鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-18 「似ていない関係、似ている心」
第二試合、創とダートの試合が引き分けで終わり、今は第三試合が始まっている。二人は今会場内にある救護室にいる。試合終了後すぐに救急搬送されたのだ。
救護室で二人のベッドは隣同士、二人とも包帯が巻かれ、点滴も受けていた。
「……ん……んん……?」
目を開けた時、見たことない天井が広がっていた。意識も朦朧としている。視界から入ってくる情報に頭が追い付かない。
「目が覚めたか……」
声が聞こえる。僕のすぐ隣のところから近くにいるはずなのに反応が遅れる。何か耳も少し聞こえづらくなっているのかもしれない。今の言葉も何て言っているのか分からなかった。
「お前……あんな力隠してたんだな――って、覚えてないか……」
「ちょっと待て、勝手に話を進めるな」と言おうとしたのだが言葉が出てこない。出てこないというか出す気になれない。何か凄い倦怠感に襲われている。そして僕はあの時のことを鮮明に覚えている。ダートに首根っこを掴まれ、蹴りを喰らったとこまでは確かに僕が戦っていた。その後だ、僕じゃない僕が戦っていたのは。
どこか暗い空間で自分が戦っている映像を観ているみたいだった。とても僕には出来ない芸当ばかり、僕はただそれを観ていることしか出来なかった。
「お前は一体何者なんだ?」
その質問に答えたらきっと君は混乱するだろう。君はそれを信じるだろうか。それを言ったら、僕が何故ハイドに怒りを覚えているか分かってもらえるだろうか。
「――ハジメさん!」
救護室に入って来たのはキルキスだった。創のベットに駆け込み、しゃがみ込んで創の手を両手で包み込む。急いできたのかキルキスは息を切らして汗もかいている。
「……ルキス……さん……」
「ごめんなさい、広すぎてここに辿り着くのが遅れてしまいました!」
この闘技場内はとても広く、構造も複雑になぅている。観客席から救護室に来るのには途中で何回も係員に聞かなければ来れないだろう。
「――大丈夫ですか? どこが痛いですか? 気持ち悪くはありませんか? お腹は減ってませんか?」
「心配し過ぎですよ……」
「これが心配せずにいられますか! 約束通り、私が治療してあげますね!」
キルキスがそう言うとあの狼に襲われて治療された時のことを思い出す。
「だ、大丈夫ですよ!」
そんなことを言うもんだから未だに息遣いが荒いその口元が気になってしまう。ルキスさんが息を吸って吐くその音が僕の耳をくすぐってくる。思わず意識してしまい、その口の向こう側に見える湿った舌に目がいってしまう。
「――こんな他に誰が来るかも分からない――っていうか、もう既に一人隣にいるんですから!」
この部屋に誰もいなかったならまだいい――いや、よくはないけど、隣に今しがた闘った相手がいるとこであれをやられるのは困る。
「……はぁ」
創とキルキスの会話を聞いていたダートは静かにため息をついた。
***
既に外は暗くなり、一日目のデュエルは終わりを迎えた。このデュエルは三日間かけて行われるらしい。創からこの催しには興味がなく、優勝者などさらにどうでもいい。それに、そろそろ元の世界に帰らないと親が心配しているかもしれない。
「結局、何も出来なかったな……」
「何かおっしゃいました?」
「いえ、ルキスさんはこれからどうするんですか?」
「私はもう少しこの街を見て回りたいと思います。ハジメさんも一緒にいかがですか?」
「……僕はちょっと用事があるので。でもこの街にはいますよ」
取り敢えず今日は一旦帰ろう。本当は来たくはないが、またこの世界に来るときは“最後に自分がいた場所”に戻ってくるだろう、今までがそうだったから。
全く、まさかここに来て同じ人に二回もボコボコにされるとは思ってもいなかったな。僕が今こんな状態になってるなんてティアラや種明さんが知ったらどんな顔をするのかな。きっと怒られるに違いない。あの二人は似ていないように見えて結構中身は同じだからな。
「そうですか……分かりました。でも、お互いの用事が済んだらまた一緒に行動するって約束してくれますか?」
「え? ええ、まあ、はい。いいですよ……?」
「本当ですか!? ふふ、約束ですよ? 約束破ったら~」
キルキスは創の耳元まで接近すると、甘い吐息と共に言葉を囁いた。
「――お・し・お・き、ですからね?」
その囁きに創は思わずゾクゾクッ、としてしまう。それは恐怖なのか、それとも何か他に期待を寄せている別の何かなのかは本人にも分からなかった。ただキルキスの性格上どんなことをされるのかは分からない。それ故何かを期待するのはとても危険だ。
***
ダートは二人の会話を聞いていられず、まだ傷が癒えぬ体を起こして外に出た。その後を追うように創とキルキスも会場を後にした。
観客は既に退席しており、あれ程までに迸っていた熱気はとうに冷め切っていた。
「お前、もう体は大丈夫なのか?」
ダートは後からついて来た創に対して珍しく傷の心配をした。
「え、ああ、まあ。勿論体中は凄い痛いけど、僕も僕で用事があるからね」
それは僕が僕としてちゃんと存在している本来の世界。この世界からすれば異世界ということになるのだろう。当初の予定とは大分かけ離れてしまったけど……。
「……そうか。でもこれだけは言っておくぞ。お前のその力でも、ハイドに勝つことは難しいからな」
「……!」
ダートの言葉にキルキスが反応する。しかしそれを悟られないようにあくまで平常心で、顔の表情も普段通りに戻す。
「分かっているよ……」
それでも諦めが悪い創の態度をダートは改めようとはしなかった。それはこの前よりも、創の実力を認めたということなのだろうか。
「……ふん。じゃあな」
そう言ってダートは街のどこかへ消えてしまった。
「それじゃあ、私もそろそろ行きますね」
「はい、今日は色々とありがとうございます!」
キルキスも創に手を振り、夜の街に消えて行く。創はそれを見届けた後、目を瞑って意識を集中させた。今までもその世界を意識するだけで行き来出来ていたからだ。もう既に二十四時間は経過しているから経験上は戻れるはず。
すると、今まで騒がしかった街の声が無くなったのがわかる。街の明かりも街の香りも、その全てが懐かしい香りと空間に塗り替えられる。そっと目を開けると、期待通り元の自分の部屋――元いた世界に戻ってこれた。
「ただいま……」
真っ暗な部屋でそう呟く。勿論何処からも返事はない。疲れた創はベットに倒れ込み、顔を沈ませる。
「ッ!」
しかしその衝撃が体に鋭い痛みが走った。自分が怪我をしていることさえ忘れてしまう程、創の体は衰弱しきっていた。
ふと枕元に置いてあった携帯を手に取る。起動すると画面には結衣と蓮から幾つも着信とメールが届いていた。
「……はぁ」
二人には悪いと思いつつも疲れ切った体を休める為、目を瞑ろうとした。その直後に、携帯の着信音が鳴る。
「んん……?」
画面を見てみると、そこには『種明結衣』となっていた――。
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