鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-20 「孤独のヒーロー」


「種明さん……」

「………………」

 それは先程のような心地いい静寂とは異なっていた。胸が苦しくなり、息をすることを忘れてしまう程の空気。外で鳴いているカラスの鳴き声も全然耳に入ってこない。創から見える結衣の目は、少し潤んでいた。この互いに見つめ合っている数秒間――いや、もっと経っているだろうか。結衣からはその視線だけで自分の想いを訴えてきているようだった。

 結衣の心の中では、創が思っている以上に心配している。それは決して杞憂などではない。今までのことからしてあり得ることだから。だから結衣はそんな憂いを含んだ発言をした。
 創の優しさも最初の頃はただ八方美人を演じているだけなのかと思った。それが彼の本質なのだと分かったのは、ずっと創を見てきたから。心配だった、焦ってしまった。彼の優しさは、一体どこまで自分を傷付けてしまうのか。彼のそれは、他の人から見ればただの欺瞞だと認識してしまうかもしれない。だからせめて――自分だけは彼の“理解者”になりたいと、心の底から願っていた。

「……ね、創くん。明日何処か遊びに行かない?」

「え……え!?」

 さっきまでの結衣の顔を忘れさせてしまう程の微笑みを創に向けた。

「私観たい映画があったんだー。ほら、今やってるでしょ? 『君だけは』っていう映画。あれ結構面白そうだから見たいと思ってたんだよね~。一人で言っても良かったんだけど恋愛映画だから流石に一人ではなかなか行きづらくて。だから、明日一緒に行こうよ!」

 その映画は創も知っていた。テレビやネットでも話題になっていて、二回も三回も観に行く人が絶えないとか。『君だけは』――しかもそれはアニメ映画だ。普段アニメを観ない人でもその内容に心を打たれるという。テレビの宣伝では愛する人を守るヒーローラブコメディらしい。

「う、うん。僕で良ければいいよ」

「本当!? よかった~。断られたらどうしようかと思ったよ~」

「断ったりなんてしないって」

 断る理由などなかった。創は特にその映画が観たかった訳ではないが、単に好きな人と――想いを寄せている人と二人きりでいられることを優先したのだ。

(でもこれって、デートになるんじゃ……)

 そう思った途端、顔から火が出る程真っ赤になってしまった。

「は、創くん大丈夫!? 顔が真っ赤だよ!?」

「だ、大丈夫だよ!」

  心配して結衣が顔を近づけるが、それが逆効果となって創の顔を更に赤くしてしまった。


  ***


  「お、女の子と一緒にどっか行くなんて初めてだ。しかもその相手が種明さんだなんて。今の僕、変じゃないかな……」

  十時に最寄駅が集合場所となっている。遅れると申し訳ないと思い、創は三十分前から来ていた。

  「しかし今日はやけに暑いな」

  今は夏の真っ只中、焼き付ける日差しが地面に打ち付け、照り返す熱で体感温度も上がっている。額には汗が滲み、余りの暑さに上着の胸元をパタパタしていた。

 そこへ白を基調とした普段見られない私服で結衣がやって来た。

「あれ? 創くん、来るの早いね。私集合時間間違えちゃったかな?」

「だ、大丈夫だよ! 僕も今来たとこだから!」

「ふふ、創くんはやっぱり優しいね」

 この数秒の会話で創が今ではなく、先程来たことがものの見事にバレてしまった。しかしながら、昨日の夜から緊張で眠れなくてそのまま一晩を過ごしてしまったことを結衣は知らない。デートにおいての結衣への気遣い、自己中心的なことはしない、しっかりエスコートする。そういったことが創の頭を駆け巡っていた。
 だが、いざ本人を目の前にすると更に不安が押し寄せて吐き気がしてくる。

「それじゃあゆっくり行きましょうか」

「うん」

 それから二人は電車で最初の目的の映画を観に行くことになった。
 電車では結衣が創に映画の見所を語っていた。余程楽しみだったのか、彼女は楽しそうに話していた。その様子にいつの間にか創の緊張もすっかり無くなっていた。時より揺れる電車が二人の距離を縮めているようだった。


 ***


「あ~、やっと着いたねー」

「でも意外とあっという間だったね」

 結衣のおかげで時間の流れが速く感じ、すぐに映画館に着いたような感覚だった。映画館の壁には『君だけは』のポスターが並んで貼られていた。

「――ほらほら、早く行こ?」

「あ、うん」

 ポスターを見ていた創を引っ張って中へ入って行った。既に席は満席に近く、何とか後ろの方に二人座ることが出来た。周りを見渡すとカップルでの観客が圧倒的に多かった。

 長かった予告が終わり、放映開始十分後に始まった。その映画には、何も知らない彼女の裏で一人、孤独に戦う主人公の姿があった。すぐ近くで彼女やその周りに危険が迫っている。誰に何を言われた訳でもない。ただ彼女を守る為、誰にも言わず敵と戦っていた。勿論彼がそんなことをしているだなんて他の人は夢にも思っていない。
 日に日にボロボロになっていく彼を見てようやく彼女もその異変に気付いた。彼女は彼を問い詰めるも、「何でもないよ」と笑顔で誤魔化されてしまう。気になって彼の後を付いて行くと、そこには一人で血を流しながら戦っている彼がいた。味方なんて何処にもいない。彼を助ける声も、彼が助けを求める声も聞こえない正真正銘孤独の戦い。
 戦いが終わり、ボロボロになりながらその場を離れようとする彼を彼女は後ろから抱きしめて止めた。彼女は泣きながら説明を要求した。それでも彼は「何でもないよ」の一点張り。彼女はひたすら彼に愛を叫んだ。君のことが大好きだからもう無茶しないでほしい、怪我しないでほしい、死なないでほしい、離れないでほしい……そして、私を頼ってほしい。彼が困るくらいに思いの丈をぶつけた。それを聞いた彼は本当のことを口にする――「君を守る為だよ」と。後悔した。傷付きながらも自分の為に戦ってくれた彼に気付かなかったことを。そんな彼女に彼は誓った。「君だけは必ず守るから」と――。

 そして彼は、彼女の永遠のヒーローとなって物語は幕を閉じた。


 ***


「いや~面白かったねー」

「うん、想像してたより面白かったよ」

「それは余り期待してなかったってことかな?」

「ち、違うよ! そういう意味じゃなくて――」

「ごめんごめん、冗談だよ。それよりどっか買い物にでも行こう? 折角来たんだし!」

「そうだね、じゃあ行こうか」

 映画が観終わり、夕食までまだ少し時間があったので近くのショッピングモールで買い物をすることになった。
 服の買い物やアクセサリーなど、創はほとんど結衣に引っ張られている状態だった。

「に、似合うかな……」

 眼鏡店では結衣が赤の眼鏡をかけて創に見せていた。この上なく似合っている結衣が恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくる為、創が顔を赤く染め、顔を横にそらしていた。

「に、似合ってるよ! すごく!」

「本当!? じゃあ、創くんも!」

 そう言って黒縁の眼鏡を創にかけさせた。お世辞ではなく、教師みたいなインテリアな感じがしていて似合っていると言えるだろう。

「創くんも似合ってるよ!」

「そ、そうかな」


 ***


「これ、どうかな?」

 洋服屋にて。結衣は試着したのを創に見てもらっていた。肩が大胆に露出したゆったりとした白い服だった。勿論そんな服装は創には刺激が強すぎて目を手で隠し、その隙間から結衣を見ていた。

「うん、とても、可愛いと、思う……」

「あはは、何でそんなに片言になってるの?」

 その後、創も帽子やら服やらと、次々と試着させられていた――。


 ***


「はあー。今日は楽しかったね~」

「うん、そうだね」

 夕食はファミレスで済ませ、集合場所であった駅に戻って来ていた。ファミレスでも今日の映画の感想やその後のショッピングなどで会話が弾んでいた。創がこんなにも結衣と話したのはこれが初めてだ。楽しんでもらったようで何よりと、自分の胸を撫でおろした。

「また二人で一緒に来たいな……」

「え?」

「あ、いや! 何でもない!」

 頭で考えていたことが思わず口に出してしまった。

「……また一緒に来ようね!」

「――うん」

 結衣には聞こえていた。嬉しかった。だから素直に、正直に思ったことを結衣もまた口にした。

「それじゃあまたね、創くん。また連絡するよ!」

「うん、またね」

「……あ、あの、創くん!」

「ん? どうしたの?」

「あ、えと……やっぱり何でもないよ!」

「そ、そう。じゃあまたね、種明さん」

「………………」

 何故今、自分は呼び止めたのか分からなかった。不思議と口から出た言葉。これはまるで、あの映画のワンシーンみたいだ。本来ならこの場面でヒロインは主人公を抱きしめていた。自分もそうしたかった、でも、出来なかった。どんどん創の姿が遠ざかっていく。もう、手を伸ばしても届かない距離に彼はいてしまっている。映画を観て確信した。今の彼の後ろ姿はそう、まるで――、

「孤独の……ヒーロー……」

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