。狙うは頭――死人に向けてのそれは、もう人間以下の愚行以外何物でもなかった。

「ハジメさん――!!」

 キルキスの声が響く。
 それが引き金になったかのように創も振り下ろす。全身全霊を込めたその振り下ろしは目標を容易く貫通させるだろう。……しかし、その剣はハイドに届くことはなかった。

「……もう、十分だろう」

 腕を掴んで止めたのはゼクトだった。

「お前が憎んでいた奴は、もうこの世にはいない。ただ、お前は足りないだけなんだろう? 憎しみの発散が。だけどな、これ以上は品位が下がるだけだ。それはやればやるほど空しくなっていく」

「ウゥ……あ、あぁ……」

 徐々に瞳の色が黒に戻りつつあった。殺意に満ちていた目は次第にいつもの心優しい目に戻っていた。

「僕は、また……」

 前回同様、自分じゃない自分が戦っていたという自覚はある。身体能力もあり得ない程に上がり、およそ人間では真似できないような動きもしてみせた。だが、今回は前回と少し様子が違っていた。

「――ッ!?」

 身体中が物凄く痛い。全身が筋肉痛にでもなっているように痛い。少し体を動かすだけでも激痛が走る。到底、一人ではまともに歩けない。その様子に気付いたキルキスは慌てて創の元に駆けつけ、身体を支えた。膝もガクガクと震え、立っているのもやっとだった。

「大丈夫ですか!?」

「……あ、はい……。大丈夫、ですよ……」

 苦痛に顔を歪め、消え入りそうな声で発していた。どうしても「大丈夫」という言葉が嘘に聞こえてしまう。

「……キルキス、こいつを何処か休めそうなとこに連れてってやれ。俺はもう行く」

「ゼクトさん……。わかりました。今回は、本当にありがとうございました。いくらお礼をしても足りないくらいで……」

「気にするな。それに、お前には借りがあったからな。それを返したに過ぎない」

 キルキスとゼクトの間で交わされる会話。この二人の関係を聞きたくはなるが、今は意識を保っているだけで精一杯だった。だがそれももう限界が近づいてきた。朦朧もうろうとする意識の中、二人の会話が途中まで聞こえる。

「これからが大変になるぞ」

「わかっています。だから私が彼を――」

 そこで創の意識は闇の中へと消えていった……。


 *******************


 ――涼しい風が全身に優しく撫でているのがわかった。久しぶりに感じた、心地良い風。頭には何か柔らかい感触がある。その柔らかさが、覚醒しようとする自分に眠気が誘う。それでも何とか力を入れて重い瞼を開ける。

「……種明さ……」

 顔を屈みこむように見ていた人物は、創が認識しようとする人物とは違っていた。

「ふふふ。ハジメさんの想い人ではなくて申し訳ございません」

 そこにいたのは結衣ではなくキルキスだった。いつもの創ならここで勢いよく起き上がっていたはずだが、未だに走る痛みとこの優しい雰囲気が、身体を起こすのを億劫おっくうにさせる。

「……ここは?」

「ここは先程の場所から少し離れた東屋だけある広場です。何気に私のお気に入りでもありますよ」

 微笑みながら質問に答え、頭を優しく撫でる。その姿は、疲れた子供を寝かしつけるような母親のよう。
 ようやく膝枕に寝ていることに気付いたが余りの気持ちよさに、より落ち着いてしまう。このような状態で居眠りできるのは数年に一回訪れるかぐらいだろう。起きなければいけないのに体が動かない。動きたくない、と言った方が正しいのか。

「……これから、私たちは忙しくなりますよ」

 その意味は言わなくてもわかっていた。
 【蒼の階段】の一人を殺害。今思えば、これはとんでもない出来事だ。このことはすぐに王国にも、勿論相手の連中にも知られてしまう。その原因となってしまった創。ともなれば、相手は間違いなく創を狙ってくる。殺害した人物を特定するのに王国も躍起になるだろう。これまでとは打って変わってヘイト値が上がる一方の生活になってしまう。村のひとたちからすれば英雄扱いされるが、他ではどう捉えられるかわからない。

「――でも大丈夫ですよ。私が付いていますから」

 再び瞼が重くなり、目の前の情景に靄がかかる。
 今後のことを考え、頭をフル回転させようとしてもどうも働かない。“これから先は忙しくなる”。それはハイドを殺してしまったと自覚してから思っていたことだった。もう後戻りはできないと。人殺しとして、その手を血に染めてしまった者としてこの先生きていかなければならない。
 ――でも、もう少し待ってほしい。罪を受け入れる時間ではない。今はただ、休みたいのだ。これからのことよりも、これまでのことで疲れてしまった。これから頑張るから。もう大切なものを何一つ無くさないよう頑張るから。だから今だけは、どうか休ませてほしい。

「ふふ。ハジメさんの覚悟、確かに聞かせていただきました」

 いつの間にか創が心の中で言っていたことは『木霊』によりキルキスに届いていたらしい。自分に言い聞かせていたことが聞かれていたのは、結構恥ずかしいことだ。

「――だから今はゆっくり、お休みください」

 頭を撫でられながら優しく囁かれた言葉に安堵したのか、また再び夢の世界へと瞼を閉じていった……。





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