鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-24 「白い花に染まるのは血か涙か」


 無駄な雑念は無かった。
 躊躇する必要もなかった。

 することはただ一つ――そこにいる“悪魔”を殺すだけ……、

「ンッハァ! やはりあなたはあの時の少年でしたかァ!」

「だったらどうしたぁっ!」

 ハイドを一刀両断するかのように大きく振り下ろした。だが、その一撃は余りにも隙が大きく、戦闘慣れしている人にとってそれを避けるのはとても簡単すぎた。

「ンハハハハ! あなた戦えたんですね~。あの時恐怖で震えていた時とは大違い――いえ、実は今も本当は恐怖で一杯なのではないですか?」

「――ッ!」

 見抜かれていた。
 創はあの時と同じ様に恐怖が募っている。しかも、あの時以上に。だがそれは関係なかった。
 確かに創は今恐怖が身体を駆け巡っている。立ち止まったら手が、膝が震えだすだろう。しかし、それでも身体が動かせているのは憎悪と、憤怒が勝っているからだ。

 だがそれでも、埋まらぬ経験の差と、圧倒的に離れた実力差がある。

「いいですね~、もっとです! もっと憎みなさい! 私を! もっと恨みなさい! 私をッ!!」

「ぐあっ!」

 剣を振り下ろすまでのがら空きな腹部に強烈な蹴りを叩きこんだ。
 いきなりの反撃にたまらず創は草原を転がった。

「ハジメさんっ!」

「ン……ンンッ!? あなたは、あなたはあのあなたですよねェ!」

 ハイドは咄嗟に叫んだキルキスを凝視した。

「――何と! 今まで何処に行ったのかと思えばこんなところに! あなたは一体何をやっているのですか!? あなたを愛する者が待っていますよ?」

「な……に……?」

 創は何とか身体を起こし、キルキスの方に視線をやる。微かに聞こえた“あなたを愛する者”という言葉。
 だが、そんな事を考えている余裕はなかった。分かっていはいたものの、余りにも強過ぎる。このままでは殺されるのは確実。無暗に突っ込んだところでやり返されるのがオチだ。

「……流石にお前一人では役者不足だ。キルキスは少し事情があるからな。今は当てにしない方がいい」

 そう言ってゼクトが創の隣に立った。
 【剣帝】が協力してくれる。それだけでかなりモチベーションが上がった。

「――だが俺は悪魔で助太刀するだけだ。攻撃のメインはお前だ。俺が出来るだけお前が攻撃しやすいように隙を作る。素人並みの剣筋でもいい、常に全力で剣を振るえ」

「あ……はい!」

「――さあ、私と行きましょう! あなたは帰るべきです、あなたはここに――」

「うるさいな」

 気が付けば、隣にゼクトは立っていなかった。いつの間にかハイドの背後に立っていた。“すこにゼクスが移動した”という事実が分からなかった。

「なっ――」

 ハイドもそこにゼクトがいることを今知ったのだ。
 そして気付いたときはもう遅い。振り返る顔に合わせるかのようにハイドの顔に裏拳がめり込んでいた。

「ゴバッ――!」

 鼻を捉えたのか、ハイドは鼻を手で押える。その手の指の隙間から血が止めどなく溢れ出てくる。

「……やはり、あなたはあの【剣帝】でしたか……。これでは私の分が悪いですねェ~。……ならば、出でよ! 我が名のもとに下った鬼たちよ!」

 ハイドは手をパンパンッ、と何度も叩いた。
 すると、その音に導かれるように茂みから数多の“人間”が出て来た。だがそれらはもう人間と呼べレ物ではなかった。目は赤く変色し、腕はだらんと垂れ下がり足も覚束ない。それらを表現するには“ゾンビ”と言った方が正しいだろう。

「鬼ごっこ――なんてものを子供頃やりませんでしたか? 私の能力は『遊び心』。即ち、子供の遊びを進化させた、より“楽しい”遊び! 大人から子供まで遊べる楽しい遊びへと昇華させたのです! いつまでも童心を忘れず、一時でいいから子供に戻ってみたいという儚き思い! それを私が! この私が叶えて差し上げようじゃありませんか!!」

 つまりは、鬼ごっこやかくれんぼ等といった子供の遊びをより忠実に再現したものなのだ。
 それは人の欲望を叶えるが為に悪辣な行動をする悪魔の権化そのものだ。

「……数が多いな。恐らく今のお前じゃ一体の鬼を相手にするので手一杯だろう」

 その鬼は数にして二十体ほど。この世界において並みの人間以下の創が相手するには鬼一体が限界だろうというゼクスの見解は間違っていない。さらに、こんなにも数がいる以上、一体だけを相手にしていたら間違いなく背後からも襲われるだろう。

「そもそも、鬼一体だけとはいえ、僕がまともに相手できるとは限りませんけどね」

「……それもそうだな。なら仕方ない、鬼の相手は俺がやる。お前はあいつの元へ真っ先に突っ走れ」

「ぜ、全部ですか!?」

「そうなるな。本当なら俺一人でどうにでもなるが、どうやらあいつはお前にとって憎き相手のようだからな、決着はお前が付けるべきだろう。いいか、あいつだけを見て走るんだ。こっちは背中だけじゃなく前も守ってやる。だから鬼は気にするな」

 それは普通の人間なら不可能というものだろう。しかし、今味方をしているのは噂に名高い【剣帝】だ。彼の提案に乗らない手はないだろう。

「……わかりました」

 そして創は一点を見つめた。その先にいるには複数の鬼の奥にいるハイド・ヘッドバッド。

 この時をどれ程待ったか。そう思うだけで自然と剣を握る手に力がこもる。

 その創をキルキスは只々見ていることしか出来なかった。今のこの二人の間には自分は入れないと、もどかしさが募るばかりだった。

「――それでは、行きます!」

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